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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第3章 グランドールの小さなギルドマスター
19/94

第16話

今回の話に出てくる“導力車”は、まぁ自動車みたいなものをイメージしていただければ幸いです。

 ミリィがギルドを出ると、すぐ傍でフィゼルとアレンが待っていた。フィゼルは勢いよく飛び出したものの、どこへ向かえばいいのか分からず結局その場で右往左往していたという。


「それでは出発しましょうか。目的地の“王都ルーベンダルク”はこのグランドールからほぼ真西の方角です」


 三人は馬車で王都へ向かおうと、街の出入り口付近に立ち並んでいる停留所へと向かった。すでに順番待ちの行列が長々と出来ており、そこから引っ切り無しに馬車が乗客を乗せて走り去っていく。


「この分じゃ、ちょっと乗れないかもしれませんね」


 先頭が見えない程の行列を後ろから眺めながら、アレンが腕を組んだ。この混みようは予想以上だった。これでは並んだとしても順番が回ってくるまでに全ての馬車が出払ってしまうかもしれない。


「歩いて行くわけにはいかないのか?」


 これまでこんな行列に並ぶという経験がなかったフィゼルは、この人の多さを見た瞬間に、これの後ろに並んでじっと順番を待つという事に耐えられそうにないと思った。人の足で歩いて行けないような距離というなら仕方ない話だが、そうでないならいっそ徒歩で向かった方が手っ取り早いのではないかと思ったのだ。


「そうですねぇ。確かに歩いて行けないことはないですが」


 女子供の足でも半日程度の道程である。今からでも夕方には十分王都へ辿り着けるだろう。このまま順番待ちをした方が時間的には早いだろうが、待った挙句に馬車が無くなってしまっては元も子もない。


「よし、それじゃあもう歩いて行こうよ」


 フィゼルはもうすでにその気になっている。馬車にも乗ってみたかったが、この行列に並ぶだけの根気はなかった。元々じっとしているのが苦手な性分なのだ。


 ミリィも承諾したので、三人は徒歩で王都へ向かうことにした。一昔前ならグランドールから王都へ延びる街道も決して安全とは言えず、魔獣に加えて野盗の類にも警戒しなければならなかった。それ故かつては皆馬車に乗るかギルドへ依頼して護衛をつけてもらったりしていたが、ここ数年治安も良くなり、街道の整備も進められたため、そういう危険もほとんど無くなっている。だから実際に徒歩で往復する人間も少なくない。


 フィゼルは初めて見る石畳の舗装路を歩きながら、そのあまりの広さに舌を巻いた。確かに馬車が二台安全にすれ違う為にはこれだけの広さが必要だろう。しかしこれだけの広さにびっしりと石を敷き詰めた道が延々と続いている光景にはなかなか慣れなかった。しかも夜でも安全なように等間隔に街灯が設置してある。何から何までフィゼルにとっては規格外だった。


 時折馬車が三人を追い越していく。その中の一台にフィゼルの視線は釘付けになった。


「あっ、あれ! 馬がいないよっ!?」


 車輪の付いた箱――客車を馬が引いて走るから馬車である。しかし今フィゼル達を追い越していった馬車には引く馬がおらず、客車だけで走っている。


「あれは“導力車”ですね。馬ではなく“導力”というエネルギーで自走する車です」


 私も久々に見ました、とアレンは言ったが、さすがにミリィは見慣れた様子だった。数こそ多くはないがグランドールにも王都にも馬車と同じように導力車の乗り場がある。もっとも珍しい物には違いないので、乗ろうと思えば馬車の何倍ものお金がかかる。ミリィも乗ったことはなかった。


「世界にはあんな物があるのか……」


 フィゼルは走り去る導力車を呆然と見送った。グランドールに着いてから見るもの聞くもの全てが驚きに溢れていて、旅に出たのは間違いじゃなかったと思わせてくれる。記憶を取り戻すのが旅の目的だが、そのためには新しいことを知るということが必要不可欠なものだと思っていた。


「ほら、急がないと日が暮れちゃうわよ」


 ミリィに促されて再びフィゼルが歩き出した時、前方から甲高い蹄の音が猛スピードで近付いてきた。


「あれ、なんだろ?」


 フィゼルが前方を指差したと同時に、三人の目にもその音の主が確認できた。


 馬だ。その上には男が一人跨っている。


「あれは王国軍の兵士ですね」


 アレンが言った時には単騎の軍人は三人の横をすり抜けていた。みるみるうちに遠ざかっていく。


「何かあったのかしら……」


 すでに見えなくなった騎兵にミリィは不安そうな声を漏らした。緊急を告げる使者であるのは明らかだった。何か王都で事件があったのかもしれない。


「もしかしたら今回のギルドの依頼と関係あるのかもしれませんね」


 アレンは先頃ギルドで受けた依頼の話を思い出した。王都の地下水路で魔獣らしき影が目撃されているとのことだったが、本当に魔獣が生息していたとしたら、そして万一それが街中に出てきたとしたら――


「急ごう、先生!」


 王都はもうすぐそこだった。フィゼルが先に駆け出し、アレンとミリィもそれに続いて歩を速めた。


 立て続けに馬車が王都の方から向かってくる。中には導力車も混じっていたが、それら全てがさっき自分達を追い越して行ったものだということに三人は気付かなかった。











 王都の城門を視認できるところまで到着した時、三人は予想外の光景に唖然とした。グランドール同様堅固な城壁に囲まれた都市には城門を潜る以外に入都の手段は無い。しかしその巨大な門は閉じられ、王都に入るつもりであった人達が大勢立往生を余儀なくされていた。


「何かあったのですか?」


 アレンが人だかりの一番後ろにいた男に声をかけた。しかし男も状況を把握できていないようで、ただ困惑するばかりである。


 人込みをかき分けるようにして先頭まで出てきて初めて、門の前に兵士が並んでいるのが分かった。だからこれだけの人が集まっていながら大した騒ぎになっていないのだろうが、彼らは黙って門の前に立ち塞がっているだけで何も喋らない。しかしその佇まいは人々を威圧するには十分で、誰一人問い詰めようとする者はいなかった。


「これは一体どういうことですか?」


 しかしアレンは躊躇なく兵士に質問を投げた。周囲の人達からどよめきが起こる。


「たった今、戒厳令が発せられた! これにより王都への出入りは一切禁止である!」


 門の前には十人程の兵士が並んでいた。その中で唯一人位の高そうな格好をした兵士が高らかに宣言した。おそらく隊長だろう。アレンに答えたというよりここに集まっている人達全員に言ったという感じだが、きっかけを待ってからというやり方がいかにも役人仕事に思えた。おそらくもう二度と同じ事を言う気はないのだろう。


「一体何があったというのですか? いきなり戒厳令というのは尋常じゃないと思うのですが」


 隊長格の男の有無を言わさぬ大音声など全く構わずに、アレンが質問を続けた。どよめいていた周りの人達も今度は一歩引いて、アレン達三人が浮き立つ格好になった。


「そんな事をここで言う必要はない! 後でなされるであろう発表を待て!」


 隊長格の男は変わらぬ大声で怒鳴った。明らかに威圧的ではあるがアレンは全く動じない。


「なされる“であろう”ということは、発表されるかどうかも分からないということですか?」


 アレンは相手の言葉尻を捉えた。隊長格の男の顔がみるみるうちに怒りで赤く染まっていく。


「ええい、黙れっ! これは上意である! とやかく言うのなら拘束して牢に放り込むぞ!」


 隊長格の男が鞘から剣を引き抜くと同時に、門を囲むように半円形に隊列していた兵士達も槍を構えて威嚇してきた。周りの人達が怯えた声を上げながらさらに一、二歩後退(あとずさ)る。


「なんだとこの野郎! できるもんなら――」


 やってみろ、とフィゼルは怒鳴り返すつもりだった。サイモン島に駐在していた王国軍の兵士達は皆気さくで優しい者ばかりだった。特に事件というほどの事件のない平和な島だっただけに、兵士達の仕事は専ら道案内だったり、お年寄りの買い物の手伝いだったりとおよそ軍人らしからぬものばかりだったが、島民との距離も近く、こんな風に横柄な態度を取ることなどなかった。だからフィゼルはこの兵士達の態度が許せなかったのだ。


「分かりました。ここは大人しく引き返しますので、どうぞ穏便に」


 それを寸でのところで制したのはアレンだった。これ以上は何を言っても無駄と判断したアレンは、事を荒立てないように引き下がることにした。すでに周りの人達も巻き添えを恐れて引き返し始めている。


「分かればいいのだ、分かれば」


 隊長格の男も剣を収めた。他の兵士達も戦闘態勢を解き、再び元の直立不動の姿勢に戻る。兵士達の方も乱闘騒ぎにならなくてホッとしたようだ。ここに集まっている人達が本当に暴動を起こしたらとてもこれだけの人数では抑えられない。半ば脅すような態度を取ったのも、彼自身何も上から知らされていないという事情があったのだが、当然それを正直に言えるはずもなかった。


 周りにいた人達があらかた()けた頃、フィゼル達三人も再び元来た道を引き返し始めた。辺りはもう日が暮れかけている。


先ほど自分達の傍を通り抜けて行った騎兵はこのことをグランドールへ伝えに行ったようで、新たにこちらへ来る人間はいなかった。


≪続く≫

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