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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
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祈り

「今日は風が強いな……。」

 剛毅は外に缶コーヒーを買いに行っていた帰り、ふとそう呟いた。

 天気予報では風が強くなるどころか、穏やかな日だと言っていた。また、空も晴れているため、これから雨が降りそうな気配も無い。しかも……風は、急に強くなったのだ。

「それにしても……『嫌な風』だな……。」

 剛毅は顰め面をして、家のドアを開けた。

 剛毅が風の流れから感じ取ったのは……妖怪が出る時特有の空気だった。

             __________________

 テューポーン。

 すべての怪物の王。ギリシア神話において、神々を倒し、主神であるゼウスすら封じ込めた最悪の怪物。その名の由来は台風や嵐。まさにその具現。暴力の嵐――暴風の権化。

『今すぐ全員避難しろ!あれは――最悪だ!』

 俺は魔法によって声を大きくし、この場にいる全員に警告を発する。あの異形から強さを感じ取った皆は、即座に退却を始めた。

 一方、この場に残った者たちもいる。

 レイラ、ミリア、クロロ、アキレウスさん、クリムだ。

「あれを……知っているんですか?」

 レイラは険しい顔でテューポーンを睨みながらそう問いかけてくる。

「ああ、今までの法則性からして間違いない。俺は、あれを知っている。」

 そこから、俺はみんなに説明をした。あれの存在を。あれの力を。

 そして、ひとまずの行動を示す。あれを倒す方法など、思いつきやしない。ギリシア神話の中で打倒されてはいるが……今は、符号が揃っていない。前準備も出来ていない中、あれを打倒するのはまず無理だ。

 だが、とりあえず、最悪の事態を引き延ばすことはできる。

 まず、アキレウスさんはクリムに乗ってブラース側に連絡に行く。向こうの魔族を殲滅し次第、即座に退避できるようにするためだ。

 そして俺たちは、ここであいつの足止めをする。どれぐらい粘れるか分からんが……少しでも長く耐えよう。

 とりあえず、俺はヘラクレスさんに断わりを入れたわけではないが、嵐王の短剣を回収する。いきなり消えてびっくりしたかもしれないが、事態は急を要する。

 幸いウェントスは短剣モードに戻っていたようで、すんなり戻ってきた。

『アカツキ、ありゃどうゆうことや!?』

 ウェントスが食って掛かってくる。風の支配者であるウェントスには、あれの脅威が敏感に伝わってくるのかもしれない。実際、ミリアはレイラやクロロに比べて顔色が悪い。

 俺は先ほどした説明を急ぎ足で繰り返す。

『なんじゃそりゃ……そないなんありかいな……。』

 ウェントスの声が沈む。いつもの威勢の良さが嘘みたいだ。

 俺たちが話している間、テューポーンは動かない。両足の大蛇と両肩の蛇は絶えずくねってはいるが、派手な動きはない。

 とりあえず俺たちは、攻撃が当たるように近づくことにする。テューポーンが浮かんでいるのは、ウェントスと戦った時のあれよりも高い。恐らく、ウェントス以上に攻撃が届きにくいだろう。

 十数分走っただけで、テューポーンに大分近づく。

「いけ!」

 俺はここで、様子見に攻撃を放つ。

 といっても、全力全開だ。

 俺は焔帝と杖と嵐王の短剣を放り投げる。

 すると、それが激しい光を放ち、イグニスとウェントスが姿を現す。

『ガアアアアアッ!』

『ぶっ殺したる!』

 イグニスとウェントスは、その勢いのままテューポーンへと迫っていく。イグニスは直接攻撃、ウェントスはブレスだ。その動きはさすが龍、と頷けるほどで、連携も即席にもかかわらず上手い。

 だが、その攻撃は無駄となる。

『うぐっ!?』

『なんでや!?』

 イグニスは途中で飛行の姿勢を乱してそのまま進めず、ウェントスのブレスは途中でかき消えた。

『あかん!あいつワイのおんなしや!体の周りに暴風起こして鎧にしとるんや!それもワイよりはるかに強力やで!』

 風に敏感なウェントスは、今の一瞬で感じ取ったようだ。

 テューポーンが巻き起こしている暴風でイグニスは吹き飛ばされ、ウェントスのブレスはかき消される。

「相手が風なら――!」

 ミリアが『ビッグジャンプ』でテューポーンに迫る。あの様子からして、魔力の範囲を広げて、風の支配を試みているようだ。

 しかし、

「くっ!そんなっ……。」

 ミリアは支配を奪うことに失敗した。テューポーンの支配力はミリアを上回っているようだ。

 ミリアを上回っているとなると、それはウェントスすらも超えていることを意味する。いまやミリアはウェントスよりも強いのだ。

 俺たちがその様子を歯噛みして見ていると、テューポーンが、ゆっくりとこちらを見下ろした。

 その表情は、ただ無機質。何も感じず、何も思わない。

 テューポーンは俺たちの事を少し見下ろした後――表情を少しも変えず、機械のように指先を少し動かした。

「クロロ!」

「分かった!」

 瞬間、その指先――左手の五本指全て――から、巨大な竜巻が吐き出される!

 あれは、テューポーンはほとんど力を込めてはいないだろう。だが、俺たちにとっては脅威になりえる。

「それっ!」

 クロロが盾と剣を地面に突き刺す。魔力が大量に流れ、地面から砦が出現する。

 その砦と五つの竜巻が衝突した。竜巻は強固な砦に阻まれ、消し飛ぶ。

 テューポーンはしばしその砦を感情が読み取れない目で見下ろしたのち、今度は両手の指を動かす。

 今度は十個の竜巻が放たれる。その一つ一つがウェントスのブレスに匹敵する威力だ。

「くっ!」

 さすがにまずいと思ったのか、クロロは砦により多く魔力を流し込んだ。それによってより強固になった砦は、なんとか竜巻をすべて防いだ。

 しかし、今度は下半身の二匹の大蛇の口から、さっきまでとは比べ物にならない威力の竜巻が吐き出される!

「あああああっ!」

 ウェントスを短剣に戻し、魔力を大量に込めて振りぬく。それで片方の竜巻は進路が逸れ、はるか上空へと飛んで行った。

 短剣を使い、大量の魔力を込めても、片方しか支配することが出来なかった。だが、片方だけであれば――クロロの砦で防ぐことが可能となる。

「このままじゃジリ貧……!」

 レイラが『ピアース』を構え、矢を放つ。急流の尾を引いて放たれたそれは一直線に向かっていくが――途中で風の鎧に弾き飛ばされ、あさっての方向に逸らされる。

「まだまだっ!」

 レイラは歯を食いしばり、六本の矢を、それぞれにさっきよりも多く魔力を込めて放った。『固定砲台』や『遠距離攻撃特化』や『水属性強化』の威力を持ってして放たれたそれらは、一本一本が必殺の威力となる。

 しかしそれらも、先ほどと同じあたりで弾かれて届かない。

「このっ!」

 今度はミリアが双剣を縦に大振りする。刀身から放たれた暴風と雷霆は真っ直ぐ向かっていくが、結局弾かれてしまう。

 恐らく、俺の魔法を試してみても無駄だろう。

 ならば――空気を変えてやる!

「畳みかける準備をしろ!」

 俺はレイラたちにそう指示をしながら、磐主の円盤を放り投げる。

『まっかせっなさーい!』

 テッラは顕現すると、そのまま魔法を発動する。

 瞬間、空気が変質した。

 目に見えてテューポーンの風が乱れたのがわかる。

 テッラがやったのは『重力制御』だ。大気――空気は、星の重力によってとどまっている。それを操ってしまえば、あいつの制御は乱れるのだ!

「今だ!」

 龍たちも顕現させ、遠距離攻撃を一斉にぶち込む!

 しかし――制御が取り戻された暴風によって、それらは弾かれる。

 くそっ、適応力も高いのか!

「――来るよ!」

 奥歯を噛み締めていると、クロロから警告が飛んでくる。

 テューポーンは緩慢な動作で、今度は指だけでなく、腕を動かした。

 瞬間、


 ゴウッ!と風が吹き荒れ――俺たちに襲い掛かってくる!


「ぐっ!」

 俺たちは踏ん張りきれず、そのままその突風に吹き飛ばされてしまう。その突風はあまりにも強く、俺たちは数十m飛ばされた。

 したたかに背中を地面に打ち付け、肺の中の空気が一気に吐き出される。

「あ……ぐっ……。」

 吐き気がこみ上げてくるも、それを意志力で押さえつける。

 しかし、苦しくなって地面から立ち上がれないのは変わらない。情けなく地面に這いつくばることしかできない。

『くそっ!時間を稼ぐぞ!』

『了解や!』

『ああんもうムカツク!なによあの化け物!』

『くっ、ここに水場があればっ……!』

 人間である俺たちよりも再起が早い龍たちが、追撃を防ごうと立ちはだかる。アクアはその巨体故に完全な顕現が出来ないが、それでも杯の状態で俺たちの前に水の壁を展開してくれる。

「そんな……こんなのって……。」

 レイラが土がむき出しになった硬い地面を、悔しそうに掴む。

「何よあれ……あんなの、ありなのっ……!?」

 ミリアが、怨嗟の言葉を地面に向かって吐きだす。

「ぐっ――はぁっ――……っ!」

 一番苦しそうなのはクロロだ。激しく嘔吐えずき、目の端から涙が零れ落ちる。クロロはなんとか俺たちの落下地点を魔法で柔らかくすることに成功したが、自分のは間に合わなかったのだ。

「くっ……。」

 俺は『エリアヒール』をかけて全員を回復させる。

 前を見ると、龍たちの攻撃が悉く防がれているのが見えた。

 イグニスの白い炎も、ウェントスの雷霆も、テッラの砂の津波も、すべて暴風の鎧に弾かれる。それどころか、無機質に、無関心に腕が振られた瞬間、巨体を誇る龍たちですら吹き飛ばされてしまった。

 そして、テューポーンはその視線をゆっくりと動かし――『俺を捉えた』。

 俺がテューポーンを見上げ、奴が俺を見下ろす。

 魚のような、爬虫類のような、はたまたどちらでもない――異形のような、無機質な目と、交錯する。

 瞬間――


 ――膨大な魔力が、テューポーンからあふれ出す!


 その異形の右腕は、ゆっくりと振り上げられる。その動作は緩慢だが、恐ろしい量の魔力が、さらに増えていく。

 この攻撃のターゲットは――俺だ。


「っ!?アカツキさん!」


 そのテューポーンの意思を感じ取ったのか、レイラが立ち上がり、反撃に転ずる。

 『ピアース』から、何本も、何本も、雨や霰のように、必殺の矢がテューポーンに向けられる。

「当たって!なんで当たらないの!?今まで外れなかったのに!どうして、今に限って当たらないの!?折角アカツキさんが優しくしてくれたのに!慰めてくれたのに!これじゃあ結局足手まとい!今やらなきゃ――『アカツキさんが死んじゃう』のに!!!」

 レイラは子供のように叫びながら、激しく涙を流しながら、ひたすら矢を放つ。

 けれど、その意志もむなしく、矢はすべて、暴風――暴力によって無力化される。

「なんで――どうして!?」

 レイラはそのまま、崩れ落ちた。ぺたん、と女の子座りになって、涙を流しながら、腕を頂点まで振り上げきったテューポーンを見上げる。


「だめ……やめてっ……!」


 そして、その腕が、ついに静止する。俺たちはそれに対抗するすべを持たない。出来るだけ威力を減衰しようと、クロロやミリア、龍たちがそれぞれの方法で俺を守ってくれる。俺自身も自分の前に全力で壁を造る。


「お願い……やめてっ……!」


 腕が静止した直後、今までないほどの――それこそ今吹き荒れている嵐のような魔力が、テューポーンからあふれ出す。


「お願いだからっ……!」


 そして、テューポーンの上体が、わずかに反らされる。

 そして、腕は振り下ろされ――


「やめてえええええええっ!!!」


 ――瞬間、レイラから、大量の魔力が噴き出した。


 レイラを見ると、その手は弓を放り出し――パーカシス王国で俺が何気なくプレゼントをした、左手の中指に嵌められている、レイラの瞳のように、緑色に輝く『追加魔法結晶の指輪』に触れられていた。

 追加魔法結晶から、レイラの膨大な魔力に交じって――俺が込めた魔力も放たれる。

 その魔法は、風属性上級魔法『テンペストアロー』。嵐の力を矢の一点に込めた、貫通力と速さ特化の魔法。

 レイラは、自身の力でなく――ここで、俺が与えた力を選んだ。

 ここで俺を信頼してくれたのは嬉しいが――それは、最悪の手段、悪手だ。

 なにせ、テューポーンは風の完全なる支配者だ。その力が極限まで高まっている今、風で対抗しようなど、無謀に等しい。


 それでも、レイラの指輪から放たれた嵐の矢は、テューポーンに突き進んでゆく。


 音すらも置き去りにして進むその嵐の矢は、一直線に振り下ろされる途中のテューポーンの腕へと向かっていく。

 テューポーンは無機質にその矢を見つめ、それを支配下に置こうと魔力を流し込んでくる。

 その軌道は逸れ、さらにテューポーンが纏う暴風の鎧に逸らされ、結局外れ――


「当たってええええええっ!!!」


 ――ると思われた。


 レイラが祈るように胸の前で手を組み、顔を伏せ、目をぎゅっと瞑って涙を流しながら、必死に願う。

 その乙女の叫びが響くと同時――レイラから、大量の魔力が流れ出る。

 それは――すべて、『嵐の矢』に、流れ込む。


 レイラの、大量の魔力と思いを込められた嵐の矢は――途中でありえない軌道を描き、『テューポーンの右腕を貫いた』――!


 ゴオオオッ!と空気が唸る音とともに、周りに及んでいたテューポーンの支配が消えたのがわかる。

 テューポーンの右腕はひじから先が消飛び、傷口はズタズタになっていた。激しい一撃を受けた衝撃で、その上体はかなり反れていた。


 ――静寂が、訪れる。


 テューポーンは無機質な瞳で自分の右腕を、そのままの姿勢でじっと見つめている。肩と下半身の大蛇はせわしなく怒り狂ったように動いているが、本体の顔から感情は読み取れない。

 俺たちは――レイラや龍も含め――それを唖然と見ているだけ。

 何が起こったのか、分からなかった。

 矢の軌道が――『変わった』。それも、テューポーンの暴風域をものともせぬ形で。

 そう、この光景を、俺たちは見たことがあるはず。

 ウドウィン王国のサクソーフ城。騎士団の訓練に参加して、そこでレイラがフレメアさんと実戦訓練をした時――最後の攻防で、これと同じことが起こったはず。

 奇跡――レイラが強く願い、まさに奇跡が起こった。

 矢の軌道が変わる。それも大量の魔力によって――無理矢理だ。

 それはまさに、属性に縛られない支配に他ならない。矢の軌道が自由自在に変わり、相手に当たりに行く。たとえそれが――暴風の鎧に囲まれていても。

 レイラは弓の狙いが初めて会った時から異常に上手かった。今まで射るところは散々見てきたが、外すところは数回しか見たことない。

 今までは狙いと目がいいからだと思っていたが――それらが、このレイラの『力』の片鱗だったとしたら?射手が『当てる』のではなく、射手が矢を操作して矢が『当たる』ように支配しているのだとしたら?

 ならば――今の現象に説明がつく。

 レイラの力は――強く願う事で、『矢』を支配することだ。

 強く願い、強く祈る。そしてそれで、『奇跡』を起こす。

 その『奇跡』は、術話に置いても事欠かない。

 例えばゲオルギオス。異教徒の王に捕らえられたとき、祈りによって奇跡を起こし、城を倒壊させた。

 例えばグリム童話一つ、マリアの子。ラストシーンで、今までの罪を悔い、懺悔をしたいと願った后は、急に口がきけるようになり、処刑から免れた。

 例えば百鬼夜行の逸話。百鬼夜行に出くわした者は、必死に祈って念仏を唱えると、妖怪に襲われないとされる。

 例えば神風。元寇に襲われた際、祈りをささげたことで大きな台風が来て、元寇を追い払ったとされる。

 祈り。それはつまり願い、望むこと。

 その望み……起こしたい結果、想像は――魔法や魔術の基礎だ。

 そして、その祈りによってもたらされる非現実的な現象――すなわち、神の力の一片。

 レイラの、祈りによって矢の軌道を変えるそれは、テューポーンの支配を上回り、致命傷を与えるほどの力を持つ。まさに、神の力。

 俺たちの攻撃は、テューポーンに届かない。だが――レイラの攻撃は、届く。乙女の祈りによって。


「――――皆、海の方に全力で走れ!」


 頭の中に、瞬時に作戦が組み立てられる。絶望の闇に、光が満ちる。まさに――祈りが届くように。


「「――分かった!」」

 

 何がやりたいのか瞬時に理解したのか、ミリアとクロロはそのまま海に走り出した。何が起こったのか分かっていないレイラを抱き上げ、俺も海へと走る。


「――レイラ。」


 俺は、腕の中にいるレイラに語りかける。

「今からやる作戦は、お前が要だ。俺たちでは勝てないが――お前なら、あいつに勝てる。」

 力強く、自信を持って、はっきりと断言する。

 レイラは、前々から、俺たちの足手まといになっているのではないかと悩んでいた。一時は解消されたもの――さっきまでの絶望で、レイラはそれがフラッシュバックしたのだろう。


『これじゃあ結局足手まとい!』


 レイラはさっき、そう泣き叫んだ。

 だが――

「レイラは足手まといなんかじゃない。お前がいなければ、俺たちはあいつに勝てないだろう。この世界が――いや、全ての世界が、滅亡してしまうだろう。」

 腕の中で唖然としているレイラを、抱きしめる。

 柔らかくて、温かい感触が、伝わってくる。


「頼む――俺たちを、救ってくれ。」


 海が見えてくる。超高速で走っているが故のこの短時間だ。

 後ろでは、テューポーンが動き出しそうだった。無機質なテューポーンから……魔力と一緒に、怒りが漂ってくるのが分かる。

 ここからは地獄になるだろう。だが――俺たちにも、光明は見えている。


「――――っ!はいっ!」


 レイラは涙を流し――満面の笑みで、頷いた。

 直後――ゴウッ!と後方で、怒り狂うように空気が唸る音が聞こえた。

 テューポーンが、再び動き出した。

「行くぞレイラ!」

「はいっ!」

 俺は足に渾身の力を籠め――レイラを、海に放り投げる。

 その勢いのままレイラは『ラピッド』の効果を発動し、『ウォータージェット』によって加速する。

 レイラの手に握られているのは、『ピアース』と、淼皇の杯。

「アクアさん――お願いします!」

『任せろ!』

 海にそれを放り投げる。水音を立てて杯が落ちた直後――海面は光輝き、そこから八つの首を持つ龍が現れた。

 レイラは海辺の絶壁に立ち、海を背にしてテューポーンと向かい合う。その後ろには、アクアが控える。

 そして俺は――ストレージで取り出した、天叢雲剣を掲げる。

 突然、夕方になって赤くなり始めた空を、分厚い雲が覆った。

 そしてそこから――叩きつけるような雨が降り始める。

 俺はそのままレイラに合流し、隣に立つ。

「よし、じゃあ――やるか、レイラ」

「――――はいっ!」

 二人で顔を見合わせ、笑いあう。

『援護は任せろ!』

 後ろからアクアの声が響き――海が変質したのがわかった。それどころか、雨も。

 水の支配者が――雨と海を今、支配した。

 俺とレイラは、どちらからともなく手を握り合い、互いの身体に魔力を全力で流し込み、調和させる。

 そして――支配を、広げる。

 この前はアクアに対抗する形で、今は……アクアと協力する形で。

 背後の海が、巨大な水柱をいくつも上げ、それが矢の形になるのが分かる。

 そしてそれらは――音すらも置き去りにして、テューポーンに真っ直ぐ向かっていく。

 途中で軌道がそらされるが、またテューポーンのほうに軌道が修正され、全てが直撃する。

 降り注ぐ豪雨が操作されて集まり、いくつもの矢となる。それらもまた、まさに雨のように、テューポーンに降り注いでいく。

「来るよ!」

「任せなさい!」

 テューポーンから怒りのオーラが発せられ、生き残っている左腕が振り上げられる。両肩と下半身の大蛇もこちらに一斉に顔を向け、攻撃態勢だ。

 さっきまでと違い、一瞬で攻撃が始まる。全ての大蛇が竜巻を吐き出し、テューポーンからもそれの数十倍の大きさとなる嵐が発せられた。

 それらの攻撃は、雨による衝撃と、海からの巨大な水の矢による迎撃で、少しずつ威力を弱めていく。

「なめんじゃないわよっ!」

 ミリアが双剣を構え、体を限界までひねり――解放する!

 レイラは剣を構えたまま高速で回転し、雷霆と嵐が混じった巨大な竜巻を作り出す。

 それに直撃した大蛇の竜巻は、相殺された。

「ああああっ!」

 クロロが叫び、『アヴァランス』と『シュヴァリエ』を地面に突き刺す。

 すると、砦が出現し、有象無象、数千にも届くのではないかと思う大蛇が吐き出した竜巻は、すべてそれによって消される。だが、テューポーンが放った超破壊力を持つ暴風によって、砦は破壊されてしまう。

 そして、その暴風は、俺たちに真っ直ぐ向かってくる。

「いくぞレイラ!」

「はいっ!」

 互いに手を握る力を強める。

 雨を、海を、支配する力を強め――すべてを動かす。

 ザバァッ!と後方から、特に激しい音が聞こえた。

 津波にも匹敵する大水は、激しい雨がそこに収束することもあって、どんどん規模を増していく。

 そして、それは矢の形となって――暴風を迎え撃つ!


 ゴウッ!と激しい衝撃波が、世界を包む。


 互いに一進一退の暴風と大水の矢は――お互いに、消滅した。

 テューポーンの無機質な表情からは分からないが、なんとなく、驚いているような気がする。


「行きますよっ!」


「行くぞ!」


 俺とレイラの声が重なる。魔力も重なり、支配も重なる。俺とレイラが交わる感触が、全身を包み込む。レイラを、全身で感じる。


 大海がうねり、豪雨が集まる。


 俺はレイラの手を解放し、代わりに後ろから抱きつくように手をまわして――レイラの腕を掴む。


 対するレイラは、弓を左手に持ち、それだけで構える。


 大水が矢の形に収束し――『ピアース』に集まった。


 『サージ』と『ピアース』に最近付与された効果を、余すことなく使い切り、支配する。

 俺は水の力を高めるため、その大水の中に、ありったけの、五行思想で水を表す黒いカードを放り込み、さらに相生を狙って白いカードも入れる。


「アカツキさんから貰った力――貰った思い。」


 レイラが歌うように呟く。手元に集まった急流の中に、小ビンをいくつか放りこむ。

 瞬間、激しい音が鳴り響いた。

 中に入れられているのは、ミスリルの粉。俺がレイラに教えた、必殺の業。


「無駄には――しませんっ!!!」


 レイラが弓を構え、弦に指をかける。その動作を追うように、俺はレイラの腕を掴んで、そこから魔力を流す。


 強く張られた弦が限界まで引っ張られ――溜められた力が、解放される。


 激しい音を立てて、高速で駆けぬける大水の矢は――――



 ――テューポーンを射貫き、破壊した。

前回のあとがきについてこちらで補足説明をば。

期限はエピローグ投稿から三日たった日の翌日の朝に僕が起床するまでです。具体的には7時です。

また、10個集まらなかったら企画倒れとして、即完結設定した後、質問を下さった方個人個人に返信させていただきます。


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