敵、優しい人間
「ディバル!! 雪風丸!! 司教の様子は?」
イルタラが走って来た。
「遅かったな。暇して私が苛められていたのだぞ!」
「い…じめられてた…誰に?」
「コイツだ?」
ディバル――正しくはディバルの喉――を指差した。
「あ。」
またもや、足で何かを描き始めた。
――ユビ サシタラ ダメジャナイノカ? アァ~ ダメナンダ、と。
(うっわぁ~!!! むかっ腹が立つぅ!!!!)
(なんだ?! この人ぉ!!!)
――ナニカ イイタイコトハ ナイノカ?、と。
だんだん、エスカレートしている。
「…お前、何が言いたい? そんなに私が気に入らないのか?」
質問しているくせに引きつった笑顔をした雪風丸は、相当怒っているようだ。
「あ、あのアリスが……僕の去り際にこんなこと言ってましたよ。『お願い。早く、早く霊よ、消えてちょうだい』って。僕、すっごく耳がいいんですよ」
「……霊が消える、か。それには長時間を要するからに、今すぐというのは難しいことだ」
「へ?」とイルタラは首を傾げたがディバルと雪風丸は「霊が消える」ということを真剣に考えているようだった。
「……短時間で消すことは出来るのか?」
「出来るわけがない。“消す”と“放つ”では意味もやり方も違うのだ」
“捕虜”を“消す”ことはできない。が、放つということは短時間での手段はあるのか。
「では……“放つ”ことはできるんだな?」
「少々荒いやり方だがな」
雪風丸は不敵に笑んだ。
「後ろにいろ。巻き込まれるぞ! 霊らは私の前に来るがよい」
雪風丸が軽く準備体操をして、スッと左手を集まった霊たちに向けた。
霊たちは脅えた表情一つしない。自分たちの行く末は決まっているからだ。
「準備は出来たな? 今ここで未練に苦しむよりは、すっきりと“楽園”へ逝かせてやろう」
――奥義・雪崩双曲集・第零番“霜風葬華”今、迷いし“捕虜ら”を“楽園”へ“放て”
雪風丸が言うと、左手から神々しい光が満ち、霊たちが“放たれた”。
「妙な空気が消えましたね。アリスを呼んでくるよ」
イルタラが走り出そうとすると左肩をディバルに摑まれた。
「司教が……動く!!!」
それと同時にディバルたちに気付いていなかったはずの司教が人間離れした速さで走り出した。一瞬消えて、姿を現したのはディバルの頭上だった。
不吉な笑みを浮かべた司教は狂った声を出した。
「貴様かぁ~?!! 私の命を奪ったのはァ??」
“聖ラコジェの最初の剣”で額からディバルを貫こうとする。
ディバルは“第二番・詞のこめられた”で受け止める。が、少しだけ腕をかすってしまった。
「俺がいつ貴様を殺したという!! それに貴様は、今、生きているだ――」
「レっ、レイラッ?!」
アリスが司教を見て、男の名を発した。
「レイラ? レイラね、生きていたのね?!」
安堵の表情を浮かべる。
「アリスっ、来るな!! こいつは敵だ!!!」
それでもアリスは駆け寄ろうとする。
――アリス!!!
三つの声が重なった。
一つはディバルが警告する声。一つはイルタラが呼び止める声。一つは司教――レイラが呼ぶ声。
そして、アリスの耳に届いたのは、レイラの声だけだった。
それと同時に、雪風丸が地を蹴る音と清んだ声を響かせた。
「雪崩双曲集・第三番“霤の巫女”!! アリスをこちらへ!!!」
どこからか水がアリスを雪風丸のほうへ引き寄せた。全身がびしょ濡れになっている。
「アリス! 目を覚ませっ。お前はあの怪物を知っているのか?」
「カイブツ……? レイラは怪物なんかじゃない。人間よ!! とても優しい人間よ!!」




