嵐
(おーおー、こりゃまた派手にやってるね。)
俺は荒野の岩陰に潜みながら、絶えることのない魔族の進軍を他人事のように見ていた。
さまざまな異形が一つの方向に向かって群をなして向かっていくさまはさながら百鬼夜行、といったところだろうか。まぁ、数は百を何千倍と超えているだろうが。
魔族は魔力や気配に恐ろしく敏感だ。こんなところに隠れているだけでは、すぐに見つかってしまう。
だが、ここで俺が着ている、一見ただの長袖長ズボンにしか見えない真っ黒な服が役に立つ。
闇夜。今は思い切り昼だが、この装備に付与されている効果は、隠密に向いている。
気配を消し去る『ハイド』、影の中に入り込むことが出来る『シャドウハイド』。どちらも単純な効果で、大して高等なものではない。だが、この装備の材料となった九尾は強力な変異種であったため、付与された効果もかなり高いのだ。しかも、これは本人の魔力に応じて効果が高まる。魔力量を多く持つ俺には御あつらえ向きだろう。元々魔術師として隠密が得意なわけだし、戦争前で興奮して気が立っている奴らに気付かれるような心配はない。
俺は磐主の円盤と嵐王の短剣をアキレウスさんとヘラクレスさんに渡した後、クリムをレイラに預けてからここまで走ってやってきた。
走っている間も魔法や装備の効果で忍んでいたため、魔族にばれる様な事はない。また、レベルがサクソーフで人狼を何万と葬った際にレベルがひたすら上がったようで、脚力も体力も異常に上がっていたため、1時間ほどでここに着いた。
俺が今見ている集団は、ウドウィン方向に向かう方だ。ブラースの方も手助けしたのはやまやまだが、俺たちがウドウィンにいた都合上レイラたちはウドウィン防衛に参加すると言っていたため、俺もこちら側に来ることにした。
今は昼を少し過ぎた頃。ここから夜までの間に決着がつけられればいいんだけど……そう上手くいかないだろうな……。
数時間岩陰で様子を伺っているうちに、ようやく列が途切れた。ここが最後尾のようだ。
砦の方向を見てみると、どうやら一か所だけとはいえ壊されてしまっている様子だ。……こっちも最後尾を確認できたし、向こうもそれぐらい進んでいるなら頃合いだろう。
俺は音と気配を出さずに魔族の集団の最後尾に着く。そしてストレージで焔帝の杖を取り出し――
(出てこいイグニス!)
――イグニスを顕現させる!
杖を上に放り投げるとそれが激しい光を放ち、やがてそれは大きくなって、真紅の鱗を持つ巨大な西洋龍となる。
『挨拶代わりだ!』
イグニスの得意技である、超高温の白い炎が、驚きで固まってしまっている魔族の最後尾を飲み込む。
瞬間、魔族たちはパニックに包まれた。
そりゃあそうだろうな。なんせ、何もなかったところからいきなりイグニスが現れ、最後尾グループを燃やし尽くしたのだから。
「それじゃあイグニス。俺は俺で勝手にやるから。派手に暴れてくれ。」
『分かった。久しぶりに大暴れできそうだな!』
イグニスは迫りくる魔族の集団に急降下し、その爪や牙や尻尾を振って次々と葬っていく。
「さて、じゃあ俺も――一丁やるか。」
ストレージで武器を出す。象徴武器が手元にないから少々不便だが……まぁいいだろう。
右手には、アクアから出た天叢雲剣、左手には5色のカード。
シャドウハイドだけ解除して地上に出て、ハイドを保ったまま、まずはそのカードをバラバラにしてから集団に投げ込み、魔力を流す。
途端、あるところは業火で焼かれ、またあるところは大水に潰され、別の場所では金属に切り裂かれ、少し目線を逸らすと地面から突き出した土の槍に貫かれ、別の集団はいきなり生えた木々によって首を絞められて窒息死していた。
さらに混乱が加速する魔族の軍勢の中に突っ込み、天叢雲剣を振って斬り裂いていく。魔術を使わずとも、この程度の魔族なら一振りで何体も斬り裂くことが出来る。
やはり多いのはキメラと悪魔と人狼だ。人狼とキメラはあれだけ大量に狩ったのに、まだこんなにいたのか。
また、そんな見飽きるほど見たやつらの中に、見覚えはある物の一風変わった魔族も見受けられる。
例えば、真っ赤な一本角が生えた白馬であるユニコーン(イグニスに焼かれて黒くすらならなかった)だとか、三つ頭の禍々しい大犬であるケルベロス(イグニスに踏みつぶされて死亡)だとか、首なしの重鎧を着た騎士のデュラハン(イグニスの尻尾攻撃で有象無象と一緒に死亡)だとか。
……さっきから変わり種はイグニスが多く倒しているな。
しかし、俺も負けてはいないはず。
下半身が大蛇で上半身が女であるラミアを切り捨て、陸地であるはずなのに大変見覚えがある妖怪の河童が頭に乗せている皿も叩き割った。
俺はハイドで気配を消している上、『ライトギリー』で姿も消している。気配も姿も感じない正体不明の何かに蹂躙されていくのは相当怖いだろう。
そんな感じで、俺とイグニスは魔族を葬りながら、人間の領域へと進んでいく。
ふと遠くの方を見てみると、明らかに動きのキレが違う黒い影を見つけた。あれはクリムに乗っているレイラだろう。ということは、その少し後ろでミリアが大暴れしているはずだ。さらにその向こう……砦の向こうでは、テッラが暴れているのだろう。
今回俺が立て作戦は、いたってシンプルかつ大雑把なものだ。
ある程度魔族の集団をひきつけたら――前方はレイラとミリア、後方はイグニスと俺で、それぞれ魔族を殲滅しながら合流していく。いわば、『挟み撃ち』だ。
後方で俺とイグニスが暴れて混乱しているうちに、さらに前方からも圧倒的戦力が向かってくる。この4人と1体ならば、有象無象の魔族相手ならばどんなに数が多くても無双できる。
俺はレイラたちと各国のトップや騎士団長や軍団長にだけそれを話し、ストリーグスの奥まで焔帝の杖を携えてやってきたのだ。
敵をなぎ倒しながら進んでいくうちに、レイラとの距離は大分近くなる。レイラは、俺の姿が見えているわけないのに、しっかりとこちらを見ている。どうやら、見えてはいなくても感じてはいるようだ。
嬉しいな……こうして、自分の存在を感じてもらえるほどに仲良くなれたのだから。
……さて、ちょうどいい距離だな。
レイラとの距離を見て、俺はハイドとライトギリーを解除して姿を現す。
そして、満面の笑みを浮かべてこちらを見ているレイラに、笑い返す。
「レイラ!」
「アカツキさん!」
俺たちは互いに飛び込みあうように近づいていく。レイラは降下、俺はピーターパンの魔術による飛行で。
そのまま、俺はレイラを受け止め、レイラは俺を受け止める。互いに抱きつきあうようにして合流し、一回転して勢いを殺してから、俺は高速移動を続けるクリムの背に乗る。レイラが前の方を空けてくれたため、俺が前でレイラが後ろだ。
それにしても……今の合流の仕方のなんと青いことよ。まるで青春ドラマかファンタジーの一幕だ。馬に乗って駆けてくるのが男女逆な気もするが。
レイラは俺の腰に手を回し、落ちないようにしっかりとつかまっている。背中から、肌の柔らかい感触と一緒に、レイラの高い体温が伝わってくる。
「お疲れ様です、アカツキさん!」
「おう、お疲れ様。にしてもまぁ……随分派手にやったなぁ……。」
お互いにねぎらい合いながら地上を見る。
そこには、様々なエグイ死に方をした異形の死体が所狭しと並んでいた。そのすべてが魔族なのだから、さぞかし回収しておけば高く売れるだろう。……いや、人間側にもたくさん向かってるし、ここまで大量にあったら値崩れするのがオチだろう。明らかに無残過ぎて素材として使えないものもあるしな。
まあでも……とりあえず回収しておくか。
ストレージを、ゲームコントローラーのボタンを連打するように使用する。地面から次々と異形の死体が消えていくが、あまりにも数が多い上に、クリムの移動が速いからほとんど回収できない。まぁいいか。
さて、ここまでの作戦を整理しておこう。
まずは俺がさっきいた場所に潜入し、人間側の様子を見計らって計画実行。俺たちによる挟み撃ちでウドウィン側の魔族を壊滅させた後、クリムの背に乗ったレイラが俺を回収し、さらに途中でミリアを拾ってウドウィンに帰る。と言った感じだ。
地上にはまだいくらか生きているものも残っていたため、それらを空から爆撃機のように魔法を発動して殺していく。
目に見える範囲ではほぼ全滅させたため、俺は後ろからついてきているイグニスを焔帝の杖の形に戻して回収する。
「あ、いたいた、おーい!」
地面からこちらを見上げて、まるで街中で友達を探していたかのような気軽さでミリアが声をかけてくる。だが、ミリアは血まみれだし、その周りには異形の死体がズラッー、と並んでいるため、気楽さとは無縁の光景だ。
だがまぁ、こんなことになるのも予想できたことなので、俺はそのままミリアを回収し、クリムの背に乗って3人でウドウィンに向かう。
「それにしてもあんたたち……随分青春してたじゃない。」
レイラの後ろからミリアの声が聞こえる。ああ、あれ見られてたのか。
「まあ実際青春を謳歌する年齢だ。たまにははしゃいだって悪くないさ。そうだろ、レイ――ってまた気絶してるよ……。」
どうりで、背中に伝わる感触が少し重くなったと思ったよ。レイラはこういったことにはとことん耐性がないからなぁ……。
「えーっと……やり過ぎた?」
ミリアが頬を人差し指で掻きながらそう問いかけてくる。
「いや、レイラに耐性がないだけだろ。」
思わず口をついて、そんな回答が出た。
それにしても、少し風が強くなってきたかな?もう少し障壁を強くするか。
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暁とレイラが青春タンデムを始めた頃、人間の領域は大混乱に包まれていた。
突然、国境となっているタクト川の流れが、上流から急に強くなったのだ。波や洪水と言っても差し支えないレベルである。まるで、上流で何か大きなものが暴れているかのようだ。
「お、おい!なんだありゃ!?」
さらに、その流れの中に真紅が混じる。その真紅は次第に、濃さを増していく。
その真紅は……血の色だった。
「一体上流でなにがあったんだ!」
混乱するのも無理はない。こんな状況でこんなことが起こったら、パニックになるのは当たり前だ。
人々は不安になってはいるが……これは、人間側に物事が有利に進んだ証であった。
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『余も長き眠りによって少々勘が衰えていたようだ。まさか、『水の中に潜む』とはな。』
低く、唸るような、憤怒と喜悦が混じったような声が、深い闇の底で響く。太陽すら届かない、ただひたすらの深淵。
そこの中にいるのは、大きさを形容するのも億劫な、ひたすら巨大な異形。
片方は、血のような瞳と、闇にも見た蒼い鱗の八つの首を持つ龍。
もう片方は、海蛇のように長い体を持ち、禍々しい赤の大きなとさかと薄い緑色の鱗が特徴的な異形。その巨大さは恐るべきもので、長さはヘタをすればキロ単位、直径もそれぐらいあろう。
その眼は魚類のように無機質でありながら、怒りと苦悶を浮かべている。大きな口と太くて鋭い牙を持ち、何もかもを飲み込んでしまいそうだ。
この巨大な海蛇は、魔族の中でも頂点に君臨する絶対強者だ。その強さ故、魔王が封印される前から『水の四天王』であった。魔王が封印される際の大戦において、風の四天王と共に魔王が隠し持っていた切り札。
地球でもその姿は有名だ。
その名は『リヴァイアサン』。
旧約聖書に置いて、神が天地創造の5日目に作り出した生物。陸の王であるベヒモス、空の王であるジズとならび、海の王として、その強大さが語られている。
また、悪魔としても有名で、七つの大罪の内『嫉妬』を司る、悪魔の中でも3番目に強大な存在だ。
魔王の切り札となっていたリヴァイアサンは、先の大戦よりもずっと前から、ここ――どこまでも広大で、どこまでも深い、この大陸の中心に存在する湖――『コンドゥクト湖』に潜んでいた。
ある手段を用いて巧妙に潜み、ずっとここで牙を磨いていたのだ。
それと今、一緒にいるのが、水の支配者である、水龍、淼皇とも呼ばれる強者……アクアだ。
水の支配者であるアクアは、水に関係することならとても敏感な感性を持っている。
アクアが最初にこのコンドゥクト湖に感じたのは、弱い違和感だった。だが、彼が『弱い違和感程度』にしか水の中について分からないと言う事は、それだけで異常。ゆえに、その違和感はそのまま確信的な疑念へとつながった。
『まさか、この余が『まやかし』ごときに騙されるとは、油断していた。』
憤怒と喜悦が混ざった声のまま、アクアはそう言うと、九つの大口でリヴァイアサンの身体に噛み付く。
リヴァイアサンは体から血を流して、巨体に任せて暴れるが、アクアの牙はさらに深く食い込んでいく。
リヴァイアサンの鱗はいかなる武器をも跳ね返すほど強固といわれているが……水の深淵にいるアクアからすれば、ただの鎧とそんなに変わらないものだ。
アクアの口から、噛み付いたまま、鋭い急流のブレスが吐き出される。それは至近距離であるがゆえに威力の減衰なくリヴァイアサンに突き刺さり、新たな傷をつけ、元あった傷をさらに深くする。
リヴァイアサンにとっても、水の深淵は自身の領域だ。その巨体をいかんなく発揮でき、なおかつ自身が使う魔法が一番有効に使える領域。
だが、どれだけその巨体に任せて暴れても牙は抜けず、魔法で対抗してもアクアに支配で上をいかれて不発となる。それどころかそれを利用されて、そのままそっくり自分に返ってくる始末。
『あの蛤も、随分と馬鹿にしてくれたものだ。』
アクアはその言葉と共に、深淵の更にした――深淵の底を見る。
底には、大きな亀裂が入り、バラバラに割れている巨大な『二枚貝』……蛤があった。
その蛤は、ここに突如現れたアクアによって、完膚なきまでに叩きのめされ、破壊されたのだ。
その蛤の正体は『蜃』。中国に伝わる瑞獣で、巨大な蛤の姿を持つ。
先の大戦から、リヴァイアサンと共にここに潜み、潜ませ続けた存在。
蜃は幻影を見せるといわれている。『蜃気楼』の語源でもあり、『蜃』の『気』が『楼』閣を見せるといわれていることから、その言葉が生まれた。
その幻影を見せる力……『蜃気楼』で、圧倒的な巨体を持つ自分とリヴァイアサンの存在を、巧妙に隠し続けてきた。
暁たちは知らない事だが、アキレウスとヘラクレスを『突然現れて』襲った魔族の大群は、この蜃が作った蜃気楼によって隠されていたのだ。
その蜃気楼の力は凄まじく、水の中に潜むにもかかわらず、水の支配者であるアクアを騙しかけた。
だが、結局失敗してしまったのだ。
疑念を持ったアクアが事前に暁に頼み、淼皇の杯をコンドゥクト湖の中に放り込んでもらった。
そして、その湖に浸って馴染んだ――器の中に水を入れた瞬間、疑念は確信に変わったのだ。
アクアはまず、自分を騙した蜃を、怒り狂って真っ先に葬った。蜃も強大な力を持つものの、戦闘に関してはあまり得意ではなく、本気を出したアクアになすすべもなくやられた。
そして今、蜃気楼の効果が切れて姿を現したリヴァイアサンが、アクアに蹂躙されている。
ひたすら一方的。アクアの血のような真紅の瞳は、ただひたすら冷酷。冷酷に、海の王、水の王を喰らい、蹂躙する。
その巨体が唸るたびに大波が発生するが、それが地上に出る事にはアクアの魔法によって危害が出ない程度になっている。
だが、そのリヴァイアサンが流した血は……水を染め、湖を染め、それが流れて川を染めた。
『……終わったか。所詮は巨体に任せて暴れるだけの木偶のぼうよ。身を潜めて戦えなければ意味はない。』
ついに、リヴァイアサンの抵抗がなくなった。間違いなく、息絶えた。
アクアはそれを蜃の亡骸の上に吐き捨て……水の刃によって、蜃の亡骸ごと寸刻みにした。
『……アカツキか。こちらは終わった。まぁ少々楽しめたが、魔王のとっておきとしては貧弱だったな。そうそう、潜んでいたのは水の四天王とデカいだけの蛤だ。』
契約した主人に対して、アクアは念を送る。向こうからコミカルな反応が返ってくるが、それをスルーして、杯の姿に戻る。
『では回収してくれ、アカツキ。』
アクアが言い終わる直後、広大な湖からすればあまりにもちっぽけな杯は、その場から消え去った。
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ストレージで淼皇の杯を回収する。
「……終わったな。」
大勝利だ。こちらの被害は何人かの重軽傷者と、砦が破壊された程度。ブラース側もあと少しで片がつくそうだ。
アクアは四天王をそのまま葬ってくれたらしい。話を聞くに、アクアがいなかったら人間側に相当の被害がでそうな相手だ。デカい蛤ってことは『蜃』だろうか。四天王も巨大だったらしいし、それを蜃気楼で隠していたのだろう。
それにしても、風が強い。冬至の日にここまで風が強いと寒くて仕方がないな。うーん、にしても、随分急に風が強くなった――――――っ!?
風について考えていくと、俺は嫌な連想が浮かんだ。
イフリートとウルリクムミ、そしてついさっき水の四天王も倒した。火、地、水の四天王がこれで倒されたことになる。
そして……今日は冬至……風が急に強くなる……。
まだ、気を抜いてはいけないのか?
まだ――『風の四天王が残っている』んじゃないのか?
四天王の流れからして、後は風の四天王であることはほぼ間違いないだろう。魔王が以前に封印されたときも、風と水を残したと言っていたはずだ。
今日が冬至という事も踏まえると……まだ、『終わりじゃない』?
「なぁ、皆。もしかしてだけど――――!?」
『っ!?』
俺が念のため皆に予想を話そうとした瞬間――北から急に突風が吹いてきて、地面が激しく揺れた。
遅かったっ……!なんで俺は油断したんだ!
「お、おい、なんだこれっ!?」
「いきなりどうしたんだ!?」
「お、おい、あれを見ろ!」
周りが混乱し出す。その声の中に、北の斜め上を示すものもあった。
皆で、そっちを見る。
そこに見えるのは、アクアを仲間にしてからここに帰ってくるまでに通った、急峻な山の頂上。
その山も揺れているように見える。それなりの範囲でこの激しい地震が起こっているのだろう。
だが……その山が、『動いたように』見える。俺たちが揺れているからではない。確実に、『持ちあがっている』――!
そしてまた、さっきよりも激しい突風が、北より押し寄せてきた。
目を閉じて、寒気と恐怖によって蹲りたい衝動をこらえ、山を睨む。
持ち上がった山は、そのまま、突然起こった巨大な竜巻によって爆ぜ、消滅する。
ここからでも見えるほど巨大な竜巻。それは、遠目から見ていても分かるほど大規模で、根源的な、本能的な恐怖を揺さぶり、引っ掻き回してくる。
その竜巻の唸りは次第に、次第に大きくなり……遠心力によって物が飛んでいくみたいに、急に弾けた。
「そんな……うそ……だろ……!」
俺の口から、絶望とも取れる言葉が吐き出される。
実際、俺は心が折れかけた。
風の四天王。地球にそれに値するもの、またはその伝承はあったかと前々から考えていた内、限りなく最悪に近いやつだ。
まず、圧倒的な巨体。ここから見るだけでも、山のように大きいことがわかる。
そして、その禍々しい異形。竜と人を混ぜたような、違和感と恐怖心が引っ掻き回される顔。そして歪んだ黒くて太い腕。その背中には濁った黒い大きな翼が生え、両肩には一匹一匹がシルフ幼体にも相当するのではないかと思うほど巨大な蛇が、びっしりと生えている。
下半身は、それこそウェントスやテッラ、またはそれ以上の大きさを持つであろう、巨大な二匹の大蛇。
その名は、嵐や台風に例えられているといわれるほど、圧倒的な力を持つ邪神。
あらゆる怪物の王ともいわれるその姿は、まさにその伝承に違わない。
神話の主神すらも追い詰めた、圧倒的な暴力、暴虐、破壊、蹂躙。
最悪の嵐。
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『『嵐』が目覚めた……。』
山が持ち上がった瞬間、くだんは目をかっと見開き、それを見上げた。
周りの木々が、くだんがいた一番の大木さえ、圧倒的なまでに暴力的な暴風によって吹き飛ぶ。
それにくだんは耐え、そのまま、巨大な竜巻によって爆ぜた山を見る。
『ここが運命の分岐点――『璧の勇者』が目覚めるか、否か――――ゆう――――っ』
くだんは、ただ無表情に、悟ったような顔で何かを呟こうとした。
だが――言い終える直前、爆ぜた山の一部が暴風によってに飛んできて……そのまま、何かを言いかけたまま、くだんは呆気なく息絶えた。
本編終了後、おまけとして質問コーナーをもうける予定です。感想か割烹かメッセージでお伝えください。なお、10個集まらなかったらやりません