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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
155/166

群像激

タイトルの字はわざとです

「砦が崩されました!魔族がなだれ込んできます!」

 ブラース側の防衛戦で、ついにそれは起こった。

 重いものが崩れる轟音が響き渡り、立ち上る砂煙の向こうから、腰に布を巻いただけの巨人が顔を覗かせる。

 魔族の中でも、特に恐れられる『巨人ギガンテス』。その巨体と、それから生み出される圧倒的なパワーと破壊は、中途半端な能力では対抗できない。

「ギガンテスは我に任せろ!他のなだれ込んでくる魔族を蹴散らせ!」

『おうっ!』

 萎えかけた心を、絶妙のタイミングで奮起させる。軍団長としてのその器の大きさは、周りの士気を格段に向上させる。

(さてと……『伝説』と共闘するとするか。)

 ヘラクレスは心の中で呟くと、ポケットから『短剣』を取り出す。

「すまぬな。巻き込んで。」

『おう、問題ないで!』

 その短剣から、ドスの効いた関西弁が返ってくる。

 ヘラクレスは、その短剣を恐ろしいパワーで上に放り投げた。

 瞬間、


『ガアアアアアアアアアアアッ!!!』


 天に、『龍』が姿を現した。暴風の如き鎧をまとい、濃緑の鱗を持つ体でとぐろを巻く。

 その場にいる全員――魔族含む――が、その光景に釘付けになった。

 ヘラクレスは、暁の提案によって、嵐王の短剣を借りていた。暁は、ここに巨人が来ることを予見していたのだ。

 空に浮かぶ、圧倒的な覇気を放つ龍はウェントスだ。

『そらっ!木偶のぼう!サービスやでっ!』

 ウェントスはそう言うと――天から、いくつもの『雷』を、ギガンテスの集団に降り注いだ。

「うおおおおおおっ!」

 また、いち早くウェントス登場の驚きから回復したヘラクレスは、雷があたって焼け焦げたギガンテスを『持ち上げ』、それをほかのギガンテスに放り投げる。

 ウェントスが雷でギガンテスを戦闘不能にし、ヘラクレスがその怪力をもって止めを刺していく。

 それはまさに、『無双』だった。

 ヘラクレスは、生まれつき、魔力量だけが異常に多く、魔法の才能があまりなかった。

 ただ体は丈夫で、また体つきもかなり大きくなっていった。

 そんな彼が唯一使えた魔法は『無属性魔法』だった。

 無属性は、ほかの属性に比べて適性として出にくい。実際、八つの属性を操るアキレウスですら、無属性は適正に持たない。

 しかも、彼が使えたのはただ一つ……筋力と耐久力を強化する無属性魔法『ストロングフィジカル』だけだった。

 だが、それは、彼の能力を大いに活かす魔法だった。

 当時から素の状態でも、体力と筋力は飛び抜けていた。また、運動に対する勘もセンスもよく、パワータイプの戦士にはぴったりだったのだ。

 そんな彼が、異常に多い魔力量を全て、対して消費のない『ストロングフィジカル』に使ったら……?

 体力や筋力の上では他の追随を許さない、まさに『戦士』の出来上がりだ。

 この力を使って彼は戦い抜き、軍団長にまで登りつめた。そして、そんな彼の戦い方は、そのまま『大力無双パワーブレイカー』として二つ名となっている。

 その戦いは少人数を相手にするにおいても強いが、集団に対しても強い。相手を一体つかみ、それを別の相手にその筋力を持って放り投げれば、それで一気に戦闘不能に追いやれる。

『木偶のぼうども!ワイの雷は痛いでぇっ!』

「どりゃあっ!ふんっ!そらっ!」

 ウェントスの雷が降り注ぎ、弱った巨人を怪力によってヘラクレスが仕留めていく。

 その光景は、周りの士気を格段に向上させた。


 ――ギリシア神話の中に、神々と巨人ギガンテスが繰り広げた、『ギガントマキアー』という大戦について書かれている。

 主神ゼウスが雷によってギガンテスを次々と戦闘不能にし、怪力を誇る英雄ヘラクレスが、その巨人に止めを刺していった。

 最終的に、この戦争は神々の圧勝で終わった。


 この場合、ギガンテスとヘラクレスはそのまま、主神ゼウスはウェントスとなるだろう。しっかり配役が重なり、『魔術』が使える形となる。


 これを暁が意図していたかは――本人が知るのみだ。

 

             __________________

 派手な活躍がある一方、隅の方でも山場を向かえていた。

 兵士や騎士たちが、たった一体の魔族を取り囲むものの、その場から動けないでいた。

 その理由は――恐怖。

 その円の中心にいるのは、髪の毛が無数の蛇なった女、メドゥーサだ。

 その見た目は恐ろしく、見ただけで恐怖によって硬直してしまう。さらに、メドゥーサは闇属性中級魔法『テラー』によって、その恐怖を加速させている。精神に干渉する魔法は比較的対抗しやすく、この場にいる者はメンタルトレーニングも受けているため、ここまで劇的な効果を及ぼすはずがない。

 だが、見たことがない魔族が相手だということ、そしてその見た目の禍々しさが、必要以上に恐怖を与えていたのだ。

「――魔族の割には随分せこいことをするな。」

 そんなメドゥーサに、飄々と話しかける男がいた。

 その男は豪華な鎧に身を包み、一目で業物だと分かる剣と盾を持っている。

「キサマ、ナゼオソレヌ?」

 恐怖をおくびにも出さない男――ペルセウスに向かって、メドゥーサは顔を憤怒に歪めて問いかける。

「お前さ、今あっちで暴れている男が本気で怒ったところを見たことがあるか?」

 ペルセウスは剣を構え、メドゥーサに突きつける。

「あいつが本気で怒ったのを止めた一人である俺からすれば……お前なんて可愛いもんだ。」

 そういって、ペルセウスは口角を吊り上げた。

「キサマアアアアア!」

 メドゥーサは怒り狂い、無数の蛇をくねらせながら襲い掛かった。その蛇は急に伸び、多方向からペルセウスに襲い掛かる。それは他の魔族の比ではなく、圧倒的に速い。

「――ふん!」

 その蛇を全て見切り、一息の間に剣を二回振った。それだけで、全ての蛇が切り落とされる。

「――ッ!?」

「あばよ。」

 驚き、たじろぐメドゥーサの首を、急接近したペルセウスは刈り取った。


 ――ギリシア神話の英雄ペルセウスは、その恐怖に負けず、見事メドゥーサを討伐したと言われている。


             __________________

 ウドウィン側でも、砦が破られていた。

 そこから魔族がなだれ込んでくる。

 人狼や、空を飛べないタイプのキメラ。また、その中には身長5mほどの、毛むくじゃらで筋肉質な人型の魔族も5体いた。

「あれはアカツキでいうところの天邪鬼かしら?どうにも見覚えあるわね。」

「うーん、でも一番特徴的だった爪が無いし、大きさも全然違くない?似てはいるけど。」

「毛むくじゃらってこと以外あまり似ていないような気が……。」

「お主ら余裕じゃのう……。」

 レイラたちの会話にルドルフが突っ込む。3人は余裕そうだが、ルドルフはあの異様な巨体に気圧されていた。恐らく、一対一だったら五分だろう、と戦力分析する。

 あの毛むくじゃらの巨人は、地球でいうところの鬼。ただし、赤鬼青鬼やオーガのように、しっかりと分類された鬼ではない。

 ただし、名前はついている。5体の中で一回り小さいのが茨城童子、他の4体がそれぞれ、熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子である。指揮官は茨城童子のようだが、魔族の強者という割にあまり統率がとれていないようにルドルフは思った。それと、一番小さいのが一番強くてトップである、ということにも驚いてはいたが。

 事の真相としては、この集団の本当の首領は、酒呑童子という、日本三大悪妖怪に分類される凶悪な鬼だった。だが、先日、世界のゆがみに巻き込まれて地球に迷い込み、そこで死闘の末に剛毅たちに討伐されている。ルドルフたちにとっては運のいいことだが、剛毅たちから見れば運が悪かったと言える。

 また、大量に流れ込んでくる魔族の中でも、種類が少ないものがいた。有象無象の悪魔やキメラや人狼の中に、それらが混ざっている。

 馬と牛の頭を持った筋肉質な二足歩行の鬼。首が角が大きいゆがんだ牛で、胴体が黒い毛が生えた獣と蜘蛛を足したような禍々しい見た目の異形。

 それぞれ馬頭と牛頭、そして牛鬼だ。こちら側の強い魔族は、地球で言うところの鬼が多いようである。

「ふむ、さすがにあれらの相手は難しいかな……?」

 後ろで全体の様子を眺めていたアキレウスは、自身が出陣することを決意した。馬頭や牛頭はまだしも、茨城童子や牛鬼は、その漂う強者の気配から、他の者たちでは荷が重いと判断したのだ。

 アキレウスが前に出ようとした、その時――


 ――大きな穴が開いた砦の向こう――はるか向こうで、白く輝く炎が爆ぜるのが見えた。


 それは夕方になりかけた空を照らし、破壊を撒き散らしているのがよく分かる。そして、その炎の中から現れたのは――真紅の鱗を持つ、巨大な西洋龍――イグニスだった。

「アカツキさん……動きましたね。」

「そうね。じゃああたしたちも動きましょ。」

「じゃあ、2人とも頑張ってね。ここは僕に任せて。」

「はい、お願いします。それじゃあ、いきましょうか、クリムさん。」

「それじゃあクロロ、生きて戻ってくるわね。」

 それを見たレイラたちは、顔に喜びの色をにじませて動き出す。

 アキレウスはしばしイグニスを見たのち、自分も本格的に動き出すことを決定する。

 レイラがクリムの背に乗って空を翔けてゆき、ミリアが双剣を構えて砦の向こうに走っていく。そしてクロロはここに残り、2人――いや、3人と1体が帰ってくる場所を守る。

「クロロ殿。こちらもそろそろ暴れますかな?」

「そうですね。――お願いします。」

 アキレウスが念のためクロロに確認を取ると、彼は堂々と頷いた。

「一旦撤退しろ!今から派手に暴れるから巻き込まれない位置につけ!」

 アキレウスがそう叫ぶと同時、熟練の強者たちは撤退戦を開始する。向こうはそれを機に前に進んでくるが、それはクロロが生み出した壁と、アキレウスの魔法が許さない。

 数分もすれば、魔族がほとんど進めない中、人間側は撤退完了。前線にはアキレウスとクロロだけが残った。驚くべき速さである。

 というのも、この事態まで持ち込めたらアキレウスが派手に暴れれるように、事前にこの戦いに参加するものにはこのことを話しておいたのだ。アキレウスが暴れる、ともなれば全員納得して下がる。事前に撤退のタイミングがわかっていれば、クロロとアキレウスの援護がある以上、熟練の強者たちにとって撤退は困難な事ではない。

「さてと――出でよ地龍!」

 アキレウスは懐に手を入れると、そこから見たことも無い金属で出来た円盤を投げる。

『さぁさぁっ!久しぶりに暴れちゃうわよん!』

 その円盤は激しい光を放つと――巨大なノームに変化する。

 いや――現れたのは地龍だ。

 レイラとミリアが発ったとき、こちら側では、クロロとアキレウス、そして地龍が暴れる予定だったのだ。

『ググッ、忌々しい龍め!』

『マタ我ラノ邪魔ヲスルノダナ!』

 魔族たちが口々に怨嗟の言葉を吐きながら襲い掛かってくる。

『あらあら?そんなの当たり前じゃない!なんせワタクシのボスはアカツキちゃんなのよん!彼が人間である以上、人間に肩入れするのは当たり前だわん!』

 そんな魔族らを、テッラは暴力的なまでの巨体で潰していく。長さ40m、胴回りは大木にも劣らないその巨体がくねり暴れるだけで、その軌道にいた魔族は潰され、命を奪われる。さらに、噛み砕かれ、砂嵐に削り取られ、溶岩に焼かれ、ブレスに巻き込まれて、次々と死んでいく。

 そこには、圧倒的な暴力の塊がいた。

『くそっ!』

 声をそろえて突撃してくる5体の魔族。茨城童子ら鬼たちだ。その連携は、多少の粗が見えるものの恐ろしく、1体1体が騎士団のトップクラスでも歯が立たないほどの力を持っている。その中でも茨城童子は、騎士団や軍のトップクラスが束になっても無傷で勝てるほどの強さがあるだろう。

 だが、そんな童子たちも――

『少しは骨がありそうだけど――ごめんねぇ、お姉さん、遊んでいる暇はないの。相手が悪かったと思って――優しくて硬い、大地のベッドで、永遠に寝てなさい。』

 ――地龍の前では、赤子も同然だった。

             __________________

 一方、クロロは1人で、馬頭と牛頭、そして大量の魔族を捌いていた。

「くそっったれ、人間のくせに!」

「俺らと戦おうなんざ100年早い!」

「コロセ、コロセ!」

「ニンゲンヲコロセ!」

 とびぬけた強者である馬頭と牛頭を筆頭に、四方八方、種類方向戦法、あらゆる手段を尽くして魔族がクロロに襲い掛かる。

 だが、クロロはそれらを盾や剣や魔法を使って受け、躱し、時には受け流す。そして相手にそれ以上の攻撃を加え、一瞬で絶命させる。余裕がある時にはカウンターなどもやってみせた。

 何百と、あらゆる方向から襲ってくるにもかかわらず、クロロは余裕を持ってで魔族を屠っていく。その表情は真剣そのものだが、本気には程遠い。むしろ、この戦いを長引かせようと言う意志すらあった。

(なるべく時間を稼いでおけば……テッラやアキレウスさんも暴れやすいだろうし、他の人たちも休憩できる。)

 クロロは、自分の仲間たちと違って、自分が攻撃に置いてはあまり役に立たない事は自覚していた。こう見えても年頃の男子である以上、単身で群れに突っ込み無双する、というのに憧れないでもない。だが、クロロはこうして『守る側』に立つ。大切な人を守るため、大切な人が帰ってくる場所を守るため、大切な人を安心させるために。

「それっ!」

 激昂して向かってきた馬頭と牛頭。その足元の地面を魔法で揺らし、ほんの少しバランスを崩したのちに――クロロはその一瞬の隙をついて、他の魔族と同じように、その2体を葬った。

             __________________

 アキレウスもまた、単身で大量の魔族を相手していた。

 しかしクロロと違って一か所から動かず、ということではない。

 ひしめく魔族の集団に突っ込み、大規模な魔法を次々と発動して、魔族に破壊を撒き散らしていく。魔族たちはそれを避けることが出来ず、よしんば避けることが出来たとしても、アキレウスの姿を追うことが出来ない。反撃が出来ない。

 戦場の中を駆け抜ける戦い方は、ミリアやライナーに似ている。だが、彼女らが武器主体なのに対し、彼の場合は魔法を主体に戦う。

 騎士団長になってから、魔法使いのセオリーに則って、あまり動かず、固定砲台のように遠距離から攻撃することが多くなった。だが、彼の本来の戦い方はこれなのだ。

 恐るべきはその健脚。速さで言ったらライナーも相当だが、その比ではない。超高速で集団を駆け抜け、その通り際に破壊を撒き散らす。まさに一騎当千の戦い方だ。

『貴様ハアノ時ノ奴ダナ!』

 そんなアキレウスの前に、もう1体の圧倒的な強者が、明らかに彼の姿を捉えている目線で立ちふさがる。

 立ちふさがったのは牛鬼。アキレウスは知らないが、牛鬼は、かつてアキレウスに魔族を率いて襲い掛かった集団のトップの一角だった。

 人間側から見れば全滅させていたが、実は生き残りがいたのだ。

 牛鬼の目は、復讐に燃えていた。その口からは禍々しい紫色の息を吐いている。

 牛鬼は本来、西側の、毒を持つ魔族が多く生息する地域に住んでいた。だが、今回人間側を襲うに当たって、わざわざこちら側にきたのだ。その理由は、当然アキレウスに復讐するためだ。

 その口から吐き出される紫色の息は、当然猛毒。日本の伝承に置いても牛鬼はとくに恐ろしい妖怪で、牛鬼の瘴気はとくに障るとも伝わっている。

 そんな牛鬼の猛毒の息を、すでにアキレウスはそれなりの量を吸っていた。『ポイズンハザードミスト』をも上回るこの猛毒は、ほんの少し吸っただけでも死に至るのだが、アキレウスは常時魔法で治療し、さらに毒に対する耐性を魔法や装備によって高めている。死に至る事はない。

『殺シテヤル!』

 牛鬼がそう叫んで襲い掛かった瞬間、周りの魔族も一斉に動き出す。敵の集団の中に突っ込んだため、周りにはクロロ以上に大量の魔族がいる。

 それを――アキレウスはすべて破壊せんと、魔法を発動する。

 急流のごとき魔力がアキレウスから流れた。

 瞬間、


 業火が、大水が、砂嵐が、竜巻が暴れ出した。溶岩が吹き上がり、閃光が貫き、大雪が潰し、地割れが呑み込んだ。


 そのすべては、アキレウスが今の一瞬でやったことだ。無属性を除く8属性の上級魔法をほぼ同時に、無詠唱でやってのけた。

 その破壊に、牛鬼も当然巻き込まれ――あっさりと、その命は消え去った。


 ――ギリシア神話。アキレウスはトロイア戦争に置いて、一騎当千の活躍をしたという。


             __________________

「どきなさい!」

 様々な異形がひしめく荒野を、疾風が駆け抜けた。

 横にも奥にも広く広がっているその異形の集団は、その少女によってたちまち崩壊する。

 その少女の表情は真剣そのもの。綺麗な顔立ちに、幼いながらも整ったスタイル、意志の籠った瞳、そしてその激しい動きに伴って踊る茶髪のポニーテール。

 その両手に握られているのは、2本の剣。片方は刀身に暴風を纏いて敵を斬り裂き、もう一方は刀身に雷を纏いて敵を焼き切る。

 洗練された、流麗な動作でその双剣は振るわれ、その軌道上にいる敵を葬っていく。

 少女が駆け抜ける速さは、まさに疾風迅雷のごとし。

 人は、その少女の事を『疾風迅雷グラディウス・デュオ』と呼ぶ。

『人間ごときがっ!』

『私達に刃向うな!』

『この化け物め!よくも我が同胞を!』

 ミリアの前に異形が立ちはだかる。その眼には憤怒の炎が燃えていた。

「どっちが化け物よ!」

 ミリアはそのまま、さらに加速する。立ちはだかった異形たちは、一瞬後にはもう上半身と下半身が泣き別れていた。

 一人で、地上にひしめく大軍勢を次々と葬っていくミリア。そのスピードは一向に衰えず、道中に大量の異形の死体を残して、ただ疾風のように、迅雷のように、前に進んでいく。

             __________________

「っ!」

『お嬢様の邪魔です。汚らわしい体をどけなさい。』

 ミリアが地上を支配している一方、ストリーグスの上空はレイラと、それを乗せるクリムが支配していた。

 空を飛ぶタイプの魔物は、たった1人と1体で空を飛んでいるカモを狩ろうとそれぞれの方法で襲い掛かってくるが、ことごとく躱され、受け流され、返り討ちに遭う。

 直接襲い掛かろうものなら、迎撃されるか、クリムが華麗に避けてすれ違いざまに攻撃されるか。

 遠距離から攻撃しようものならまさに的。クリムが華麗に避け、レイラが矢で仕留める。

 また、それに恐れをなして逃げたり、攻撃をしなくても、結局魔法と矢によって命を奪われてしまう。

 何をしても命を奪われる、圧倒的理不尽。

 また、これが空中だけならまだ魔族にとって幸運だが、攻撃の手を休めれば、今度は地上に向かって攻撃が降り注ぐのだ。

 空から大規模な破壊を撒き散らす嵐や矢の雨が降り注ぐのは、ほぼ密集隊形と言ってもいい魔族たちにとってはまさに地獄だ。散開しようにも、大量の魔族が集まっているがゆえに中々スムーズに進まず、さらに砦の向こうにわたるには、大きいとはいえまだ穴は一つ。どうしてもそこに入る為に、ある程度砦に近づいたら密集せざるを得ない。

 地上に置いては、ミリアがほぼ支配している。だが、横にも広いこの集団(密集していても広がって溢れるほどの数が集まっている)では、やはり単身での全体の支配は難しい。

 そこで、空中が落ち着いたら、レイラたちは地上を攻撃することになっているのだ。それも、特に密集しているところを範囲を優先して狙い、進路を妨害する形で。

 一か所停滞が起これば、それによってさまざまな場所に停滞が広がる。そうしてさらに密集を生み出し、そこに破壊の雨を降らせ、暴虐の嵐を起こす。

 空を高速で翔けながら、レイラとクリムは魔族を次々と滅ぼしていく。その進行速度は、空を飛んでいる分ミリアから先行する形になる。

 レイラがふと前方に視線を向けると、彼女やクリム、ミリアや他の強者たちが引き起こした破壊が可愛く見えるほどの一方的な蹂躙が行われていた。

 真紅の巨体を誇る火龍イグニスはもちろんの事、それ以上に破壊を撒き散らすのは、空からでは見えない程度の大きさしかない存在。

「アカツキさん、待ってて下さいね!」

 レイラはそう叫び、クリムの腹を足の横で蹴る。クリムはそれに呼応し、さらに速度を上げる。

(お嬢様も初心ですからなぁ。いつ進展することやら。)

 レイラの気持ちを感じ取っているクリムは、厳めしい表情で破壊を撒き散らかしている禍々しい姿とは裏腹に、そんな牧歌的なことを考えていた。

 そして速度はぐんぐん上がり――地上も空中も蹂躙していく、一人の少年の姿を、レイラは『感じた』。

「アカツキさん!」

 その少年の姿は見えないが、分かる。もう攻撃範囲に入っているにもかかわらず、レイラたちの移動ルートを抜き出すようにしてぴったり攻撃してこない。敵に容赦はないが、仲間や身内――大切な人には、優しさを通り越して甘さすら持つ、規格外な少年。

 その少年の姿が地上に『急に』現れた。その少年はレイラを見上げ、満面の優しい笑みを浮かべている。焦土と化した荒野の中、2人の少年少女は、短い時間離れていただけではあるが、確かに再会した。

「レイラ!」

「アカツキさん!」

 レイラは降下、暁は空を飛び――互いに、抱きつくように合流した。

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