スモーク イン ザ 牛
「で、あんたいつこっちに来たの」
煙草を一通り吸い終えた、牛のような乳の女は面倒臭そうに話を切り出す。
「今日。今さっき3時間か4時間くらい前」
「あたしもあんたと同じさ。元は向こうの人間だ」
「ここどこなの、私は帰れる?」
「どこって、ここはあたしの家だよ。帰れるかどうかは分からない。あたしもこっちに来て随分経つけど、もう時間の感覚も定かじゃないよ」
「違う、ここは私の家」と口から漏れそうになったが勝ち目がないと思ったので押し込めることにした。
「ここは、あたしやあんたが住んでた世界とはまるで別の空間だよ。あんたも見てきたと思うけど、ここの世界の文明は停止してるみたいだ。あたしも良くは知らない。もちろん、ここにいるのはあたしらだけじゃない。ここに元々住んでた奴らだっている。でも文明は止まっちゃいるけど国家としての概念はまだ存続してて、今は軍隊が政府を掌握してる」
「軍、隊?」
「あんたも教科書なんかで見たことがあるだろ。分かりやすく言うとナチスドイツみたいな状態さ。あれとは、また話が違うけどね」
そう言ってタンクトップの牛が2本目の煙草を口に咥えようとした時、けたたましいサイレンの音が私の耳を擘いた。そのデシベルが私の身体を突き動かすであろう程の圧倒的な放射の渦となりアパート窓ガラスをガシガシと叩きつける。サイレンの音なんて聞くのは去年の甲子園中継以来だ。
「なにぼさっとしてんのさ。こっち来な、音立てるんじゃないよ」
そう言って牛女は私の手を引きバスルームへと引っ張って行くと、どこに仕込んでたというのかサビだらけのバールを取り出しバスタブの着床部を些か乱暴に打叩いた。すると、なんという事でしょう。住み慣れた我が家のバスタブの下から大きな収納スペースが出てきたではございませんか。これでもう水漏れの心配もありません。デッド空間のアナリスト牛女による大改造!に私は唖然とした。まさにあいた口が塞がらない、そんな感じだった。
「早く、降りてきな」
バスタブの下に隠された人工的な穴の中へと降りて行く。