鏡界
「この無限回廊のどこかに、何かがあるはずだ。進んでみようぜ。」
俺は唖然としている3人を、とても曖昧な言葉で促す。
この空間は、鏡の部分以外は、濃霧に覆われたように真っ白だ。
「……なんか、曖昧ですね。」
レイラが俺に突っ込む。
「具体的に言うと、一枚だけ映り方が左右逆になっているんだよ。」
「なるほど。……となるとあれですね。ここから数えて27番目です。」
俺が説明すると、レイラは頷いて、無限回廊に目を凝らす。すると、即座に見つけた。
「あんた、相変わらず目がいいわね。」
ミリアが感心したようにレイラを褒める。
「言われれば気づくけど、あれは見つけにくいね。鏡は基本左右対称だから。」
クロロも同じようなことを考えていたようだ。
「何はともあれ、進もうか。」
俺はそういって、回廊を進んだ。3人もついてくる。1枚目は八咫鏡、2枚目はカサンドラの鏡……と続いていく。そして、レイラが言っていた27番目の鏡にたどり着く。八咫鏡だ。
俺はそれの鏡面に触れる……本来はそのまま通り抜けるし、今も感触は無い。正確には触れるように感じる、だ。そして、魔力を送り込む。
「お、手ごたえあり。」
どうやら正解の様だ。
「じゃあいくぞ、皆。ここに、敵がいる。」
敵の気配を、急に感じるようになった。方向は、今触れている鏡の向こう側だ。
「それ!」
俺が飛び込むのを皮切りに、3人も飛び込んでくる。
「……さっきと、違いますね。」
レイラが呟く。今のこの空間は、鏡が無く、ただ真っ白だ。壁や物がない。
「ようこそなのねん。ここは『鏡界』なのねん。」
すると、奥の方から声が響いてきた。目を凝らすと、人影のようなものがこちらに近づいてくる。
「よくもまあ、ここに辿りつけたのねん。そこの黒づくめのお前はイレギュラーだ、と聞いていたけど、確かにそうなのねん。『存在』だけでなく、能力も変なのねん。」
それの姿が遂に見える。茶色くて長い毛に全身が覆われ、黄色い目は不気味に吊り上っている。口は大きく、鋭い牙が覗き、口角をニヤつくようにあげている。身長は190cmほど。そして、何よりも特徴的なのが、鋭くて長い、両手に生えた左右3本ずつの爪。それぞれが、切れ味と強靭さを兼ね備える剣のようになっているのだろう。長さは軽く1mはありそうだ。
この特徴、特に長い爪、これが決定的だな。
こいつは『天邪鬼』だ。日本の昔話『瓜子姫』に出てくる。瓜子姫は、おじいさんとおばあさんに、『誰に言われても戸をあけてはいけない』と言われていた。しかし、そんな瓜子姫を唆して戸を開けさせ、長い爪を差し込んで扉を開け、瓜子姫をさらって悪さをした。その悪さをした妖怪こそが『天邪鬼』だ。
ここで、ここまで使用した魔術を説明しよう。
まず、最初の鏡の前で言葉を呟く魔術。都市伝説で、『夜中の12時に鏡の前で『うりこひめ』と言うと天邪鬼がやってきて悪さをする』というものを参考にしたものだ。
鏡は異世界とつながっているとされている。天邪鬼がこちらに接触できる、つまり、これは『鏡を通じて異世界とつながる』とも捉えられる。この都市伝説は、異世界とつながる儀式のようなものだと考えられる。
結果的に効果は『鏡を通じて異世界とつながる』魔術となる。
次に、八咫鏡を取り出して、『合わせ鏡』を作り、それを利用した魔術だ。
これは、先ほどの鏡の前で『うりこひめ』と言う魔術を強化する目的でしようした。
これも都市伝説で、『合わせ鏡で映る無数の鏡の中に、1枚だけ映り方が左右逆のものがあり、それは異世界とつながっている』というものだ。これは、まさにそのまんまだ。
『鏡』とは単に景色や物を映すだけでなく、『異世界とつながっている』と捉えられることが多い。今回は、それを利用した形だ。
「まぁ、それも関係ないのねん。ここは儂のホームグラウンドなのねん。ここでは、儂はとても強いのねん。」
先ほどの言葉に続けるように、天邪鬼が喋る。
それにしても、この世界の特殊な魔物は、俺たちの世界の妖怪と一致するものが多い。この天邪鬼だって、女を唆して悪いことをさせるし、爪が長くて鋭いし、鏡に強く関連してるし、共通点が多い。
「そんなことは関係ない。俺たちはもっと強いぜ。」
俺は、ひとまず疑問を隅に置いて、強気の発言を叩きつける。
「頑張りますよ……。」
「また随分、変わり種ね。」
「いろいろありすぎて訳が分からないけど、とりあえず目の前の問題を片付けなきゃ。」
3人とも、すでに臨戦態勢に入っている。興奮しすぎず、冷静だ。
「それもそうだ。それじゃあ……行くぞ!」
天邪鬼が言うところの、鏡界。ここでの、奇妙な妖怪退治が始まった。
今回も短いです。前回の話にくっつければよかったと後悔。




