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Suite ~君の名の、組曲~  作者: AZURE
Capriccio
9/23

♭Eps.7


 好きなものは、染髪、ピアス、そして静寂。

 嫌いなものは、強欲と喧騒。


 入学式が終わって、初々しい気分真っ最中の教室。皆初対面から、各々自己紹介を始めていて、騒々しい。

 若干苛立ちを感じながらも、俺は何とか平常心を保って自分の席で本を読む。普段静かなところに身を置いている自分にとっては、その居心地の悪さは我慢できるギリギリのラインだ。

 「…なあ、お前ぼっち?」

 何かうるさいハエのようなものが纏わりついている気がするけれど、気づかないふりをしておこう。

 「おい、怒るぞっ。オレ様が声を掛けているというのに」

 持っていた本を何者かに奪われた。見上げた視線の先には、金髪をスーパーサイヤ人のように立たせ、不服そうな表情を浮かべてるチャラ男がいた。

 「無視すんなよ。感じ悪いぞ?」

 「……」

 「何だよその不満そうな顔はよ。オレが何遍も話しかけてんのにシカトするのが悪いんだぜ。せめて、最初くらいは仲良くしようぜ」

 細い顔のチャラ男はそう言いつつ、白い歯を目立たせるように笑った。やつは人見知りをしないのか何なのか、奪い取った本をぱらぱらと捲り、オレの領域にずかずかと踏み入ってくる。その笑顔も張り付いたような営業スマイルで、正直、苦手な類だ。

 「ふーん、お前こんなの読むんだー…『ファウスト』?」

 「…ああ」

 「ま、オレには分かんねえけど。ところで、あれだ、お前、名前何ていうの?」

 「さぁ」

 「さぁじゃねえし。それともさぁっていう名前なのか」

 「好きに呼んで」

 こいつと一緒にいると、いてもたってもいられなくなるので、席を立って廊下へ出た。なるべくひとりでいたい。というかひとりにしてくれ。

 しかし、チャラ男君は「待てっ!」と大声を上げてついてきた。

 「待てよ。まだ自己紹介終わってねえぞ」

 「…好きに呼べって言ったろ」

 「そんなんで済まされるわけないだろ。っと、ほい」

 太ももの付け根に変な感触がすると思ったら、チャラ男君が先回りして、俺のポケットに手を突っ込んで携帯を取り出していた。

 「おいっ!」

 「捕まえてみろ〜っ!」

 チャラ男は、追い詰められた猫のように目を光らせ、ニヤリと笑いながら俺の行く先と反対方向に走って逃げていった。俺は携帯を奪われてしまっては走る気力もなくなってしまったので、しぶしぶそいつの後を歩いて追いかけた。廊下の行き止まりにたどり着くと、そこにはニヤニヤしながら地面に胡坐をかいて、二台の携帯を交互に操作しているチャラ男がいた。

 「…おっせーな。ジジイかよ」

 「うっさいな」

 「えーと、電話帳…『黒木耀』? お前、黒木耀っていうのか?」

 「悪いか」

 「いいじゃん、めっちゃいかしてんな。ちなみにオレは相葉零士ね。サックス吹きだから。よろしくっ」

 キラーンと光る白い歯スマイルを見せて、携帯を返してきた。心の底からうざい。うざったさ満載。

 俺は黒い携帯をしまい、来た道をひとりで帰ろうとするが、いい気になったチャラ男に肩を組まれる。その貼りついた笑顔が鬱陶しい。

 「…何だよお前偉い無口だな〜、何考えてんだか分かんないゾッ」

 「ありがとう」

 「いや、別に褒めたわけじゃないんだけど。お前あれだろ、中学の時超モテてただろ?」

 「別に」

 「そんなこと言ってこんな可愛い顔で信じられるわけないだろ〜」

 語尾に(笑)がつきそうな口調。どこまでも軽い。

 教室に戻ったら即刻剥がしたが、出来るなら一生関わりたくなくて、以後無視することにした。

 しかしいくらシカトしてもチャラ男君の空気の読めなさは世界一で、こんなのと一年間は付き合わされるんだと思うと、発狂したくなった。


 「耀!」

 最寄り駅に到着すると、改札口付近で片手を上げてぴょんぴょん跳びはねている真一がいた。

 背は日本人の平均よりも少し高く、なによりもその濃いめの顔が目立つ。

 「こっちこっち!!」

 「言われなくても分かってるって。恥ずかしいからヤメテ」

 「なんだ、おとーさん寂しいぞぉ」

 人混みを掻き分けて真一のところへ行くと、満面の笑みで両手を広げて迎えられた。多分、普通の家庭でもこんなこと滅多にしないだろうに、この親バカ太郎は、人目など気にせず熱い抱擁を交わしてきた。

 「おかえ、り!!」

 「…ただいま」

 むぎゅう、と音がしそうなくらいに、強く抱き締められた。顔を厚い胸に押しつけさせられ、ちょっと息苦しい。

 「もう今日ハラハラドキドキだったよ。愛する息子がちゃんと通えるかとか、いじめられてないか、とか、ちゃんとトイレに行けるかとか」

 「オイ、俺は仮にも小学生ではない」

 「でも良かった。今のおまえの顔見たら、ホッとした」

 嬉々とした声音に、自分もなぜか嬉しくなる。連絡もなしにここで待ち伏せされたということは、まさか、俺のことを気にかけて家から飛び出してきてしまったのだろうか。仕事も何もかも脇に置いて。

 「大袈裟だって」

 「断じておおげさなどではない! おとーさんは嬉しいの!」

 「う~ん…」

 喜んでいいのか、悪いのか。

 そういうわけで、るんるん気分の真一と一緒に帰った。よほど養子(むすこ)の入学が嬉しいのか、夕食もいつもより豪勢だった。和食をベースとした料理で、本膳料理さながらの品数。昔料亭で働いていたことがあるそうなのだが、盛り付けもお洒落で丁寧で、どれだけ気合が入っているか伝わってくる。

 「今日は耀の入学祝いだ。たんと食えよ」

 「…ありがとう」

 目の前に出されたご馳走を見て少し涙が出そうになったのは内緒の話、俺は席について行儀よく胸の前で手を合わせた。

 「いただきます」

 「どうぞ召し上がれ」

 一口目から、旨みが口全体に広がる。

 「んまい」

 美味しすぎて、今ならほっぺたが落ちるという表現がよく分かる。今ならグルメリポーターになってもいいとさえ思える。

 しばらく食事に夢中になっていたが、腕捲りしている真一が、ニコニコしてこちらを眺めていたことに気づいた。何だか食べているところを見つめられると気恥ずかしい。

 「…ちょ、そんな見られると食べづらい」

 「ああ、ごめん」

 照れて謝りながら、真一も食事を始めた。彼自身も、美味すぎる俺天才と自画自賛していた。

 「…それで。どうだった? 新しい学校は」

 食事が半分ほど進んだ頃、上機嫌の父親は酒も入っていないのに頬が上気していた。

 「思った通りだったよ」

 「友達は?」

 「…んー、あれは友達っていうのかなー」

 あいつ(チャラ男)は無理やりくっついてきた感が否めないけれど。

 「おっ、出来たのかー。後で紹介しろよっ」

 「何その彼女できたみたいな反応は」

 「確かに」

 真一も俺も、一連の会話に吹き出してしまった。よくある食卓の風景にあるように、今日あったことを話して時間が過ぎていく。

 「…そういえば店の方は大丈夫なの?」

 「ああ、心配ないよ。工藤がやってくれてる」

 彼は鼻歌を歌うように答えた。

 「工藤さんか…」

 「うん。あいつはイイヤツだから、お前の入学式くらいは休んで一緒にいろって。今ちょうど忙しくなる時期なのに」

  ほんといいやつだよなぁ、と真一は笑う。自分も頷く。真一はミュージックカフェ兼バーのお店を経営していて、工藤さんとはお店を立ち上げた時からの仲間らしい。工藤さんは確かバイトで何回か一緒になったことがあるけれど、真一よりも年上で、寡黙で真面目な人だ。昔聞いた話だと、真一の大学の同期生だったらしい。

 俺のためにやってくれているなんて申し訳ない気もするけれど、こうやって真一と過ごせるのは紛れもなくその人のおかげだ。ありがたいと思う。

 「…後で工藤さんにお礼を言っとく」

 「ああ、そんなことは気にするな。あいつも、おまえが入学したことを心から喜んでたぞ」

 「…うん」

 皆に祝福されて、本当に嬉しい。嬉しいけれど、心の底から喜べないもどかしさは、きっと、一生晴れることはないだろう。

 しかしそんなことを今考え込んでも仕方がないので、ただただ美味しい料理に舌鼓をうった。

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