出発準備
降って湧いたチャンス。その日から、小鳥遊プロダクションは慌ただしくなった。
社長としてもひさびさの大舞台。昔とったなんとやら…。かなりの大仕度となった。
機材は、向こうにもあると言うが全部お任せとはいかない。予備は必要と、あれこれ用意しているとワゴンは中はかなり散々たる有り様になった。
これでは主役の少女達の乗る場所がないと、村崎と相談して、大きめのトラックを借り出し、余計な出費…。
忙しいながらも、団欒といった感じだ。
衣装やメイク道具はワゴンに載せる作業も後少し。
少女達には多少狭いかもしれないが、今回ばかりは我慢してもらうほかない。
苦笑いだが、後でブーブー文句を言われそうだと覚悟している。とは言っても、少女達も小さなアイドル事務所と分かっているから本心で言うのではないだろう。
「ふぅ。これで全部か?」
「ええ、そうですね。後は、あたし達のシンデレラ達で最後ですよ、小鳥遊社長」
小鳥遊プロダクションの事務担当上村奈津子も借り出しての大仕事に人心地つく。
上村奈津子としても、久し振りの忙しさに机の上でぼんやりしている場合でもなかった。
最近では、高校を卒業したばかりの夏原夕が仕事を手伝うようになって楽になったが、今日はそう言うわけにもいかなかった。
何せ、今回の主役は彼女達シーズンフォーなのだ。いきなりの大舞台に彼女達もやることが多い。リーダーとしても働いている夏原夕には負担を掛けられなかった。
「ははは、今回のイベントが成功すれば確かにシンデレラだな。どちらかと言えば僕はマドンナの方が好きなのだが、うんうん…。ところで、───こんな忙しい時に僕をこき使う張本人村崎くんは何処に行ったんだ?」
「いや、小鳥遊社長の趣味は訊いてないです。それより、社長…ボケちゃったんですか? 村崎さんはクライアントさんと最終打ち合わせですよ。そう言っていたじゃないですか」
「ああ…。そうだった、そうだった。結局、全部村崎くんに任せていたんだっけ…。やはり、彼は逆境でこそ力は発揮するタイプだね。僕達、裏方に対しても容赦なく働かせてくれる」
それも満更ではないと笑う。
社長となってから椅子に座り続ける仕事が多く、逆に疲れてしまうものだ。社長になってみて痛感した。
更に、この重労働。…年をとったと言うつもりはないが、流石に節々に痛みを感じる。だが、不快感はなく逆に楽しいとさえ感じていた。
方々走り回っていたプロデューサー時代を思い出したのだろうか…。
多分そうなんだろう。やりたいことが出来なくて、自分で会社を立ち上げてはみたが、今度は現場にでられなくなった。村崎くんに任せているが、矢張り自分はじっとしていられない質なのだ。
「みんなー、待ってよー」
「桜花、遅ーい」
「すいません、社長。遅くなりました」
「はぁ、はぁ…。レッスンのあとに、全力ダッシュって…、ありえない。これじゃ、大事な脂肪まで落ちちゃうよ」
息を切らせて夏原、春野、秋山、冬森が走ってきた。泊まりがけなので個人の荷物は多い。ワゴンに載せられるか…。
無理だな。もう少し、トラックに荷物を移して上げよう。
今一度の力仕事にレッツトライ、と張り切る。明日は筋肉痛だろう。
「社長…、どうしたんですか? 今日はやけにすごい張り切ってますけど」
「夕ちゃん、気にしなくて良いのよ。あれは、あなた達に触発されてしまっているだけだから」
「そうですか。お年ですから、あまり無理させない方が良いですよね。私達も手伝います」
と、実は聞こえていた小鳥遊一次郎は内心グサッと心抉れられていた。男は何時でも現役なのだ。
「君たちも疲れているだろ。こっちは、大丈夫だから村崎くんが戻って来るまで中で休んでていいよ。こっちは、僕がやっておくから」
「は、はい。じゃあ、すいません、社長。私達は中で待ってます」
何故か、平然とメンバーに紛れて上村も戻ろうとする。そこは見逃さず、連れ戻されていくのはご愛嬌だ。
「社長ぉー。ここは僕がって言ったじゃないですかー。酷いですよー」
「揚げ足をとるんじゃない。それに忙しい原因は村崎くんだ。文句は村崎くんが戻ってきたら彼に言ってやりなさい」
「分かりました。このイベントが終わったらケーキでも奢ってもらいます。じゃなきゃ、モチベーション上がりませんよ、もぉ」
なんだかんだと言いつつも、テキパキと行動する。この調子なら直ぐに終わるだろう。
と、噂をすれば…。
どうやら村崎くんがもう戻って来たようだ。連れているのは、老倉老狐さん?だったか、どうも珍しい名前のクライアントさんだ。
「社長、すいません。準備を全部任せてしまって」
「ああ、大丈夫だ。用意したのは君だろ。僕は荷物を車に載せただけさ。と、それより…。今回はお世話になります。老倉さん」
村崎の後ろに佇む老紳士に頭を下げる。今日は作業着姿の老倉さん。それでも、どうしてか気品を感じさせる老人だ。
スカウトして、芸能界デビューさせてもキャラ立ちして面白いかもしれない。と、プロデューサー魂が騒いでしまうあたり、まだまだ現場を忘れられてない証拠だ。
「いえ、こちらの方こそお世話になります。急なオフーァに、既にここまで準備が整っているとは…。感服致しました」
「何を仰る、この程度。全部、村崎の手際の良さですよ」
当の村崎くんの方は、皆を呼びに行ってもう戻って来た。行動が早いな。
この様子だと、どうやら、すぐに出発のようだ。
冬森ちゃんは眠そうにしている。何だかんだ言っても、まだまだ子供。夏原ちゃんに背負われている。春秋コンビは何時ものようにマイペースだ。
不安はあったが、この調子なら大丈夫なのかもしれない。将来は大物になりそうで頼もしい限りだ。
「社長。それで、この後の予定なのですが。老倉さんが道案内をしてくれるそうなので、着いていくことになりました。あ、トラックの運転も出来るそうなので、私がワゴンで…。多分、その方が彼女達も落ち着いて現地までいけるかと思うので。と言うわけですいません。何かありましたら、連絡しますので後はお願いします」
「む、そうか。じゃあ、頑張ってな。僕達はここから応援して待っているよ」
小鳥遊も予定では共に行くことになっていたが運転手としてだ。会社を放っておくことはできないのですぐに戻る予定なのだったが必要なくなった。
若干、物悲しい思いをしたものの、すぐに立て直したのは社長としての威厳を守るためだ。
狼狽える社長と言うのは頼りにならない。信頼の置けない社長など、会社を潰してしまうだけだからだ。
そんな姿を見て、見直してもらいたい。特に村崎くんには───。
「村崎さん、忘れ物ないですか?」
「あ、上村さん。大丈夫です、何度も確認しましたから。みんなも忘れ物ないか?」
「えっと。───はい、大丈夫です」
みんなスルーだ。
冬森ちゃんは完全に寝息を立てている。夏原ちゃんに負ぶさり、冬森ちゃんがまるで荷物。
忙しく走り回るに、そんな余裕もないか…。
「よし。じゃあ、何から何まで急で悪いけど、出発するぞ」
「はい。小鳥遊社長、上村さん。行ってきます」
「おー、ついに大舞台。がんばるぞー」
「そだね。桜花」
「ZZZ……」
「小鳥遊社長、村崎さん。では、行ってきます。老倉さん、申し訳ないてすが案内宜しくお願いします」
「はい。お任せ下さい。しっかりとお届けしますよ」
満面の笑顔。老倉さんとしても、このライブには力を入れているのだ。
そう思うと、成功させてみせると此方も力が込むと言うもの。とりあえず、本番は明後日。前乗りして少女達には現場の雰囲気に慣れてもらおうと考える辺り心配はないだろう。
予定はトップアイドルレベルに詰まってしまっている。
その少女達と言えば車に乗った瞬間、みんな寝息を立て始めていた。夏原ちゃんも、相当疲れていたんだろう。
帰ってきたら、労いを込めて慰安旅行でも企画しておこうと密かに考えていた小鳥遊だった。