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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
最終章 希望の夜明け(サン・ライジエズ)
160/166

夜明け

『っ!?』

 この時、地球の魔術師たちは大混乱に陥っていた。

 突然、寒気と共に嫌な気配が世界を包み込んだのだ。

 目に見える影響はないが……これから、大きなわざわいが起こりそうな悪寒が全身を駆け巡る。

「暁……。」

「お兄ちゃん……。」

 剛毅と茜が、大切な家族の名を思わずつぶやく。

 恐らく、これから魔術師たちは次々と現れる禍に対応せねばならない。

 それで、大きな被害が出るかどうかは――暁にかかっていると、魔術師全員が思っていた。



「おい、なんだ、どういうことだ!?」

「嫌だ!怖い!」

 避難中に突然暗闇に包まれた世界。周りでは魔物がより凶暴化した気配が広がる中、人間側はほとんど周りを見渡すことが出来ない。

 子供は泣き叫び、大人すらもパニックに陥る。

 まともな行動が出来ない環境で、ほとんどが無力な弱者たちがパニックに陥る。

 ――魔物にとっては、最高の獲物でしかない。

 ましてや、今、魔物たちは凶暴化しており、別の動物を見つけては襲い掛かっている。

 大陸中で、パニックに陥った人間の集団は襲われていた。



「ぐっ……!」

 神界から暁を見ていた神は、その禍々しい魔力に当てられ、思わず呻いた。

 神にも匹敵する禍。否、匹敵するどころか、魔王――禍津日神は、その名の通り『神』そのものなのだ。

「頼むぞ暁。勇者の因子――璧と剣と鏡の勇者は目覚めた。あとは――勇者がどう動くかにかかっている。」

 神は拳を握りしめ、奥歯を噛み締めながらそう呟いた。

             __________________

 禍津日神。

 日本神話に登場する、他の神とは違う、明確な邪神。

 名の通り禍をもたらし、邪悪なるものの神だ。

 魔物や魔族を、地球で言うところの妖怪や怪物や悪魔に例えるならば、禍津日神はまさに『邪悪なるものの神』となる。

 はるか昔、神話の時代――天照大神が天岩戸に隠れ、世界から光が消えた時代があった。

 その時、世界を闇が包み、各地で様々な禍が発生したと言われている。

 最も有力な説から外れるが……それは、主神である天照大神の対極に位置する邪神・禍津日神の仕業ともされている。

 概ね予想はしていたが――まさか、あんなマイナーな説がここで出てくるとは中々考え付くまい。かなりのヒントがあって、やっとそこまでたどり着いたのだ。

「さてと……魔王が現れてしまったわけだが。どうする?」

 俺はあえて、軽めに問いかける。もう三人がどう答えるかは知っているからだ。

「んもう、アカツキさんったら……やるに、決まってるじゃないですか。」

 レイラは静かに微笑み、短い言葉を放つと、すぐに真剣な顔になって闇の塊を睨む。

「当然、封印するわ。前の勇者は一人で封印したみたいだけど、今度はあたしたち四人でしょ?なんならずっと解けない封印をかけてやってもいいわよ。」

 ミリアは元気よく、あえて強気に言葉を放つ。前歯をむき出しにしてやる気満々だ。

「僕も参加するよ。僕は……今、この楽しい世界を守りたい。せっかく予想外に強い力を手に入れたんだし――騎士として世界を守る、ぐらいの大言壮語をしてもいいはずだね。」

 普段は遠慮がちなクロロが、ミリアと同じように、強気に言葉を放つ。

 レイラは多く語らず、ミリアとクロロは強気の発言をすることで、自身を奮い立たせる。

 恐ろしいだろう、怖いだろう――けれど、レイラたちは、自身を奮い立たせているのだ。

 それは――この四人なら、何にも負けないと、信頼し合っているからだろうな。

「よし――じゃあ、行くぞ。」

 静かに頷き合い――俺たちは駆け出した。

             __________________

 パーカシス王国に住む人々は、絶望の中に光を見つけた。

 頭の中に、声が響いてくる。

 その声は凛としていて、最近有名になり始めたパーティーのリーダーのもの。

 自信満々に、堂々と、まるで神のお告げのように――その声は、人々を導いた。


『向かわなければ――』


 また別の場所、ウドウィン王国に住む人々も、その声に導かれていた。


『向かわなければ――』


 ブラース帝国の人々も、またその声に導かれる。


『向かわなければ――』


 人々が示された先は、一つ。その指示にあったものを抱え、また腕に自信がある物は、竜たちとならんで人々を守りながら、そこへ向かう。


『――コンドゥクト湖へ!!!』


 希望は、心を覆う闇を照らす。


             __________________

 上手くいった。

 しかし……『これ』は本当に上手いシステムだ。

 というか――これほどの効果を付与することが出来るなんてとんでもないな。

 俺が手に持っているのは、三枚のミスリル硬貨。レイラたちもそれぞれ、自身の名が刻まれた同じものを三種類ずつ手に持ち、魔力を込めている。

 そして俺は――このミスリル硬貨のもう一つの効果を使用した。

 それぞれの国の硬貨は――そこの国民全員の脳内に直接語りかける機能を持つ。いわば、俺が使っているテレパシーの広範囲版だ。

 俺がすべての国の硬貨を使い、全ての人間に伝えた言葉。


『俺は暁だ。突然闇に包まれ、皆は困っているだろう。これは、魔王が復活した証拠だ。だから――俺たちは、俺たち全員の力を持ってして、奴を再度封印する。全員の力――皆だ。俺たちのパーティーとか、そんな小規模じゃない。正真正銘――皆の力で、封印する。そして――闇を晴らし、また平穏な生活を取り戻そう。向かう先は――コンドゥクト湖だ。皆が知っている、勇者の物語を思い描きながら、そこで待っていてくれ。あと、色々な楽器を持ってきてくれると嬉しいな。俺が合図をしたら――闇も、絶望も、悲嘆も、恐怖も、禍も、全て吹き飛ばすような楽しい歌や踊りを、皆で笑いあって奏でてくれ。』


 長くなってしまったが、きっと伝わっただろう。なんせ、不思議とすべての硬貨が、熱くなった気がしたから。まるで――人々の鼓動が戻ってきたように。

 各国のトップ曰く、この広範囲にわたる効果が付与できたのは偶然に近いらしい。このシステムを思いついた昔の王が試したところ、予想以上に効果を発揮したのだ。

 俺はこの理由がわかる。それは――魔術に近い現象が起こっていたのだろう。

 この硬貨に刻まれているのは国章、つまり、地球で言うところの国旗のようなもの。それはすべての国民の旗印であり、すべての国民を繋ぐものとなる。

 この世界は殺伐としている割には善良な人々が多く、支配階級も仁君ばかりであるため、互いにいい関係を築けているのだ。そうなると、必然、国民の国に対する信頼は高まる。

 そんな中、国章が刻まれた特別な硬貨を、じっくりと最高峰の魔力を込めて丁寧に作ったのだから――無意識に魔術が発動してもおかしくはないだろう。

 さてと――あとは、俺たちが頑張ればいいだけだな。

 倒さなくていい。魔王を誘導すれば、そのままチェックメイトだ。ここからは、高速で移動しながらの決戦となる。


『――――――。』


 俺たちは、闇の中でもさらに濃い闇の球体の近くにいる。

 それは魔王であるのだが――何も言葉を発さない。まだ封印が解かれたばかりで本調子ではないのだろうか。

 じゃあ――攻めさせてもらうか。

「出てこい!」

 一気に四体の龍を召喚する。今回はここに来る過程で陸地を大規模に破壊し、海をこちらまで引きこんでいる。アクアも召喚できるのだ。

 象徴武器が光輝いた瞬間、それはすぐに巨大化し、それぞれ龍の形をとり――すぐに魔王に向かってブレスを吐き出した。

『――――――。』

 そのブレスは、すべて魔王が放った様々な属性の魔法によって打ち消される。

『魔王め、しつこく目覚めよって!』

『ここであったが百年目や!ぶっ殺したる!』

『さぁ、イッツショウタイムよん!』

『破壊を撒き散らす邪悪め、消し去ってくれる!』

 龍達の本気の攻撃が放たれる。

 白く輝く業火が、駆け抜ける雷霆が、重さを増した大岩が、圧倒的な急流が、魔王に襲い掛かる。

 その攻撃は絶妙な連携で、互いに効果を殺し合うどころか、活かしあう最高の攻撃だ。


『――――――!』


 魔王が突然、黒い妖気を吐き出した!

 その妖気によって、攻撃はかき消される。

 そして――

「来るぞ!」

 ――魔王が圧倒的な攻撃の嵐を放つ!

 すべての属性が絶え間なく、まんべんなく、俺たちに襲い掛かってくる!

「ああああっ!」

 クロロがアヴァランスとシュヴァリエを地面に突き刺す。すると、いつも通り堅牢な砦が出現する。

 だが、普通の砦ならば、この場にいる全員を守れない。

 そう――普通ならば。

 魔王が全方位に吐き出した魔法は、全て砦によって防がれた。

 地属性魔法は、その性質から『創造性』に優れている。ゆえに、固定観念に縛られず自由な発想で魔法を使えば……『魔王を囲むようにぐるりと一周砦を造り出す』ことができるのだ。そうすれば、全ての魔法を防げる。

「食らいなさいっ!」

 ミリアが『ビッグジャンプ』一発で砦の上に乗り、魔王の直下に立つ。立っている場所は地面ではなく、『エアステップ』を使って空中だ。

「やあああっ!」

 ミリアは双剣を構え、高速で回転して雷霆の嵐を巻き起こす。

 その嵐は真上に向かい、そのまま魔王に襲い掛かる!

 さしもの魔王の防壁を打ち破り、その攻撃は魔王を傾かせることに成功した。

 そこに――

「――!」

 ――レイラが追い打ちをかける!

 大量の水を圧縮した矢を何発も放ち、いくつかは撃ち落とされたものの、他はみな直撃する。


 直後――魔王から放たれる気配が変わる。


 闇の球体は怖気がするほど不気味に蠢き――赤熱した炭のように真っ赤な目を持つ、九つ首の龍に変形した。

 これは以前にアクアから聞いていた、魔王の形態の一つだ。

 魔法はより強力になり――一つの首につき、それぞれの属性の超強力なブレスを吐き出す。

「けれど――運が悪かったな。」

 俺はストレージで天叢雲剣を取り出し、魔王に襲い掛かる。

 魔王は九つの首からブレスを俺に集中して放ってくるが、皆の援護もあってそれを躱し切り、首の一つを切り落とす。

 九つの首を持つ龍。それは八岐大蛇にそっくりだが、しっかりと別物の妖怪が存在する。

 九頭龍。文字通り、九つの頭を持った龍だ。

 その九頭龍は――日本武尊やまとたけるのみことによって、草薙の剣を使って退治されている。

 草薙の剣は即ち、天叢雲剣だ。

 符号は、いうまでもない。――魔術を使うのにぴったりの舞台だ。


『――――――!』


 魔王から放たれる魔力がより強大になった。次々と首を切り落とされ、いびつな形となった闇の多頭龍はその姿形を変え――縦に伸びていき、歪で大きな角を持った、巨大な鬼へと変身する。

 目的地までもう半分。

 その闇の巨大な鬼は不定形で、今まで以上に不快なオーラを放っている。

 その鬼が大きく腕を振ると――そこから、巨大なはえや多頭の蛇や大きな蛙、上半身が人間で下半身がさそりの異形が生み出された。

 アーリマン。ゾロアスター教における、最凶の邪神。悪の体現者であり、その身体からは、邪悪な生物――蠅や蛇、蛙や蠍だ――を生み出し、禍を撒き散らすといわれている。

 巨大な蠅は火を噴き、その無機質な複眼は貪欲に輝く。多頭の大蛇は喉を鳴らし、その身体からは瘴気を撒き散らす。巨大な蛙はその手に鋭く輝く槍を持ち、蠍人間は死神のように陰鬱な見た目をしている。

 それぞれ、ベルゼビュート、アジ・ダハーカ、周防の大蝦蟇おおがま、ギルタブルルだろう。

 アジ・ダハーカ以外はそれぞれゾロアスター教とは文化も何もかも別だが、この手の共通点はよくあらわれるものだ。ユングの原型論から分かる通り、術話には共通点が多いのである。

 今度は強力な魔族を生み出すタイプか。――厄介だな。

「アカツキ!」

「応援に来たぞ!」

 時間がかかるか、と思った時、後ろから低い声が響いてきた。

 そこにいたのは、クリムに二人乗りをしているアキレウスさんとヘラクレスさんだ。

「そのデカいのが魔王だろ!他の雑魚は私たちが相手しよう!」

「アカツキ殿たちは魔王の相手をするとよい!」

『ご主人様、お嬢様。不肖クリム、僭越ながらお役にたたせていただきます!』

 颯爽と現れ、生み出された魔族たちにそれぞれ攻撃を加えていく!

「ありがとっ!――こっちよ三下!」

 ミリアが挑発交じりに魔王に攻撃を加える。その衝撃は巨体を揺さぶり、魔王に確かなダメージを与える。


『――――ホザケニンゲンドモメ!』


 ここではじめて、魔王が言葉を発した。

 そしてその闇は急速に広がり――俺たちを猛毒で侵していく!

「うぐっ!」

 その猛毒は凄まじく、吐き気がこみ上げてくる。闇属性も司るアクアと光属性も司るイグニスに手伝ってもらいながらみんなの治療を試みるが、このままだと時間を消費する。


『エリアリカバリー!』


 歯噛みした時、聞き覚えのある声が大量に響いた。直後、様々な魔力が混ざった光が俺たちを包み込み、体から不快感が抜けていく。

 これは――『エリアリカバリー』を一斉にかけたのか。

 この魔力は――グリザベルさんを筆頭に、ライナーさんやマリムバで助けた人たち、それぞれの国の軍や騎士団の人たちのものだ。それと――パーカシス王国で助けた姫様のものも混じっている。

 危険を顧みず――俺たちを助けてくれたのか。


「皆さん――ありがとうございます!」


 クロロが感極まったように声を出しながら、『エリアリカバリー』をかけてくれた人たちに向かう魔法を砦で弾き、大岩を魔王にぶつける。


『ニンゲンドモメエエエエエ!』


 魔王は怒り狂い、そのまままた姿を変えた。

 目的地まであと少し。

 今度は――歪な形をした大蛇。その闇はより深まり、光を拒絶する。

 エジプト神話の邪神――アポピスだ。太陽の運行を遮り、闇と渾沌を司る。

 魔王はその大口に、禍々しい闇の塊をつくりだし――吐き出す!

 その破壊力は大地を抉り、底が見えなくなるほど。クロロが前に出てカバーしようとするが――間に合わない!


『うおおおおおおおおおっ!!!』


 突然、その射線上に、豪華な装備を着た人たちが大量に現れ、盾を構え、防御魔法を展開し始めた。中でも特に強力な防御魔法――アキレウスさんとの戦いで見た――を使っているのは……パーカシス王国騎士団長ペルセウスさん。


「さあみなさん!早くいってくれ!」


 ペルセウスさんは不敵に微笑み、その圧倒的な破壊を協力して防いでみせる。


「ありがとうございます!必ず―――やってみせますから!」


 レイラが気合の声と共に、大量の水を圧縮した矢を雨あられと降り注ぐ。

 その攻撃によって魔王はまたもや姿勢を崩し、目を真っ赤に燃やし、怒り狂って追いかけてくる。

 大蛇の姿はレイラの攻撃によって崩れ、また最初の黒い球体に戻る。だが、変身するたびに魔力と妖気が格段に増えていっているため、今やまさに『魔王』や『邪神』の名がふさわしい禍々しさだ。


『許さぬ――許さぬぞ!一匹残らず闇に呑みこんでくれる!』


 この状態になり、片言だった言葉が、流暢になった。ついに完全復活、といったところだろうか。

 周囲の闇がより一層濃くなる。魔法で照らそうにも、それ以上の闇がのしかかってきて意味をなさない。いまや、周りがほとんど見えない。まさに――闇に覆われた世界だ。

 そして周囲から、魔族や魔物の凶暴な声が響き渡ってくる。世界は闇に覆われ、各地で禍が起こる――禍は魔物や魔族ってことだな。

 絶望、といっても過言ではない状況だ。

 だが――


「俺の――俺たちの勝ちだ。」


 俺は小さく笑い、呟く。

 ストレージで取り出すのは、三枚のミスリル硬貨。

 それに魔力を流し、大きく息を吸い込み――叫ぶ。



「笑え、踊れ、喜べ!悲嘆に浸かるな、恐怖に溺れるな、絶望に引きずり込まれるな!『希望』を思い、信じる限り――世界は蘇る!」


 叫んだ言葉は、前の勇者と同じ言葉。伝える相手は――この世界のみんな。


 直後、


『ウワアアアアアアアア!!!』


 コンドゥクト湖の周り――『俺たちの近く』から、老若男女、様々な叫び声が響く!

 その声が内包するのは――歓喜。

 叫び声と同時に、様々な楽器が陽気な音を奏でる。様々な人々がそれに合わせて歌い、踊る。

 それはまるで、大きな祭りのように。笑い、奏で、歌い、踊り――楽しむ。

『愚かな虫けらどもめ!今すぐ消し去ってくれる!』

 魔王の魔力が高まってくるのが分かる。その大きさは、今までの比ではない。

 これが解放されれば、恐らくこの大陸ごと消滅するだろう。まさに、神のごとき力。

「まぁ――遅いけどな。」

 俺はそう呟き、最後のキーアイテムを取り出す。

 思い出せば、この世界に来たばかりのころにこれを拾ったんだよな。まさか、この、最後の場面で役に立つ時がくるなんて。

 まさに、これが『神の導き』というやつだろうか。神様はこうなるのを狙っていたのか、はたまた部の悪い賭けに出たのか――それは分からないが、まぁ、結果が良ければすべてよし、だな。

 俺は確かな重みを感じるそれを、天に掲げる。


八咫鏡やたのかがみ


 三種の神器の一つ。大きめのサイズの鏡。

 

『天岩戸の神話』

 太陽を司る天照大神が天岩戸に隠れ、世界から光が消え、闇が覆った。世界中で禍が起こり、世界は滅びかける。

 そこで、神々たちは一計を案じ、天照大神を天岩戸から引き出すことにする。

 隠れた天照大神の興味を引くために、動物たちや神々を集め、歌って踊って騒がせた。そして天照大神が興味を持って岩戸を少し開けたところを引き出し、岩戸を閉じた。結果、光が戻り、世界から禍が消え去った。

 天照大神を引き出す最後のトリガーは――『八咫鏡』。


 この魔術を使用する瞬間、今までの出来事が、ジグソーパズルのように組み合わさり、一つの結論が導き出される。

 だって、こんな偶然あるわけないもんな……。


 鏡は光を反射することから、太陽と関連付けられた。また、鏡は異世界と通ずる扉であるともされ、転じて神の世界とつながる扉とされる。

 このことから、この天岩戸の神話は、禍に包まれた世界を救うために、『神を召喚した』儀式と解釈できる。


 また、太陽が消えてまた光が戻ると言うのは、自然現象にも関連付けられる。

 例えば、この異世界で今迎えている、一年で夜が最も長い『冬至』。ここから太陽が出る時間が長くなることから関連付けられる。

 もっと身近な例なら、普通に『日の出と日の入り』だろう。

 神秘的で珍しい例で言えば、『日蝕』だ。まだ太陽が沈まないにもかかわらず、いきなり暗くなると言うのは、この神話にもぴったりだ。また、南海の一部の民族では、日蝕は悪魔が太陽を食べる瞬間とも言われており、禍津日神が太陽を覆い隠している今の状況にも当てはまる。

 また、動物たちや神々を楽しく騒がせた、というところから、太陽が一種の『希望の象徴』であったこともうかがわせる。

 これらのことから、この天岩戸の神話は『太陽の神を召喚する儀式』を、物語という形で暗号化したものと考えられる。

 鏡は『』が転じたものであり、神を呼び出すのにもぴったりだ。とくにそれが太陽神ならば言うことはない。


 では次に、今の状況に符号を当てはめてみよう。

 闇は魔王。歌って踊っている神々や動物たちは、湖の周りで騒いでいる皆。計画を立て、それを実行する神々が、俺とレイラとミリアとクロロ、それとここまで魔王を引っ張り出してくれた皆と龍たち。

 そして、八咫鏡は――その本物、今俺が掲げた八咫鏡だ――――!

 実に三種類の魔術の同時使用。『状況』を当てはめ、『道具』のイメージで当てはめ、『術話の一部』に当てはめた。

 しかもその当てはめに使った考え方も、メジャーな神話や現代の科学知識、さらには少数民族の言い伝えや、道具や感情の解釈――様々なものを使った。

 さらに、魔術に使った符号は膨大かつ強大。沢山の人間と、神格化されている龍と、神のごとき力を持つ魔王と、神に匹敵する力を持つレイラたち。これほど巻き込めば、その負担は尋常ではない。

 これほどの魔術を同時使用すれば――体が耐え切れず、崩壊する。

 実際、体調は悪くなっていくし、全身が痛い。今にも血と一緒に胃の中のものを吐き出しそうだし、身体の中が傷ついていく感触が痛みと振動によって強く感じられる。

 けれど――俺は魔術の行使を中止しない。

 それは、俺が神様から受けた依頼を叶えるためであり、俺が家族の元に帰るためでもある。だが、一番大きい感情は――『大切なものを守るため』だ。

 生まれ持って、呪いのようにして持った欠落。大切な物のためなら、自分さえも躊躇いなく犠牲にしてしまう。

 けれど――この呪いに、感謝してもいいだろう。なんなら、呪いどころか祝福とでも思っていいかもしれないな。

 俺はそう考えながら、魔力を放出した。


 瞬間――鏡から激しい光が迸る!


 その光は俺たちを照らし、闇を貫き、魔王に降り注ぐ。


『――――――――っ!!!』


 魔王は声にならない悲鳴を上げ――まるで光を当てられた影のように、そのまま消え去った。

 そして、光は闇に覆われた空を貫き――広がっていく。

 夜明け。

 暗い夜に光が戻り、人間たちの希望が満ちる。

 冬至が過ぎれば温かくなり、日が昇れば人々は目覚め、日蝕が終われば人々は安堵する。

 温かい光が大地に満ち、それとともに希望の光が満ちる。


 空には――太陽が戻っていた。


 紛れも無く、爽やかな快晴だ。


「魔王は封印された。今、夜は明けた。これはみんなの、人間すべての力の勝利だ。希望の勝利だ。――もう、怯える事はない。」


 俺は最後の最後の力をふりしぼり、魔力を流した硬貨に向かって、さらに魔法で声を増幅し、この場にいるほぼ全員に聞こえるように宣言する。


 瞬間、人々の喜びの声が響き渡る。


 だが――それは徐々に遠くなり……俺の意識は、ブラックアウトした。

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