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2.誘拐

「セト、お勉強の時間ですよ。」


 ショートカットの銀髪をなびかせて、アトナは俺の部屋のドアを開けた。二人の出会いから13年が経ち、アトナは17歳になっていた。幼い頃からの美貌はそのまま、美しい女性へとアトナは成長した。


「お勉強って……君の宿題を俺が終わらせるだけでしょ、アトナ。」


 椅子に座っていた俺は、面倒臭そうに振り返る。俺ももうすぐ17歳になる。細い身体は、身長が伸びて余計に細く見える。暗い印象は相変わらずだ。

 アトナが来てから穏やかになった俺は、外出を許可されるようになっていた。しかし、元々好んで外出する性格でもなかった為、色白で弱々しいのはそのままだ。


「だって、私のお兄様が学校に行けとうるさいのです。私は戦士だから、勉強しなくても良いとあれだけ言ったのに。」


「戦士でも小学生の算数や国語は出来た方が良いと思うけど……。でもまあ、アトナが学校に行けなかったのは俺のせいだしな。」


 アトナは幼少時代を俺に付きっ切りで過ごした為、学校へ行けていなかった。そこでアトナの兄が、俺が落ち着いてきた頃に彼女を半ば無理矢理学校に通わせたのだ。

 一方の俺はというと、その頃家庭教師に勉強を教わっていた。アトナが戦いの訓練をしている間も勉強していたので、今では俺の方がアトナより賢い。



「それじゃあ、歴史と国語の課題をお願いします。」


 アトナは鞄からごそごそと教科書を取り出して、丁寧に俺に手渡してきた。


「仮にも王子に自分の宿題をさせる臣下がどこにいるんだよ…………っと!」


 俺は教科書に手を伸ばすと見せかけて、突然アトナの首筋を狙って反対の手でナイフを突きつけた。



「……甘いです。でも、今日は昨日より動きにキレがありましたね。しかも私の心理を揺さぶりつつという高度な技。お見事でした。」


 指先でナイフの切っ先を挟んで止めたアトナは、平然とそう講評した。褒めているのだろうが、どことなく嫌味にも聞こえる。


 そう、俺はあれから殆ど毎日、アトナの命を狙っていた。その理由は毎年変化する。昔はただ、この異常に強い少女に勝ちたかったから。しかし今は、


「アトナにとって、生涯で一番仲良しなのが俺っていう記憶のまま、アトナには死んでほしい。」


 という理由というか目的がある。



「はあ……君はどんどん強くなるね。それに比べて俺は全く駄目だ。お兄様も今や国を代表する大魔法使いになっているというのに。」


「セトもきっと魔法を使えるようになりますよ。そしたらきっと、もっと強くなれます。素質は良いのですから。」


 10歳になっても、俺が魔法を使えるようになることはなかった。こればかりは本人の才能によるもので、勉強だけではどうしようもない。


「では、課題の方宜しくお願いします。」


 アトナは淡々とそう言って立ち上がった。


「えっ、何処に行くの?」


「少し、街へ買い物に行ってきます。」


 アトナは部屋を出て行った。残された俺は、何故か自分の前に山積みにされているアトナの教科書を眺めて、溜息をついた。




***


「あっ、アトナお姉様!」


 アトナが城を歩いていると、ネフィスがニコニコと駆け寄ってきた。ネフィスはセトの四つ下の妹だ。幼い頃からセトに仕えるアトナは、王宮の中でも一目置かれる存在になっていた。中でもこのネフィスは、アトナを実の姉のように慕っている。


「ネフィス様。どうかなされましたか?」


 腰に抱きついてくるネフィスの肩に困ったように手を置きながら、アトナはネフィスに言った。


「お姉様!セトお兄様はもういいの?だったらネフィスと遊んで!」


「申し訳ございません。私は今から街へ行く用事があるのです。」


「ふーん。なんで?」


 アトナは少しもじもじしてから、ネフィスに小声で告げた。


「明日はセト様のお誕生日だとお聞きしまして。恥ずかしながら、私は今まで誕生日を知らなかったのです。」


「ああ、セトお兄様の誕生日パーティー、したことないもんね。」



 セトは少なからず城の者達に対して引け目を感じていた。もう時効だと、シリスもセトを許していたが、セトは自分を許さなかった。そのためか、今でも王宮をあげてのパーティーや式典の際は、セトはいつも地下に籠もりっぱなしなのだ。

ちなみにネフィスはセトが部屋に籠もる理由を知らない。ただの引きこもりだと思っている。


「私だけでもセト様をお祝いしたいのです。だからその……プレゼントを。」


 そんなアトナの様子を、ネフィスはニヤニヤしながら見ていた。


「ふーん。分かった!まあ、お兄様も喜ぶでしょ。私からもおめでとうって言っておいてね!かれこれ2年くらい会ってないけど。」


「はい、伝えておきます。」


 にっこりと頷いて、ネフィスと別れたアトナは足早に外へ向かった。





***



「おい、心の準備は出来てるか?」


「兄貴、本当に大丈夫なんでしょうか?あっし、緊張してきやした。」


「なんだよ!いくら姫様でもまだ13歳のガキだぜ?俺達はお付きの臣兵を蹴散らすことだけ考えればいい。」



 その頃、城の外では馬車に乗った怪しげな男達が、コソコソとネフィス姫誘拐計画を立てていた。


「どんな強い魔法を使う兵士でも、これがあれば一捻りだぜ。」


 男はコートのポケットから、小さな薬を取り出した。


「はあ、なんですかそれ。」


「いいから、これはお前がタイミングを見て敵に飲ませるんだ。ネフィス姫にも飲ませとけよ。折角アレウス様から頂いた薬なんだから……なくすんじゃねーぞ?」


「あいよ。……ん?もしかしてあれがネフィス姫ですかい?」


「なんだと⁉︎」



 男達が目を向けた方には、今まさに城の敷地から出て来た若い少女がいた。しかも警備兵は皆敬礼し、その少女を敬っているかのように見える。


「間違いない!あれですよ!」


「しかし、一国の姫だというのに不用心だな。兵士を一人もつけずに送り出すとは。これはチャンスだ。おい、お前ら!厄介な兵士はいない。さっさと姫を攫って来い!」


 リーダー格の男が、馬車に残る部下達に命令した。男達は次々と馬車を降りて、歩く少女へ近づいていく。


 今回のネフィス姫誘拐の為に連れて来た部下は四人。四人もいれば、小娘を攫うくらい何でもないだろうと、男はたかをくくっていた。しかし万が一の為、自身も馬車でゆっくり近くに移動する事にした。そしてそこで、彼は異変に気づく事になる。



 別に弱い部下を連れて来たつもりはない。寧ろ優秀な部下を今回の作戦に抜擢したのだ。そんな部下達が、一人の小娘を相手になぎ倒されていた。



「お前ら、何やってる⁉︎」


「あ、兄貴!コイツ滅茶苦茶強いんですよ!助けて下さい!」


 薬を渡した筈の部下が、半泣きで男に助けを求める。男は慌てて馬車から飛び降りた。


「どちら様でしょうか?この者達が私に怪しげな飴を手渡してきたので、念のため失神させておきました。殺してはいないのでご安心を。」


 アトナはさも迷惑そうに、倒れこむ三人の男を指差した。


 飴を渡して誘拐なんて指示はなかった筈だが。いや、それよりも……。

 男は目の前で巨大な斧を担ぐ白色の少女に唖然とするばかりだった。これがネフィス姫? 思いの外大人びている。

それでも何とか作戦を続けなければとの思いで、男はネフィス姫とおぼしき少女に笑いかけた。



「あ、ああ……。実はおじさん達、道に迷ってしまってね。駅の方向を教えて欲しいんだ。」


「駅なら貴方達が来た方角ですよ。それから、言い訳は遅いです。さっきそこの人から誘拐計画について聞きました。」


「兄貴、スンマセン!」



 口割るの早すぎんだろうが! と、男は思った。こうなったらヤケだ。あまり街で魔法を使うつもりはなかったのだが……。



「なので、手加減なしでいきたいと思います。犯罪者さん、お縄頂戴、です。」



 物腰柔らかく、しかしアトナは全力で身を翻して男に向かって斧を振り下ろした。巨大な斧を持っているとは思えないほどの動き。男は避けることも出来ず、そのまま真っ二つにされてしまった。




***


 何かおかしい、とアトナは思った。思い切り振り下ろしたにも関わらず、あまりにも手応えがなかったのだ。その瞬間、誰かに後ろから口を塞がれた。ハッとしたがもう遅い。男は素早く薬をアトナに嗅がせた。



「影魔法、デア・シャッテン。へへっ、俺を切ったと思ったろ?残念、それは俺の影だ。」


 影……? アトナは再びハッとすることになる。先程までそこに居たはずの男は、瞬く間に黒い影になり、そしてサラサラと消えていったのだ。


「魔法……。」



 アトナの身体から力が抜けていく。魔法の効力が消えるのと同時に、アトナの手から斧がスッと消えた。恐らく薬のせいだろう。


「悪いなネフィス姫。アレウス様には俺も逆らえねぇんだわ。」



 私はイリス姫ではない……などと言う間もなく、そのままアトナは気を失ってしまった。





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