関係
一仕事終えた俺たちは、山を下りて、今はスーネアの街へと馬車で向かっている。
「今回の仕事はそれなりに面倒だったな。」
俺がボソッと呟く。さっきのこともあって、俺はこの場にとても居づらい。
「ねぇ、アカツキ。」
そんな中、ミリアが口を開く。
「ん?なんだ?」
「アカツキってさ……その、『何かを殺すこと』って慣れているの?その……さっきの、助けてもらった時の事で……。」
あのことか……。
「慣れている、といっちゃ慣れているんだよな。」
俺はそう呟きながら天を仰ぐ。
「あのさ、俺の生まれたところだけどな、すっげえ治安がいいの。ドロボウや殺人、暴行事件なんかも、他のところに比べたらかなり少ないんだ。」
「「……?」」
いきなり話し始めた俺に2人は反応に困っている様子だ。
「そこらにいる動物を殺すだけで犯罪になることだってある。俺は、そんなところで、まぁ、何でも屋みたいなのを家族ぐるみでやってたわけよ。それはさ、探し物とか浮気調査とか、そんな些細な依頼がほとんどなんだけどな……たまぁにあるんだよ、殺人の依頼が。」
「「っ!?」」
やっぱり、驚かせたか。
「ここよりも、ずっと人も動物も死なない世界でさ、人殺しの依頼があるわけだよ。それは、例えばそんな世界でもたまにいる凶悪犯罪者の被害者家族からとか、裏でエグイ商売やってるとこの社長とかな。俺はさ、はじめのころは、”社会の悪だからいいや”と思っていたんだよ。それがさ、13歳くらいの時かな。殺しの対象がさ、俺に殺されそうになったときにさ、懇願するわけだよ。命乞いはどこの奴でもしてくるけど、こいつは違ったんだな。”悪いことをしたのは俺だけだ。家族や知り合いは殺さないでくれ。殺すのは、俺だけだ。”なんて、涙をだらだら流しながら頭を下げてくんの。」
ここで俺は頭を抱え、俯く。目の焦点が今一つ合わないな。
「普通はさ、散々人を苦しめて、殺したりもするような悪人が何を自分勝手な、って思うじゃん。俺もさ、その段階ではそう思ってさ。迷わず殺したの。だけどな、家に帰ってから思い出すわけだ。あいつにも、家族がいて、友人がいて、あいつが死んだらそいつらは絶対悲しむ、ってさ。俺は、そう考えだした瞬間、今まで殺してきた奴らのことまで思い浮かべちまったんだ。あの凶悪殺人犯には家族がいたかも、あの悪徳社長には恋人や仲のいい友人がいたかも。そう考えると俺は、しばらく飯も食えなくって、ずっと布団の中にこもって泣いていた。」
あの時の事は鮮明に思い出す。何も見たくなくて、布団を体全体でかぶって泣いていた。だけど、視界が暗い分、より幻覚が見えてくる。あの懇願してきたやつ、普通に命乞いをしたやつ。そして、それの周りの人間。実際に見たわけじゃないが、頭の中を訳の分からない妄想がぐるぐる回っていた。
「でさ、そんときに、親父が俺の布団を引っぺがして、無理矢理引きずりだしたんだ。俺は、全力で抵抗したよ。何でもかんでも、自分で出来るすべてのことを。だけど、それらは親父に、まさに子供のようにあっさりあしらわれた。俺は、思い浮かべた想像や妄想を親父に吐き散らかした。もう、こんなのいやだ!とか言ってたな。それでさ、親父がいきなり俺の頭を両側から手のひらで挟んで、俺の頭を固定したんだ。俺は、驚きで瞬きも忘れてポカーンと親父の顔を見てたよ。」
脳裏に浮かぶのはあの時の親父の顔と、その真剣なまなざし。
「親父はすごい表情でさ、俺の顔を見ていうわけよ。”世の中の癌は排除せよ”てさ。それは、親父が事あるごとに呟く言葉でさ。普段はそれだけで終わりなんだけど、このときは続きがあったんだ。”世の中の癌とはなにか、基準はなんなのか、どこまでが排除の対象なのか。それは、自分で決めろ”って言ったんだよ。親父は、当然、俺よりも殺人の仕事をたくさんしてきてさ、一体、なんで吹っ切れるんだろうって思ったね。親父は言うだけ言うと、俺を放り捨てて部屋を出て行った。俺は、なんとなく親父についていくんだ。その途中で、家族がすれ違うたびに声をかけてくれんの。”大丈夫か?”、”苦しいときは泣いてもいいぞ”、”その経験が自分の糧となるぞ”、ってさ。俺はこの時気づいたの。俺は、殺した人間たちを、『自分の家族と自分』に当てはめてたんだ。俺は、家族が殺されたら悲しむし、家族は俺が殺されたらきっと悲しむだろう、それは、今まで殺してきた奴らも同じだ。そう考えてしまったんだな。そして、俺は、この時に決めたんだよ。『せめて、家族は、俺の大切なものは、それと、自分自身は、絶対守ろう』、ってさ。だから俺は……。」
ここで、俺は顔を上げ、2人に伝える。
「自分と、自分の大切なものに危害を加えるやつ悪い奴が、世の中の癌ということにしよう。そして、そいつらを排除しよう。」
俺は2人の目を見て言う。
「だから、俺はあの時に迷わなかった。俺も、お前たちも危険だった。お前らは、俺にとってはもう大切なものだ。だから、お前らが危害を加えられそうになったとき、俺はそいつらを殺すことを躊躇わない。」
2人は目を見開き、俺の顔を見つめている。
「ああ、だけど、やっぱり怖いことはあるんだ。それは、『殺しを人に見られること』だよ。やっぱり、怖がられるんだ。忌避され、疎まれるんだ。俺は、それがたまらなくやだ。」
俺はなんとか声を絞り出した。これで、俺の話は御終い。あとは、沈黙を保ったまま、スーネアについて、報酬を山分けしたら2人とは縁が切れるな。はぁ、せっかくの初めての仲間なのにな。
俺がそう考え始めていると、
「アカツキさん。」
レイラが俺に声をかけてきた。俺はレイラの顔をきょとんと見つめてしまう。レイラの目は、真剣そのもの。ミリアも俺の顔を見つめている。同じ目で。
「貴方は、私たちを守るためにやってくれたんですね。それを、私たちは……すみません。怖がってしまいました。何よりも、怖かったのはアカツキさんですよね。」
レイラはそういって頭を下げる。ミリアも続く。
「あたしはね、アカツキが、とても強いって思ったんだ。それは、戦闘じゃない。『心』が強いな、って思ったんだ。戦うのを躊躇わない、凄い人だって思ったの。だけど、それと一緒に……怖いって思ったの。だけど、躊躇わないのはあたしたちの為だったんだね。本当にごめんなさい。」
ミリアは、優しく微笑んだあと、頭を下げる。
「もう、私たちは怖がったりしません。アカツキさんのことは、まだよくわかりませんが、これからも、よろしくお願いします。」
レイラは頭を上げると、そういって、また俺に頭を下げる。
「あたしも。怖い、なんて思っちゃいけないよね。何よりも苦しいのはアカツキなんだもん。あたしたちはあんたのことをあまり知らないけれど、あんたのいいとこも分かってるつもりよ。これからも、よろしくね。」
ミリアは俺に微笑む。
(これからも、よろしく、か……。)
俺は、心がスーッとしてくるのが分かった。それは、俺が最も欲していた言葉だった。
(俺は、この2人と別れるのが嫌だったんだな。)
俺は、そう自覚した。ならば、答えは一つだな。
「ああ、こちらこそ、よろしくな。」
そういって俺は自然に浮かんでくる笑顔と共に手を差し出す。
「ええ!」
「当然!」
2人は握手に応じた。俺たちは、これからもこのメンバーでパーティーを組むんだな。
「あ、そうそう。それとあと一ついいか。」
俺は調子に乗って一つ頼んでみることにした。
「せっかくなら、ありがとう、も言ってほしいな。」
口角を上げ、いたずらっぽい笑顔で。2人はきょとんとして、俺の顔を見つめていたが、ちょっとすると、くすくすと笑い始める。そして、笑顔のまま2人は俺に声を揃えて言う。
「「助けてくれて。ありがとうございました!」」
「ああ、どういたしまして。」
俺は笑顔で、それに答えた。
最後の件は前作でもやりました。この流れが私は大好きです。




