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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
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群像劇

 暁が魔族の軍勢を観測してから約2時間後。ストリーグスと人間の領域の境目である砦には、腕に覚えがある者たちが集っていた。

 二つ名持ち、騎士団や軍所属、最低でもAランク相当の冒険者。そんな、人間界の最高戦力をかき集めた集団が、それぞれの意思を固く持ち、憎き敵が来るのを待ち構えていた。

 その先頭に立つのは当然パーカシスとウドウィンの騎士団と帝国軍。それぞれの国が、油断なく、有事に備えて鍛え上げた精鋭たち。その精鋭の中でも、砦付近の戦闘に回っているのは上位の者たちだ。騎士や帝国軍でも、下級の者は魔族に対抗できないため、治安維持や避難誘導に回っている。

 そして、そんな砦の一角には、レイラたちの姿もあった。

 3人はその可憐な目を砦の方向に向け、いつでも戦えるように準備している。そんな彼女たちに、親しげに声をかける者がいた。

「よう、久しぶりだな。」

「その様子だと元気そうじゃのう。まさかここまで大成するとは。」

 特徴的な青色の金属鎧に身を包んだ体格のいい壮年の男性と、紺色のローブに身を包んだ老人だ。

「あ、ライナーさんとルドルフさん。お久しぶりです。」

「お二人とも参加していたんですか。」

 レイラとミリアがその声に反応し、さきほどまでの表情はどこへやら、といった感じの軽い調子で返事をした。その2人の様子を見たクロロが、合点がいったような表情をする。

「ああ、この人たちが話に聞いた……。」

 暁がこの世界で初めて寄った街に住まいを構える2人の優秀な冒険者。騎士であるライナーと、魔法使いであるルドルフだ。暁は知らない事だが、ライナーの二つ名は『閃光剣フラッシュ』、ルドルフの二つ名は『超絶技巧奏者(マエストロ)』である。どちらも、暁たちがスーネアを旅立ってから手に入れたもので、2人揃って暁に並々ならぬ対抗心を燃やしていた証左でもある。

 その後、5人でしばし言葉が交わされる。はたから見れば油断にしか見えないが、5人とも全く隙はない。リラックスしてはいるものの、その実いつ戦闘が始まっても動ける状態だ。

(見事だな……。)

 それを見ていたウドウィン王国騎士団長・アキレウスは、腕を組みながら感心していた。

 これで5人ともどこの国にも属していないと言うのだから恐ろしい。やはり騎士団をもっと強化できれば良かった、とアキレウスは思案に暮れた。

「ところで、数時間でここに着いたと言う事は、もともとウドウィンにいたんですか?」

 クロロがライナーとルドルフに問いかける。

「……思い出したくないからやめてくれ。」

「頼んだのは儂らじゃ。儂らに責任があるんじゃ。しかし……あんな恐怖を感じたのは長い人生で初めてじゃ……。」

 何をやらかしたんだ、とその会話を聞いていたアキレウスは、一人ため息をついた。

             __________________

「魔族、か……。」

 ブラース帝国側の砦の一角で、エフルテで暁たちと共闘したパーティーのリーダー、ニコラスが呟いた。

「親方ぁ。思うんですが、こりゃあ向こうも総攻撃ですぜ。」

 暗褐色のフードをかぶったやせぎすの男、グリルはニコラスに緊張を孕んだ声で話しかける。

「そうですよね……。一体、これから何が起こるんでしょう……。」

「ふん、何が来ようと、蹴散らしてやるまでさ。」

 グリザベルとグリザベラがその会話に参加し、反対の反応を示す。

(凄いな……。騎士にもあそこまで風格が漂う者はいないぞ。)

 それを傍から見ていたパーカシス王国騎士団長、ペルセウスは心の中で感心していた。

 ニコラスたちのパーティーは、本人たちこそ気づいていないが、周りから浮いていた。その理由は、彼らから放たれる『強者のオーラ』が原因だった。

 ニコラスたちは、暁たちがエフルテを去った後、同じように旅をして回っていた。暁たちに対抗心を燃やし、がむしゃらに修行もした。

 結果的に……彼らのレベルは、全員290を超えているのだ。こちらも本人たちは知らぬことだが、あと少しで300の領域に脚を踏み込むことになる。ちなみに、暁たちのレベルについては、彼らが最近測っていないため、本人たちは知らない。ただし、もう何体もの魔族や竜を葬っているため、レベルは恐ろしいことになっているであろうことは確かだ。

「ペルセウス、パーカシスはこっちに参加するのか。」

 ニコラスたちを見ていたペルセウスに、低い声で後ろから話しかける男がいた。

「よう、ヘラクレスか。いや、なんでもエフルテ側にはアカツキ殿たちが参加しているみたいでね。戦力の偏りがないようにこっちに来ているんだ。」

 話しかけてきた巨躯を誇る男はヘラクレス。ブラース帝国軍軍団長だ。そんな彼に、ペルセウスは親しげに理由を説明する。

 パーカシス王国騎士団長ペルセウス、ウドウィン王国騎士団長アキレウス、ブラース帝国軍団長ヘラクレス。彼らは、同じ街で育った幼なじみで出会った。最終的に引っ越しが重なってバラバラになり、さらに3国の軍事の上ではトップになった今も、その交流は途絶えていない。

(もっとも、今では大分差は開いてしまったけどな……。)

 ペルセウスは頭を掻きながら、そう心の中で嘯く。

「そうか、あの者たちはウドウィンの方に向かったのだな。」

 威厳のある低い声でヘラクレスは砦を見上げながらそう呟く。

(パーカシスから極秘裏に話は聞いていたが……実際に会ってみてわかった。とんでもない奴らだ。)

 ヘラクレスは、ポケットの中にある『もの』をいじりながら、そう心の中で漏らした。

             __________________

「来たぞ!先頭集団だ!」

 斥候役として優秀な騎士の何名かが、急ぎ足で戻ってきて叫んだ。途端、その場にいる全員の顔が緊張に引き締まる。

「作戦は覚えているな?」

「はい、私たちはしばらく後方待機ですね。」

「よし。危なくなりそうだったらミスリル硬貨を使って指示を出そう。」

「はい。」

 アキレウスとレイラが最終確認を交わす。アキレウスは前へ、レイラたちは後ろへ。

「いいかっ!我らの暮らしを脅かす魔族どもを、ここで成敗して見せろ!人間の暮らしを――護れ!」

 アキレウスが世界の裏まで届くのではないか、と思うほどの大声で叫ぶ。それに呼応するように、その場にいた全員の声が、アキレウス以上の大きさで響き渡る。

 直後、高い砦を超えて、魔族が姿を現した。

 様々な動物の特徴をまぜこぜにした、冒涜的な外見を持つキメラ。灰色ののっぺりとした肌を持つ悪魔。悪魔のような見た目をした石の怪物ガーゴイル。二足歩行の巨大で獰猛な狼、人狼。

 飛べる魔族は飛び、それ以外の魔族は、まだ人間側からは見えないが、砦を突き崩そうとその圧倒的な膂力で攻撃を開始している。

『ケケクコッ!根絶やしにしろ!』

『魔王様万歳!』

『下等生物どもめ、魔王様復活の生贄としてくれるわ!』

 魔族たちが興奮したように叫び、次々と襲い掛かってくる。数は人間とほぼ同数だが、これでもまだ先頭集団の一部。砦が崩されればそこからもなだれ込んでくるし、時間が経てば膂力がある魔族は砦を乗り越えてくる。

「邪魔邪魔邪魔っ!さぁ来て来て!このボクが相手するよ!それそれそれっ!」

 常人だったら引くことも難しい強弓を苦も無く引き、高威力の矢を連射する女がいる。

「俺らの平和を崩させんっ!」

 禍々しい漆黒の剣で相手の命を刈り取る男がいる。

「我が祖国は――お前らに踏ませない!」

 業火を纏う巨大なランスで次々と魔族複数体と渡り合う男がいる。

「――させませんっ!」

 急降下してくる魔族を正確な狙いで撃ち落とす男がいる。

 他の場所でも、比較的に人間側が有利に戦いを進めている。

 主戦力は、ウドウィンの騎士団だ。楽しそうに魔族を射貫くのが、弓使い隊隊長フレメア。漆黒の剣を操るのが、戦士隊副隊長クロイツ。巨大なランスを振り回しているのが、騎士隊隊長マリエラ。この3人ほどではないが活躍しているのが、暁とアキレウスを説教した魔法使いだ。

『人間のくせに!』

『この下等民族が!』

 一方的な戦いになると踏んでいた魔族たちは、その展開に苛立つ。いくらまだ始まったばかりといえど、人間側には致命的な負傷者が出ていないのだ。

 本来なら、魔族たちの予想通りになるはずだ。

 だが――この場にいるそれぞれが、闘志を持って、自分を磨き続けた。

 単身で魔族を次々と葬る少年少女たち。国王の御膝元で起こった大量の魔族によるすり替わりを一人で解決した少年。ベテランが集っても歯が立たない四天王を単身で倒した少女。

 今この場にいる者は皆、多かれ少なかれ、暁たちの影響を受けていた。

 そして、暁たちの働きによって魔族襲撃からの生存者も増え、その知恵が広まっていく。

 結果――個人の戦闘力も上がり、それぞれが魔族に対する戦い方を身につけた。

「遅い!遅いぞ!魔族とはその程度だったのか!」

 目にもとまらぬスピードで、光の剣で魔物を次々と葬りながら戦場を駆け抜けるのはライナーだ。このスピードと、破壊力を持つ光の剣こそが、閃光剣フラッシュという二つ名の由来だ。閃光のごとき速さで、瞬く間に敵を斬り裂く。

「…………。」

 そのスピード感がある戦いをするライナーの傍ら、紺色のローブに身を包む老人は、一歩も動かずに敵を葬っていた。

 身長ほどもある杖の石突きで地面を突き、時折視線を上げるだけに見える。

 それだけで迫りくる魔族は、風の刃に斬り裂かれ、火だるまになり、光線によって貫かれ、吹き上がったマグマによって溶解する。

 そのすべてはこの老人――ルドルフ一人がやっていることだ。

 白いひげに隠れたその口は、よく聞けば小さく動いている。魔法の名前を紡いでいるのだ。しかし、発動される魔法と、口で出される魔法は、数が合わない。

「『プロミネンス』、『ライトレーザー』……『ウィンドブレイク』……。」

 よく聞いてみれば、口から紡がれているのは上級魔法のみ。中級や下級は、みな『無詠唱で』発動されていた。

 超高等技術。騎士団や軍でも、せいぜい下級が手一杯のそれを――ルドルフは、四属性全ての中級までやってのける。

 そもそも、四属性に適性があるのが恐ろしい。風、聖光、火、地底の四属性を巧みに操るルドルフは、次第に『超絶技巧奏者マエストロ』と呼ばれていた。

 

 魔族の侵攻は、ほとんど進んでいない。

             __________________

 ブラース側は、少し苦しかった。

 魔族の生息域として、こちら側には厄介な種が多いのだ。

 その理由は、かつて魔王の活動が活発だったころの大戦だ。

 当時の地属性の四天王であった猛毒の瘴気を放つ大蛇バジリスクは、龍たちによって退治され、ストリーグスの西側に埋められた。その名残で、そのあたりには毒を持った魔族が多いのだ。

 猛毒を有する緑色の怪鳥、ちん。病気を撒き散らす虎狼狸ころうり。猛毒の息を吐くファフニール。さらに、こちらは毒持ちではないものの、圧倒的な脅威、暴力の権化として伝わる巨人ギガンテスが迫る足音も遠くから聞こえてくる。

 だがしかし、こちらもウドウィン側と同じように、おおむね優勢だ。

 ニコラスが華麗に斬り裂いたと思ったら、陰に潜んでいたグリルが敵を締め落とす。グリザベルの大規模な魔法が炸裂して敵が混乱した隙に、グリザベラが毒の治療をして回る。

 また、暁たちの脅威を肌で感じ取ったことがあるウドウィンの騎士団たちも大活躍している。さらに、こちら側には、人間の集団では最強と謳われるブラース帝国軍もいる。かなり優勢だ。

「魔族を葬れ!我らが安寧を守り通すのだ!」

 その様子を見ていたヘラクレスは、満足げに頷いたと、士気をさらに上げるべく、大声で叫んだ。

             __________________

「嘘だろっ……!」

 力不足と判断され、または自ら判断した者たちは、避難誘導をしていた。その中には、エフルテ防衛戦に参加したメンバーもいる。

 魔物も凶暴化している。そのため、戦闘能力を持つ者が、避難する人々を守らなければならなかった。

 普段は人里離れた奥地に生息している魔物も凶暴化し、中にはBやAランクに届く種類もいる。

 その一団は、もう少しでパーカシス、というあたりで、普段は密林に住んでいるはずの烏鬼や猛禽鬼の群れに囲まれていた。凶暴化しているうえに、これだけの群れ。無力な人々を守りながら戦うのはムリだった。

 それでもあきらめない。そう覚悟を決めた時――その冒険者は絶望した。

 空を飛ぶ巨大な濃緑のなにか。風が唸る音が、やけに大きく耳の中で響く。

 シルフ。魔物の中で最強とも謳われる竜の一種。

 この場にいる戦闘要員は、最高でもAランク。烏鬼と猛禽鬼の群れだけでも生き残るのは難しいのに、そこに竜が加わる。――どう考えても絶望だった。

「――――……。」

 シルフが恐ろしいスピードで向かってきながら、大きく口を開けた。ブレスの前動作だ。

 終わった――。そう、その場にいる人々は絶望した。

 その口から、圧倒的な破壊の塊が吐き出される。


 ――魔物たちに向かって。


『……え?』

 その場にいた者は皆、己の死を覚悟した。だがしかし、そのブレスに葬られたのは、先ほどまで命を脅かしていた魔物の群れだ。

 シルフはそんな人間たちをしり目に、魔法とブレスを巧みに使って、『人間たちを巻き込まないように』魔物を葬る。

 シルフはすべて片付け終えると……人間たちに寄り添うように、風の鎧に巻き込まない範囲で寄り添った。

「……まさか……守ってくれるのか……?」

 誰かが、シルフを見上げて呟いた。

 シルフは、不器用に、けれど自信たっぷりに頷いた。


 同様の出来事が、人間の領域の各所で起こっていた。サラマンダーも、シルフも、ノームも、他の魔物と違って凶暴化せず、むしろ人間の避難を手伝っていた。明確な意思を持って。


 本格的な戦闘が始める前、暁は魔物も凶暴化する事態を予想し、移動しながら(間接的ではあるが)自らの眷属である竜たちに命令をしていた。


 ――魔物に襲われている者たちを守れ。


 人間たちは知らないことであるが――逃げ惑う野生動物や家畜やペットも、竜たちに守られていた。

あけましておめでとうございます。

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