第13話
新章突入です。これからもどんどんキャラクターが増えていきます。
いずれ登場人物紹介とか投稿したいと思います。
船がグランドールに到着した。フィゼルは港が見えてくると、船室を飛び出し甲板に上がった。
「すっげぇ……」
手摺から上体を乗り出して、まだ遠く霞む街に眼を輝かせながらフィゼルは呟いた。壮大な街並みに思わず息を呑む。
港に降り立つと、フィゼルはまた呆然と立ち尽くしてしまった。港部分だけでコニス村くらいの広さがある。あちらこちらに船が停泊していて、水夫たちが慌しく作業しているのが見えた。
「あっ、あのでっかい船は何?」
フィゼルはその中でも一際大きな船を指差した。先程乗ってきた連絡線の3倍はあろうかという巨船で、船体は黒く、両舷側に無数の大砲を備えていた。
「あれは軍艦ですよ」
「グンカン?」
アレンの方へ顔を向けようとした時、後ろから流れてきた人達にぶつかって少しよろけた。
「ほら、ぼさっとしてると迷子になっちゃうわよ」
確かに、港は船から降りてきた人やこれから乗り込もうという人達でごった返していた。油断しているとあっという間に人波に揉まれてはぐれてしまいそうだ。フィゼルは慌ててアレンとミリィの傍へと駆け寄った。
「やれやれ、フィー吉ってば田舎者丸出しだねぇ」
レヴィエンはアレン達の少し先を歩いていて、港と市街地を隔てる大階段に片足を掛けていた。
「誰がフィー吉だ、誰が!」
「貴方はこれからどうするつもりですか?」
レヴィエンがフィゼルをからかい、フィゼルがそれにまんまと乗せられ、さらにそれをアレンが宥めるという、いつの間にか定番になってしまった感のあるやり取りを一通り済ませてから、アレンはレヴィエンに尋ねた。
「ボクはこれから真っ直ぐ王都へ向かう予定さ。本当なら心ゆくまでこの街でショッピングといきたいところなのだが」
レヴィエンはわざとらしく肩を竦めて笑って見せた。その大袈裟な仕草にフィゼルとミリィは辟易した表情を見せたが、アレンの眼は鋭く光った。
「ほう、王都に……?」
モーリスの廃坑での一件はアレンにとって見過ごすことのできない事件だった。盗賊の一人を醜悪な化け物に変えてしまったあの“石”は王都に運ばれるという。“石”の存在を知っているこの男が同じように王都へ向かうのは偶然には思えなかった。
「イヤだなぁ、アーリィってばまた探るような目付きだよ? ボクのような人気者はあちらこちらからオファーが殺到して大忙しなのさ」
アレンの心中を知ってか知らずか、レヴィエンはまたいつもの軽口で追及を躱した。そして一度にっこり微笑むと、そのまま大階段を上がっていってしまった。
「何だったんだ、あの男は……」
レヴィエンの姿が見えなくなるとフィゼルがポツリと呟いた。今まで出会ったことのないタイプの人間だ。全く理解できないのに何故か無視できないインパクトも持っていた。
「私はああいう男が大っ嫌い!」
ようやく居なくなってせいせいしたと言わんばかりにミリィは吐き捨てた。相当レヴィエンの軽い性格に嫌気が差していたのだろう。それについてはフィゼルも同感だった。
「おかしな人でしたけど、只者ではなさそうですね」
アレンはまだレヴィエンの立ち去った方向を見上げながら静かに言った。ミリィはレヴィエンと話す時のアレンの目付きに時々突き刺さるような鋭さを感じている。しかしこの時のアレンの表情からは今彼が何を考えているのか量ることはできなかった。
「そうかなぁ? ただのチャランポランのような気もするけど」
「まあ、その可能性も否めませんけどね」
アレンはフィゼルの言葉を敢えて否定しなかった。外見は確かに軽薄な遊び人でしかない。その裏に隠し持っている得体の知れない不気味さは、自分の胸の内にだけ秘めておこうと思った。
「そんなことより、俺達も早く街に入ろうよ。“ギルド”ってとこがあるんだろ?」
フィゼルはもうこれ以上我慢できないと言わんばかりに二人を促した。
「“ギルド”のことを知っているのですか?」
アレンはフィゼルから意外な言葉が発せられたことに驚いた。コニス村での暮らしでは馴染みのない言葉である。
「ミリィが教えてくれたんだ。そこに行けば俺の記憶の手掛かりも見つかるかもしれないって」
フィゼルはミリィに顔を向けた。ミリィはその視線を受け、アレンに頷いて見せた。
「ミリィさんに話したんですか……?」
アレンは無意識に声のトーンを落とした。
「えっ、何かマズかった?」
フィゼルはアレンの意外な反応に驚いた。別に口止めされたこともないし、人に話して問題があるようなことだとも思っていなかった。
「ああ、いえ……別に何も問題ありませんよ」
アレンは二人に動揺を気取られてしまったことに気付いて慌てて取り繕った。フィゼルの事情をミリィに話すことに問題があるはずもなかった。もちろん誰彼構わず言いふらす事ではないが、親しくなった人間に話すぐらいはいいだろう。もしかしたらそれがきっかけで何か手掛かりが見つかることもある。
しかしアレンは一抹の不安を拭いきれずにいた。フィゼルの記憶を探す旅の果てにあるものにどうしても暗澹たる思いが蟠っていた。その不安が無意識に表に出てしまったのである。
「ギルドはグランドールの西街区にあります。ちょっと分かりにくいかもしれませんから、ちゃんと私達についてきて下さいね」
ミリィより先にアレンがフィゼルにギルドの場所を説明した。ミリィは若干驚いた表情を見せたが、アレンが意外なほどに物知りだということはもう分かっていたので特に何も言わなかった。
グランドールの街は大きく四つの区画に分けられている。船の出入口である港は南街区にあり、定期船の運行会社や貿易商社などが立ち並んでいる。王国軍の軍艦もこの港に停泊しており、海軍の詰所もこの南街区に設けられている。
東街区と北街区は居住区になっており、主に東街区に一般層、北街区に富裕層が住居を構えている。
そして西街区は商業区となっており、ここに来れば世界中のありとあらゆる物が手に入ると言われるほど、多種多様な商品が世界中から集まっている。さらには街の陸側の出入口にもなっており、街に入ってくる旅行者のために宿泊施設が集中しているだけでなく、トラブルの相談や諸手続きの窓口となる役所も設けられていた。
「ほら、あの赤い屋根の建物がギルドよ」
最も商店と人の往来が集中している大通りを一本裏に入った細い通りに、その建物はあった。一見すると小さな雑貨屋のようにも見える。古びた看板が風に揺られて時折ギシギシ音を立てていた。
フィゼルが扉を開けて中に入ると室内には誰もいなかった。正面には小さなカウンター、横の壁際にこれまた小さなソファーが備え付けられており、壁にはぎっしりと様々な張り紙が貼り付けられている。
「あら、お客さん?」
後に続いてアレンとミリィも中に入ってきたところで、誰もいないと思っていた正面から突然声がした。小さなカウンターの下からひょっこり出てきたのはその声色の通りの小さな女の子の顔だった。
≪続く≫