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現実と虚構の間を行き来する私

ようやく見つけたコンビニの店内には街と同様、人の姿はない。


ふと目に留まった新聞のようなものに目を通すが、見たこともない字が並べられている。漢字とも、ましてや英字とも取れないような記号が羅列しまばらではあるが、かろうじて数字のようなものも確認できる。しかし、これが何を意味するものなのかは皆目見当がつかない。

日付けか、

それとも生理の周期表か。

一丁前に思考を巡らせてはみたが、それっぽい答えは一向に出てくることはなかった。そして私は大きく息を吐き出し、そも紙の媒体を床に落とした。


もう今週のジャンプどころの話ではないわけだ。


これは、もしかしてあれだろうか。私は、ずいぶん前にアングラなインターネットのサイトで読んだことがあるのだ。主人公の男が、ふとした拍子に異世界に迷い込んでしまうという滑稽な話を。文化レベルなどは私達の生活する世界と変わりはないが、使用される言語などが現世のそれとは全く異なるというものだ。そのアングラサイトでは、「やれ平行線だ」「やれパラレルワールドだ」「やれ世界線がうんぬんかんぬん」とドの付く素人共が自分なりの考察を並べていたが、ここがそうなのであろうか。


これは流石に「まぁ、素敵」だなんて腑抜けた事は言っていられない。


他の商品も手にとって見たが、やはり謎の暗号や記号で埋め尽くされている。男性用整髪料のコーナーとおぼしき所には、何色とも形容しがたい毒々しい色をした商品が並べられており、そのいびつな姿形は見事なまでに「大人のオモチャ」の様相を醸し出している。





店内を一通り見て回ったが、ひとつとして手掛かりになるものはなく時間だけが過ぎていった。不安を煽るような不気味な色の夕闇が辺り一帯を今にも闇へと引きずりこもうとしている。静寂しじまの渦中、物音一つしないコンビニエンスストアの明るい配色と窓ガラスの外の夕闇と調和したそれは一層不気味さを増していた。





鳴こうと試みる閑古鳥かんこどりすらも見当たらない街を私は彷徨っていた。いたずらに経過する時間は、私の感覚を鈍らせていく。


遠くの方で、猫のようなものが建物と建物の間の闇に姿を溶かして行くのが見えた。


嗚呼、私もあの猫のように溶けてしまいたい

しかし人間の体質上、自らの身体を溶かすという行為がいかに苦痛を伴い、いかに手間のかかるものかを理解していた私は、その猫を追うことはしなかった。


帰れなかったらどないしよ

ずっと、ここにいなきゃならないのは耐えられない

帰りたい

帰りたい

帰りたい

よし、帰ろう


もし、この街が東京の姿を摸した別の空間だったとしても、私のアパートもそこにあるはずだ。確証は全くないが、私はそんな事はどうでも良かった。

ただ、部屋に戻りあの飴色のソファに突っ伏して眠りさえすれば、この馬鹿馬鹿しい悪夢から覚めるかもしれない、そう思った。



私は家路を急ぐ。



夕闇に染められた見たこともない街が、私の心を折るのにそう時間はかからなかった。やがて街灯も姿を消し、そこかしこから聞こえてくる虫の音がまるでノイズのようになって私の鼓膜を刺激する。



「ええい、ままよ!」私はまるで漫画の主人公のようなセリフを空虚に投げかけ、路傍に転がる石を思い切り蹴り飛ばした。

これは、私が主に道に迷った時などに使用する一子相伝の技のひとつであり、蹴りあげた石の転がっていった方角に進行目標を定めるというシンプルながらも奥の深い技法である(私は普段この一連の行為をLike A Rollingstoneと呼称している)


このご時世にまじないかよ、と人は笑うかもしれないが馬鹿にしちゃあいけない。

これが結構当たるのだ。電波も使えないような状況下ではハイテクノロジーを過信している者が泣を見るというのは定石なのである。



蹴り上げた石は宙を舞い、やがて大きく右へ逸れたと思うと酒屋のような佇まいの軒先に几帳面に並べられた一斗缶の隊列を大きく乱して役目を終えた。



無垢な心の清純な私が路傍の石が指し示してくれた方角を突き進んでいると、ものの40分ほどで何時の間にか見慣れた風景が眼前に広がっていた。


みっちゃんという愛称で親しまれている小言の多い昔ながらのババアがやってるタバコ屋、そこの角を右に曲がるとかつて私の勤めていたコスメティック製品を取り扱う店舗兼事務所が見えてくる、そして国道を挟んで「場末のスナック」という名の週末になると賑わいをみせる寂れたスナックが顔を見せる。店の看板に記されている文字なんかは象形文字のそれと変わらないが店の外見なんかはそのままのようだ。そしてこのスナックを過ぎると見えてくるのが、そうです私の家です。築35年、共同トイレ四畳半。隣にはヤクザさんまでもが住んでいる、嗚呼なんと心強い私の根城。錆だらけの階段を上り、一番右っ側の205号室。もう戻ってくることはないと心に決めていたが、よもや4時間半程で志半ばに戻ってくることになろうとは夢にも思わなかった。それで、なにが人生は旅であるだ 馬鹿野郎。

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