第12話
また新しいキーワードが出てきます。
設定がごちゃごちゃしてすみませんm(__)m
ミリィが部屋を出て行った後、アレンとレヴィエンの間には暫く会話が無かった。ただお互いに見定めるような視線を交換している。
「その銃、見せてもらっても構いませんか?」
カップに僅かに残った紅茶を飲み干し、アレンがレヴィエンの懐を指差して言った。
「銃に興味が?」
レヴィエンはそれに応じ、懐から愛用の装飾銃を取り出してテーブルに置いた。
「まあ、扱うのは専門外ですが」
アレンはテーブルに置かれた銃を手に取り、骨董品でも鑑定するかのような眼つきで隅々まで観察した。
剣で戦うことを専門としているアレンは銃を扱ったことがない。狙いを定めてトリガーを引くだけの、一見すると誰にでも扱えそうなものなのだが、それを戦術的・戦略的に扱うということになれば余程のセンスと鍛錬が必要だろう。ある意味では剣を振るよりも難しいかもしれない。
それでも、アレンは剣の扱いに関しては達人と呼べる域に達している。銃も武器である以上、その本質は剣と変わらないはずだ。
そういう眼でレヴィエンの銃を観察すると、これが非常によく出来た代物であることがわかる。装飾銃というものは元来、裕福な貴族や商人が観賞用に造らせるもので、とにかく華美な外見だけを目的とし、実用性は皆無と言ってもいい。しかしこの銃は、銃身のバランスの見事さといい、照準の確かさといい、外見の見事な装飾からは想像が付かないほど洗練された造りをしていた。
「なかなか見事な銃ですね」
アレンは銃をレヴィエンに返しながら言った。
「フフン♪ 分かるかい? お望みとあらば解説して差し上げよう。まず見ての通り銃弾はリボルバー式の六発装填で――」
レヴィエンは得意顔になって銃の解説を始めたが、アレンはすぐにそれを遮った。詳しい構造の解説などされても、アレンには理解できない。
「詳しいことは分かりませんが、その銃は一介の音楽家が持つような銃ではないのではないですか?」
護身用に銃を持つ金持ちはいるが、皆もっと小さく扱いやすい小口径の拳銃を持つ。レヴィエンの銃は口径も大きく、相当な威力があることが窺われる。そしてその威力に耐えうるだけの重厚な銃身はずっしりと重い。明らかに戦闘を生業としている者が持つような実戦向きの銃であった。
「ハッハッハ。ボクは世界中を股に掛ける大人気天才カリスマ音楽家なのさ。しかもオファーあらばどこへでも飛んでゆくほどのサービス精神旺盛な好青年なのでね。当然旅の途中で危険な魔獣と遭遇することもあるのさ」
レヴィエンはぽんぽんと懐の銃を服の上から叩いた。その明け透けな笑顔からは確かにキナ臭さは感じられないが、この場合それが逆に不自然でもあった。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
アレンがそう言うと、レヴィエンの表情から一瞬笑顔が消えた。またすぐに笑顔に戻ったが、その瞬間をアレンは見逃さなかった。
「貴方は“魔石”をご存知ですね?」
その言葉の響き同様アレンの表情は穏やかなままだったが、その眼は笑っていない。射抜くような視線をレヴィエンに投げつけていた。
あの廃坑で窃盗犯のリーダーが見せた赤紫色の石は、アレンにとって特別な物である。しかしその存在は、世界の表舞台からは完全に秘匿されており、普通の人間が知るはずもなく、また決して知られてはならないものであった。
「貴方は盗まれた物を取り戻そうとすれば、必ずあの化け物と戦闘になると予測し、先に私達を向かわせた。化け物を弱らせるための捨石にするつもりだったのですか?」
アレンの詰問にレヴィエンが大きく手を振る。
「とんでもない。アナタ達を犠牲にするつもりなんて無かったさ。ただ、一介の音楽家の手には余ると思って、アナタ達の助けを借りたまでさ」
レヴィエンが否定したのは、「アレン達を捨石にしようとしていた」という部分だけであった。化け物のことや“魔石”という物については暗黙のうちに認めていた。
「普通の民間人は魔石などという存在自体、知らないはずですが?」
アレンの眼は鋭さを保ったままだ。アレンにとって、この男が自分達をどう利用するつもりだったかよりも、魔石の存在を知っているということの方が遥かに重大だった。
「はて、そういうアナタも民間人じゃなかったのかい?」
アレンの問いに答える代わりに、レヴィエンも問い返した。一介の音楽家が魔石の存在を知っているのがおかしいと言うなら、自分だって一介の村医者ではないかと。これに対してはアレンも返す言葉がなかった。
「フフ、詮索が過ぎるのはボクの趣味じゃない。お互いこの辺で手打ちとしようじゃないか」
アレンが黙っていると、レヴィエンのほうから一方的にこの話を打ち切ろうとした。今はまだ自分の事を追求されるのも不都合だと判断したアレンは仕方なくそれを受け入れた。
最後に一つだけ、とアレンはレヴィエンに盗まれた荷について尋ねた。
「あれは本当にイルファリア王家へ献上される品なのでしょうか?」
それに対してレヴィエンはしっかりと頷いて応えた。レヴィエンにはその質問の意味が分かっている。アレンの表情が僅かに曇った。「そうですか」と小さく呟き、アレンは船窓の向こうに流れる雲を遠く見つめたまま黙ってしまった。
フィゼル達を乗せた連絡船は、モーリスの港を出港して一路西に向かっていた。地図で確認すると、グランドールはゼラム大陸という世界最大の大陸の東端にあり、モーリスからはちょうど真西に位置していた。
航海中、天気にも恵まれ、連絡船は帆を一杯に張って快調に波を蹴っていた。途中、アレンが航海士から聞いてきた話によると、三日程でグランドールに着けるらしい。
乗船早々こそドタバタしたものの、それ以後は至って平穏な船旅であった。レヴィエンもいい加減懲りたのか、それとも二人(特にフィゼル)の眼が光っていたためか、ミリィにしつこく言い寄ることもなくなっている。
フィゼルはアレンとミリィから簡単にグランドールの説明を受けた。三大都市と呼ばれる主要都市の一つで、世界中の船が人と物を運んでくる世界最大の交易都市である。また、すぐ西には“王都ルーベンダルク”があり、まさにイルファリア王家のお膝元として栄えていた。
「楽しみだなぁ」
フィゼルは無邪気に眼を輝かせている。自分がどこの誰かも分からないという困難な状況にあって、この明るさは彼の強さなんだとミリィは思った。その明るさが逆にミリィの心の影を色濃くし、その心の影を反映するようにミリィは表情を曇らせる。アレンはそんなミリィをちょっと心配そうに見ていたが、しかし口には出さなかった。
≪続く≫