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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
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 あれから数週間が経った。俺たちはエフルテとストリーグスを行き来して、魔族の動向を調査してこの期間を過ごしてきた。

「今日は冬至か……。」

 肌を刺すような寒空の朝、まだ日が昇ってあまり時間が経っていない時間帯に、俺は宿屋を出た。恐ろしく寒いので、すぐに魔法で寒さを和らげ、散歩に出かける。

 結局、俺たちは外に出る時は変装するスタイルでいくことになった。あの3人は別として、俺は見てくれの上ではそう目立つものではない。俺たちの代名詞(になっていた)の豪華装備を見せなければ、そうそう目立つ事はない。

 とはいえ、このエフルテに俺たちが滞在しているという話は広まっている。最近では、野次馬も賢くなったもので、俺たちが見つけられないから、クリムを預けている厩舎の前で出待ちしている始末だ。厩舎の人にはチップを迷惑料代わりに弾んではいるが、いい迷惑だろう。街を移動することも考えたが、この街の居心地がとてもよいのでそれも何となく嫌だ。もう一通り国は回ってしまったし、次の行先が確定するまではここに滞在することになるだろう。

「……今思いついた……。」

 俺たちが現在一番目立っているのは、喋るうえに賢く、明らかに見た目が厳ついクリムの存在がある。いくら俺たちが変装しても、あれは非常に目立つのだ。

 けれど変装させるわけにもいかないし……とぼんやり考えながらの散歩だったわけだが、たった今思いついたのだ。

 それは聖光属性上級魔法『ミラージュ』を使う事。光を曲げて周りに幻覚を見せるのだ。それで、クリムを精々すこし馬体が大きい軍馬程度までは誤魔化せる。

「今日からそれでいくか……。」

 俺は朝早くからやっている屋台で買ったスープを飲みながら、3人にこの作戦を伝えることにした。

             __________________

 とはいえ、今日は街の外に出かける用事はない。今日は数日に一度設けている休憩日だ。大して疲れているわけでもないが、定期的な休養は必要だ。

 俺はクリムの背に乗って乗馬……というには少々抵抗がある訓練をすることにした。

「ではご主人様、参りますよ。」

「お手柔らかに頼むぞ。」

 エフルテから大分離れた平原の中、俺はクリムの背に乗っていた。

 クリムは俺に声をかけると、その漆黒の翼を低い音を立てて唸らせる。そして勢いよく走りだし――『空を飛んだ』。

 その速度は速く、魔法で体を守っていなければあっという間に体調が悪くなりそうだ。

 だが魔法で守られているため、乗り心地はかなりいい。遊覧飛行みたいな感覚だ。

 当然上空は寒くて空気も薄いが、それも魔法でカバーできる。

「うーん、いい眺めだな。」

 大きな建物も豆粒のように小さく見える。高いところから見下ろす景色は、世界の支配者になったみたいで心地よい。

「さて、じゃあ適当に回ってくれ。」

「了解いたしました。」

 俺はクリムにそう言うと、そのまま眼下の景色を楽しむことにした。お、あの密林懐かしいな。レイラが趣味の悪い縛られ方をしていたのが印象的だったな。その奥には渓谷も見える。ほうほう、シルフの成体と誰かが戦っているようだ。もう国を通して冒険者たちもより戦力を増強するように発破はかけられている。補助金もたんまり出るし、ああして精進していくのだろう。

 しばらくすると、今度はとても懐かしいところが見えた。パーカシス王国王都のドラミに、最初に入った人里であるスーネア。それにレイラたちと初めて依頼をこなした山もある。あのころは異世界に来たばっかで、今一つ落ち着かなかったな。必要以上に子供返りしていた気がするよ。その奥に見えるのが火山。考えてみれば、あれが大きなターニングポイントだったのかもしれない。お、あそこにはクロロと初めて共闘して、九尾を倒した森が見える。いやー、あれは厄介な相手だったな。

 そしてまたしばらくすると、今度はブラース帝国が見えてきた。かなりの速度で飛行しているようだ。

 ブラースにいた時間は短かったが、かなり濃い時間を過ごした。ほんの数日の間にテッラとウルリクムミと戦い、クロロが格段に強くなったり、あの2人がいい感じになったりしたな。今でもいい感じだが、どうにもまだくっつくのは遠そうだ。様子を見るに、互いに好いているのすら無自覚だろう。

 空を飛んで、改めて今まで通ってきた場所を思い出す。

 まだ一年たっていないが、かなりこの世界に馴染んだのではないだろうか。見識を広めようと旅をしていくうちに、この世界の文化にも触れた。途中の村で見た祭りはなかったことにしたいが、あれはあれでいいものなんだろう。

 この世界に来たときはかなり唐突だったな。家に帰ったらいきなり『異世界に行ってほしい』だもんな。神託が出たのもかなり驚いたし、向こうでの生活にそろそろ支障が出るレベルでこの世界にいるわけだが……レイラたちに会えたから、俺にとっては間違いなくプラスだ。

「神様には感謝しなきゃな。」

 家族に会えないのは寂しいが、考えてみれば家をそれなりの間離れるなんて割としょっちゅうあった気がする。確か最長は一ヶ月だったかな。ここまで伸びればもうほとんど変わらないし、単身赴任に比べたら全然短いだろう。

 さて、神様に感謝をささげるのはいいが、神様の目的も果たさなければいけないよな。

 とりあえず、魔物や魔族の活動が活発になっているのと関連するのは確かだ。それに神様が人間に干渉するほど大ごとなのだろう。

 例えば……今『魔王が復活しかけている』ことが予測できる、とか。

 それが本当だとすれば、目的は魔王を倒すか、再度封印するか。

 魔王の封印……ここはやっぱり、当事者に話を聞いてみるのが一番だろう。

「そんなわけでアクアよろしく。」

『分かった。さて、どのあたりから始めようか……。』

 淼皇の杯を取り出し、アクアに問いかける。脳内でテッラの意思が五月蠅いぐらいに伝わってくるが無視だ。

 実は、地底湖からエフルテに戻る道程で、すでに話は聞いている。だがここでいったん整理するのも悪くはないだろう。景色もいい感じだし、思考も回るはずだ。

『まず、人間たちの間で勇者と呼ばれていたあいつは……恐ろしく賢かった。余ら悠久の時を生きる龍さえも上回るほどにだ。ふむ……考えてみると、アカツキに似ているな。』

 アクアは軽く話し始める。俺がそうかどうかは別として、勇者はかなり賢かったらしい。

『勇者は貴様らと同じように、余らが住まう聖域に一つずつ赴き、余らを倒し、与した。とはいえ、あの時は用があったら呼ぶ、とだけ言われ、普段はそれぞれの聖域で過ごしていたがな。』

 俺のように、なんかしらの道具に宿らせていたわけではないらしい。

『さて、そんな風に余らを仲間にして回った後、世界に『夜』が訪れた。その夜は寒く、星や月の輝きすら見えなかった。』

 世界が闇に包まれた……ねぇ……。

『それは魔王がもたらした闇だった。力を溜め、機を伺っていたらしい魔王はその力を解放し、魔物や魔族の活動が最も活発となる夜を、無理矢理作り出したのだ。』

 大抵の魔物や魔族は夜に活動が活発になる。昼に比べ、夜の魔物は、視界の悪さも相まって危険度が跳ね上がるのだ。

『しかもその夜は、どれだけ待っても『終わらなかった』。何時間、何日経っても世界は暗く、魔物や魔族は暴れ、世界は闇による恐怖に包まれたのだ。今でこそ伝わってはいないだろうが、当時は『永遠の夜』といわれていたぞ。魔物や魔族以外の生物は、各地で暴れるそいつらに悉く蹂躙され、滅ぼされた。人間もその数を大幅に減らし、街がいくつも消えていったのだ。』

 世界が闇に覆われ、恐怖と暴力が支配する悪夢の夜。それが何日も続いたのだから……想像するだに恐ろしい。

『そんな中、勇者はついに動き出した。このオルケストラ大陸の真ん中、コンドゥクト湖に、『闇の星』のような見た目の魔王を、余らを全力で立ち向かわせることで誘い出した。あの死闘は死を覚悟したが……なんとかそれに成功できた。』

 アクアの声が、急に熱っぽくなる。その、当時の苛烈な戦いを思い出しているのだろう。

 ちなみに、『闇の星』というのは、真っ黒で巨大な球体の姿をした魔王を例えた言葉だ。

『そして勇者は、魔法によってより響くようになった魔法で、湖の周辺にかき集めた人間に向かって叫んだのだ。』

 アクアの声が、より熱っぽくなる。


『――『笑え、踊れ、喜べ!悲嘆に浸かるな、恐怖に溺れるな、絶望に引きずり込まれるな!『希望』を思い、信じる限り――世界は蘇る!』……とな。』


 鳥肌が立つ。あの広大な湖に、人と、龍と、魔王を集め……それで『希望』を唱えた。

『世界を回るついでに信用を得ていた奴の言葉に、人々は喜び、希望を持ち……笑い、歌って、踊った。魔王は怒り狂い、それを見て、球体だった魔王は姿を変えた。闇は触手のように伸び……九つの長い首と、巨大な顎を持つ異形に姿を変えた。火、水、地、風、聖光、暗黒、地底、天空、無属性……九つの顎から、9属性の強力な魔法をそれぞれ吐き出した。』

 9属性全て……はたしてそれは、どれほどの破壊を生み出すのだろうか。

『だが、奴がそれを放った直後……勇者が両手を上に掲げた途端、そこが『激しい光を放った』のだ。そして――そこから光は広がり、闇を払い……魔王を弱らせた。即座に我らで総攻撃を仕掛け、弱らせたところを勇者が封印したのだ。そして闇が完全に晴れ、太陽が輝く蒼穹が世界に戻ってきたのだ。……こんなもんでどうだ?』

「おう、ありがとう。」

 アクアの話を咀嚼する。

 光を放ち、闇を打ち払う。

 なんとも勇者らしい、派手なやり方だ。英雄というのはそんなもんなんだろうか。

『ちなみに、勇者はしばらくこの世界に残った後に、ウェントスに伝言を残して『元の世界に』戻ったようだ。……前に話した時も思ったが――『似ている』な。』

 アクアが、低くそんな風に呟いた。

 アクアの話を聞いた時、俺は驚愕でのけ反った。

 勇者は、この世界から見て――『異世界から』来たのだ。

 そして、それは、アクアの言うとおり、今の俺に『似ている』。

 さて、物語の中の符号を見つけて関連付けるのが魔術師の性なわけだが……この関連性を手繰っていくと……魔王は……もしかして……。

『ご主人様。考え事をしている最中に申し訳ございませんが、どうにも地上の様子が変です。』

 考え事に没頭していると、クリムから声をかけられた。

 俺は思考をいったん中断し、クリムが8本あるうちの1本で指し示した方向を見る。

 そこは、黒い豆粒のようなものが密集しているように見えた。

 それは不規則にわらわらと動きながらも、一定の方向に進んでいっている。

 その進行方向には……壁があった。

「――――っ!」


 その黒い豆粒の塊のようなものは、恐らく大量の『魔族』。

 その場所はストリーグスだ。特徴的な、急峻な山が見えるから分かる。

 その、魔族の集団が向かっている場所は、壁。


 そう、大量の魔族が群をなして――『人間の領域に押し寄せている』のだ――っ!

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