見え透く策謀
「市室……さん?――死んだとか言わないですよね?」
ディバルとアリスに向けて問う。
「……この私が死ぬものか。イルタラとやら」
不機嫌な表情の市室雪風丸がそこにいた。
そして、その雪風丸は先ほどと口調が少々違っていた。
「どうやら、先刻の市室さんとは別人のようね。説明できるかしら、本物の市室さん」
アリスが推論し、問う。
「そうだ。先刻の奴は放つべき捕虜だ。 私の身体を借り、そいつらは死後の世界とやらに“放たれる”のだ。 そこは“楽園”といってそいつらには、パラダイスみたいなとこらしいが私はそう思わない。何せ、洗脳されてそう思わされてるってトコだからな。――って、意味判ったか?」
「全然わかりませんわ、イチムロさん」
質問を立てたアリスが答える。
「そうやって呼ぶでない! 雪風丸と呼べ、アリス嬢。私の故郷は、この地域と違い、「市室」が姓で「雪風丸」が名だ。とは言っても、両親は男子が欲しかったらしく、私に男子の名をつけたのだ。酷いものだろう?――どうだ、この地域では?」
雪風丸は左手に紙、右手に筆、とメモをする態勢に入っていた。
「じゃあ、雪風丸。私のことはアリスって呼んで。あとの二人も適当に呼んでいいから。――そして、話を続けて欲しいんだけど?」
頷いて、紙と筆をしまった。
「私は、詩人であり、霊能力者であり、国からの使者なのだ。私は詩を作り、心理と霊能の研究をしている。そして、いつの間にか沢山の成仏されない霊が憑きはじめた。そして、一時的に私の身体に入れ、やり残したことを達成させ“放つ”。それは今、私にしか出来ないことだと思われる。それから、私は一度、身体を貸したおかげで成仏しそうになったことがあったのだ。そして私は死後の世界を見たのだ。そこはまるで強制労働をしているような地獄のような有り様だった。だが、――そこにいる者たちは幸せそうに笑っていた。その時に私は考えた。それが、“洗脳”だと。そうは言っても私の論理中では世の中の言葉全てが“洗脳”だと思われる。それで“洗脳”されなかった物はそこですぐに死して、転生してくる。私は成仏前の霊たちを“捕虜”として呼称している。“捕虜”らは一種の生贄だ。一人の人間を殺し神に生贄と捧ぐとすぐに降臨する時とそうでない時があるだろう。そうでないときに殺された霊には未練があるのだ。成功したときはこの地上に何も小心を残さない奴のみだ。それを望み、“自称”『神』が降りてくる。私はそれを『神』だとは思わない。『神』自体がいないのだから」
この世界には、宗教というものが成立しているのはラコジェ教しかない。その他の人々は自然神や先祖などを崇拝している。これによって、“他人”というものを崇めているのはラコジェ教だけということになる。
「そうか……貴様は今の世を記録するために旅をしているのか」
ディバルが納得した。
森は燃え続けていた。
「消火しに来る人はもう来ないと思いますよ、雪風丸」
「何故だ?」
怪訝そうに見てイルタラに問う。
「……先程、ここから一番近くの村が全滅しました」
「そうでもないぞ。一人だけ生きている」
「は?」「嘘よ」
村には一人の司教が教会に籠っていた。
「あのとき、シスター達は表に出てきていた。俺は……――司教を見ていない!」
「だけど、僕は司教様に言われて……――そうだったのかっ」
「あー。ディバルが言いたいことは、その司教の策謀ということね」
だんだん真実が見えてきた。
「その司教はお前らの探してる物。持っているみたいだ。“聖ラコジェの最初の剣”」
“聖ラコジェの最初の剣”は、ラコジェがラコジェの父から授かったという幻の剣である。
その剣は世界に一人だけが“本当の使い方”を知っていると伝えられている。
しかし、“聖ラコジェの最初の剣”は、誰も見たことがないと伝えられている。
「ディバル――お前は二度目の聖人になるんだろう?」
「何故、そんなことを知っている、貴様!」
雪風丸につかみかかり、首を絞めそうになっていた。
「やめろっ、ディバル!」
「そっそれは……私の、知識で……考えたっ、結果なのだっ、……そして」
ディバルが力をゆるめ「そして……?」と、訊く。
「ああ、村からお前らについてきた霊が司教のしたことを私に告げてきたのだ。そして―――村人全員が死んだ」
司教はその霊を裏に連れ込み殺していた。“聖ラコジェの最初の剣”を使って。
その後、仮面をかぶり“村人全員”を皆殺しにしたという。
(不味いことになっている)
「……そうっ――は?! おかしい。何故死人が出ているんだ、貴様っ!!」
「そうね……おかしいわよね」
「はぁ? だってディバル、君が村人達を殺したじゃないか! 全て! おかしくはないよ。その司教って君のことじゃないのか? そうだろっ!」
事実をそのまま見ると“確かに”そうなるはずのこと。
「いや、俺は生き返らせたはずだ」
「そして、少しの間眠らせた」
ディバルの使っていた剣は“第二番・詞に込められた”という剣である。
その剣はラコジェがかつて革命を行った仲間のアルバート・マズルカに作り、そしてそれをアルバートが戦いに使ったという聖剣である。
そして、その剣には人を眠りに誘い込む“同調”という力を持っている。鞘を指でなぞっていくときに無声音ながら音波で人の脳を操作する。時には、脳を狂わせ、人を自殺に追い込む、恐怖の武器である。しかし、音波を使用している者にも影響が出るため、使用者側には音を操作する技術を必要とする。そのため、音を知り尽くしていないと使えない。
「……何か、煩わしい話になってきたらしいな……そして、私の使命が増えるようだな―――お前らは村へ向かうのか?」
使命――“捕虜ら”を“楽園”へ“放つ”ため。
「貴様の話を信用してやる。俺たちはあと一つ――最初の聖剣を探さなければならない」
「少しの可能性でも信じるの、私たち」
「ということは――」
――神を前世に持つ青年とその恋人と司教に騙された青年と東の異国の少女が旅立つ。
「うそだ……粉破微塵……」
「灰……だな」
村が無人になっていた。
そして、教会の前には八重歯を剥き出しにした祭服の男が立っていた。
祭服は黒き血に濡れ、手には黒く光る剣、口元は狂喜に歪んでいる。そして、その周りには悪に満ちた気配が漂っていた。
「この短時間で村人全員を殺した……か」
ディバルが呟いた。
「ねえ……ディバル。私ちょっと調子狂ってきてる。私には……力が強すぎるわ」
「だったら休んでおけ、アリス。お前はこれだけの霊に負けたんだろう? そして、傷一つ一つが痛ましく見えるのだろう?――つまり、お前は霊が見える」
「ええ、そうよ。よく判ったわね」
「同種には同調するのだ」
雪風丸が会って初めて笑いを見せた。
「あっ、じゃあ僕が連れて行きますよ」
イルタラが進み出て、アリスに肩を貸した。
「少し、よくなったら戻ってくるわね」
「ああ、気をつけていって来い」
笑みに見えぬ、微笑みで見送った。
司教は未だにディバルたちに気づいてはいない。