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Suite ~君の名の、組曲~  作者: AZURE
Capriccio
5/23

♯Eps.3

 身体測定という春恒例のイベントが終わると、もう昼を過ぎていた。僕は手持ちぶさたになり、学校の中を探検することにした。初め高貴と回っていたのだが、途中で彼は帰らなければならなくなり、僕はひとりぼっちになった。どこかで兄の姿がないかと探していたが、意外と見つからない。ちなみに、彼がどこのクラスなのかも知らない。何せ、彼を認識したのが今日の朝なのだから。

 (―…会いたい…今すぐ耀に会いに行きたい…ても、どうすれば…)

 部屋のあるフロアは制覇し、配置についてはすべて頭にいれた。残すは、最上階の屋上だけだ。

 (屋上か…ありきたりだけど行ってみるか…)

 目の前のすすけた階段を、足取り重く上った。もしかしたら屋上にいるかもしれない、そんな楽観的な思いがふと頭をよぎった。屋上に続くドアノブには、開放厳禁と書かれたプレートがぶら下がっていたが、何故か鍵がかかっていなかった。

 ためらいがちに屋上に踏み入れる。そしてすぐ見回す。日は傾き、空は夕陽色に染まった美しい風景の中に、フェンスに寄りかかっているひとりの男子生徒がいた。

 いた。やっぱりいた。この後ろ姿は、見慣れたものだ。

 僕はどぎまぎしながら抜き足差し足で彼の背中に近づく。夢じゃない。本物だ。やっと彼に会えたんだ、今くらい無条件で喜ばせてくれ。 

 「…待て」

 「え」

 気配を消して近づいていたというのに、すぐに感づかれてしまった。僕はだるまさんが転んだのごとく、片足を上げた体勢のまま止まらざるを得なかった。

 「…よ、ヨウ…」

 あまりにもひどい仕打ちだ。というか、僕の鍛錬が足りなかったのか。

 僕が半泣きになっていたら、彼は、くるりと体の向きを変え、僕と向かい合った。

 僕と同じ顔、体つき。僕より凛とした目元と意志の強そうな口元は、ずっと昔から変わっていない。身にまとう、独特な優雅なオーラも健在だ。

 あぁ、やっぱり耀だ。すごく会いたかった。早く彼に抱きつきたい。

 ピクリと動こうとしたところ、また「待て」と命令をされる。待って、僕は犬じゃない。

 「耀、僕だよ、聖だよ」

 「……」

 彼は僕の発言に応答せず、ただこちらを鋭く睨むだけだった。同じ顔で同じじゃないから言えるけど、顔が整ってる分だけ、怒っていると怖い。

 僕はどうしていいかわからず、立ち尽くした。兄はいっさい表情を変えない。何を考えているのかさっぱり読み取れない。

 「―…清塚 聖…」

 数分後、彼は眉毛をぴくりとも動かさずに言った。

 「…久しぶりだな」

 「耀…――」

 「大きくなったな…」

 そう言いながら、彼が薄く微笑んだ気がした。見とれてしまいそうになるのを振り切って、僕は彼に詰め寄った。

 「――っ今までどこに行ってたんだよ!? すごく心配したんだよ!?」

 僕は感情的になって、彼の胸元をぐいと引っ張り上げた。けれど、兄は蝋人形のように、白く冷たい顔をしていた。

 「…」

 「僕や母さんたちがどんだけ心配して――母さんなんて、おまえのことで気を病んで、身ごもってた赤ちゃんを流産しちゃったくらいだぞ!!!」

 ちょうど彼がいなくなって1か月ほどしたときだった。それ以来、母さんはショックで子どもを作らないでいる。

 僕がさんざん怒鳴り散らしたというのに、兄は表情ひとつ変えない。唇も、一文字に結んだままだ。

 「…どこ行ってた…っ、何してた…っ、黙って通せると思うなよ…!」

 僕らはそれから何も言わないまま、にらみ合った。まるでどちらがすぐに折れるか試すゲームのように。

 ここで喧嘩になったとしても、大丈夫。僕らなら、きっとまた前みたいになれる。

 「…っふっ、くくっ……」

 しかし、次の瞬間、彼はあざ笑うかのように、小さく笑い出した。度胆を抜かれた気がした。

 「な、何笑ってるんだよ」

 「……その赤ちゃんは、産まれてこなくて幸せだ」

 彼はニコッと笑った。あり得ない。まるで、昼ドラに出てくるような悪女のようだった。

 「な…に…」

 「そのままの意味だよ」

 聞き返しても、にっこりと笑われるだけで、事実が覆されることはなかった。

 「ふざけるなっ!!」

 カッとなって、気づいたら手が出ていた。片方は胸ぐらをつかだまま、片方の拳が思い切り兄の頬を殴っていた。

 「何が幸せだよ!? おまえが殺したも同然だろ!? 何年も何年も僕たちを心配させて……おまえはいったい何様だ!? 何をしに家を出て行った!?」

 僕に罵倒されても、殴られても、涼しい顔して肩についた埃を振り払う兄。むかむかする。僕は、こいつがいったい何なのか分からなくなってきた。

 「しらを切るつもりかよ……」

 「聖、」

 「…何だよ!!」

 「どけよ。フェンスに押しつけられている状態じゃ、話しにくい」

 「そんなの知るかっ…僕は、おまえからすべてを聞くまで離さない…っ」

 また数分間、いがみ合った。今度は長かった。

 兄がすうっと薄茶色の目を閉じ、穏やかな表情で言った。 

 「…聖、確かに俺は、謝らないといけないことがある」

 再度、目を開けた。まるで何かを諦めたような、力ない笑みを浮かべていた。

 「…ごめんな、もう俺は兄じゃない。俺たちは兄弟じゃないんだ」

 「…は?」

 「言葉の通りだ。俺はもうおまえとも、あの家とも関係ない」

 意味が分からない。こいつ、ちゃんとした日本語をしゃべっているのだろうか。それよりも、頭がおかしくなったのではないだろうか。

 「ちゃんと日本語しゃべれよ。何言ってるか分かんない」

 「だから、俺たちはもう兄弟じゃないんだよ。血が繋がっていてもね」

 「…どういう…」

 「じき分かるよ」

 「分からないよ! だから聞いてんだろ…っ。というより、家を出てから何してたんだ!」

 「………聞きたい?」

 静かに聞き返してきた兄は、悲しそうな顔をした。急に、自分が悪者になった気分だ。

 …それでも。

 「聞きたいに決まってるだろ。…それだけ心配してたんだから」

 「…そう」

 兄はそう素っ気なく返事をすると、いつもの無表情に戻り、感情のない瞳でこちらを見据えた。

 無言で見合っていると、兄の白い手が僕の首に巻きついてきた。

 全神経に緊張が走った。

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