オファー
朝一で出社した村崎俊悟は深々と頭を下げた。
昨日の失敗を謝るためだ。
相手は小鳥遊プロダクションの社長、小鳥遊一次郎である。
彼には恩がある。
前の事務所を辞めることになった村崎俊悟は、一年ほど無職でくすぶっていた。
一年前に会社を立ち上げた小鳥遊一次郎に拾われた身である。その恩義を返すためにも、看板アイドルを作ろうとシーズンフォーを結成したわけだが、未だその願いは叶わない。
それでも、少しずつだが、シーズンフォーの名前も売れるようになってきた。が……。
「社長…。昨日はすいませんでした。全ては自分の至らなさによるもの…」
昨日の失敗はあまりにも不味かった。
最悪、自分のクビ…つまり、解散も考えられる。それだけは防がないとならない。
「まあまあ、良いから。君は良くやっているよ。うんうん───。ところで、シーズンフォーにオファーが来ているんだが」
「そうですか。そうですね。オファーを貰えるくらいには成長させてみせます…って、え?」
寝耳に水。そんな話は聞いちゃいない。
なんと言っても、無名のアイドル。知る人ぞ知るレベルよりも下のレベル。呼ばれれば何処にでも行くが。今は仕事を探して行くことで地道な営業活動をしているだ。
しかし、小鳥遊の目は真剣だ。
「───っ、えっ? 本当なんですか!?」
思わず、恩ある社長に飛びかかってしまう。
有り得ない。わざわざオファーするのに無名のアイドルを呼ぶなんて。
これは、地道な営業活動のお陰か?
「まあまあ、落ち着いて…。近いよ」
懐からハンカチを取り出し顔を拭く小鳥遊社長。
襟を正して、姿勢を伸ばす。そして、お茶を一杯。興奮気味の村崎が落ち着いたところで向き直る。
未だ、困惑気味のようだ。
昨日のライブの件はすでに知っている。
見所のある青年だと、プロデューサーとして雇ったなのだが、どうも空回りしているように見受けられる。
失敗はあるが、どれも取り返せる失敗だ。人を成長させる失敗。経験はあるがどうも生かせていない。彼のプロデュースするシーズンフォーも、そのせいか上手くないと感じていた。
何かきっかけが掴めれば、上手く回るのだろうが、そうそうチャンスがあるものでもない。そう思うからこそ、じっくり腰を下ろして見守っていた。
「すいませんでした。あまりに予想外だったのでつい…。それで、オファーの件について詳しく訊かせて下さい、社長」
「うん。そうだね。どうも、向こう側ではライブをしてもらいたいみたいなんだよね。地方のイベントに歌と踊りで盛り上げてって云う話で。かなり急ぎな仕事みたいだけど、こちらとしても特に断る理由もないね」
「そうですね。そのイベントはどのくらいの規模のものなんですか?」
大きなイベントであれば嬉しいが、それは高望み。勿論、将来的には大舞台を経験させるつもりだ。
今回は急なオファー。そこまで大きなイベントではないだろう。
例え、小さなイベントでもオファーをくれるなら嬉しいことに変わりはないが…。
「そうだね。そこまで詳しくは聞いていないのだが、随分と遠い場所にあるらしい。まあ、本人に訊いてみたまえ」
小鳥遊一次郎の目が怪しく光る。
「本人? もしかして、依頼人が来ているんですか?今?此処にですか?」
朝一の来訪者。その話の内容を鑑みて、待たせていたようだ。
昨日の件で朝一出社すると分かっていたからだ。
何より、小鳥遊一次郎は人を驚かせるのが好きなタイプ。悪気はあるが憎めない、そう言う人間。思惑通りに進んだことにニッコリ顔だ。
急なオファーで、依頼人まで来ている。朝から驚いてばかりである。社長のどや~とした顔に若干の腹立たしさを持ちつつもプロデューサースイッチに切り替える。
急なオファーに準備時間は短い。多分、そう言った話の通しやすい事務所であるから出演依頼が回ってきたのだろう。
待たせても、何なので社長室を出て急いで会議室に向かった。
会議室と言っても小さな事務所だ。パーテーションで小さく区切られただけの小部屋にテーブルと椅子があるだけの簡素なものだ。
部屋に入ると作業着姿の…、白髪の小さなおじいさんが座っていた。
「どうも、はじめまして。プロデューサーの村崎俊悟というものです」
名刺を差し出し、先ずは自己紹介。相手側はきょとんととしているが受け取ってもらえた。
相手はじっくりと名刺に目を通している。
どうも、名刺交換の習慣はないようだ。あまり堅苦しいのは止めておこう。
「…ああ、ゴホン。失礼しました。私は奏法老師の使いで来ました老狐と申します。今日は急なお話で申し訳ない」
「いえ!此方こそお待たせしてすいません」
互いに挨拶を交わす。
丁寧な物腰。老紳士という感じだ。格好はラフなのだが、それでも評価としては信頼出来る人物。社長もそう思ったに違いない。
社長の人を見る目は確かなもの。おかしな人ならまず間違いなく門前払いで追い出されていたはずだ。
「それで、今回はイベントの出演依頼とか」
「ええ。その通りです。私どもの街で今度大きな集まりがあるのですが、そこで歌や舞を披露して頂いてみなを鼓舞してもらいたく。勿論、報酬の方は惜しみません」
「えーと、すいません。その集まりと言うのは?」
ギャラも大事な話だが、どの種類の集まりなのかの方が重要だ。言うまでもなく、アイドルはイメージ戦略だ。
一時の金に目が眩んで道を間違えては全てを台無し。キャラクターに似合わないイベントではアイドル潰しになってしまうから慎重に行わなければならならない。
「街の一大事業、国策にも関わるものでして。まあ、つまりは激励会…のようなものです。皆で集まり頑張ろうと…。しかし、私どもの街ではそう言った力を持った者は居なく…。方々探して見つけたのがこちら様のシーズンフォー様、なのです。いやはや、各々才能がずば抜けていらしゃる。是非とも来て頂きたく思い、無茶を承知で来た次第で」
「そ、そうですか。メンバーに聴かせて上げたい台詞ですよ。そこまで言ってもらえるのはこちらとしても大変嬉しいことです。…しかし…、街全体でのイベントですか。失礼ですがどの程度の収容人数を見込まれているかなども訊かせてもらっても宜しいですか?」
どうも、かなり買って貰っているが、褒めすぎだ。勿論、褒められて嬉しくないわけがない。内心、ガッツポーズを決めているのだ。
とは言え、お世辞を言われてからと二つ返事で快諾することはしない。
話を聞く限り、町おこしの企画のようだ。
売り込めるなら、もっとアピールしておくが、まだ時期尚早。短命アイドルで終わらせない為にもだ。
「勿論ですとも。この集会は、国際的なものでもあるため各国から人々が集まります。規模はかなり大きくなるのは間違いないでしょう。集まるのも数万人…もしくは十数万にはなると予想されています」
「………」
言葉を失う。
いきなりの大抜擢だ。あれこれ考えていたことは全部吹き飛んだ。
これは食いつく話だが、正直、荷が重い…。
小さなライブは何度かやってはいたが、大きなイベントはやったことがない少女達だ。不安がある。
それに急な話な上、どうも依頼人の老狐さんはシーズンフォーを過大に評価してくれている様子だ。
ならば、このまま話をするべきではない。
「その…、此方としては願ってもない大舞台。OKしたいのは山々ですけど、其方としては随分と重要なイベントのように思うのですが、本当に私達のアイドルでよろしいのでょうか? 正直なところ、シーズンフォーにはまだ大きな実績はありません。望んだ結果になるとは断言出来ませんが…、それでも大丈夫ですか?」
シーズンフォーはまだ成長途中のアイドルだ。いくら頑張っても無理なこともある。こちらは良くとも相手がNOと言ってしまえばそれまでだ。
今更、NGを出されたところで困ることはない。
「引き受けてくれるのでしたら願ってもないこと。他の誰でもない、私はシーズンフォーに是非とも来て頂きたいのです」
静かに頷く老紳士。確信した笑みでイベント出演をオファーしてきたのだった。