第14話
ファンタジーならではの『ハイスペックな子供』が好きです。
『体は子供、頭脳は大人』的な(笑)
「いらっしゃい、何かご用?」
フィゼルがカウンターに近づくと、女の子は慣れた感じで応対した。なんとも可愛らしい笑顔だとフィゼルは思った。
「店番してるの? 偉いねぇ」
フィゼルも女の子に笑いかけた。見たところ十一、二歳だろう。この歳でしっかり客の応対ができることに素直に感心した。
「あら、ここは初めて? 私がここの主、ジュリア・ジェノワースよ」
「えっ、君みたいな子供が!?」
女の子の口から発せられた言葉に、フィゼルは後ろに飛び退きそうなほど驚いた。自分よりもずっと幼い女の子がここの主人だなんて夢にも思わなかったのだ。
「子供でも腕は確かよ。それで、どんな依頼で来たの?」
ジュリアと名乗った女の子は少しむっとした表情で尋ねた。ころころと表情が変わるところも、どこにでもいる至って普通の女の子だ。
「え……? 依頼って?」
フィゼルはこのギルドというのがどんな所なのか知らずにいた。ただ漠然と何かしらの店だろうと思っていたのだが“依頼”という言葉は想定外だった。
「ここは客の色んな依頼を請け負う“何でも屋”ってとこね」
それまで一歩引いた位置で見守っていたミリィがフィゼルの横までやって来た。初めてミリィの存在に気付いたジュリアが途端に笑顔を見せる。
「あっ、ミリィじゃない! 久しぶりね~」
「ふふ、相変わらずねジュリア」
ミリィも穏やかな笑顔をジュリアに向けた。それまでフィゼルが見たことのない表情だった。まるで仲の良い姉妹のようである。
「ミリィがお客さんを連れてくるなんて珍しいわね」
「まあ、色々あってね」
「あ、ねえねえ。それより“例の件”はどうだったの?」
「ううん、やっぱりダメだったわ」
「でっしょ~? やっぱり“情報”はウチで買わないと!」
「これからはそうするわ」
「へへ、毎度~♪」
いつの間にかフィゼルをそっちのけで会話が盛り上がってしまっている。例の件、情報など気になるキーワードも幾つか飛び出しているのだが、会話に入っていくこともできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「どうやらミリィさんはここの常連みたいですね。もしかして“登録”しているのですか?」
それまで後ろで黙って様子を見守っていたアレンが輪の中に加わった。またしてもフィゼルにとっては意味不明の単語が出てきた。
「ええ、そうなんです。やっぱりアレンさんはギルドについても詳しいんですね」
ミリィはそう言った後で、ふと心に何か引っかかるものを感じた。それが一体何なのかまでは分からず、その思いも一瞬で消え去った。
「お~い、いい加減俺にも分かるように説明してくれよ。一体ここは何なんだよ?」
堪りかねたフィゼルが不満そうに口を挟んだ。自分一人だけが蚊帳の外といった感じだ。
「だから、ここは客の色んな依頼を請け負う“何でも屋”よ」
カウンター越しのジュリアがぶっきら棒にミリィの先ほどの説明をそのまま繰り返した。フィゼルに子供扱いされたのをいまだに根に持っているようだ。ジュリアにしてみれば、フィゼルだって自分とそう歳が変わらないだろうにということだろう。
「それじゃよく分かんないよ。情報とか登録とかってのは?」
ジュリアを怒らせてしまったのを後悔しながら、フィゼルは助けを求めるようにミリィに尋ねた。見た目とは裏腹に、何とも言えない迫力をジュリアは持っていた。
「もう……ジュリアも機嫌直して。フィゼルだって悪気があったわけじゃないんだから」
ミリィはフィゼルの質問に答えるよりも先にジュリアを宥めることにした。
「へぇ、随分優しいじゃない。ミリィってこういう頼りない感じが好みだったのね」
ジュリアが少し意地悪く笑った。子供らしからぬ目付きと言葉遣いにフィゼルは不覚にもドギマギしてしまった。子供にからかわれて、うろたえてしまった事にさらに顔が赤くなる。
「あのねぇ……いちいちそういう方向に話を持っていかなくていいの」
フィゼルとは打って変わって、ミリィは手馴れた感じでジュリアの言葉をいなした。冷静に考えればこういうおマセなところも子供らしいと言えるのかもしれない。それを真に受けてしまうなんて、自分もまだまだ子供なんだとフィゼルは痛感した。
「はいはい、分かったわよ。ちゃんと説明してあげる」
つまらなそうにそう言うと、ジュリアはひとつ咳払いしてギルドの説明を始めた。
正式には“スイーパーズギルド”といい、客からの依頼に応じてスイーパーと呼ばれるエージェントを派遣してトラブルを解決する民間団体である。
スイーパーにはギルドに登録することでなれる。登録されたスイーパーはギルドに寄せられた依頼の中から自分に見合った仕事を請け負うことになる。当然危険な依頼も多く、また信用第一の商売でもあるため、誰にどの依頼を割り振るかの最終判断はギルドを預かるマスターに委ねられる。
またギルドは商売柄、様々な情報を保有している。その情報を有料で提供する情報屋としての一面も持ち合わせているのだ。
「――まあ、大体こんなとこね。分かったかしら?」
一通りの説明を終えてジュリアがフィゼルを見た。理解したのかどうかの確認ではなく、フィゼルがこのギルドに何を求めるのか尋ねるような視線だった。
「ほら、もしかしたら例の時計塔の事だって分かるかもしれないでしょ?」
何故か俯いたまま黙り込んでしまったフィゼルにミリィが声を掛けた。船内での一件のように我を忘れてジュリアに詰め寄るんじゃないかと思ったのに、フィゼルのリアクションは意外なものだった。ジュリアの説明が理解できなかったということはないだろうに。
「時計塔の事って?」
ミリィの言葉にジュリアが反応を見せる。フィゼルの重い雰囲気に只ならぬものを直感で感じ取った。
「うん……実は――」
ようやく重い口を開いたフィゼルはゆっくりと自分の状況を説明した。先日ミリィに詰め寄ったときとは全く違う、何かを恐れているような慎重さだった。
「なるほどねぇ。記憶が無いんだ……」
フィゼルが話し終わると、ジュリアは少し同情しながら言った。こういう商売をしていると色々な事情を抱えた人間をよく目にするが、さすがに記憶喪失の人間を見たのは初めてだった。
「何か分からない?」
話し終わるとまた黙り込んでしまったフィゼルに代わって、ミリィがジュリアを促した。本人も気が付かないうちに、ミリィはフィゼルの力になってあげたいと強く思うようになっている。それはフィゼル達に出会うまでのミリィからすれば考えられないようなことだった。
「う~ん……今手元にある中にはそういう情報は無いわねぇ」
ジュリアは頭の中の引き出しを全部ひっくり返すかのように首を傾げながら、時折資料の束を取り出しては首を振った。
「なんだ、やっぱり分かんないのか」
突然フィゼルの表情が明るくなった。あんなに自分の記憶の手がかりを欲していたはずなのに、いざそれが分かりそうになると途端に萎縮してしまっていたようだ。大きな期待とそれに負けないくらい大きな不安が心を締め付け、逃げ出したいほど苦しかった。
「むっ、馬鹿にしないでよね。今はちょっとそれらしい情報は無いけど、こんなこと私に掛かればすぐに調べてみせるんだから!」
フィゼルの言葉に馬鹿にされたような気持ちになったジュリアが再び口を尖らせた。フィゼルに対する同情もあるが、それ以上に情報屋としてのプライドに懸けてこの件は調べ上げないと気が済まなくなった。
「ただし、貰う物はきっちり貰うからね」
ジュリアは親指と人差し指で輪っかを作って見せた。
「えっ、そんなにお金取るの!?」
「当然でしょ。この時代、情報ほど貴重なものは無いんだから」
形の無いものにお金を使うということ自体、フィゼルにとっては経験の無いことだった。一体いくら取られるのか想像もつかない。
「俺、あまりお金持ってないんだけど……」
もともとコニス村を出る際に路銀はあまり用意していなかった。船賃などの交通費さえあれば、あとは特にお金がなくても何とかなると考えていた。薬の類はアレンの家から沢山持ってきたし、雨露さえ凌げれば寝るところは別に宿屋でなくてもよかった。何より自分で稼いでいたわけではないので、全部シェラの用意してくれたお金である。できるだけ迷惑をかけたくなかった。むろんシェラはもっと持たせようとしたのだが。
「お金が無いなら身体で払ってくれてもいいわよ」
今時借金取りでも言いそうにないジュリアの言葉に、思わずフィゼルは後退りした。
「かっ……身体って?」
「あなたもスイーパーに登録すればいいのよ。そうすればこっちから適当な依頼を回してあげるからお金も稼げるし、情報だって特別に格安で提供してあげるわよ」
ジュリアは笑顔で言った。相手を安心して懐に呼び込んでから一気に丸呑みにするかのような、裏を感じさせる営業スマイルだった。
「俺にもできるのか?」
早速フィゼルはその気になっていた。真実を知ることに一抹の不安を覚えながらも、やはり立ち止まるわけにはいかない。可能性があるなら全部試してみたかった。
「登録は各々の支部の判断に任されてるわ。本来なら幾つか適応試験みたいなものを受けてもらうんだけど、ミリィの紹介なら問題ないわね」
「ちょっと、私は別にフィゼルをスイーパーとして紹介した覚えは無いわよ」
いつの間にか紹介の意味がすり変えられていることにミリィは抗議した。確かにフィゼルの剣の腕は認めるが、ただ戦闘能力が高いというだけで勤まる仕事ではない。的確な状況判断能力が必要になってくるのだ。
「ふうん、何だか随分な言われようね」
ジュリアが同情めいた眼をフィゼルに向けた。フィゼルは黙って俯いている。少し前までのフィゼルならここでムッとしているところだが、ミリィに言われると何も反論できなくなる。同じ年頃のミリィと比べてみると、余りにも自分が何もできない子供だと思えてしまうのだ。
「心配はいりませんよ、フィゼル。私が一緒にいれば問題ないでしょう」
フィゼルの余りの落ち込みようを見るに見かねて、アレンが助け舟を出した。
「雪の降る街というのは世界中に数え切れない程ありますし、ただ闇雲に探し回っても手掛かりを見つけるのは困難でしょう。ここである程度情報収集してからの方が現実的だと思いますよ」
いい社会勉強にもなりますし、とアレンは微笑んだ。アレンとしても何の当ても無くフィゼルが世界中を旅するのは望ましくなかった。
「はいはい、それじゃ二人ともササっとこの書類にサインしてね」
三人のやり取りを全く無視して、ジュリアはすでに二人分の登録用紙をカウンターの上に並べていた。アレンが一緒ならということで、ミリィもそれ以上は何も言わなかった。
≪続く≫