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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第3章 グランドールの小さなギルドマスター
18/94

第15話

第1話にもありましたが、アレンは三十五歳です。

ちなみにミリィは花も恥じらう十六歳という設定です。

十六歳のことを破瓜ともいいますが、この話にそういう要素はありません(笑)

「え~っと、フィゼル君の方は記憶喪失ということで本名・年齢不詳、と。アレンさんの方は……へ~、経験者だったのね」


 ジュリアはアレンが記入した用紙の備考欄を見ながら驚きの声を上げた。


「ええ、もう二十年も昔のことですので記録も残っていないと思いますが」


 アレンの二十年前という言葉にミリィが一瞬反応した。だがすぐにそれを隠すように視線を逸らす。


「二十年前って……アレンさんって三十五歳でしょ? 十五の時にスイーパーとして働いてたんだぁ」


 ジュリアが再び驚きの声を上げたことで二人の目はジュリアに向き、ミリィの僅かな異変は気付かれることはなかった。


「ねえねえ、その頃のお母さんってどんな感じだった?」


 ジュリアが眼を輝かせながらアレンに訊いた。フィゼルとミリィには脈絡の無い話のように聞こえたが、アレンはすぐに理解したようだ。


「では、貴方はやはりアリアさんの……?」


「うん、お母さんの旧姓はクロスベル。元ギルドマスター、アリア・クロスベルは私のお母さんよ」


「そうですか。どおりで似ていると思いました」


 アリア・クロスベルという名前を聞いて、アレンは懐かしさに眼を細めた。ジュリアは確かにアリアの面影を宿している。


「ああ、お母さんならいないわよ」


 アレンがアリアの所在を尋ねると、ジュリアは事も無げに言い放った。いない、というのは今現在たまたま外出しているというのではなく、もうずっと長いこと家を留守にしているという意味だ。


「夫婦水入らずで世界中を旅行してみたい、とか言って出て行ったきり音沙汰無しなの。こんないたいけな娘一人残して、信じられないでしょ?」


 カウンターに頬杖をついて、ジュリアは呆れたように大きく溜息をついた。


「知らなかった……心配じゃないの?」


 ミリィにとっても初めて聞く話だ。まさか本当にたった一人でここを切り盛りしていたとは思っていなかった。


「全っ然! 殺したって死ぬような人じゃないしね」


 当然心配しているだろうと思っていたのだが、ジュリアは笑いながら手を振った。それにはミリィもフィゼルも唖然としたが、アレンだけは一緒になって笑っていた。昔と全然変わっていないと言うアレンの言葉に、ジュリアはまた呆れたように笑った。


「さて、話が逸れちゃったわね。二人ともオーケーよ。これからバリバリ働いてよね」


 二人分の書類を所属スイーパー用のファイルに収めながらジュリアは言い、さらに一連の動作のように新たな書類を一枚別のファイルから取り出した。


「じゃあ、さっそくだけど記念すべき初仕事ね。ちょうど急ぎの依頼が一件来てたのよ。いや~、助かっちゃうわ♪」


 唖然とする三人をよそに、屈託の無い笑顔でジュリアは取り出した書類をカウンターに置いた。表題には通し番号と“王都地下水路調査”という文字が書いてある。


「詳細はそこに書いてあるけど、簡単に説明しておくわね。依頼は王都に住む人達の連名で出されていて、内容は王都の地下を通る巨大水路の調査」


「調査といいますが、具体的にはどんなことを調べてくるのですか?」


 眼を白黒させているフィゼルとは対照的に、手馴れた様子で依頼書を持ち上げながらアレンが質問した。調査というからには、何か王都の地下水路で異変が生じたに違いない。


「ここ最近ね、王都に住む人達が地下から呻き声のようなものを聞くんだって。中には魔獣のようなものの影を見かけた人もいるって話よ」


 王都ルーベンダルクの地下には巨大な水路が張り巡らされている。当然一般人が水路に立ち入ることはできないが、地上からでも排水溝などから下を覗き見ることはできる。


「ってことは、その魔獣を退治すればいいんだな」


 アレンの持っている依頼書を横から覗き込みながらフィゼルが言った。しかしアレンとミリィは首を傾げている。


「でもこれって……」


 ミリィの言葉をアレンが続ける。


「王国軍の仕事じゃないんですか? 街道ならまだしも、街のど真ん中に魔獣が現れたわけですから」


「さあ? 一応陳情はしたらしいけど、全然動いてくれなかったらしいわよ」


 肩を竦めてジュリアが答える。ジュリアの方も当然その疑問は持っていたようだ。


「まあ、はっきりと魔獣の姿が確認されたわけじゃないし、実際に被害が出たわけでもないし、ってところね。役人なんてこんなものよ」


 ジュリアはわざと非難する語気を強めた。視線はフィゼルに向いている。


「ひっでーな、それ」


 フィゼルは驚くほど率直に憤りを表した。


「そうね。だから私達みたいな存在が必要なのよ」


 ジュリアの言葉でフィゼルはすっかりその気になってしまった。実にシンプルな思考回路で操りやすい。ジュリアは笑顔の裏で舌を出した。


「よし分かった! 俺達に任せてくれ。いいだろ、先生?」


 そう言いながらフィゼルはもうすでに飛び出そうとしていた。そんなフィゼルを落ち着かせながらも、アレンもまた特に反対はしなかった。アレンにしてみても、これは気になる話だった。モーリスの町からずっと胸につかえている疑惑が少しずつ膨らんでくる。そんなはずはないと自分に言い聞かせても、どうしても拭い去れない不安がアレンの心をざわつかせた。


「くれぐれも気をつけるのよ。アレンさんが一緒なら心配ないと思うけど」


 アレンの言うことを聞いて行動するようにと、ミリィはフィゼルに念を押した。出会ってまだ数日しか経っていないのだが、何故かこの二人のことが妙に気に掛かった。


「何言ってるの? ミリィも行くのよ」


「はぁ!?」


 思ってもみなかった言葉に、ミリィは眼を見開いて振り返った。


「フィゼル君は新人だし、アレンさんにしたってもう二十年もブランクがあるのよ。二人だけで仕事をさせるわけにはいかないでしょ? 誰かが一緒に行ってサポートしてあげないと」


 ジュリアはさも当然のことのように言って、にっこりと微笑んだ。


「ちょっ、ちょっと待ってよ! 私にはそんなことしてる暇は……」


「分かってるわよ、例の件でしょ? でも今のところこれといった情報は入ってきてないのよ。有力な情報が入ってきたら必ず知らせるから、ね?」


 ミリィの抗議を遮るようにジュリアは顔の前で両手を合わせた。さらにその手の後ろから顔を覗かせるように首を傾げて、まるで子供が親におねだりするかのような眼でミリィを見る。


「申し訳ありません。なんだか巻き込んでしまったみたいですね」


 ジュリアに対して言葉を失ってしまったミリィにアレンが声を掛ける。しかしその言葉とは裏腹に、アレンはこの状況を心の中では歓迎していた。できることならミリィとの関係を切りたくなかった。フィゼルだけでなくミリィもまた、アレンの心に影を落とす予感めいたものの重要なファクターを担っているように感じられたのだ。この二人の行く先に、只ならぬ困難が待ち受けているだろうということを、現時点ではアレンだけがぼんやりとではあるが予見していた。


「なんかごめん、俺達のせいで……」


 フィゼルもアレンに続いて頭を下げたが、フィゼルもアレン同様心のどこかでまだミリィと一緒にいられることに喜びを感じていた。しかしこちらはアレンのような深い考えはなく、旅に出て初めて出会った仲間ともっと一緒にいたいという単純な気持ちであったが。


「いいのよ。この子はいつもこうやって仕事を押し付けるんだから」


 溜息交じりにそう言うと、ミリィはジュリアの頭を右手でわしゃわしゃと掻き回すように押さえつけた。


「やっ、やだなぁ、ミリィったら。そんなに怒っちゃ美人が台無しよ?」


 ミリィに掻き回されて散々に乱れた髪を両手で整えながらジュリアはまた甘えるような笑顔を見せた。


「それでは、改めてよろしくお願いしますね、ミリィさん」


 言葉と一緒に差し出された右手に、ミリィは少々気恥ずかしさに戸惑いつつも、それに応えた。ミリィもこの二人と行動を共にできることを喜んでいたのかもしれない。アレンだけでなく、ミリィもまた自分達を繋ぐ不思議な縁を漠然とではあるが感じ取っていた。


「よしっ、早速出発だ!」


 フィゼルが勢いよく飛び出して行った。アレンも慌ててその後を追いかけてギルドを出る。ミリィも続こうと一歩足を踏み出したところでふと思い立ち、振り返ってカウンターの前まで引き返した。


「どうしたの、ミリィ?」


 てっきり出て行くものだと思っていたミリィが突然引き返してきたことにジュリアは首を傾げた。


「ちょっと調べてほしいことがあるんだけど」


 ミリィはチラリと後ろを振り返りながら言った。今この空間には二人だけしかいない。


「分かってるって。“剣聖”だけじゃなくて“赤い目の男”のこともちゃんと調べておくから」


 ジュリアはミリィが今調査中の件の念を押しに来たのだと思った。ミリィにとっては何よりも重要なことであることは分かっているが、現在のところ本当に有力な情報は入っていないのだ。


「ううん。それとは別に、アレンさんの事なんだけど……」


 ミリィは再び後方を気にしながら声を落とした。


「えっ? アレンさんのことを調べるの?」


 ジュリアは意外な言葉に驚いたが、ミリィに倣って声は落としていた。何やら只ならぬ雰囲気をミリィの表情から感じ取ったのだ。


「二十年前にここでスイーパーをやってたんでしょ? その頃の事について、何でもいいから情報が欲しいの」


 首を傾げるジュリアに「よろしくね」と言い残して、ミリィは二人の後を追って出て行った。


≪続く≫

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