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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第3章 グランドールの小さなギルドマスター
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第18話

何か伏線ばかりですみません……m(__)m

「そうだ、今晩はどこに泊まるの?」


 不意にジュリアが話題を変えた。その言葉にはっとして三人が顔を見合わせる。


「そういえば考えてなかったわ」


「今からどこかの宿に行けばいいんじゃないのか?」


 ミリィが「しまった」という顔をしたのがフィゼルには不可解だった。これだけ宿が多いのだから、泊まるぐらい簡単だと思っているようだ。迂闊なことにアレンもその事をすっかり失念してしまっていた。


「王都に行くはずだった人達がみんな追い返されたのよ。どこの宿屋も一杯で今から部屋なんて取れないわよ」


 ミリィのその言葉で、ようやく状況を理解したフィゼルが「あっ」と声を上げた。


「んふふ♪ でも安心して。多分こうなるだろうと思って、ちゃんと宿の手配はしておいたわ」


 三人がしっかり困惑したのを確認してから、ジュリアは胸を張って言った。わざわざ勿体ぶった言い方をしたのは、立て続けに情報屋としての面目を潰してしまった彼女なりの名誉挽回を狙ってのことだったのだろう。そういう所はしっかりと子供の幼さである。


「それは助かります」


 ジュリアの思惑を知ってか知らずか、アレンは笑顔で礼を言った。ジュリアはそれに随分気を良くしたようだ。


「あ、そうだ。これ――」


 最後に、ミリィはさっき御者の男から預かったブレスレットをジュリアに渡した。それを見た時のジュリアの反応はミリィと全く同じで、女の子はみんなこういう物が好きなんだとフィゼルは思った。











 ジュリアが予約してくれた宿に到着すると、三人は一階の食堂で夕食をとった。テーブルを囲んで辺りを見回してみると、周りの客達の話題も当然戒厳令のことがほとんどだった。皆確かな情報が手に入らず困惑している。ここが宿屋の食堂ということもあって、いるのは行商人や旅行者ばかりだ。王都には入れず、地元に帰ろうにも港も封鎖されていて船が出ない。このままの状態が続けば滞在費が底を突くと頭を抱えている者もいた。


「やっぱり、相当混乱しているみたいね」


 料理を口に運びながら、ミリィは周りの話し声に聞き耳を立てていた。どんな些細な情報でも得られればと思ったのだが、ジュリアでも掴めなかった情報がこんなところで得られるはずもない。


「でも……なんか変な感じだな」


 運ばれてきた料理をきれいに平らげたフィゼルが、不思議そうに周りを見回しながら言った。


「変な感じ?」


 フィゼルから発せられた意外な言葉に、ミリィが聞き返す。


「みんな、自分の心配しかしていないみたいだ。戒厳令って、物凄い事が起きた時しか出されないんだろ? 普通だったらもっとこう……全体の事っていうか、この国がどうなっているのかとか気になるんじゃないのか?」


 そう言われれば、とミリィは思った。もちろん、何が起きたのだろうかと気にする者は多いが、あくまでも自分の事が最優先で、その為に知りたがっているに過ぎないといった感じだった。


「でも、それは何が起きたのか全く分からないからじゃない? 今の段階じゃ心配のしようがないってところじゃないかしら」


 フィゼルに言われて、ミリィは確かに自分との意識の違いを周りの人達に感じた。そしてどうやら年齢の高い者ほどその傾向が強いようだ。


「……この国の人々はあまりそういうことは考えないのですよ」


 それまで静かに食べていたアレンがぽつりと呟いた。それはどこか寂しげな響きを含んだ言葉だった。


「どういうこと?」


 やや間があってフィゼルが訊いた。アレンの表情に影を感じて、すぐには言葉が出なかったのだ。


「一般の人達は自分と、家族や友人といった身近な人の心配をしていればいいという風潮があります。世界のような大きなことは、特別な人間が考えることだと」


「そんなの、おかしくないか?」


 アレンの言葉にフィゼルが不満そうに応えた。まるでこの国の人間は自分のことしか考えない自分勝手な連中ばかりに聞こえる。


「確かにそうかもしれませんね。“自分の手の届く人達を守ればいい”という考え方は、とても理に適った事のようにも聞こえます。ですが、自分の身の丈を早々に決めつけてしまうことにもなり、そこから先の可能性に目を背ける危険性も孕んでいるのです」


 そこまで言ったところでアレンは一度言葉を切った。一呼吸置いたようにも見えたし、その後の言葉を必死に考えていたようにも見えた。


「……やはり私は、この考えは間違っていたのだと思います」


 最後の言葉はフィゼルには理解のできないものだった。アレンの言葉は時々自分の理解の範疇を大きく外れることがある。しかし決してそれは的外れなことではなく、いつも深慮の底から溢れ出てくるものだということは分かっていた。


「アレンさん、あなたもしかして……」


 ミリィがそこまで言いかけたところで、言葉を遮るようにアレンが立ち上がった。そして「今日はもう休みましょう」と一人足早に自分の部屋へと帰って行ってしまった。明らかに意図的に自分の言葉を躱されたことに、ミリィは呆然とアレンの消えていった方をただ見つめている。


「ミリィ……?」


 その様子がとても異様なもののように感じたフィゼルがミリィに問いかけようとするが、言葉がうまく出てこない。


 アレンが何かを隠しているのはもう確実だった。それはミリィだけでなくフィゼルも感じていることだが、フィゼルの方はそれが何なのかまでは分かっていなかった。だがミリィは何かを感じ取ったようだ。


 二人はその後一言も喋らず部屋に戻った。ミリィは二階の一人部屋、フィゼルとアレンは三階の二人部屋を取っている。フィゼルが部屋に入ると、アレンは部屋に備え付けられている机に向かっていた。


「シェラさんに手紙?」


 フィゼルが何気なく訊くと、ちょうど書き終えたのかアレンはペンを置き、便箋を封筒にしまった。


「いえ、これは別の人に宛てた手紙です。シェラへの手紙はまたそのうち書きますよ」


 それなら誰に宛てた手紙だろうとフィゼルは思ったが、それは尋ねなかった。何となく訊いても答えてくれないような気がしたのだ。ふ~ん、とだけ相槌を打ってベッドに転がった。


「ねえ、先生」


 ベッドに仰向けに寝転がったまま、フィゼルはアレンに声をかけた。視線は天井に向けたままだが、アレンがまだその場から動いていなのが気配で分かった。


「何ですかフィゼル?」


「ううん、やっぱいいや」


 本当は訊きたい事がいっぱいあるのだが、あまりに多過ぎてうまく整理できない。確かにアレンには謎めいたものがあるが、フィゼルにアレンを疑う気持ちは微塵も無かった。シェラを母親のように思うのと同様に、アレンの事も父親のように慕っている。フィゼルは一つ大きな欠伸をしてアレンに背を向け、それから幾分もしないうちにそのまま寝息を立て始めた。


「……もう寝てしまったんですか、フィゼル?」


 アレンはフィゼルに顔を近づけてその寝顔を愛おしそうに見つめた。その安らかな寝顔は同年代の少年と何も変わらない。できることならこの寝顔をずっと守りたいと思った。記憶が戻らず、何も知らないままならそれも可能だろう。だがフィゼルは自分の記憶を取り戻したいと願った。それがどんな結末を迎えるのか、今はまだアレンにも分らない。


「貴方がもし全てを知ってしまっても、願わくばそのままの貴方でいてくれることを」


 耳元で小さく囁いてフィゼルの頭を撫でた。それはまさに大事な子供を守る父親の姿であり、アレンもまたフィゼルを本当の子供のように愛していた。











 その夜もフィゼルは夢を見た。モーリスの港町で初めて見た夢と同じで、自分はだだっ広い雪原に立っている。風は強く吹き付け、縦に落ちるはずの雪は真横に走っている。目の前には一人の人間が立っていた。


 ――誰?


 自分の意識が目の前の人影に声をかける。だが実際には声にならず、ただ黙って相手を見つめているだけだ。風にローブをバタバタとなびかせながら、相手もフードに覆われた顔でこちらを見つめているような気がする。


 ――君は一体誰なんだ!?


 もう一度問いかけようとしたがやはり声にはならなかった。モーリスで見た夢では確かこんな恰好をした少女が出てきたはずだ。目の前の人間はその少女と同一人物だろうかと考えた時、石像のように動かなかった相手の体がゆっくりと動き出した。


 ――っ!!


 夢の中で思わずフィゼルは息を呑んだ。相手の身体が少女のそれではないことに気付いたのと同時に、もう一つ気づいたことがあった。右手に握られている剣だ。おそらく最初から構えていたのだろうが、辺りを煙らす粉雪のせいなのか、はたまた夢というものの都合の良さなのか、さっきまでは全く気付かなかった。そしてその切っ先は真っ直ぐ自分に向けられている。


 ――やっ……やめろ!


 必死で逃れようとするが、声が出ないばかりか身体も動かない。相手はゆっくりと剣を引き、今にも自分を突き刺そうとしている。


 ――なんでこんな事……っ!?


 当然声にはならないが、今の自分にできることはただただ意識の中で叫ぶことぐらいだった。そして相手はそんなことお構いなしに殺気を纏った剣を一気に突き出した。


 ――ぐぅっ……!


 その剣は確実に自分の左胸を貫通した。痛いのか熱いのか、それとも冷たいのかすら分らなかったが、自分を貫く感触は確かに感じられた。相手が剣を引き抜くと、足元の雪を真っ赤に染め上げながらフィゼルの身体がゆっくりとその場に崩れ落ちる。


 ――俺……死んじゃうのか……


 全身を走り抜けるのは間違いなく死の気配である。完全にうつ伏せに倒れる寸前にかろうじて顔を上げ、フィゼルはフードの奥の相手の顔を見た。ほとんど影になっていてその容姿は判別できなかったが、その両の瞳だけは強く印象に残った。


 ――赤い……眼?


フードの奥からこちらを見下ろす瞳は、全てを焼き尽くすかのような赤い紅蓮の光を放っていた――


≪続く≫

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