♯Eps.0
『――…イ…セイ…ッ』
君の声に、僕は振り返る。君が不安そうな顔をするので、僕は、大丈夫だからと言うように微笑み返した。
自分と同じ10歳のはずなのに、まるで君はまるで大人のような顔をする。ちょっと劣等感。
『…なに? ヨウ』
『…何でもないよ』
『なんだよー、気になるよー』
『気にするなって』
『どけちー』
でもたまに、こうやって用もないのに声をかけてきて、僕を困らせることもある。きっと甘えたいんだろうな、っていうことが感じ取れると、ちょっぴりどころか狂喜乱舞したくなるほど嬉しくなる。
君が隣にいるだけで、満ち足りた気分になる。言葉なんていらない。
『…セイ、もう熱は下がったのか?』
『うん! もうバッチリだよー!』
元気よく答えたはずなのに、彼は訝しげに眉根を寄せた。
そして、慣れた手つきでおでこに手を当ててくる。
『…やっぱりな。まだ寝てなって言ったでしょ』
ほら、また大人みたいなことを言う。君はどんどん大きくなってしまう。
『…ごめんなさい。でも、もうやだよ。どんどんヨウに置いてかれる気がするんだもん』
『……置いていかないよ』
『嘘だ』
『ほんとだよ』
『…嘘だっ。だってヨウ、またテスト満点だったんでしょ?』
『まぁ…うん』
『やっぱり』
『セイだって、人のこと言えないでしょ?』
『えー、絶対ないない。僕、頑張っても70点とかだし。ヨウみたいに頭よくないし』
『セイは体弱くて寝込んでいることが多いから、その分ハンディキャップがあるだけだよ。実際はもっとすごいはずだよ』
『そーかなー』
僕は天を仰いだ。そして僕もヨウみたいになりたいよー、っと嘆いてみる。神様、いくら何でも理不尽すぎます。
いきなり君は、僕を強く抱き締めた。僕はびっくりして変な声が出た。
『よ、ヨウ!?』
『…焦らなくて大丈夫だよ』
耳元で、甘くささやかれる。頭の芯がじいんとしびれてしまう。 息もできないくらいに、心拍数が上がってしまう。
君がもし、くじけそうになったら僕が支えてあげるから。
そして、いつも守りたい。君を、どんなときも。
……そう、言ってる気がした。
『……愛してるよ』
ほらまた、そうやってオトナの言葉を使う。でも僕は嬉しさで涙が溢れて、何も言い返せなかった。
――チュンチュン、と鳥の声がする。
窓の外から差し込む光に目が覚め、僕は重いまぶたをこすり、ベッドから這い上がった。今日もあまり眠れなかった。
「あー…夢か」
僕はこの春から高校生になり、実家と遠く離れた音楽高校に通っている。
「さむ…」
まだ4月の頭なので、冬の名残なのか朝は寒い。カーテンを開けてみれば、窓が結露している。
かじかむ体を叱咤し、顔を洗うため、洗面台の前に立った。正面にある鏡には、まだ寝ぼけている自分が映る。頭の横には、盛大に寝癖がついている。
顔は同じと言えど、”あの人”とはえらい違いだ。
(みっともな…)
勢いよく顔を洗う。冷たい水が刺激的で、目が覚めた。
「――…よし、これで忘れ物はなしっ、と……」
出かける直前、念のために鞄の中を確認する。独り暮らしの寂しさからか、不必要に独り言が多くなってしまう。
それらの荷物を持ち、玄関に向かう。黒いローファーを履き、ふと、玄関の横に掛けた鏡に目がいった。
「―…耀」
僕は鏡に映った人物に話しかけた。無論、自分と同じ動きをする。
同じ顔、同じDNA、同じ体つきをした、もう一人の少年。
もう3年だ。今でも彼のことを想うと、胸がキリキリと痛む。
「絶対、探しに行くからね」
やるせなさと切なさに鏡を見ていられなくなる。僕は脇目を振らずに玄関から飛び出した。
「おはよー! 聖っ」
家の鍵を閉めていると、隣のドアが弾きとんで、眼鏡の男子が現れた。
「…おはよ。朝から元気だね、高貴は」
「もちろん! 対してお前は辛気くさーい顔してるじゃん」
こいつは中学からの友達の水谷高貴だ。今回同じ高校に通うことになって、アパートを探していたら偶然隣同士になった。
「それは誉め言葉?」
「そうだよ。…うそうそ。兄貴、見つかった?」
「…ううん」
3年前、謎の失踪を遂げた双子の兄。この学校にいるかどうかは、今のところ確認できていない。第一、同じ名字の人がいなかったのだ。
「そうか。早く見つかるといいな」
やさしげな笑顔がまぶたの裏をよぎる。僕は一瞬、切なくなった。
「…うん」
高貴と共に学校に向かい、ニ日目の学校生活が始まった。