裏の話 雷帝
暴力的な、不快な描写があるためご注意ください。
「お前ら……覚悟は出来ているよな?」
神野家の当主、神野剛毅はその強面を存分に生かし、キリスト教の法衣とトーガを足して2で割ったような奇妙な格好をした、中年太りで吹き出物だらけの男に詰め寄る。その男の両脇には、仏教の僧のような格好の男たちが3人、文庫本サイズの本を開き身構えている。
ここは関東のとある県の某所にある廃工場だ。コンクリートで出来た壁はところどころはがれており、鉄筋がむき出しになっている。そこらには大小種類様々なゴミが散っている。
「お、お主!何者であるか!?我を偉大なる『ツグモ様』を祀る『ツグモ教』の教祖、原田光喜と知っての所業か!?」
中年太りの男はそう叫ぶと、懐から、他の男が持っているのとは違う本を取り出す。
「ふん、たまたま現れた妖怪を利用して詐欺、強盗、恐喝、その他諸々悪行を犯してきたたかだか出来て数か月の新興カルト宗教の教祖であることのどこが偉いんだ?」
剛毅はそう問いかけると、得意の雷を右手から出して教祖を名乗る男の取り巻きを1人行動不能にする。当然、威力は抑えてある。
「くそっ!」
別の取り巻きの男が毒づきながら剛毅に指先を向ける。すると、その指先からは、成人男性の人差し指の第一関節ぐらいの火の玉が剛毅に向かって飛んでいく。
「何だ?そのできそこないの魔術は。」
剛毅はそういってその男を雷で戦闘不能にする。
この『ツグモ教』は、たまたま魔術の使い方を知り、それを悪用している宗教団体を名乗った犯罪集団だ。魔術の使い方は当然中途半端で、今の火の玉だってこの集団にとっては最終兵器になるほどの威力だが、神野家にとっては子供のおもちゃにもならない。小学校に入学する頃にはすでに顔ぐらいの大きさの火の玉が出せる神野家の人間にとっては児戯にもならないのだ。
この集団は、魔術を見せて自分たちは『ツグモ様』の加護の元この力を得た、といって金を巻き上げたり、不幸が起こると言って脅したりした。時にはこの集団の詐欺にハマってしまった夫婦の若い娘を浄化と称して、両親の前で集団で強姦したりもした。
剛毅は、この娘からの依頼を受けてこの集団の壊滅をするべくここにいる。諜報関連も中途半端で、調べて1日でここ、本拠地が分かった。
「お、お主は知っているぞ!あの忌々しいまがい物集団のボス猿だ!」
教祖を名乗る男が、口から泡を飛ばし、剛毅を指さしながらそう叫んだ。
どっちがまがい物だか、と剛毅は呆れながらまた1人取り巻きを倒す。
「お、お主に対する奇跡はすでに用意しておるのだ!喰らえ!」
独りになった男はそう叫ぶと、彼らが『奇跡』と呼ぶ、神野家で言うところの魔術を使用した。
使用した魔術は、この隠れ家、廃工場全体を覆う結界だ。
結界に刻まれている絵は孔雀と百合。どちらもギリシア神話の最高神、ゼウスの妻である『ヘラ』の象徴だ。ヘラは貞節を司り、奔放なゼウスの行動をところどころで制限した。
これは、ゼウスの雷帝を使う剛毅だけの対策に作られた結界だ。とはいえ、廃工場全体を覆う結界を作る魔力はなかなかのもので、一般人では到底できることではない。
「はははっ!これでお主はその忌々しい雷は使えんぞ!これも『ツグモ様』のご加護だ!」
男は高笑いしながら剛毅を指さして嘲る。
「ふん、馬鹿な奴だ。」
剛毅はそういうと、手のひらから『雷』を出して男を仕留める。
「がはっ!?な、何故だ!何故使えるのだ!」
男は電気ショックによる麻痺で、地面に倒れ痙攣しながら喚き散らす。
「何も雷はゼウスに限った話でない。他の神だって使えるんだ。例えば、今回使ったのは北欧神話の雷神『トール』だ。」
剛毅はつまらなさそうに見下ろしながら、そういった。
剛毅の言うとおり、彼が『雷霆』、『雷帝』と呼ばれるのはゼウスの雷だけが理由でない。
剛毅は、北欧神話の雷神トールやその他もろもろ。雷に関する魔術なら何でも得意なのだ。
「お前らに苦しめられた一般人が沢山いる。……その分まで、あの世で裁きを受けるがよい!」
剛毅は、最後にそういうと、特大の雷を落とし、4人を一気に焼いた。
「これで、あの娘も多少は浮かばれるかもな。」
剛毅は、抜けてしまって空が見える天井を見上げ、そう呟いた。
彼らに蹂躙され、心を病んだ娘は、剛毅に依頼をして、前金としてすべての報酬を払うと、山奥で自殺をした。そんな情報が入ったのは、ここに踏み込む直前、数分前だ。
「それにしても『ツグモ』か……むっ!」
剛毅は何かしらの気配を感じ取り、その場から大きく飛びのいた。すると、
ガコンッ!
大きな音を立ててさっきまで剛毅が立っていた場所は大きく盛り上がっていた。そして、中から出てきたのは、
「なるほど、『ツグモ』とは『土蜘蛛』のことだったんだな。」
巨大な蜘蛛だった。
「なるほど、あの結界はあの男の魔力でなく、お前の補助があったんだな。あいつらが妖怪と接触して悪行を働いていたという読みはあっていたわけだ。」
剛毅は土蜘蛛を睨み、そう呟く。土蜘蛛は様子を見るように無機質ないくつもの目で剛毅を見据えている。
「さしずめ、お前はたまたまあいつらに接触して、あいつらの欲望をくすぐって洗脳まがいの事でもしたのだろうな。魔術をあいつらが知っていたのはそういうことなんだな。」
剛毅はそういって、無造作に手を振ると、土蜘蛛の足の1本を、目にもとまらぬ速さで雷によって焼き切る。
土蜘蛛は狂乱し、不格好に剛毅に飛び掛かる。
「これであいつがいなくなってから10件目だ。やはり、妖怪が多すぎる。」
剛毅はその自分がいた位置にまで来るのにもう2本目、さらに最小限の動きで回避した時に3本目の足を焼き切る。
「あの娘や他の被害者の分、あの男たち同様に貴様も苦しんで死ね。」
その後は一方的に、嬲るように剛毅は1本ずつ足を焼き切っていく。土蜘蛛はなすすべもなく、暴れているだけだ。
そしてついに8本目、最後の足が焼き切れ、土蜘蛛はただの不格好でグロテスクな達磨となる。苦しみ、喘ぐように、土蜘蛛は不快な金切り音をあげて深く呼吸をしている。
「まだ死ねると思うなよ。」
剛毅は無造作に近づき、土蜘蛛の目の1つを思い切り蹴る。
「~~~~~!」
土蜘蛛はより大きく、不快な金切り音を上げ、悶え苦しむ。普通の蜘蛛なら、足が数本焼き切れた段階で死ぬが、土蜘蛛は妖怪であるが故に生命力が高く、これだけの苦しみを与えられても死なない。『死ぬことが出来ない』。
剛毅は、終始無表情で土蜘蛛を踏みつける。土蜘蛛は悲鳴を上げ、暴れるがすべてが無意味。そして、ついに、
「……終わったか。」
土蜘蛛はピクリとも動かなくなり、そのまま息絶えた。
剛毅は証拠隠滅のために全身を焼きつくし、全てを灰にする。
「暁、お前が何をやっているか知らんが……こっちの世界の命運は、お前に委ねられているのかもしれないな。」
剛毅はそういうと、深く溜息を吐き、踵を返してその場を立ち去った。
……暁の知らないところでこういったことが繰り広げられています。




