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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
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水龍

 八つの口から放たれる急流のごときブレス。他の龍とは比べ物にならないほど『範囲』に特化したそのブレスは、まるで『津波』を連想させた。

 しかも、放たれた場所は、広大な洞窟とはいえ屋内。逃げる場所も少なく、また散ってくれる範囲も狭い。上に逃げようにもある程度限定されるし、水中でまともな行動が出来ない俺たちには不利な状態だ。

「あああああっ!」

 クロロが前に躍り出て、剣と盾を地面に突き刺す。すると、俺たちを守るように砦が出現し、その津波を防いだ!

「ナイス!」

「さんきゅ!」

 俺とミリアはそう言って、『ビッグジャンプ』でその砦の上に跳び乗る。ウルリクムミの時と違って高さは10mほどだ。

 そのまま、砦の上から、俺は『グリントアロー』を、ミリアは『トルネード』を放つ。

 光の矢は一直線に、竜巻は周りの水を吹き上げながら水龍に襲い掛かる!

『カアァッ!』

 水龍は竜巻を『噛み潰し』、光の矢をブレスで逸らした。さらに残った首からブレスが俺たちに向かって直接放たれる!

 そのいくつものブレスは、遅れて砦の上に乗ったレイラが魔力を込めた矢を放ち、相殺することで防ぐ。

 その間にミリアは砦から水龍の側に降り……『空中を走る』!

 あれは、この前のウルリクムミとの戦いで使った、空中多段ジャンプ戦法からミリアがインスピレーションを得て生み出したオリジナル魔法。

 名付けて『エアステップ』。自分の進路上に空気の塊を生み出し、それを飛び石にして空中を移動する魔法だ。ミリアは身体能力も高いため、飛び石の間隔はかなり広く、その分移動速度も速い!

 一瞬で水龍に迫ったミリアは、両手に持った2本の剣に魔力を注ぐ。すると、『テンペスト』の刀身には風が、『ライトニング』の刀身には雷が、それぞれ現れる。

「やあああっ!」

 ミリアは最後に思い切り跳び、一気に水龍の頭上に移動する。重力に従ってそのまま落ちていくとともに、両手の剣を上に構える。

『くっ!ちょこまかと!』

 水龍はそう言うと、落ちてくるミリアを迎え撃とうと、ブレスを放ったり噛み付こうとしたりする。

 迫りくる攻撃を、ミリアはアクロバティックな動きで躱す。時折『エアステップ』で作った脚場で落下の軌道を変えつつ、首の根元に迫る。

 だが――あの攻撃は避けられない!

 ミリアの死角から、水龍の大顎が迫る!このままだと――!

「それっ!」

 横から叫び声が聞こえた。いつのまにか自身の生み出した砦に乗っていたクロロは、何か大きなものを投げた後の姿勢になっている。

 ミリアに迫る首が――大岩と衝突し吹き飛ばされる!

 今の大岩はクロロが投げたものだ。ミリアを守るため、とっさの機転で動いたのだろう。

 クロロの機転によって救われたミリアは、そのまま水龍の首の一つを――斬り付ける!

『グウウウウッ!?』

 水龍が苦しげな声を上げて暴れ出す。ミリアはそれに巻き込まれないよう、すぐにこちらに戻ってくる。

 斬られた水龍の首からは、鮮血が噴き出していた。かなり深く斬られていたようで苦しそうだ。

「追撃だ!」

 苦しんでいる隙に攻めさせてもらう!

 俺たちは砦の上から上級攻撃魔法を連発し、追い打ちをかけていく!

『調子に――――っ乗るなあああああっ!』

 圧倒的な破壊によりボロボロになった水龍が、八つの首を持ち上げ、上を向いて咆哮する!

 瞬間、水龍を中心に周りの水が間欠泉のように吹き上がる!

 その圧倒的な『物量』によって、俺たちの攻撃はすべてかき消され、届かなくなる。

『他の3体を従えただけのことはある……恐ろしい力だ……。だがっ!そうやすやすと負けるわけにはいかない!』

 瞬間、吹き上がった水は暴れ出し――上から、『水の粒』が降ってきた。

 この水の粒は、吹き上げられた飛沫だけではない。

 上を見上げると……洞窟内にも関わらず真っ黒な『雲』が頭上を覆っていた!

 そう――この水は『雨』だ。

『水龍!お主、水と暗黒属性だけのはずだろう!?なぜ『天空属性が使える』!?』

『そうやっ!天空属性はワイの領域のはずやで!なんで貴様が使いよる!?』

『ちょっと水龍ちゃん、説明してくれるんでしょうねっ!?』

 さっきの一斉攻撃に使っていた象徴武器から、龍たちの詰問の声が聞こえる。

 そう、雲を生み出す魔法は……天空属性の領分だ。水と暗黒属性のみの水龍には使えないはずだ。

 けれど今、確かに水龍は魔法で雲を生み出した。

『水は余の領域。生物は普く水の恩恵によって生き、その身体のほとんどを水に委ねる。』

 しかし水龍は、それに答えず、低く呟いているだけだ。

『余は水を支配する者。ならば……この場所を水だらけにしてやればよい!』

 だからこその、雨か。今まではブレスと魔法と湖の水だけだったが、上からも絶え間なく水が降ってくるようになった。

『その雲は我の力ではない。この湖の底で『見つけたもの』の力だ。』

 水龍の言葉を吟味する。湖の底で見つけたなにかしらの効果か……。確かに、、魔道具は、自分に適性がない魔法でも発動できる便利な道具だ。だが……ここまで強力で広範囲に及ぶなんて……どれほどのものだ?そんな強力な魔道具なんて……俺が持っている象徴武器並じゃないか。

『さて……ここまで楽しませてくれた礼だ。余が司る、水の力……見せてやろう!』

 水龍がそう叫んだ瞬間――冷たかった空気に、鋭さが宿る!

「頭上を塞げ!」

 俺はとっさに指示をした。それぞれ、魔法で頭上を一瞬にして塞ぐ。

 少し遅れて――俺たちの頭上を守るものに、『鋭い音』を立てて雨が降り注ぐ!

 これは――雨の一粒一粒が鋭い槍の先端のように固くなっているんだ!

『まだだっ!』

 さらに追撃が加わる。水龍の周りを踊り狂っていた湖の水が、大量にこちらに押し寄せてくる!さらに水龍の八つの口から急流のようなブレスも放たれる!

 後ろもダメ、前もダメ、上からも襲い掛かってくる。この領域全てに俺たちを傷つける槍の雨が降り注ぎ、さらに、全てを飲み込み押し流さんばかりの大水まで迫ってくる。

「ミリア!クロロ!雨を俺たち2人分まで防げ!」

 俺は思いついた方策を実行すべく、2人に指示を出す。この物量を押し切るには――俺の力だけでは足りない。

「「了解!」」

 2人は声を揃え、勢いを増す雨を俺たちの分まで魔法で防いでくれる。

 そして――

「レイラ。協力してくれ。」

「――はい。」

 俺は、隣にいるレイラに指示をする。ストレージで杯を取り出し、迫りくる暴食の大水を睨みつける。

 あの量は俺だけでは制御できない。ならば……この世界でも屈指の水魔法の使い手――レイラと一緒に立ち向かう!

 レイラは自分の頭上を守るのを止め、迫りくるの大水の制御に注力する。

 俺も、大水に杯の飲み口を向ける。

 2人で、協力して大水の制御をする。荒れ狂う大水は、少しずつ、その形を変えていく。

 そう――杯の飲み口に向かって!

 俺とレイラが、繋がる感覚がする。2人でリンクし、魔法と魔術によって水を制御する。

 いつのまにか、俺とレイラは手を繋いでいた。思考を、魔力をリンクしやすくするように。

 繋がれた手を伝って、レイラの魔力が俺の中に、俺の魔力がレイラの中に流れ込む。そして、混ざり合い、より強大な魔力となる。

 その魔力は――すべて水の制御……否、


 水の『支配』に注がれる!


「「――――ッ!」」

 俺とレイラの口から、言葉にならない叫びが飛び出す。

 大水はついに飲み口に収束し――吸い込まれていく!

 激しい音を立て、洞窟が崩れそうになるような轟音を立て、水が吸い込まれていく。それは――天井を覆う水の粒の塊……雲も例外ではない。

 雲は、大水は、雨は――すべて、杯に『飲み』尽くされた!

『グウッ!?『水の支配』が奪われただと!人間の若造2人にか!?』

 水龍は狼狽え、憤る。本来自分が支配するはずだった水の支配を『全て』奪われたのだから。

 もはや、水龍の攻撃手段から水を使ったものは一切なくなった。雲を生み出すことも出来ない。

『くっ!だが……水がなくとも戦える!』

 水龍の首が、こちらに近づいてくる!一つでも相手するのが相当難しいのに、それが八つ。水がなくとも、まだ脅威は去っていない。

「三人とも、頼むぞ!」

「「「了解!」」」

 だが、ここまでくれば対策が立てれる!予め伝えておいた作戦の決行を、ここで伝える。

 砦を消し、それぞれ微妙に濡れた地面に足をつき、水龍と対峙する。

 斬り付ければ硬い鱗で防がれ、噛み付かれたら魔法で防ぐ。そんな、一進一退の攻防が繰り広げられた。洞窟の中は次々と壊れていき、周りには瓦礫が積み重なってくる。

 そんな中、レイラに1つの首が迫る。レイラは超容量鞄から赤い液体が入った小瓶を取り出し――それを水龍に放り投げる!

『ウグォッ!?』

 レイラは完璧な状況を作ってくれた。

 レイラを追った首は――『淼皇の門を通っている』!

『こ、これは――なんて毒だ!?』

 水龍が呑み込んだのは、レイラの切り札の1つである九尾の血。それも、小瓶丸ごとだから、毒を支配する暗黒属性を司る水龍でも、解毒には時間がかかる!

『ヌゥッ!余に毒を用いるとは舐められたものだ!』

 苦悶の声をあげながらも、水龍はあの猛毒を解毒する。そのスピードは恐ろしく早い。

 だが――


「これだけあれば十分だ!!!」


 俺はそう叫び、ストレージで『布都斯魂剣ふつしみたまのつるぎ』を取り出す!


 そして――


「あああああああああっ!」

 それを振りかぶり――斬り付ける!


『グアアアアアアアアアアアアッ!』

 水龍は今までにない苦しみの声を上げ、俺が斬りつけた場所から鮮血を噴出した!

 さらに俺は別の首を、まるで豆腐を切るかのように次々と斬り裂いていく!

 ミリアの剣ですら、全力を出してやっと斬れるレベルの水龍を、ここまで簡単に斬れる。

 布都斯魂剣は切ることに特化した剣ではあるが、それでもミリアの剣よりは性能は断然低い。

 では何故なのか。

 それは――俺が魔術を使っているからだ。

 日本神話において、八岐大蛇は素戔嗚尊すさのおのみことによって打ち倒される。

 その際、素戔嗚尊が使った剣の名前は『布都斯魂剣』、長さは『十束』――握りこぶし10個分だ。

 八岐大蛇が持つ八つの首を、八つの門に分けてそれぞれに『八塩折之酒やしおりのさけ』という強い酒を呑ませ、酔わせてから討伐したのだ。

 俺は、戦う前から――実はというと布都斯魂剣を作って貰ったころから、水龍が八岐大蛇ではないかと予測していた。

 その間の数カ月で、俺は少しずつ八岐大蛇対策を考えた。無駄になるかもしれなかったが、無駄になったらなったで大した実害などない。

 そんな風に、長いこと練った魔術は――成功した。

 素戔嗚尊は俺。八岐大蛇は水龍。布都斯魂剣は長さも名前も同じ、俺が持っている布都斯魂剣。門は淼皇の門、八塩折之酒は九尾の血――大量のアルコールは一種の毒ともとれる――だ。

 長いこと考え、ここまでぴったりと符号を揃えた以上――この魔術の効果は絶大となる。

 その効果はただ一つ――素戔嗚尊おれ八岐大蛇すいりゅうを打ち破る。

 イグニスでベイオルフ、ウェントスで神による怪物退治、テッラでハンプシャーの龍の騎士。

 そして――これが日本の龍殺し、素戔嗚尊による八岐大蛇退治だ!

 勢いに任せ、八つの首の根元を全て斬り裂いた俺は、攻撃の手を止める。切断するのは憚られたので、そこまで深くは斬らない。

 湖は、水龍の鮮血が大量に漏れ出て、すっかり真っ赤に染まっていた。

『……見事だ。まさか余を打ち破るとはな……。』

 水龍の覇気のない声が洞窟の反響する。さきほどまで響いていた轟音が嘘のように静まっている。

『余を眷属にしてくれ。先に使っていた杯に宿ろう。』

 水龍は多くを語らなかった。俺は杯を取りだし――

『……すまん。忘れていたことがあった。』

 構えたところで、水龍に止められた。

 水龍は、湖の中から巨大な尻尾を1本出す。

『この尻尾の中に、湖の底で拾った雲を生み出す剣がある。斬って、中から取り出すと良い。』

 そう言われて、俺は遠慮なく尻尾に向かう。湖の方に出ていて足場がないため、俺はピーターパンの魔術で飛行し、尻尾を斬る。

 すると、中から一振りの刀が出てきた。布都斯魂剣よりは長く――それでいて、輝きが違う。

 形状としては太刀。見た目や輝きは――『八咫鏡』とそっくりだ。

「これが雲を生み出す剣か……。」

『そうだ。この湖の底にあったのだ。使えそうだったので保管しておいたのだ。』

 水龍が補足を入れる。

 水底、八咫鏡と同じ輝き、雲を生み出す、八岐大蛇から出てきた――確定だ。

「これは『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』だ。」

 別名――『草薙の剣』。八岐大蛇の尻尾から出てきた剣で、雲を生み出すといわれている――『日本三種の神器』の一つ。八咫鏡と同じ、『ヒヒイロカネ』で出来た神剣。

 持っただけで分かる。気を抜いたら中てられそうなほど強い魔力を内包している。

 俺はそれを手に取り、じっくりと眺めた後……ストレージでしまった。

「さて、じゃあ契約をしようか。――ほらよ。」

『……契約完了だ。』

 そして、そんな短いやり取りを終える。

 すると、水龍の身体が光輝き―そのまま杯に吸い込まれていった。


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