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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第2章 謎の青年と廃坑の化け物
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第7話

 食堂で男と会ってから約一時間後、三人はモーリスから程近い廃坑の入り口に到着した。この坑道の名前だろうか、岩壁に大きく穿たれた入り口のすぐ脇には、平らに均された部分があり、そこに何か文字が彫られている。しかし長い時間放置されていたため風化し、ほとんど判読できなくなってしまっていた。


 入口は塞がれており、立ち入り禁止の立て札がすぐ脇に立てかけられている。しかし木の板をぶっちがいに合わせただけの簡単なもので、ここが今は使用されていないということを示すには十分だが、入ろうと思えば簡単に板の隙間から身を滑り込ませることができそうだ。


 アレンが板の手前にしゃがみこんで慎重に板や地面の様子を調べる。しばらくして立ち上がると、すぐ後ろで見守っていたフィゼルとミリィに頷いて見せた。何者かが通った痕跡が認められたのだ。それもまだ新しい。


「じゃあやっぱり」


 フィゼルが少し興奮気味に言い、アレンとミリィを交互に見た。ミリィはまさかと思ったが、確かにアレンの言う通り、廃坑の入り口付近には人が通った跡が見て取れる。これだけであの男の言葉を完全に信じることはできないが、少なくともこの中に誰かがいることは確かなようだ。


「では行きましょう」


 中は真っ暗で外から様子を窺うことはできない。しかし近くに人の気配を感じなかったので、まずはアレンが中に入って様子を探ることにした。


 アレンが中に入り、板の隙間から差し出された手にフィゼルがカンテラを渡す。途端に中の様子が外からでも分かるようになり、しばらくアレンがカンテラを右へ左へと動かしながら危険が無いか慎重に調べた後、フィゼルとミリィも中に入った。


 坑道内は静まり返っていた。小さく左右にくねりながら、ほとんど真っ直ぐに奥へ奥へと続いている。思った以上に坑道は広かった。


 アレンの持っているカンテラ一つでは心許無かったので、フィゼルもカンテラを灯し、アレン、ミリィ、フィゼルの順番で一列縦隊になって進んだ。


 しばらく奥に進むと、方々に道が枝分かれしていた。昔はこの山でも大量の鉱物が採掘されていたのだろう。しかし隅々まで掘り尽くされて、もう何も出なくなったので廃坑になったのだ。地図でもなければとても進めたものではない。


「これじゃあ、すぐに迷ってしまいそうですね」


 ミリィが幾つにも分岐した道の先を眺めながら言った。これ以上進むのは危険と判断して踵を返そうとする。


「いえ、待って下さい」


 アレンは道の分岐点の付近を慎重に調べていたが、引き返そうとするミリィを呼び止め、その場にしゃがみ込んでカンテラで地面を照らした。


「どうやらこの窃盗犯はあまり賢くないみたいですね」


 笑いながらそう言うアレン。フィゼルとミリィは首を傾げながら近づき、アレンの肩越しからカンテラに照らされた地面を覗き込んだ。そしてすぐにその言葉の意味を理解した。


 地面には星型の印が描かれていた。明らかについ最近描かれたもので、分岐した道の入り口に印されていたのだ。間違いなく道に迷わないための目印だ。こんなものを残していたら自分達は迷わないかもしれないが、追いかける側だって迷わず追いつけるというものだ。


「まあ、こんな逃げ場もない島で突発的に盗みを働いてしまうような人達ですからねぇ」


 アレンが再び呆れたように笑った。


 思った通り、道が分かれるたびに足元には星型の印がある。それを辿っていくうちに奥に人の気配を感じられるようになり、三人は息を潜めてできるだけ足音も立てないように慎重に近づいた。


 何か言い争う声が聞こえる。三人は足を止め、聞き耳を立てた。


 ――こんな物盗んでどうするんだよ!


 ――でも、これが一番厳重に管理されているからきっと高価なお宝に違いないって言ったのはアニキじゃないっスかぁ……


 ――うるせぇ!


 ゴンという拳骨の音と、小さな悲鳴が聞こえた。


 ――まさかこんな大事になるとはなぁ


 ――だから、きっと凄いお宝なんですって


 ――こんな石ころがかぁ?


 そんなやりとりを聞いているうちに、相手の人数が分かった。窃盗犯はどうやら三人だけらしい。話の内容を聞いている限り、確かに賢くはなさそうだ。勢い余って盗んだはいいが、これからどうしようか途方に暮れているという感がありありと伝わってくる。


 フィゼル達は目配せして、一斉に窃盗犯達のもとへ雪崩れ込んだ。いきなり現れたフィゼル達の姿に窃盗犯達三人は飛び上がり、呂律の回らない舌で何か口々に叫んでいる。


「なっ、何だテメェらは!?」


 リーダー格の男が腰の短剣を抜いて身構えた。威嚇しているつもりだろうが、完全に浮き足立っている。他の二人も武器を抜いたが、持つ手がすでに震えていた。


「貴方達が盗んだ物を取り返しに来たんですよ。無駄な抵抗はしないで下さい。貴方達に勝ち目はありません」


 アレンは刀も抜かず一歩男達に近づいた。フィゼルも剣を抜かず平然としている。ミリィも特に身構えてはいない。


 フィゼル達は一目で見抜いたのだ。この窃盗犯達がただの素人であることを。少なくとも戦闘能力に関しては、一人でも負ける気がしない。


 しばらくして、リーダー格の男が諦めたように短剣を下ろした。


「そうかいそうかい。俺達が盗んだ物をねぇ」


 男は何か思いついたような表情を見せて、精一杯平静を装いながら話し出した。


「ひとつ訊くが、アンタ達王国軍じゃないよな?」


「はい、私達は単なる民間人です。ですが、このまま港が封鎖されていては困るんですよ」


 男が何を企んでいるのか探るようにアレンが答えた。フィゼルとミリィも三人に何か不審な行動が無いか注意していた。


「なるほどなぁ、それなら話は早い。ひとつ取引をしようじゃないか」


「取引?」


 少々意外そうな顔でアレンが聞き返すと、男はバツが悪そうにうなだれた。


「いや、俺達もついつい魔が差して盗みなんてやらかしちまったがよぅ、今は後悔してるんだ。本当はすぐにでも返して自首するつもりだったんだぜ」


 なんとも呆れるほど胡散臭(うさんくさ)い話だ。フィゼル達は露骨に疑惑の眼差しで応答した。


「ほっ、本当だって! でもよぅ、今出て行ったら間違いなくお縄だろ?」


「当たり前でしょ」


 ぴしゃりとミリィが冷たく言い捨てる。


「罪は罪ですからねぇ」


 アレンもそれに続いた。


「い、いや……俺はいいんだよ。つ、罪は罪だもんな。でもよぅ、こいつらまで一緒に監獄行きってのは忍びなくてよぅ。なんとか助けてくれねぇかい」


 男は振り返って子分達二人の顔を見た。フィゼル達からは見えないが、二人に訴えかけるように懸命に目配せをしていた。


「あっ、俺達にはアニキが必要なんです!」


「そっ、そうそう! アニキがいなきゃ俺達、これからどうすればいいか……」


 しばらくぽかんと口を開けて首を傾げていた子分二人だったが、ようやく男の意図を理解して口々に男を庇い立てた。


「おお、お前ら……そんなにまで俺のことを」


 呆気に取られるフィゼル達の前で男達は抱き合って泣き出した。これが劇場なら観客席から石でも飛んできそうな三文芝居だ。


「い……いつまで続くの、これ?」


 ミリィが辟易した顔で呟いた。


「私達が三人とも見逃すと言うまででしょうねぇ」


 アレンもミリィと同じように呆れ顔で言った。フィゼルに至っては完全に飽きてしまって、両手を頭の後ろで組んでそっぽを向いている。


「なんかもう、どうでもいいや」


「そうですねぇ。この寸劇を延々と見続けるのも耐え難いですし」


 フィゼルの欠伸(あくび)交じりの言葉に、アレンも振り向き同意した。


「ちょっ、見逃すつもりですか!?」


 ミリィは驚いて思わずうわずった声をアレンに投げ掛けた。アレンの肩越しには三人で肩を抱いて嘘泣きしているむさ苦しい男達が見える。何とも言えない奇妙な光景に、ミリィだって確かにうんざりはしていた。


「別に私達は盗まれた物さえ返ってくればそれでいいわけですし」


 アレンがそう言ったのを耳聡く聞きつけて、リーダー格の男が素早く振り返った。


「おお、ありがてぇ!」


「まだ見逃すとは言ってないわよ!」


 男の余りの調子良さにミリィが怒鳴るが、もうフィゼルは完全に興味を失くしていた。


「もういいよ。こいつらに構ってるのも面倒臭い」


「これに懲りたらもう二度と盗みなんて働くんじゃありませんよ」


 フィゼルに続いてアレンもこの三人を見逃す方向に進んでいるので、ミリィはそれ以上何も言えず黙ってしまった。


「すまねぇ。約束するぜ!」


 男達はこれまたわざとらしく何度も頭を下げて、もう二度と悪さはしないと誓った。十中八九嘘であることはミリィだけでなくアレンにも分かってはいたが、どうせこの程度の小者、また何かしでかしてもすぐに捕まって監獄行きだろう。


「では、貴方達が盗んだものを返してください」


 アレンが右手を差し出すと、三人の男達は何か怪訝そうな表情で顔を見合わせた。


「ああ、そのことなんだけどよぅ……」


「まだ何か?」


 アレンが言うと、男達は威嚇されたように身を竦めてしまった。アレンは別に威嚇したわけではなかったが、少々焦れているのも事実である。


「本当にあんな物……価値があるのか?」


 そう言うと男は自分達の後方に置いてある見事な装飾の施された一つの箱を顧みた。箱は大人が一人で抱えられるくらいの大きさである。


「貴方達が盗んだのは宝飾品の類ではないのですか?」


「俺達もそう思ったんだけどよぅ……」


 アレンは、てっきり貴金属や宝石の類だと思っていた。リーダー格の男はアレンの言葉に答えつつ箱に近づき、中から拳大ほどの石を取り出した。石は赤紫色の鈍い光を放っている。


「ほら、これ――」


 石を持ってアレンに近づこうとした瞬間、男の手の中で石が妖しく光を放ち、あまりの眩しさにその場にいた全員の眼が眩んだ。そして何も見えなくなってしまった光の中で、男の断末魔のような悲鳴が木霊(こだま)した――


≪続く≫

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