#1 鈴の音と狐の足音
――リン…リン…と、鈴の音が小さくリズムよく鳴り聞こえてくる。
時は4月。
まだまだ寒い時期だが、だんだん温かくなってくる季節。
桜も散って少し心地よい風が吹く頃。
この地域は雪が積もる地域であるが、さすがにこの時期はもう雪はほとんど溶けきっている。
とある少し田舎の街の高校。
鞍光高等学校。通称鞍校と呼ばれているこの学校に一人の転校生がやってきた。
その転校生は高校二年生の少女……なのだが、一見すると小学生のように小柄で童顔。
そして綺麗な黒髪をツインテール状にまとめている。
髪型がより幼さを出しているようにも見える。
ツインテールに束ねている髪留めのリボンと一緒にさっきから聞こえていた小さな丸い鈴がくっついている。
この髪飾りに使っている鈴が聞こえていたようだ。
少女の名は「彼方琉嬉」。
この度鞍光高校に転校してきた。
「その鈴の音…気にならないの?」
そう問いかけたのは琉嬉と一緒に歩いている女性。
クラス担任の教師となる桜川先生。28歳独身。
その桜川先生の問いに琉嬉は答えた。
「慣れてますので…」
ボソっと喋ったが甲高い声をしてる。
見た目に比例したように可愛らしい声だ。
鈴の音は特に気にならない様子。
「オシャレなのかねえ?最近の若い子の…?」
「…これは魔除けです」
「…へ?」
「………」
小さな声で魔除けと言ったきり何も喋らなくなる。
少し不思議そうな顔する桜川先生。
頭を掻きながら疑問に思いつつ教室の前に到着する。
「うん…ま、まあいいか…。んじゃ、今日から彼方さんのクラスとなる2年1組だ」
「………今日からこの学校に転校してきた彼方琉嬉です。本当は進学年度に転校完了するつもりだったけど
中途半端にな時期に転校となりました。よろしく」
と、深くお辞儀をする。
それと同時に長いツインテールの髪もバサッと一緒に垂れ下がるのが印象的だ。
「ていう事で、ホームルームするぞ~静かにしろ~」
と、早くも先へ進もうとする桜川先生。しかし、
「カワイイ~!」
「ちっちぇ~」
「天使だ!天使が現れたぞ!」
クラスから歓声が沸き起こる。
琉嬉は、
(誰が天使だ……てかなんだこの反応…?)
意外な反応に少々困惑する。
「コラコラ、静かにしろー。さて、彼方さん。席はそこの窓側だけどそこの空いてる席だな」
「はい」
席を示されるとテクテク進んで窓際の席へ座る。
窓から見える景色は校庭、住宅、そしてほとんどは自然の緑が沢山広がる山々。
少し街から外れただけで森林が広がる綺麗な景色が学校から見えるようだ。
綺麗なその景色の中に不可解な物体が浮いているのを琉嬉は気づいている。
靄がかってるような…丸っこい物質。
浮いてる物体の体は透き通っていて半透明になっている。
いわゆる…「火の玉」のような物体。
その「火の玉」のような球体の物体が琉嬉の方へ近づいてくる。
するとどうだ。
窓ガラスを音もなく割ることもなく物理法則を無視して教室内に入ってくるではないか。
琉嬉は無言でその「火の玉」のような物体が近づいてるのを数秒様子を見て、軽く手をあげる動作をして、簡単にかき消した。
(この程度なら放っておいても問題ないと思うけど一応…)
「ようこそ!彼方さん!」
近くの席の女子生徒が話しかけてくる。
「どこから来たの?」
「私は湖林美夏~よろしくね~」
「高城侑子だよ!ゆうって呼んでね!」
近くの席の女子から歓迎の言葉をこれでもかっていうくらい受ける。
「どうも」
などと、軽く挨拶をし、ホームルーム中なのにも関わらず話をかけてくる。
それらをスルーするかのように窓側を気にする。
(やっぱり…他の生徒は気づいてないようだ…。この学校おかしいかも…)
そう。さきほどの「火の玉」のようなモノは一体だけではなかった。
まるで空を気ままに飛んでる鳥のように、半透明のような物体が時折飛んでいく。
校舎内でも見かけるうえに、他の教室内にもいたのを見た。
(ただの浮遊霊だけど…数が異常に多すぎる。こんな場所…はじめて)
授業の合間の時間。
琉嬉は思い立ったように席を立つ。
「どうかしたの?」
早速仲良くなったクラスメイトに声をかけられる。
「ん、ちょっとお手洗い…かな」
「あ、そう、ごめんね」
「いや…別に」
ボソッと呟くように言うと教室から出ていく。
どうしても気になる場所があった。
誰も通らないような校舎端の階段。
窓から見える景色は木々達。
面白みのない風景ではある。
「さーて…出ておいで…「悪霊」さん」
琉嬉がバッと手を掲げると階段の踊り場に異様な影が現れる。
黒っぽくもあるようなうっすらと透けている、影とも言えるようなモノが。
琉嬉が言う「悪霊」だ。
姿はかろうじて人型を保っているようにも見える。
「はぁー、こんなのが入ってきちゃうんだね…この学校…めんどくさっ」
独り言が大きくなる。
「さ、さっさと片付けるからかかってきて」
言葉が分かってるのか。
悪霊と呼ばれたモノは琉嬉に向かって飛びかかってくる。
しかし琉嬉は物怖じもせず、一枚の御札を取り出した。
その御札を悪霊に向かって投げつけると…。
バシュンッと音を立てて一撃で悪霊を飛散させた。
「……軽い軽い」
軽妙なトーンで言いながら残された御札を拾う。
しかし御札はボロボロになっていた。
「…符術もコストがバカにならないよね…あー面倒」
彼方琉嬉は退魔師の一族の末裔の一人である。
先ほどの動作は退魔師としての力を使った。
彼方家は代々悪霊、妖怪なる類のものを祓う由緒正しき一族…だが、琉嬉は直系側の子孫であるが父親が本家から独立してる
ため、現状は本家側の仕事などをあまり受け持っていない。
とはいえ関係はかなり良好。
困ったときは訪ねる事もしばしば。
そんな慣れっこの琉嬉ですらこの学校の浮遊霊の多さに少々驚いている。
この世界には、まず人間の世界。
あの世とこの世を彷徨う幽霊達が巣食う曖昧な世界。
そして、妖怪達がいる世界。
様々な世界が存在している。
そして退魔師、霊術師として生きる人間達や妖怪達がいる世界をひっくるめて裏世界と呼ばれている。
琉嬉は裏世界でも生きていく術を持っているうちの一人だ。。
「あ、おかえりなさーい」
クラスメイトが出迎えるように言う。
「…うん」
教室を少し見回す琉嬉。
また浮遊霊物体がよぎったが、すぐに姿を消した。
「…なんかおかしいなあ…ねえ、ところでこの学校変な事起きたりしない?」
「えー?変な事?」
「たまになんかあるよね…幽霊見たとか?」
女子生徒達がそういった事例があると言う。
「へぇ…(やっぱり)」
「彼方さんってもしかしてオカルト好き?」
「ん、まあそんなところかな?」
「へんなの~」
「あ、あまり気にしないで。あと、僕の事は苗字で呼ばないで下の名前の琉嬉で呼んで。僕も下の名前で呼ぶから」
下の名前で呼んでほしい…と、妙なこだわりがあるようだ。
そして回りの生徒は
(僕っ娘だ…)
と、心の中で思ったのだった。
琉嬉は美少女…と言われる事が多い。
小学生のように小柄な姿。
一人称は僕。
飾り気のなく、ぶっきらぼうとして少々女の子らしくない口調と至って冷静に落ち着いた雰囲気の性格。
見た目に反したギャップのある口調や性格で不思議っ子オーラがウケて瞬く間に、
小さな天使が現れた…など男女関わらず噂が広まっていった。
そんなこんな盛り上がりを見せたが事件はすぐやってきてしまった。
昼休み。琉嬉は昼食を買おうと購買部へ向かう。その途中だった。
「おっと~、ちょっとお金借りていいかな?」
「?」
目の前には3人の生徒。
そのうちの一人は女子で他は男子。
いかにも悪ぶってますよ~的な見た目の印象の不良タイプな3人がいた。
「あれ?もしかして君が今日転校してきた彼方琉嬉ちゃん?」
「…何ですか?」
「ふふ、通りたい?」
主犯格っぽい女子生徒が琉嬉に対して意地悪な態度を取る。
「………」
琉嬉はそれを無視して通り過ぎようとする。
が、ガシッと手を掴まれる。
「そんな態度でいいのかな~?素直にお金貸してくれればいいんだケド?」
「…カツアゲですか?それ」
「カツアゲとは侵害だね~」
「いいのかい?そこの彼はお金貸してくれたよ?」
どうやら被害者がいるようだ。
「……バッカみたい」
と、吐き捨てるように言い捨て琉嬉は無理やり通ろうとする。
掴まれた手を振りほどく。
だが、力強く握りしてるせいかほどこうにも手を離してくれない。
「アンタね…チョット目立ちすぎなんだよね~?」
人気に嫉妬でもしてるのだろうか?
回りの生徒は気づいてはいるが助けに入ろうとする者は今のところいない。
相当面倒な連中のようだ。
「誰か助けてやれよ…」
「でもアイツらのバックには…」
どうやら有名な不良グループと繋がりがあるようだ。
こういった理由で手を差し伸べる事が出来ない。
こんな時に限って教師が近くに姿はない。
琉嬉は少し怒り込めたような顔をするがそれでも無視して突き進もうとする。
「待てよ!」
「………」
なおも無言で突き進もうとした瞬間だった。
「待てってつってんだろ!」
ドンッと、琉嬉は主犯格の女子生徒に両手で突き飛ばされた。
「った…!」
小柄のせいか、思ったより飛ばされてしまい、壁に激突した。
「バァーカ」
と言い放ちその場から立ち去ろうとする3人組。
琉嬉は無言で立ち上がりぽんぽんっとおしりについたほこりを取り払う。
そして近くの教室になぜか入り…。
机を持ち上げ、廊下に出て行き3人組めがけておもいっきり投げた。
ガッシャアアアアアァァァァンと、学校中に響き渡るくらい強烈な轟音が炸裂した。
投げた机は3人組の一人の男子生徒に命中し、その反動なのか机は廊下の窓を突き破り外に落ちた。
男子生徒は鼻血を出しながら気絶している。
「な、な、な、なにっ???!!」
残りの二人はあまりにも突然の出来事に驚愕する。
「よくもやったなコノヤロー!!!」
猛ダッシュで残りの二人のところへ向かっていく琉嬉。
「なっなっ?!」
まずは残りの男子のところへ向かい、そのまま飛び掛かった。
と思ったらそのままジャンピングラリアットのような形になり首投げ状態になり床に叩き付けた。
そのまま二人目も気絶。
あまりにも想定してない出来事のため女子生徒は何も抵抗出来ずに突っ立ている。
そのまま琉嬉は女子にも手加減せずに見事な一本背負いをかました。
「本当に申し訳ありませんでした」
「…でした」
謝る琉嬉の隣には40歳前後くらいの眼鏡のかけた男性。
琉嬉の父親の彼方導である。
「過剰防衛というかなんというか…やられたらやり返す精神もいいですけど少しやり過ぎですよね~」
「ハイ…」
「昔、伝説のヤンキーみたいなのがいて入学式に問題を起こして停学になった生徒がいたらしいですけど、こんなスピード停学は記録更新らしいですよ」
「そう…なんですか…?」
変な記録の更新に少しひいてしまう導。
会話から察するに、琉嬉は停学が決まったそうだ。
「それにしても…こんなおとなしそうな女の子がねえ…」
「この子は普段無口でおとなしいんですが、短気で怒るとすぐ手が出て何をしでかすかわからなくって…。
一体誰に似たのか……」
桜川先生は導の方を見るが(まさか…お父さんに似た…とは思えにくい…もしかして母親…?)と心の中で思った。
琉嬉は一日だけの停学となった。
あれだけの大事になったわりには一日だけの停学で済んだ。
相手から手を出した事件なので学校側の計らいだという。
琉嬉自身もかなりの反省をしている。
その態度が認められた。
叩きのめされた3人組は相当応えたのか、その後大きな顔をしなくなったというのは後日談。
ただ、学校中は大喝采だったという。
こうして「小さな天使」のあだ名から「凶暴な天使」に変わったという。
「…父さん……先帰ってていいよ」
「…いいのかい?」
導は車で来てたのだが、琉嬉はそれに乗らずに一人帰ると言う。
「頭冷やしながらでもゆっくり帰るよ。ごめんね父さん」
「う~ん……心配だなぁ。でも、帰ったらよ~くお話するからね」
「…う……ハイ…」
力なき返事。
琉嬉はトボトボ歩き出し、校門から出て行く。
(…次の学校行きづらい……)
自分自身が起こした事。というか穏便に事態を収めていれば良かったのだが、性格上それが出来なかった。
仕方ない部分もある。
小中学生時代にも何度かトラブルを起こした事がある。
そのため友人付き合いもほとんどなかったのに等しい。
転校する前の学校でも一度トラブルがあった。
小うるさい生徒がいて、たまたま琉嬉にちょっかいを出したためにトラブルになった事もある。
今回のような大きく暴れたのは初めて。
かなり気持ちが沈んでいる。
(……歩いて帰ろう…)
見慣れない町並み。
ほとんどが新鮮。
これから住む地域を一度ゆっくり見ておくのもいいかもしれない。
こんな状況ながらもあえて気持ちを切り替えておこう…そんな事を考えながらテクテク歩く。
綺麗な鳥の鳴き声が聞こえる。
鞍光高校付近は自然が多く、いろんな動物が見れるという。
自宅から電車を利用して着くまでにおよそ30分前後くらい。
少々距離があるかのように思えるが、それは歩きの移動や電車の待ち時間を入れての時間だ。
車や自転車なら30分はかからないだろう。
(歩くとどれくらいかかるんだろう?)
制服のポケットから携帯(流行りのスマホ)を取り出し時間を確認する。
時刻は午後5時近く。
季節は6月頃。まだまだ明るい。
学校から数分歩いた少し離れた所。
道路脇から急に斜面が高くなっている小さな山というか丘というか…少し不気味な通りに出た。
草木が多い斜面の所に使われてないような石階段があるのをみつけた。
石階段の所々は草が生えっぱなしで手入れもされてないのが分かる。
明らかに人の出入りがない。
ふと、石階段の先、上を見ると鳥居があるのが見えた。
「神社…?」
どうしても気になる。
それとさっきから呼ばれる感覚におそわれていた。
(呼んでる…?)
「何か」に、呼ばれる気がして躊躇もなく石階段を上り始めてしまった。
階段を上りきるとこれまたボロっちい小さな社がある。
地面は見事な草だらけ。
辛うじてあるような道筋があるだけだ。
回りには社の他に小さな小屋があるだけ。
管理するための小屋だろうか?
小屋も少々汚いがそれでも管理されてる様子はある。
(一応、人の出入りがあるみたいだ…)
社に近づいてみる。
「…ふぅん…この手の神社事態は別段珍しくもないけど…」
そう、手入れがあまり入ってない神社はいがいにどこにもある。
そもそも人があまり住んでないド田舎でかつ、山中にある神社ならおかしくもない。
だが、ここの神社は住宅街に近いのに人の出入りした様子があまりないもの逆に不自然。
住宅が近ければ年配の人などがやってきて何かしらお参りみたいなのをしてるはずなのだが。
そこがどうも腑に落ちない琉嬉。
「……変な神社…」
スマホを今一度画面を見て、地図機能を使い神社周辺の地理を調べる。
時折、ザザザッと風が通り抜け草木が揺れるのが不気味に感じてしまう。
背の高い木々。
生い茂った葉が光を遮っている。
社にはお供え物だろうか、スーパーなどで市販されてるような袋包みのお饅頭が3つ。
一応人が来てるようだ。
「管理はされてるのか…。廃神社ではないのなら…それならまだ安全かな?」
地図を見ながら社周辺を少し歩き回る。
草が多いので歩くのが少し大変だ。
「こういう時って、スカートって困るよね…」
琉嬉は黒のサイハイソックスなのでまだ大丈夫だが、素足出してたら草や枝で切ってしまうだろう。
普通の女子高生はこんな場所には行かないだろうが…。
琉嬉は画面を見て少し驚いた。
「……神社が地図に載ってない…。ふぅむ…?」
どうやら地図に表記されてないようだ。
「ま、いいか」
気にしても仕方ない。
そう言い聞かし、裏側へ回ってみる。
するとかすかに人の歩いているような獣道が薄っすらあるのに気づく。
「……」
特に深く考える事もなく奥へ進む。
険しい道なき道を突き進む事にする。
ガサガサ音を立てながら先へ進んで行く。
そうするとそんなに遠くない場所に急激に開けた場所へ辿り着いた。
目の前には小さな洞穴がある。
大人一人が入れるくらいの背丈の高さの洞穴だ。
琉嬉にはだいぶ余裕がある高さだが。
すぐわかるのは普通の洞穴ではない。
入口にはしめ縄のような物で境界線を引いてる。
「結界……だろうけど…、これ破られてるのかな…?霊力が感じられない」
琉嬉にはすぐ結界だと理解できた。
だが結界の意味をなしてない状態が琉嬉には理解出来る。
後ろを振り返ると社の屋根が見える。
およそ50mくらいだろうか?
かなり近いと言えるが、この草木のせいで遠く感じる。
(誰かが破った…?でもそんな様子ないけど…)
不可解に思う。
誰かが故意的に破ったのか?
それとも自然に結界が崩れたのか?
それは現段階では不明。
(中に入ったらヤバイかな~?)
どうしても気になる。
さっきから琉嬉の頭の中に呼びかけるようなのがあって気持ち悪いのだ。
「…誰かいるのー?呼びかけてるのは誰ー?」
返事なんてもちろん期待はしない。
でもなんか落ち着かない気持ちになる。
スマホの明かり機能で暗闇を照らし洞穴の中へ侵入する。
静かな暗闇を明かりだけを頼りにどんどん奥へ進んでいく。
洞穴のせいか、リンリンと髪飾りの鈴の音がやけに響く。
――魔除けの鈴。
琉嬉が先ほども言ってたように、弱い低級霊くらいなら寄せ付けない力がある「霊具」の一種である。
幸い、これがあるおかげで普段ふらついている低級霊との関わりを避けていれるのである。
この洞穴でも霊的物質がいてもおかしくないがここは神社の境内…というより敷地内。
神聖な場所でもあるし、誰かが作り上げていた結界のおかげで邪悪なるものを寄せ付けていなかったようだ。
さらなる奥地へ進むと行き止まりの辿り着く。
丁度、その奥は少し広がりがあり、怪しげな社みたいのがある。
その台座の上には水晶玉があった。
「…これはこれは…怪しい」
こういったものにも何かしらの結界などの細工がしてあるはずなのだが今はそんな形跡が感じられない。
「やっぱり…切れてるな。どういう事?」
疑問に思いながらも近づく。
誰かが破壊しているのか?
警戒しながら水晶玉に近づいてみた。
「キレーな玉だね~」
美しさに関心する。
橙のような、金色っぽいような、淡い色した見事な水晶玉だ。
パリンッと、突如触れてもいないのに水晶玉にヒビが入った。
「……へ?」
まるで手品の仕掛けのような。
何もしてないのに割れた水晶玉を見て驚く。
「な、なんか、ヤバイぞこれ」
あまりにも突然というか偶然的というか、さすがの琉嬉も驚きを隠せない。
その場から離れようとした瞬間――。
ピカッと、暗闇の中の風景がまばゆい光で真っ白になる。
「わわっ!」
すてんっと尻餅をついて転ぶ。
「!!?!?」
さらに驚いた。
体が固まってしまうような、今まで感じ取った事のない程の霊力を。
ゾクッとするくらい恐ろしく強大な霊力。
でも光が放ったと瞬間にその霊力をすぐさま消え失せる。
「あれ…?もしかして…今何か出てきたのか……?」
何かが「封印」されていた。
そう直感した。
だから、何重も結界を張られていた理由のひとつだろうか。
そう考えるのが妥当だろう。
あれこれ考えが頭の中でこの一瞬で巡るがふと後ろを振り返るといつの間にか、一匹の小さな狐が居た。
子狐だろうか…一般的に思うキツネより小さい。
人間と目を合わせると逃げていく動物と同じように、狐はテッテッテと洞穴の入口の方へ向かって行った。
「キツネ…?居たならすぐ気づくはずなのに…いや、マテよ…?もしかして…」
頭の中で嫌な予感がよぎったがそれは今置いといて、狐を追いかける事にした。
外に出ても狐どころか、動物の気配すらない。
鳥の鳴き声もしない。
回りを何度見回しても誰もいない。
シーンと、静かな状態。
「……おかしいな」
仕方なく一度通った獣道を戻り社のある場所へ向かう。
すると………
「う~ん、なかなかうまいではないか~。んぐんぐ」
幼い少女のような声が聞こえる。
(女の子の声?こんな所で…)
急いで声がする社の正面の方へ行く。
琉嬉は驚いた。
白い和服を着た明るいオレンジ色というか、金髪のようにも見える髪の色をした少女が
社のお供え物の饅頭を食べている。
ただ目元は狐の顔を施したデザインの仮面で見えにくい。
体格からして、だいたい10歳くらいのようだ。
和服といっても巫女服のような作りで足元は短いスカートのようになっている。
そして大きな真っ赤なリボン。
かなり目立つなりだ。
「………誰?」
おそるおそる声をかけてみる。
「おう!人間の子供か!お主も食うか?」
と、無邪気に気軽に声を逆にかけてくる。
「あ、いや…食べないケド…(…この感じ、妖怪か?)」
琉嬉はこの少女を妖怪だと判断した。
微量に感じ取れる妖力の霊気。
「…さっきのキツネ?」
「ん?狐?たしかに、私は妖狐と呼ばれるがな」
「…妖狐……」
書いて字のごとく。
妖怪の狐である。
歴史上にもよく出てくる有名な妖怪の一種。
だがこの少女は見た目は普通の人間と変わらない。
とはいえ、顔つきはとても綺麗で髪も美しい明るいオレンジ色。
どちらかというと日本人に近しい顔つきだが。
女である琉嬉も心が奪われそうになるくらい、可愛らしい。
「…ねえ、もしかして…さっきの水晶玉に…いた?」
「うむ。封印が解けたんだな!今何年なのか知らんが大分時が経ってるだろうな」
(マジか)
封印される程の妖怪。
それがこんな少女…とはにわかに信じ難い。
これまで幾度も退魔師として妖怪などと戦ってきているが、このような少女妖怪とは出会った事がない。
小さな少女の霊などとは会った事はあるが、妖怪の少女は琉嬉自身は会った記憶がないのだ。
いるにはいるだろうが。
「…ここの神社に封じられていたの?」
「どうやらそうみたいだな」
キョロキョロ見回す少女。
どうやら封印されていた場所は把握してなかった様子。
「さて…と」
少女は饅頭を食べ終え、指をペロペロしながらスっと立ち上がる。
「ん~~~~っ!」
おもいっきり体を伸ばす。
「ちょっと待って!どこ行くの!」
「ん?どこ行くかと?ふむ…行く当ては…無い事もないがかなり時が経ってるみたいだからな。
そうだな。今の日本の状況を見に行くかのっ」
そう言い立ち去ろうとする。
「だから待て!」
「なんだしつこいの~」
「お前を…このまま勝手に行かせる訳にはいかない!」
琉嬉はなぜだか咄嗟の判断で、この妖怪少女を行かせる訳にはいかないと思った。
どこからか出したのか。
両手には大量の御札が。
琉嬉は主に呪符と呼ばれる御札を用いた戦う。
自在にコントロールしてオールレンジ攻撃や敵の行動を封じたりする。
有無言わさず少女に向かって攻撃を仕掛けた。
早めの対処をしないとまずい事になる…そう思い行動する。
「ほう…幼いのに高度な術を使うんだな」
「どっちが幼いんだよ!」
少しムッとする。
少女は華麗に御札を飛ばす攻撃を避けていく。
(当たらない…!ならこれなら)
呪符を操りながらも少女に向かって走って行く。
「お?突撃か?」
接近戦に持ち込むつもりで突っ込んでゆく。
「てぇい!」
飛ばした呪符とは違うデザインをした呪符を取り出し少女のお腹の当たりに掌底と同時に呪符を貼り付けた。
「おおぅ?」
少女は油断したのか、攻撃は見事に命中した。
その瞬間、少女の動きが止まる。
「動きを封じる…呪束縛。動けないでしょ?」
少女は動きを封じられる。
「ふふん。やるではないか。だがな」
「…?」
「この程度の術…私に通用するとでも?」
バシュンッと凄い音を立てて、少女はいとも簡単に術を跳ね除けた。
「……マジか…(浅かった?いやそんなハズは…)」
浅い筈はない。
しっかりと命中して一瞬でも動きを封じたのはたしかだ。
それを軽くはじいた。
まだまだ修行中の身とはいえ、琉嬉の術は天才的で十分効果は高い。
(あれ?コイツ…マジで強くね?)
脳裏に浮かぶのは「敗北」の文字。
負けるつもりはいつもないが、今回は危険過ぎる…そう思い始めてきた。
ほんの、5分間くらいだろうか?
短い時間ながらも攻防…というより琉嬉の術が一方的に少女に攻撃を放っても簡単に弾かれてしまう。
時々霊気弾みたいのを撃ってくるが避けるのが精一杯。
この少女には琉嬉の現状の術は通用しない。
琉嬉には疲れが目に見えてわかるように息が上がっている。
「もう終いか?」
「…まだ終わりにしたくないね」
琉嬉は左手首にしている白黒の数珠を取ろうとした。
「ふむー。ま、楽しんだし今日はこの辺にしといてやろう。今度会う時の楽しみにしておこう」
少女の方から戦いをやめた。
「……殺しはしないの?」
「殺す?何を馬鹿な事言ってる。私をそこらの妖怪と一緒にするな。簡単に破壊をするような輩は賢くなくての」
「……」
少し安心したような複雑な気分になる。
僅かながらも「死」を覚悟はしていた。
呆気に取られたが、このまま戦っても勝ち目はない…そう確信はあった。
「何処に行く気?」
琉嬉が問いかけると、
「さあのう。しばらく近隣を彷徨う事にでもするかの」
「………そう」
何を企んでるのかは分からない。
この妖怪が本気を出せば国の一つや二つ取れるのであろう。
そこまでの実力がある…手合せした琉嬉なら理解出来る。
それに今の琉嬉ではこの妖怪を止める術がほとんどない。
「じゃあな、人間の子よ」
「………僕の名前は琉嬉だ」
「ほう。ルキか。覚えておく。ちなみに、私の名前は観薙來魅だ。覚えておくといいぞ。じゃあな」
何事もなかったかのように、普通に歩いて石階段を下りていく。
呆気に取られたが、命があったのは良しと考える事にした。
しばらく茫然として立っていると、一人の若い青年が走ってやってきた。
「これは…やはり……遅かったですね!」
この男性は事態を理解してるようだ。
青年は琉嬉に気づく。
「あなたは…?傷だらけではありませんか!」
「あ、いや、ちょっと…」
「このままではいけません。ささ、こちらへどうぞ!」
半ば強引に案内されたのは社の近くの管理小屋。
ガバッとお姫様抱っこのように抱えられる。
「もしかして…ここの秘密を見たのですか?」
「秘密も何も、来たら突然ちっちゃい女の子に襲われましてね…」
「なるほど…やはり」
この青年は何かを知っているようだ。
「あの~……抱えられてると恥ずかしいんですが…」
「え?ああ、これは失礼しました!」
ひとまず、簡単に怪我の処置をし終える。
「僕の名前は参堂耿助と言います。ここの神社を含んだ神社の宮司を務めてます」
「なるほどー。だからこの異変に気づいてやってきたわけだね…。参堂ってどっかで聞いたような…?」
参堂という姓に聞き覚えがあるという琉嬉。
「一応陰陽師の末裔…なんですけどね。ここに封じられてた妖怪を封印してた一族の子孫なんですけど…こんな話信じられますか?」
「…信じるも何も、気づいてるんですよね?」
青年、耿助は琉嬉の様子を見てなんとなく察している。
そう思い、琉嬉は逆にこちらから自分の正体をバラすような言い方をする。
「いやはや、ですよね~?あはは。これは失礼しました」
「……怪しい…」
「実はですね、ここは普通の人間や妖怪などに気づかれるはずのない結界がかけられてるんですよ。
いや、かけられてたが正しいですね。その結界も今はすでになくなってしまいましたが」
「やっぱり…」
耿助はゆっくり、現状を含めた説明を話す。
「今から丁度百年程前に、僕の家の参堂家、夜栄守家、そして彼方家らを含む今こそ
我々の世界では有名なった五大家の祖先にあたる人物が、大妖怪來魅を封印したのです」
「彼方家…って僕のところのご先祖さま…?」
耿助はにっこり微笑みながら、
「おそらく、そうですよ」
「やっぱあんた気づいてたよねぇ…」
「ええ、それはまあ…この戦いの後を見れば…。あの來魅とやりあってその程度の怪我ですんでるところみると…」
元々ほとんど使われてないようなボロ神社だが、境内はさらに荒れ放題になっていた。
「あー……」
苦笑いするしかない琉嬉。
「僕とあなたが会うのは初めてですよね。改めてよろしくお願いします。えーっと…」
「彼方琉嬉。琉嬉でいいですよ」
「ええ、琉嬉さん」
「…で、なぜ結界が切れたのか…謎なんですけど」
「ええ。それはどうやら祖先が作った結界は100年で切れる仕組みみたいですね」
「なにそれ…」
どうやら結界は100年で切れてしまう、という話らしい。
強力な存在を封印するには100年が限度だったのか。
今となっては原因が不明だが、当時の術力、技術では「永遠」に封じる事は出来なかったのだろう。
何の因果か、運が悪くこの日が丁度100年目の結界が途切れる時期だった。
尚且つ、偶然にもその五大家のひとつの子孫がその場に居合わせた…。
出来過ぎである。
「……運命…なーんて言葉使いたくないけどなあ…」
「ハイ。何も僕たちの世代で封印が解けなくてもいいのに。こんな事であればもっと早くから対処すべきでした」
耿助の悔しさと怒りが混ざったオーラがニコニコ笑顔ながらも琉嬉には感じ取れた。
「……どーしてじいちゃん達はこの事知らないんだ…。明日行って真偽確かめないと」
「とにかく、ここに居ても埒があきません。僕の車で一旦お家へ送ってあげますよ」
「あ、こりゃどーも…」
耿助は琉嬉の自宅まで送った後、個人的に來魅について調べると言って去って言った。
この状況になったのは自分のせいだとかなり反省してるようだった。
管理しているとはいえ、滅多に訪れる事もない神社。
存在をほとんど忘れていたのに等しい。
耿助は結界がはずれた神社にもう一度結界を作るとも言っていた。
一方、琉嬉は状況を父親に話した。
その結果、導の実家であるお寺へ翌日向かう事にし、この日はゆっくり休む事にした。
次の日、琉嬉は導と共に実家の寺にやってきていた。
琉嬉は停学のため休みみたいなものなのでやってこれた。
導の仕事はフリーライターの傍ら、お祓い業も少しやっているため、ある程度の時間が自由に取れる。
そのため琉嬉と一緒にやってこれた。
お寺…と言ってもいわゆるベタベタなお寺でもなく、現代的な建物のお寺である。
10年ほど前に新築にしたらしい。
お寺の名前は「緋黄寺」。
一応由緒正しき歴史があるとの事。
表向きは普通の仏教のようなお寺だが、裏では退魔師としての仕事を請け負っている。
仏教をベースにしているらしいが神道に似たような事もやっている、いわば何でも屋。
「…あんまり寝れなかった…」
あくびが止まらない琉嬉。
トントン拍子にとんでもない事件が発生してるため、気が気でないからなかなか寝付けなかった。
あの後來魅が何をしたのかもまったく分かっていない。
気になって仕方なかったのだ。
たまたま、お寺の隣にある住居側の入口に向かった時だった。
「おっ!琉嬉か!久しぶりだな~!」
「久しぶり…」
と、返事した途端に勢いよく琉嬉を抱き上げる人物。
琉嬉からすると祖父にあたる、彼方炎良。
真っ白い短い髪であるが体格はガッシリしていて背も高い。
たまたま外に出てたところに琉嬉と導の親子と出会った。
「…いいから降ろして欲しいな…じいちゃん」
「おお、すまんすまん。しかしいつも軽いな。ちゃんと食べてるか?」
「人並みには食べてるつもりなんだけどね」
そう、食べる量は決して少ないわけではない。
「それより今回はどうした?平日なのに学校はどうした?」
どうしたづくし。
「…一日の今日だけ停学になった…。明日には行くよ」
「ほーう。相変わらずやんちゃだな」
お転婆なのは変わってないらしい。
「…それはいいから…実はね……」
琉嬉はこの短期間の出来事は説明する。
「なるほど…その、來魅とやらが復活したと?」
「そう。その有様がこれ」
「ふむ。道理であちこち怪我してたのか」
「殺されなかっただけでもありがたい気分だよ…」
琉嬉が持つ技をことごとく打ち砕かれた。
ショックというよりまだまだ自分はこんなものなんだな、という気持ちの方が強い。
「五大家…か。そう言われてた時代があったな」
顎髭をジョリジョリしながら感慨ふける。
「今でも言われてると思いますけどね」
導がこう切り返す。
「そうかあ?今は平和だからなあ」
昔に比べ、妖類のものの事件は減った。
逆に心霊系の事件が多くなってるという。
妖怪相手となると被害が大きい分それに比べて平和だとは炎良は言う。
「琉嬉ちゃんは五大家って知ってたよね?」
「…話程度には」
五大家…。
琉嬉らの家系の彼方家を含む、屈指の霊力を持つ家系の事である。
そのうちのひとつが耿助の家系の参堂家。
その家系だけあって異変に気づきすぐやってきたのはよかったがすでに時遅しであった。
話によると、参堂家が中心に來魅を封じてたようだ。
「100年で封印が解けるとか…笑えるよなあ。俺の祖母の世代かぁ?」
「お父さんの祖父母の時代だったら僕にも分からないですね」
「はっは、そりゃそうだ。昔の事だもんな。うっすら覚えてるのは琉嬉みたいにおとなしいけど、いざ戦いになるとそりゃ、怖い怖い」
「……そうなの?」
「隔世遺伝ってやつか?はっはっは」
「笑う所…なのかな」
そんな懐かしい話を思い出しながらも炎良は話を咲かせる。
「正直に言うとな、俺はその妖怪についてほとんどわからん」
「え?」
いきなりの発言に固まる琉嬉と導の二人。
「100年前だしなぁ。俺も生まれる前だし、知る訳ないんだよなぁ」
「そっか…」
「手はない訳でもないが…それは琉嬉。お前さん自身がよく分かってるんじゃないか?」
「……いや、「コレ」はちょっと…さすがに…。使おうとは思ったけど…」
「使わなかったのか?」
「使おうとしたけど、あっちから戦いをやめた」
「ふむ。九死に一生を得るってやつか」
「死にかけるほどの攻撃を受けてないからさすがにそこまでは…。手加減して遊んでたようにも見えたね」
何やら事情のある術がある。
琉嬉はふと、左手首にしてある数珠を見る。
白と黒が交互に繋がっているタイプの数珠。
これを先日來魅との交戦時に外そうとした。
その際に來魅から戦いをやめてしまったのだが。
「お父さん、あの力は危険過ぎます…」
「それは承知している。俺だって一応少しだけ使えるんだからな。
だがな、琉嬉には才能とそれに耐えうる霊力を持っている。だからこそ、今じゃないのか?」
「………」
「フォローは俺達ですればいい。だろ?」
「それはそうですけど…」
自分にも危険が及ぶほどの術がある。
それを使わない限り勝ち目はない、と。
「あの後その妖怪の足取りは掴めてるのか?」
「…まったく」
お手上げポーズの琉嬉。
追いかけようにもそういう状況ではなかっただろうし、あのまま戦い続けても簡単に返り討ちだろう。
それに、こちらから仕掛けておいてなんだが相手は元々争うつもりはなさそうだった。
「ふぅむ…なんか文献みたいなの残ってないか調べるとしようか」
「僕も手伝いますよ」
「あ、僕も見る」
親子三代揃って資料室へ向かって調べて回る事になった。
「ふぅ…ロクなのなかったな。わはは」
「笑いごっちゃないでしょ」
どうやら彼方家の方では來魅に関する文献などは残ってないようだ。
ただ、導が手に取っている本だけには來魅について少し触れていた。
「お父さん、これ」
「ん?」
「日記……?か?彼方…やなぎ…き?ああ、柳樹。これは俺の婆さんの名前だなあ」
炎良の祖母にあたる人物。
先程チラっと話にも出ていた人物の名前である。
彼方柳樹。
小柄だったが、それを気にしないような大きな態度とたしかな実力があったそうで、お寺の住職を受け継いでたようである。
当時としては珍しい女性住職だったようだ。
その柳樹の日記…といっても今まで関連してきた妖怪などの記録された本のようだ。
「なんでこんな重要なものをしっかり管理してなかったんですかねえ?」
しっかりしろと言わんばかりの眼差しで導は炎良を見る。
「わはは。それはすまんすまん。これの存在を忘れてたな」
「じいちゃん…」
琉嬉もジト目で見る。
「う、本当にすまん」
記録日記に中身は、これまで戦った経緯のある妖怪や悪霊達についてだった。
その中には來魅について書かれているページがある。
「…なになに…?來魅は参堂に伝わる術法にて封じる事に成功…と書いてる」
「ほかに情報は?」
「それと、我が彼方家、そして夜栄守、参堂、港咲、水無月の人間が手を組み來魅と好戦する…、
かろうじて封印する。と書いているな。
それ以外はまったく書いてないな」
「……そ、そうですか…」
「祖母ちゃん…結構適当な所もあってな…。面倒事を嫌う性格でなぁ…」
「……うち以外の人間…それって…五大家?」
五大家――。
耿助とも話した時に出た言葉。
その昔五つの有力な力を持った術者が居た家系の総称である。
琉嬉の家系もそのうちのひとつ。
記録日記にも書いているとおり、参堂の名前も書いてある事はあの青年が五大家のひとつの参堂家の者で確定だろう。
來魅が封じられていた神社の管理をしていたのも辻褄が合う。
とはいえ、結局有力な情報もなく収穫はなく終わる。
「何かあったらすぐ連絡よこせよ。すっ飛んで行くからな」
「うん」
「あとはその参堂家のやつに何か話聞くしかないだろうな」
「う~ん…」
なんとも納得いかない琉嬉だった。
「そんな顔するな。なんとかなるさ」
「だといいけどね…」
不安が募っていくばかりだった。
何も進展する事もなく、日付が変わってしまった。
琉嬉の停学もあけ、トボトボ登校する。
正直あまり寝れなかった。
いろいろ考えたのもあるが、勝てなかったという理由が一番癪に障るからだ。
大体、負ける事があまり好きでなない負けず嫌いな部分もある。
そんな気持ち知らずか、相変わらず霊体らしきものが飛んでいる。
が、気にする事もなく学校へ向かう。
「やっほう、琉嬉ちゃん」
「おはよう~」
クラスメイトが気軽に声をかけてくる。
二日前にあんな事があったのにも関わらず恐れることもなく声かけてくるクラスメイト達。
「…おはよ(…よく声かけてくる気になれるなあ)」
自分が恐れられてないのかと少し気にしてはいた。
ここの生徒達はちょっと変わってるのかなんなのか。
あまり気にしてない様子。
「琉嬉ちゃん、元気ないね?やっぱり一昨日の事…?」
「あ、いや、それはもういいんだ。うん。あまり気にしないで…」
「そう?」
停学の事はいい。
それより復活した妖怪の來魅の事が気になりすぎてあまり眠れなかったのだ。
「…ところで、僕がやっちゃたあの3人は…?」
「んー?さぁ、学校には来てないみたいだよ」
「そう…(さすがにやりすぎたかな)」
ちょっとだけ反省する琉嬉だった。
午前の授業もそろそろ終わる頃…だった。
琉嬉は眠たそうに少しうつらうつらとしてた。
授業中はおとなしい琉嬉。
というか、普段は決して目立つような言動はない。
どちらかというと静かで地味な方だ。
何かと派手な問題をお越してきたのは間違いないが。
その眠たそうな意識の中校庭の方に狐の姿が目に入った。
「狐か…。……狐?」
この季節に狐が姿を現すのは少し珍しい。
冬にはよく見かけることが多くなるのだが。
「………まさか…ね」
その時は少し疲れも出てたのか、あまり気にしなかった。
午後の授業。
壮絶な購買部での争奪戦のなかの戦利品でもある好物のクリームパンも食べて満足した授業中だった。
ふと、廊下の方へ目線を向ける。
すると、さっき見た狐の姿がなぜか見えた。
嫌な予感がする。
琉嬉はあまり考えずに席を立つ。
「先生!具合が悪いので保健室行ってきます!」
「…は、え?もう授業終わりますよ?」
同様する国語担当の女性教師。
有無言わさず唐突に教室から出ていく琉嬉。
「具合悪いわりには元気良さそうだったけど…行っちゃった」
ざわつくクラスメイト達。
こうしてより不思議ちゃん度が増していくのだった。
「…いない?!どこへ行ったんだ…?」
すかさず窓を見る。
するとさっきの狐が校舎の裏手に居た。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ…ヤバイ予感がする…!」
心臓の鼓動が早くなるのが自分でも分かる。
猛ダッシュで階段を降りていく。
靴を履き替える事もせずに勢いよく外で飛び出す。
辺りを見回すが狐の姿はない。
表玄関には姿が見えず、校舎の裏へ回り込む。
裏側は駐車場やちょっとした広場があるが、その奥は草木が多く、少し鬱蒼としてる箇所がある。
山中だけあってすぐ側は木が多いようだ。
「いない…?まさか…」
校舎の中へ入っていった?
そんな予測までしてしまう。
「…気配はなさそうだけど……」
表へ戻ろうとする。
ふと見上げると校舎の窓にあの時の、少女の姿があった。
「……なっ!?」
そう。
來魅の姿だ。
琉嬉に気づいたのか陽気に手を降る來魅。
「……くっ!」
急いで校舎に戻る琉嬉。
「なんだなんだ?」
凄まじい速さに廊下を走り抜ける琉嬉。
その様子に声をかける事もできない丁度よくいた桜川先生。
「おーい、廊下は走っちゃいけないんだぞ~…って…早いな…。陸上部でもやってたのか…?」
常人よりは早いであろう琉嬉の足の速さ。
だが琉嬉は周りの目を気にしてるほど余裕はなかった。
「見つけたぞ……來魅!」
「やおー、案外早かったの」
なんとか來魅の妖力を感知しながら追いかけた結果学校の屋上にたどり着いた。
その來魅はマイペースに変な挨拶をしてくる。
普段は開いてない扉だが無理やりこじ開けた。
これがバレたらまた面倒な事になりそうな考えも一瞬巡ったがそう言ってる場合ではないのも分かっている。
來魅は來魅だが以前と違う。
服装が前は白い巫女風の和服だったのに今は洋服…それも黒を基調としたゴスロリ風の可愛らしい洋服になっている。
「……何しに来た…?」
「何しに来たって…まあお前さんに会いたくてのう」
「……そりゃどーも」
琉嬉は隙を作らせないように早くも戦闘態勢に入る。
しかし、ここは学校の屋上。
戦ってもいいのだろうか…と悩みどころなのだが。
「ふむ…。悪くない所よのう。ここは。まあ、封じられてた場所となれば少々複雑だがの」
「…何がしたいの?」
「何がと言われてものう…特にないのう」
(……コイツの行動がワケわからん…)
相手の考えがまったく分からない。
「復讐…とか考えてないの?」
「復讐?なんでだ?」
「…いや、だって、人間の手によって封印されてたんだろ?よくあるじゃん…復活して人間に復讐だ~みたいな」
「……うーむ。復讐も何も100年間ずっと考えてたんだがな。よくよく考えてたら私が悪いよな。うむ」
「………あ、そ、そう…?」
呆気にとられる琉嬉。
意外と物分りがいいのかもしれない。
「でもそれはそうとして…今の世もなかなかいいではないか」
「…どういうコト?」
「いろいろ勉強して回ったぞ。車、飛行機、列車…。てれび、げーむとやら今は携帯する連絡手段の機械もあるものなんだな!
世の中便利になったものよのう」
「…そう?」
「それにこの洋服…どうだ?似合うか?」
随分現代社会を楽しんでるようだ。
ゴスロリ服もムカつくくらい似合ってる。
「そして、昔とも劣らず……強い術者がまだいるではないか」
「…!!」
琉嬉はゾクッと悪寒が走る。
來魅が求めてるのがなんとなく分かってくる。
「…もしかして……強い術者と戦いたいの…?」
「かもしれんの。簡単に国の一個二個手に入れても面白くないからな」
「…世界征服でもするつもり?」
「はは、まさか。そう簡単にさせてはくれないだろ?」
(……冗談に聞こえない。コイツ…本気を出せば小さい国くらい簡単に取ってしまいそうだ…)
來魅の恐ろしさはよく分かっている。
今はまだ冗談めいた事しか言ってないが、ヤバそうなのは変わりない。
現状は遊んでるようにしか見えない。
そもそもやる事全てがこの大妖怪の前には遊びに過ぎないのかも知れない。
「冗談でも本気もどっちでもいい。お前を野放しにしておくのは危険だ。ここでお前を封じておかないと裏世界での、
均衡が崩れるかもしれない。いや……裏だけじゃなくなるかも」
「ほほぅ。その気になったか?」
「その気も何も…倒す!」
元々気の長い方ではない。
この際後先考えずに行動に出る。
「ふむ。この前とは違う気迫を感じる」
琉嬉は先手を取った。
数枚の御札を來魅目掛けて放つ。
「また同じ手か!」
「………」
無言で技を繰り出していく。
來魅はものともせず避ける。
しかし符術は來魅を追いかけてゆく。
「はっ、さすが符術には長けているのう。誘導弾とはなっ!」
命中させまいと、避け続けていく。
琉嬉はさらに数枚の御札を取り出す。
「…まだあるのか」
「数撃ちゃ当たる…ってねっ!」
計20枚近くの御札が來魅目掛けて飛び回っている。
それでも來魅には命中しない。
だがそれは琉嬉の思うツボだった。
來魅はいつの間にか端まで追い詰められていた。
「おっと…?これはまさか~?」
「ここで戦うにはさすがに~まずいよね」
「ふむ。なるほどの」
一瞬の隙をついて琉嬉は來魅に体当たりをする。
同じぐらいの体格。
來魅は避けることはできなかったのか、琉嬉のタックルを受けてしまう。
そのまま屋上から二人共落ちていく。
「…空飛ぶ事もできるのか…反則だよね」
「長時間は無理だがな」
地面に叩きつけられる事もなく二人は無事なようだ。
どうやら來魅は空を飛べる妖術もあるようだ。
屋上から落ちた瞬間にはもう空を飛んで來魅は脱出をしたようだ。
琉嬉の方は沢山の呪符を集めて足元に集めて落下を防いだようだった。
「…まったく危険なやつだな。お前は。落下死したらどうするんだ?」
「そんなタマじゃないくせに」
「ま、ここなら全力出せそうか?ん?」
(……舐められてるな~…でも…)
落下した場所は丁度学校の裏側。
うまくいけば森林の中に誘い込めるかもしれない。
「善は急げだ!」
「む?」
琉嬉は來魅目掛けて走り出した。
何を思ったのか…飛び蹴りを放った。
「なんと!って当たるわけなかろう!」
楽々避けてしまう。
そのまま琉嬉は深い草むらに突っ込んでしまう。
「おいおい…そりゃなかろう?ルキとやら」
「…それはどうだか?」
「!」
いつの間にか、來魅の体に呪符が貼り付いていた。
飛び蹴りの瞬間に貼り付けたようだ。
「…なんとまあ器用な…だがこれがどうした?」
「それがどっこい」
「むっ!?」
ビリッと電撃にも似たようか感覚が來魅を襲う。
動きが鈍くなるのが來魅自身でも分かる。
「これは…」
「一瞬でも動きを止めればいいんだよっ!」
琉嬉は何かの呪文を唱えるようにブツブツ言いながら術を完成させる。
「龍よ!舞えっ!」
巨大な霊力の塊となった御札が來魅の方へ向かう。
「そう来たか!」
その動きはまるで龍のようにうねりながら來魅を目掛ける。
そして見事に命中した。
ズドンッと鈍い爆発音がする。
強烈な霊力が周辺に撒き散ったのが琉嬉には分かる。
無論この一撃で來魅が沈むとは思ってない…。
「まったく、酷いやつだな…。見ろ、せっかくの服が汚れてしまったではないか」
(…マジですか…汚れただけですか…)
頑丈というレベルではない。
服も來魅自身も汚れているが思ったよりのダメージが入ってないようだ。
「ふふふ、やりおるな。この前よりも数段やるではないか。次はこちらからも攻撃しようかの」
「…くっ」
來魅は不敵な笑みを浮かび琉嬉に向かって走ってくる。
その動きは子供の体格とは思えない速さで。
「はやっ…」
琉嬉は來魅に近づけられまいと、その場から離脱するように飛び上がる。
來魅はその動きにちゃんとついてくる。
「逃げる気か?」
「そんな気は毛頭ないね!」
そう言いながらもしっかりと來魅の手刀をガードする。
防護術が間に合わないほど、凄まじい動きの体術だ。
(油断すると一瞬でやられるっ!)
連打連打。
物理攻撃の荒らし。
時折琉嬉も反撃するが、まるで当たらない。
何発か攻撃が琉嬉の体に命中するが、なんとか霊力ガードでダメージを抑えている。
「んなろっ!」
まだ隠し持っていた御札を散蒔く様に撃つ。
來魅はものともせず攻撃を仕掛けてくる。
「普通の攻撃では飽きるか?」
「…?!」
「こちらも術を使ってやるとしよう」
來魅の左手には黒い炎が現れる。
それをそのまま琉嬉目掛けて投げつけるように撃つ。
「炎だって?!」
間一髪かわす。
尚も続く炎の球。
「やるな、だがこれなら?」
一瞬で琉嬉との間合いを詰めて琉嬉の目の前に現れる來魅。
「んなっ!?」
「つーかまえたっ。ほーれほれ」
ガシッと胸ぐらを掴まれる。
すると足元が熱くなるような感覚になる。
いや、熱いのだ。
黒い炎が琉嬉の体を包む。
「あーちちちっち!」
ボウンッと音を立てて炎が消える。
琉嬉が早急に防護壁を作り出し炎の直撃から素早く抜けた。
「なんてこった…ちょっと焦げちゃったじゃないか!スカートが!」
「むふふ~、面白い、面白いな~琉嬉。術も反応も体術も防御も全て一級品…昔の術者とも劣らず…いやそれ以上かもしれぬな…」
「…それは光栄だね…」
「さて、遊びはそろそろ終わりにするか?」
「……こっちは遊びじゃないんだけどね…」
「ふむ…」
來魅は今度は右手を掲げ何やら力を集中させている。
強烈な霊気が集まっているのがビリビリ伝わる。
「させないよ!」
力を集める前に琉嬉は決死の覚悟で突撃する。
両手には数枚の御札。
まだ持っていたようだ。
「そう来るか!だがな…」
來魅の足元から何か光り輝くのが分かった。
「いでよ…九尾!」
琉嬉が攻撃をしようとした瞬間だった。
來魅の足元から複数の光り輝く霊力の柱が舞い上がった。
琉嬉はその光の柱に当たってしまい吹っ飛ばされてしまう。
木の枝にぶつかり、凄まじい痛みが背中を走る。
森奥にまで吹っ飛ばされた。
「ぐっ!」
不意をつかれた一撃にさすがに琉嬉も立ち上がることが出来ない。
「ボロボロだのう…。ではとどめをささせてもうらかの」
さっきとは違う、尋常じゃない力の炎が右手から立ち上がっている。
「へへ、ゲームでいう超必殺技ってやつ?」
「??…よくわからんが私の必殺なのはかわりないな」
「…………」
無言でなんとか起き上がる。
しかし足元がおぼつかない。
「さあ、これで終わりだ…さらばだ!」
とんでもない威力であろう、黒い炎が琉嬉を目掛けて飛んでくる。
琉嬉は避けようともしない。
「はっ!諦めたか?!」
「この瞬間…待ってたよ」
「む!?」
琉嬉は炎が迫っているのも関わらず、左腕にしている数珠を右手で取った。
すると…どうだ。
琉嬉の体から薄い黄金色に輝くような光が発せられる。
黒い炎は琉嬉の体の前で掻き消えるように命中しない。
「なんだと……?!それは…まさか」
「…まだだ…まだ足りない…」
さらに霊力チャージをする。
來魅を倒すにはまだ足りないと感じる。
「それを放たれては困る!」
來魅が黒い炎を両腕に纏ったまた突撃する。
しかし。
ビカッとまばゆい光が來魅を包む。
「…これは……?!お前、なぜそれを!」
「お前ほどの妖怪を倒すには…僕だけの力じゃさすがに無理なんでね…コイツの力を借りたんだよ。そして…」
琉嬉の制服のポケットが光っている。
「くっ…!!」
來魅の動きが完全に止まる。
いや、止まったというより力が抜けたように膝を落とす。
「奥の手中の奥の手……いくよ…神戒滅成ォォーーーーぶっ飛べェェェェーーーー!!!」
左の手のひらをを來魅の方へ向け、そしてそのまま強大な霊気を放った。
まるでSF物に出てきそうな巨大ビーム状の霊気の一撃。
「お前も使えるのか……「真霊気」を!!?」
極太の霊気の砲撃が來魅に向かって飛んでいく。
黒い炎は跡形もなく消し飛ばしながら。
「無念だ…」
來魅はそう呟くように言葉を発しながら光に包まれた。
光が直撃したと同時に、來魅の小さな体が超スピードで吹き飛んでいった。
バキバキッと木々が倒れていく激しい音。
奥からドゴンと爆発音が聞こえた。
凄まじい爆風が奥で巻き起こっている。
「…カウンター狙いだったけど…うまくいったようだね……」
琉嬉は全ての体力気力を使い果たし、その場に座りこんでしまった。
少し休む事5分程度。
なんとか息を整えて琉嬉は立ち上がり自ら放った一撃の奥へ足を運びだした。
來魅の動きはないように思える。
なぎ倒された木々。
先程の霊気の威力の凄まじさを感じさせる。
「……おーい…生きてるか~?」
返事はない。
姿も見えない。
さらに奥まで吹き飛ばされたのか?
自分自身でもどこまでの威力があるのか把握できてない。
もう少し奥へ行ってみて確かめる。
「いやいや、驚きましたよ~」
耿助がにこやかに話しかけてくる。
場所は変わって学校近く、來魅が封じらていた神社の境内。
「…どうも…」
どうやら神社の近くの方まで吹き飛ばされてたらしく、來魅は神社近くの少し開けた所で倒れてたそうだ。
その來魅は気絶してるのか、神社の社の床に寝かされている。
「いやはや…まさかお一人で來魅を倒してしまうとは…驚き以外何もありませんよ!」
「…正直、死ぬかと思った。でもこれのおかげですかね…」
琉嬉が制服のポケットの中から出したもの。
それは小さな水晶玉のようなもの。
そう、來魅を封じていた球と同じ霊具の一種だ。
「これがあったおかげで來魅の動きを完全に止めれたんですよ」
「それはよかった」
実は、事前に琉嬉は耿助から万が一のために、來魅を封じ込めていた同じ力の宝玉を借りていた。
参堂家に伝わる技法で培われた霊具のひとつである。
これを使えばどんな妖怪でも力を一時的に封じる事が出来るらしい。
封じの宝玉をなんとか使って來魅の動きを止めようとしていたのだ。
しかしその宝玉にはひび割れている。
力を使うとどうやら本体が耐えれないようである。
「さて…」
「どうするんです?とどめを刺すとか?」
「……とどめねぇ…」
琉嬉はまじまじと寝姿の來魅の顔を覗き込む。
「…100年前に何をしたのか分からないけど……戦ってた感じでは…そんなに悪い妖怪だと思わないんだよなぁ…」
「ほう…とすると?」
「……本当に悪い事してたら、うちらのご先祖様達は…封印なんてしないで殺してたと思うし…」
「たしかに。一理ありますよね。動きを封じれば殺す機会なんて幾らでもあったはずですしね」
「それに…コイツ言ってた…。「私が悪いよな」って。なんか自覚はあるみたいですけどね…」
「……ふぅむ」
耿助は腕を組み直す。
「ていうかコイツ頑丈すぎ!僕の「真霊気」まともに当たったのに…なんで生きてるんだろう…」
「真霊気…噂には聞いてますが、凄いですね」
「…こんな本気で撃ったのは初めてですけどね…力が抜けて本当に死ぬかと思ったんですよ!」
珍しい必死な形相になる琉嬉。
それほど使うのが嫌だったようだ。
「それは大変でしたね…」
表情にはだしていないが、耿助は驚いた事が沢山あり過ぎて実は混乱しそうであった。
まずは凄まじい霊力エネルギー。
まるで爆撃でもあったかような荒れ放題の森中。
その場に行ってみると倒れ込んでいた來魅。
そしてまるで砂漠で彷徨ったかのように、折れた大きめな木の枝を杖がわりにして歩いてくる琉嬉の姿。
状況を判断するのに少し時間がかかったのだ。
「なんにせよ、一人で大妖怪を倒すなんて凄いですよ。ただ…」
「ただ?」
「…早かれ遅かれこの事は我々のような霊術師や妖怪達に広まるでしょうね…」
「う~ん…そっかぁ…それは面倒かも…」
おそらく、來魅が復活したという情報は大きくなるだろう。
この二日間、來魅はどこで何をしてたのか不明だが、妖怪達の間では広まっていくのは間違いとにらんでいる。
「でも……」
來魅の方へ向かう琉嬉。
「殺すとか封印とまでいかなくても…これくらいなら…」
宝玉を手にとって琉嬉は念術を込める。
ブツブツと何かを呟く。
読経のような言葉を口に出してるようだ。
(なるほど…琉嬉さん、貴方はそっちを選びますか)
耿助には琉嬉のやろうとしてる事に気づく。
しばらくすると今にも崩れそうだった宝玉が光輝き、パーンと高い音を立てて弾け飛ぶ。
すると來魅の右手首の当たりに何やらその弾けた宝玉が集まり…、琉嬉のしている数珠と同じデザインの数珠状のアクセサリーが形成された。
「おお、これは…」
「霊力封じの数珠。僕のと同じようなやつ…かな?」
「なるほど~」
そう。
琉嬉が普段左手首にしている数珠は真霊気を無闇に溢れ出させないための、霊力制御装置なのである。
これを外してしまうと琉嬉の潜在霊力が止まらなくなり体に大きな負担をかけてしまう。
これと同じ霊力制御の霊具を來魅に施し、力を抑えようというのだ。
つまり、止めを刺さずに霊力を抑えた状態にしとくという魂胆だ。
「でも、どうするんです?來魅の力を封じたままにしても…いずれは解けるものではありませんか?」
「大丈夫。これは僕が死ぬまでは解けない予定だから」
冷静な顔でVの字サインを出す琉嬉。
何処からくるのか分からない自信だが。
「な、なんだとっ!」
ガバッと突然起き上がる來魅。
どうやら途中から目が覚めてたらしい。
「コラ!琉嬉とやら!私の力を封じたのか?!」
「そだよ」
あっけらかんと言う。
「ば、ばかな…」
ワナワナと震えだす來魅。
「くっ、たしかに…力が使えぬ…」
何か術を使おうとするが來魅の手には何も出てこない。
「僕の了承なしでは封印は解けないよ。あとまともに僕の真霊気をくらったからしばらく霊力自体も戻らないかもしれないけど」
「なんてことだ…この上級妖怪であるこの私が人間なんぞに…しかも子供なんぞに…」
「誰が子供だっ!」
來魅の頭にチョップを放つ琉嬉。
「うぐゅ…おのれ…これじゃ私はただの子供のおなごと変わらんではないかっ!この責任どうしてくれよう!」
「いや、責任ってったって……」
耿助の方を見る琉嬉。
しかしその肝心の耿助は無言のまま手でダメポーズを取る。
「………う、グスッ…」
來魅の目には涙が浮かんでた。
「え、ちょ、うそ…泣かないでよ…」
「ふええぇぇ……」
「あらら、泣いてしまわれた」
内心少し面白がっている耿助。
「ふぇぇ……、情けない…この私が…このような無様な状態になるとは…」
「あああ、わかったわかった、わかったから…泣かないで…」
まるで年下の子供をあやす様な感覚。
「このままでは私は何もする事が出来ん…。琉嬉とやら。しばらくお主の家にいさせてくれんか?」
「はいぃ?」
「そうですよ。琉嬉さん。か弱き女の子を一人放っておくのは危険ですよ」
「か弱き女の子って…いやいやいや、なんで耿助さんまで……」
琉嬉は俯いて少々考え込む。
「う~ん………僕にも責任はある…のか?」
「こーんな可憐な美少女を一人残すと申すのか?」
「う……(言われればたしかに可愛い…んだが)てか、自分で美少女って言うな!自覚あるのかよ!」
さっきとはうって変わった表情をする來魅に見つめられる。
さっきまで死闘を演じてた相手とは思えない。
「……しゃあないね。いいよ。お父さんになんて言えばいいのか…」
渋々承諾する。
大体、ついうっかりこの神社に入ったのが運の尽きだったのだ。
「言っとくけど…その代わり力は封印したままだからねっ。また暴れられたらたまったもんじゃない」
「なーに、恩を仇で返すような事はせん。というか、お前様は強い。この私に勝ったのだからな。はっはっは」
「…う、うん…」
どうも、納得いくようないかないような。
心変わりの激しい來魅相手には調子が狂ってしまう。
「あっ!!」
突然大声を出す琉嬉。
「うおっなんだびっくりするのう」
「どうしたんですか?」
「…学校終わってないのに授業の途中で抜け出してきちゃった……どうしよう?」
「ありゃりゃ…それは困りましたねぇ」
結局、琉嬉は一旦学校に戻った。
上履きのままだった。
その後琉嬉はこっそり戻って運良く大きくバレる事もなく教室に入れた。
というか、すでに放課後だった。
不審に思っていた桜川先生に呼ばれて軽く説教を受けた程度ですんだらしい。
なぜかボロボロになってた姿には何も触れられなかったが。
そしてその夜…。
「って、コトで…お父さん。しばらく一緒に面倒見てくれないかな…?」
「やおー」
呑気に変な掛け声で挨拶する來魅。
「………琉嬉ちゃん……ちょっといいかな?」
「…うん。言いたい事は僕にも分かるよ。」
「なら話が早いね」
導の顔は怒ってるようには見えない。
むしろ少し笑顔だ。
それが逆に怖い。
そして、一時間以上の父親の説教を受けるはめになった。
來魅の件はとりあえず、導の了承を得た。
その來魅はすっかりご機嫌になり、早速現代の文明機器、パソコンでインターネットやってる始末。
來魅に施した封印の術は琉嬉と同じデザインの数珠。
ただし、つけてる腕は琉嬉とは左右違う。
琉嬉は左手首だが來魅は右手首だ。
琉嬉とは違うのは來魅自身ではこの封じの数珠は取る事が出来ない。
そして大きな妖術も使えない。
ちょっとした力は使えるようには調整しているらしい。
基本的には琉嬉の解除の術がないと完全に外す事は不可能という事だ。
とはいえ、封じてる状態でもその辺の術者や妖怪なんぞは簡単に倒せるだろう…と琉嬉の話。
それだけ強大な妖怪なのには変わりない。
「すまないな。琉嬉。これでしばらくは安泰だ」
「…うう、おかげで父さんにこっぴどく言われたよ…。こんなに叱られたの初めて…」
かなり凹む琉嬉。
普段は大きな事でも強く怒らない。
だが今回はさすがに前回の停学事件ともあって立て続けに問題起こしてるので叱られたようだ。
「おー、えらい怒られたようだな」
「何もかもお前のせいだよっ」
「ははっ、それは悪い事したかの。まあお前様の先祖とやらを恨むんだな」
「…ほんとだよっ」
どかっとベットに勢いよく座る。
「で、どーすんの?これから…」
「どうもこうも、力が封じられてる以上何も出来んからのう。だからこうして居候させてもらう事にしたのだ」
「答えは出ないってか…ふぅ」
やれやれとしたポーズ。
しばらく時間がかかりそうである。
「なぁに。感謝しておる。どっちにしろ、復活しても行き場所はなかったんだからの」
「え?」
「安心しろ。暴れるつもりは毛頭ない。負けは負け。こうして力も封じられている。とはいえ、出来る限り何かあれば助けてやろうぞ。
負けた者のせめてものお返しじゃ」
「いやいや、助けるとか…それに勝ったとは思ってないし…大体あの宝玉がなかったら來魅を止められなかったし…」
「いんや、宝玉うんぬんじゃなくともお前様はあの力で私を倒しただろうに」
「力…?もしかして「真霊気」の事…?」
「うむ。100年前……なんかちっちゃな女が使ってたが…琉嬉。お前様が受け継いだのだな」
「…そっか…もしかしてこの真霊気で100年前も?」
「ま、順番は逆だったがな。真霊気、そしてあの封じの宝玉で封じられたんだがの」
「そうなんだ」
100年前の戦い。
その戦いとほぼ同じ構成で今回も來魅を倒す事に成功したようだ。
「それにしても妙な力だ。その真霊気とやら。私の術がことごとく消されてしまう。対妖怪だけなのか?」
「違うよ。この力は妖怪だけじゃない。なんでもない人間にも影響を与える。全ての生きるとするモノの力を無効化するんだ。
逆に忌み嫌われる…最強にして最悪な力さ。なるべく使いたくなかったんだけど…とてもじゃないけどこれを使わないと來魅には勝てないから…」
「ほほぅ…。なるほどな。それは恐ろしい」
「それに僕自身も危険な状態になる。さっきだって…危うく意識失いかけたし。耿助さんが来てくれなかったら危なかった」
「ふむ。それはよかった。ふむふむ」
―――真霊気。
何度も出てくる単語。
琉嬉にだけ使える特別な霊気の一種。
生きるもの全ての霊力を無効化にする力を持つ、恐るべき力。
さすがの來魅もこの力の前では耐える事が出来なかった…のだが、力が一時的に無効化されても
命的にはなんの問題なかった。
それだけ來魅は強いという事なのだろう。
「……あー、ほんと、さっきまで戦ってのがアホらしい!体中痛いし!何もかも來魅のせいだよっ!」
「ふふ、すまんな。だがこれから大変だぞ。その力を狙う者が出てくるかもしれん」
「え、なんで?」
「私を倒したとなると…噂は広まるのはいつの時代も早いものだろう?」
「…マジ?」
「大丈夫だ。お前様が危機に陥ったら私が助けてやるぞ」
「それはありがたいけど…」
「この封印…完璧ではないのだろう?」
じゃらっと右手首に付けられた数珠を見せる。
白黒交互入った綺麗な珠の数珠だ。
「完璧な封印の術なんて僕にはまだ出来ないよ。基本的には僕の許可が必要だけど――」
「だけど?」
「そのうち本来の力を取り戻せる…かもしれない」
來魅がガクッと崩れる。
「かもしれないってなんだ?自分でも分からぬのか?」
「そのとーり!僕のつけてるやつだっていつ効力なくなるか分からないし。世の中「絶対」なんて事はないかもしれないし」
「ふむー。ま、いっか。それでも。どっちにしろお前様が死んだら術は解けるだろうし」
「残念ー。死ぬつもりはあと100年はありません~」
「人間のくせに長生きするつもりか?」
「いえーすいえーす。知ってるかい?今の日本って平均寿命が世界で一番なんだよ?」
「そうなのか?人間の寿命が延びたとなると妖怪達も更に寿命が延びてる可能性も…?」
「それは知らないよ」
などと、会話がどんどんズレていく。
案外気の合う者同士だったのかもしれない。
そんな中、來魅はいささか不安になるような事を言っていた。
「真霊気」を狙う者が現れるだろうと。
そうして夜が更けていった。
「ん…」
目覚ましが鳴る前に琉嬉は目が覚めた。
「おう、おはよう。よく眠れたか?」
目を覚ました琉嬉の目に入ってきたのはパソコンをいじっている來魅だった。
「………何やってんの…?朝から」
「いや~思わず寝ずにやってしまったわ。面白いのう。いんたーねっととやらは。家にいて世界中の情報が理解出来る。素晴らしい機械だな」
「…徹夜でやってんの…?もしかして」
「うむ。さすがに少し眠いが…」
「………」
ツッコミいれる力も出てこない。
それどころか随分うまくパソコンを扱っている。
飲み込みが早いのか、ちょっとだけしかやり方を教えてないのに中々の手際。
「暴れられるよりははるかにマシか…」
大きなあくびをしながら部屋を出ていく。
初っ端から琉嬉に降りかかる大問題達。
この町、鞍光にやってきてから予想外の出来事だらけ。
そしていきなりの大妖怪・來魅との戦い。
一番の予想外な出来事はその來魅と一緒に過ごす事になった事だった。
「そうだなぁ……この学校に来てからヘンな事ばかり起きる…」
「どうしたんだい?琉嬉ちゃん?」
朝食を作ってくれる導。
出てきのは美味しそうな卵焼きとベーコン。
「おお、導とやら、うまそうな料理ではないか!琉嬉も作れるように見習え」
「居候のくせに何言ってるんだよ…」
「はは、ありがと。早くお母さんがこっち来てくれるといいんだけどね」
「なんだ、父と娘だけの家族ではないのか?」
「うちの母さんは今お父さんの実家にいるんだよ。いろいろ事情あるの」
「ふむ。これ以上は聞いておかないでおこう」
「はは、特別おかしな状況でもないんだけどね」
ポリポリ頬を掻きながら言う導。
導の仕事の状況と琉嬉の転校の影響で、今は琉嬉と導の父娘だけが先に鞍光に来てる状況。
後から母親も来るという。
今はマンション暮らしだが近いうちに一軒家に引っ越す予定だという。
「まったく…。転校してからふかしぎな事ばっかり起こるよ。あの学校おかしいんじゃない?」
「それは今に始まったばかりではないんじゃないかな?」
「んー。それはそうだけど…こんな短期間にいろんな事置き過ぎです。來魅とか來魅とか來魅とか」
「チクチクするような言い方するな。それに私は学校とは関係ないだろう?」
「それに普段から浮遊霊が沢山多いよ。そうだなぁ……」
しばし考え込む。
何か案の練っているようだ。
そんな琉嬉を余所目に來魅はガツガツ朝食を食べている。
寝てないのに元気がありげだ。
さすがは妖怪。寝なくても大丈夫っぽいようだ。
「よし、決めた!」
ガタッと突然立ち上がる。
「なんだかわからんが頑張れ琉嬉」
「元々はお前のせいだからねっ」
「そ、そうなのか?」
ちょっとだけ困惑する來魅だった。
「部活を作りたい?」
「はい。是非先生は顧問として…というか何もしなくていいですけど。部費も要りません。多分…。」
「しかしだな…いきなり部活作るって…お前さんは案外忙しい性格してるなぁ…。
いきなり停学になったと思えば部活作るとか…。見た目と違ってアグレッシヴだな。で、なんの部活?」
「それは…ズバリ!「ふかしぎ部」です!」
自信あり気で言う。
琉嬉の朝から考えた答えがこれだった。
「な、なにそれ…?」
唖然とする桜川先生。
さすがに普段肝が座ってるとはいえ突拍子もない部活名に驚く。
「クラスの人に聞いたんです。この学校時々変な事が起きるって」
「まあ、そうだなぁ。教師の間でも変なの見るって聞くしなぁ」
「ですよね?だからその怪奇めいたものを解決するんです」
「そんな事出来るの?」
「大丈夫です。うちのお父さんの実家がお寺ですから。まあ、ただの心霊現象を調査するオカルト研究みたいな感じで大丈夫です」
「そ、そう…」
変な汗が出てくる先生。
まったく理解出来ない状態。
琉嬉はやる気に満ちた目をしていて、本気だという事は理解出来る。
「場所と許可さえ取れれば桜川先生は何もしなくてオッケーです。あとはこちらでやりますから」
「部活って言ったってな…。作るのは問題ないが、生徒会の方にも許可取らないといけないぞ。具体的な内容は分かったけど、理解を得られるかどうか」
「生徒会ですか……なるほど。そこは後で考慮します」
「ウチの学校の部活申請の条件なんだったけな…最低人数みたいのあったかな。調べとくから教室に戻りなさい」
「ありがとうございますー」
あまり見せない笑顔をみせて琉嬉は職員室から出て行く。
「変わった生徒さんですね」
別の教師が不思議そうに見てた。
「そうなんですよね……」
「でも似たような子がうちの学校には他にもいますけどね」
「…はぁ、たしかに…」
似たような子がいる。
他にも普通とは違う生徒がいるらしい。
教師達はさらに頭を抱える事になったようだ。
ここ、鞍光高校。
いや、鞍光市全体が何かがおかしい。
琉嬉はこちらにやって来た時から感じていた。
霊の多さ。
封印されていた伝説の大妖怪・來魅。
そして学校そのものの霊気の強さ。
このまま放っておくのは住むにも大変そうだと、琉嬉は考える。
それなら自分から動いてどうにかしてやろうと、世話焼きな性格が琉嬉を動かしている。
琉嬉の新しい学校生活は波乱に満ちた幕開けとなる。
と、大げさではあるが…普通とは違う生活なのには間違いない。
――「ふかしぎ」な事件と共に。