地底湖
ここから先、話の中に伏線をばらまいていきます。
物語の展開の都合、展開予測コメントを感想欄や活動報告でされると困りますのでご遠慮ください。
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「はやかったな……。」
俺の呟きが薄暗い洞窟の中に反響する。
今、俺たちがいる場所は、オルケストラ大陸の北端、地底湖の入り口だ。
あの日から、たった5日でここまで着いた。クリムのスピードと持久力、そして戦闘能力は凄まじく、鬼駿馬だったクリムの数倍のスピードを保ったまま、襲いくる魔族を蹴散らす、という一騎当千の活躍をした。まぁ、今は洞窟の中だから外で待ちぼうけを食らわせてしまっているが。
また、あの夜空の元でレイラと言葉を交わした翌日から、彼女は絶好調だった。快適な馬車に座らず、クリムの背に跨り、四方八方から襲いくる脅威を流鏑馬のように射貫いていった。
そういえば、ミリアの様子が変だったが……どうにも関わるのは嫌な予感がするのでやめておこう。
さて、ここが水龍が住まうといわれている地底湖か。地下である以上息苦しいイメージだが、かなり広大だ。外とほとんど変わらないかもしれない。
この地底湖は、湖がいくつもある広大な洞窟だ。規模が大きなプール施設のように、いくつもの湖がある。
「ギャアオオオオ!」
そして、その湖の中には、水竜――ウンディーネが生息している。
蛇のような見た目で蒼い鱗を持つ。サイズとしてはシルフぐらいだが、体の半分ぐらいは水の中に潜らせ、湖の中から水のブレスを中心とした攻撃を仕掛けてくる。固定砲台のようなものだ。
レイラが、すぐ横の湖から姿を現したウンディーネの頭を狙って、即座に矢を4本放つ。
その矢は、それぞれ両目と眉間、それと開け放たれた口から喉を貫き、あっという間にウンディーネの成体の命を奪う。
「ウンディーネには水属性はあまり効かないはずよね……?」
ミリアが頬をぴくぴくさせながら、風を操ってウンディーネの死体をこちらに引き寄せる。
ウンディーネは水属性の竜である以上、当然水属性の攻撃に対して耐性が高い。そうなると、レイラの矢じりに高速振動する水を纏わせて貫くやり方は相性が悪いはず。だが、結果としてはウンディーネはなすすべもなく命を落とした。
これは、レイラが矢に込めている魔力が相当強力であることの証明だ。ウンディーネですら抵抗できないほど大きな魔力を込め、放っていることになる。
レイラの愛弓である『インフロウ』は、使用者の意志に応じて、送った魔力を増幅したうえで矢に込める。レイラの場合適性は水属性だけのため、魔力を込めたら当然水属性になる。魔法手袋の効果も相まって、適当に魔力を送るだけでも、その矢は相当高い魔力が込められるわけだが……レイラの魔力は規格外だ。ある意味、ウンディーネ程度で抵抗できないのは仕方がないのかもしれない。
引き寄せ、解体している間にもウンディーネは何匹も現れる。俺たちが安全に解体できるよう、レイラはそれら全部を射貫いていく。
「うーん、キリがないな。」
ウンディーネの素材は、他の竜に比べてはるかに貴重だ。ストリーグスの中でも人間の領域から一番離れている以上、それは仕方のないことではあるが。全体的に見て、水属性の人が『竜装備』であることが少ないのはそのためだ。
よって、今回はなるべく倒したものは回収しようと思っているのだが……水の中から引き上げる分手間がかかるし、解体のスピード以上の間隔でウンディーネがレイラの矢に射貫かれにくる。堂々巡りだ。
そう思っているうちに、ようやくウンディーネの自殺大会は幕を閉じた。恐らく、レイラの強さに気付いて敵対するのをやめたのだろう。
「さ、回収回収。」
クロロが宝の山がある、と言わんばかりに嬉しそうに解体していく。これだけあれば、それこそ一生遊んで暮らしてもおつりがくるほどの金が手に入るだろう。
「……こんなに回収しても、俺たちはどうせその金を使いきれないわけだが……。」
「それは言わない約束ですよ、アカツキさん。」
俺の呟きを聞いたレイラが、気まずげに目を逸らしながら俺を窘めた。
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地底湖を進んでいくと、今までとは比べ物にならないほど大きな地底湖がある区画に入った。そこは、まるで何かが祀られているかの如く大きな部屋になっている。
その先が見通せないほど広大な地底湖の手前に、深い青をベースとして黒い飾りで彩られている立派な門が立っていた。
これこそが、水龍を祀る『淼皇の門』だ。かつて勇者が魔王を封印した直後、魔族と魔物の力が極限まで弱まったころ、ストリーグスと人間の領域の境目にある砦と同じように急ピッチで建てられた門だ。
「さて、これに触ると、開いて水龍が現れるんだったな。」
「……もうすっかり慣れちゃったわね。」
「なんだかあのころが遠く感じますね……。」
俺の呟き聞き、女性2人が苦笑するような声色で呟く。レイラが言っているのは、あの火山のてっぺんの話だろう。あの時は確かにびっくりしたよ。
「……どこから現れるかも、なんというか、分かりやすいね。」
クロロも苦笑気味だ。どう考えても、目の前の広大な湖から出てくる未来しか見えない。イグニスとウェントスも、思い出してみれば意外性のないところから現れたな。予想外だったのはテッラか。
『……我ら龍の神聖性も、この4人の前だと形無しだな。』
出しておいた焔帝の杖から、イグニスの呟きが響く。
「どれ、じゃあ早速っと……。」
俺は淼皇の門に軽く触れる。すると、門はひとりでに重々しい音を響かせて開いていった。
俺はその開いている間に、磐主の円盤を取り出し、魔術を使う。
門が完全に開いた段階で、俺たちの前には土で出来た2mほどの高台が立っていた。全員で無言のままその壁によじ登り、湖を観察する。
湖は底が見えないほど深く、澄んではいるが、あまりにも深くて黒く見える。黒に近い藍色の水は、それだけで吸い込まれてしまいそうだ。
静かに揺れている水面、冷たい空気、静謐ながらも水が跳ねる高い音が響く薄暗い洞窟。神秘的で、静かな空間だが――その緊張感を孕んだ空気が、崩壊する。
静かに揺れていた水面が、突然激しく波打つ。何か、大きなものが水底よりせり上がり、暴れているような波だ。
そして、その激しい波は、湖の中だけにとどまらず、こちらに押し寄せてくる。
向かう先にあるものを喰らい尽くさんばかりの激しい波は、油断していたら飲み込まれていただろうが……予めそれが予見できていた以上、こうして高台を造ってその上に乗って回避することが出来る。
激しく、まるで地獄にあるといわれる血の池のように波打つ水面。その奥に見える深い藍色が、突如黒く変わり、それが大きくなってくる。
その『影』は恐ろしく巨大だ。この広大な湖の中だからこそ棲めるのかもしれない『影』は、一際激しい波を起こして、勢いよく水面に現れる――!
俺はとっさに魔術を再度発動し、高台の高さを上げる。
予想通り、今までにない高さの波が押し寄せてきて、ついさっきまで俺たちがいた場所を超える位置まで波が迫っていた。あのままだったら、俺たちは暴食の波に呑まれていただろう。
水底より姿を現したのは、深い深い藍色の鱗を持つウンディーネ。ただし、サイズは成体よりも巨大で……それが『8匹』いた。
『余の『淼皇の門』を開きし者は誰だ。』
遠雷のような低い声が、洞窟内に反響する。それだけで圧されてしまいそうなほどの、巨大な体と声。
水の上には、見上げるほどの巨大な柱のような竜が8匹――否、あれは1体の『龍』だ。
八つの首を持つ水の龍……日本神話に出てくる洪水を象徴する龍神――『八岐大蛇』だ。
イグニスは西洋龍、ウェントスは東洋龍、テッラはワーム、そして目の前の水龍は複数の首を持つ『八岐大蛇』。全てが、地球の神話や伝承に残されている龍だ。
今までの龍と竜の関係から、俺は水龍が『八岐大蛇』であることはある程度予測出来ていた。それにしても……ここまでぴったり当てはまるだなんてな。
「開けたのは俺だ。もう他の龍3体は従えた。後はお前を従えてコンプリートだ。」
てっとり早く名乗る。
『ほう、あいつらを従えるような人間が、『あれ』のほかにいたのか。……確かに気配を感じる。全員従えたと言う事は、偶然では勝ったわけではないだろう。』
遠雷のような声が響き渡る。恐らく発しているのは一つの口からだろうが、反響のせいか、色々な方向から話しかけられているように感じる。
水龍が突然、剣呑なオーラを放った。戦う気満々だ。――龍は長い間眠っていたせいか、揃いも揃ってバトルジャンキーになっているのも経験則で理解している。俺たちはいつでも戦えるよう、構える。
『それならば面白い。貴様の仲間もろともかかってこい。――余はあいつらとは少々毛色が違うぞ!』
水龍は――八つの口すべてを大きく開き、全ての首をしならせた――!