召喚
車を走り出して二時間、流石に集中力も切れてくる。しかし、後ろに乗せているのは大事なアイドル。事故には注意しないとならない。
暗がりの中、照らすライトが正面を走るトラックを追っていた。他に車は走ってない。
対向車もないから、そうそう事故もないだろうけど…。
「ふぁーあ…。まだまだ先は遠いか」
変わらない風景に再び出てくる欠伸を噛み締め、運転に集中する。
こんなとこで事故を起こしては、せっかくのオファーが台無しだ。今回のイベントは、本当にシーズン・フォー運命を決める大切なものだ。
これでシーズンフォーの名前が売れれば、売れないアイドルから脱却が望めると期待しても良いほどだ。
それは、本人達も同様だ。今日のレッスンは気合いの入り方が違うと言っていた。
更に二時間。休息を挟みつつも車は走る。
休息の時に聞いたが、まだ半分ほどらしい。本当に遠い場所だ。迷わないように地図を貰おうとしたが、この後は一本道らしく必要ないと言われた。
対向車すらない道に確かに、迷う必要はなかった。ただ道なりに車を走らせておけば良いのだ。だからこその眠気…。
「と、こんな所で止まってどうしたんだ?」
追い越さないようにトラックの後ろにワゴンを止めて様子を伺う。
ドアが開き、老倉さんが降りてきた。矢張り、何かあったんだろう。車から降りて老倉さんの所まで走る。
「どうしました、老倉さん? パンクですか? ガス欠だと、スタンドは…なかったですよね」
来る途中にあったのは、何処だったか?
先にあるのかと考えていたが、老倉さんの様子を見ると、どうも違うみたいだ。
此方に近づき、手には何か持っている。
「いえ、すいません。こちらを渡しておくのを忘れていました」
村崎の視線に気づいた老倉が差し出されたのはカードだった。真っ黒な薄い板、それを人数分5枚渡してきた。
手渡されたカードを受け取る。
そのカードは、金属製なのか冷たい手触り。手のひらサイズの大きさだ。
自分のものを含め、シーズン・フォーそれぞれの名前が刻まれている。何かの記念プレートのようだ。
「それは肌身離さず持っていて下さい。一応、身分証になります」
「なるほど。分かりました」
国際的なイベントでもあるなら、警備は厳しいのだろうと理解できる。イベント関係者の証は、そうなると必要なものだ。
彼女達も多少の自由時間で出歩きたいことだろうから確かに、これなら安心してられる。
「あと、そのカードはお金の代わりにも使えるものなので、必要なものがあればそのカードで支払い出来ます」
「そうなんですか…。ありがとうございます、大切に使わせて頂きます」
クレジットとは違い、磁気ではない。となると、ICチップでも埋め込まれているのだろうか。意外とハイテクなのだなと感心する。
恐らく、出演を依頼した身として不便をかけさせないという計らいなのだろう。
その期待に応えなくては…と、決意を新たにする。
「それでは行きましょうか。ここまで来れば大丈夫でしょう。あの鳥居をくぐれば直ぐに到着しますので───」
指を指し示したが、暗がりでよく見えない。ん…、いや。鳥居に明かりが灯った。クリスマスツリーのように装飾しているのだろう。
鳥居とは神聖なものだと思うが、それこそ今回のイベントの為に用意したものだろうけど、なんか罰当たりな気もする。
クリスマスも神聖な行事だから…、良いのか?
しかし、あれを何と例えるのか…。和と洋の一体化。はっきり言ってミスマッチだ。
「凄いですね。あれも、今回の為に準備していたんですか?」
「ええ、その通りです。あれが一番の難物でしたね。あ、勿論。皆様にお越し頂くことが、一番大変だったのですが…」
珍しく、老倉さんが愚痴をこぼした。
オファーを受けたものの、此方も断ることも可能性としてはあった訳だから、老倉さんとしては出演交渉こそ一番の大仕事だった、ということか…。
「まあ、それもあと少しです。一緒に頑張りましょう」
「ええ、村崎さんの言うとおりですな。───それでは、そろそろ行きましょうか」
老倉さんの運転するトラックの後に続いて鳥居をくぐる。一瞬、ひんやりした空気を感じのは鳥居という雰囲気に飲まれたからだろう、多分。
自分には信心深さもないし、霊感的なものもないのだ。
「お、アレは狐か。───、お稲荷さんなのかな?」
何となくそう思った。まあ、狐も夜行性だし、ただ偶然通りかかっただけなんだろうが…。
狐と目が合うと、唐突に気分が悪くなった。
車酔いでもしたか。クラッと目眩が…吐き気までする。前を走るトラックが歪み、ぼやっとした光が視界を覆っていく。
これは不味いと車を止めたが、感覚的に走っているような感じだ。更に気分が悪くなる。
気合いを入れて集中しようとするが、集中しようとすればするほど状態は悪化した。益々、周囲の光景が歪んで見えてしまう。
「うわ…。やばいな…」
決して、乗り物に弱いわけでもないが、最近の多忙のせいだと思う。
ボソボソとお経のような不気味な声が響く。幻聴まで聞こえるとは相当だ。
体調が悪くなっていく中で、意識だけがはっきりしている。
どうしょうもないな…。これ…。
少しだけだ。少しだけ、休む。そうすれば、きっと治るはず…。老狐さんも後は一本道だと言っていたし、道に迷うこともないだろ…。
座席を倒し、目を閉じる。
「あー…、クラクラするー…」
老狐さんには悪いけど、体調の回復を最優先だ。
作業服姿の老人は、その様子をただ見守っていた。
召喚術にかかる対象の負担は、術者の魔力量に依存する。自分自身、召喚される身だから理解できる苦しみだ。
召喚者である奏法老師は、ホイホイと気軽に呼び出してくれるが、召喚される身としてはそんなことで呼び出すなという気持ちが強い。
「もう少しの辛抱ですよ、村崎さん。あいどる達は今しばらくは眠りの中…。幸いでしたね」
それも計算の内なのだ。プロデューサーと呼ばれる彼には申し訳ないが、最優先に守らなければならないのはシーズン・フォーと呼ばれる少女達。
安全かつ、速やかに運ばなければならなかった。
都心を離れたのもそのため。人目につかないように、彼らにも気づかれないようにと。
「はてさて、この先は我が主、奏法老師シン・グレーの預かるところです。私はただ見守りましょうか…」
そう言うと、白髪の老人は本来の姿に戻っていた。
老倉山の神霊獣、老狐。九尾の尾を持つ狐は、その眷族の二尾と六尾の狐を伴って世界の橋渡しをする。
地球と呼ばれる世界と奏壌と呼ばれる異世界に駈ける橋渡し。
それは約束された通り、アイドル達が歌い踊るための地へと召喚されるのだった。