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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
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噛ませ犬

 八本脚の馬と言えば、やはり思いつくのは『スレイプニル』だ。

 北欧神話の主神オーディンが駆り、天を駆けると言われている神馬。北欧神話に関する絵に描かれているスレイプニルは芦毛(白っぽい毛の色)だが、クリムはその逆といってもいい色だ。

 血のような赤と、黒と、ダークレッド。このどちらかといえば黒寄りの毛並みは、北欧神話がモデルになっているワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』に登場する、オーディンがモデルになった神ヴォータンが駆る八本脚の神馬に近い。これのモデルは明らかにスレイプニルだが、こちらの毛色は黒。クリムに近いだろう。

 今までの赤よりも黒に近くなった。クリムゾンの略であるクリム、と呼ばなくなることを少し危惧したが大丈夫そうだ。

 それよりも問題なのが、


「ご主人様方、お嬢様方。不肖クリム、これほどの力を頂き、お仲間の末席に加えていただいた御恩を忘れず、これからもご奉公させて頂きます。」


『……。』


 キイイイヤアアアアシャベッタアアアアア!状態だ。なんかもう成体の竜なんかとっくに越えているレベルの強さっぽいし、しかも『人語を喋る』のだ。

「なんでまた急に喋れるようになったんだろうな……。」

『進化して知能も上がったんとちゃうん?魔族レベルやな。』

 助けを求めてウェントスに聞く。さっきはイグニスだったから、今回はウェントスにしたのだ。テッラは……飛ばしていいか。

 さて、八本脚の禍々しい巨躯を誇る神馬が隣で喋っているが、何はともあれ昼食だ。驚きで空腹を忘れてしまっているが、それでも食べないわけにはいかない。

 クリムには進化したご褒美だといって、大好物の肉をあげた。あれならストレージに掃き捨てるほど入っているから、まだまだ大丈夫だろう。

「……なんか非常識にも慣れてきましたね。」

 干し肉を齧りながらレイラがボソリと呟いた言葉は、やけに俺たちの心に残った。

             __________________

 クリムの脚力は恐ろしかった。脚が増えたことで、単純計算で2倍のスピード。さらに膂力もかなり増強されていて、もう景色が見えないほどの速さだ。

 それでいて、クリムは賢く、馬車を揺らすような走り方をしない。元々皇帝に頼んで馬車の性能もよくなっているし。

「……一週間はかかる予定だったけど、こりゃあ明日には砦に着くぞ。」

「……なんとなく今日には着きそうな気がするけど。」

「う、うーん、さすがにそれは無いと思うけど……。」

「ちょ、ちょっとクリムさんに聞いてみましょう!」

 馬車の中でこんな会話が交わされる。平和だ。

「クリムさん、もしかして、このままのペースだと今日中に砦に着きますか?」

 レイラが身を乗り出して尋ねる。

「ご主人様方やお嬢様方が望まれるなら可能でございます。これでも大分スピードを落としております故、スピード調性のご注文があったらなんなりと。いかようにもお応えします。」

 頼もしいバリトンボイスで返事が返ってきた。ミリアの予想が当たっていたようだ。

 それにしても、このスピードでかなり手加減しているのか。……数カ月かかると思っていた水龍の住処も、これは数日で着きそうな気がする。

             __________________

「嘘だろ……。」

 今、俺の背後には見上げるほど高く、端が見えないほど長い砦がある。

 俺たちが今いる場所は、人間の領域を守護する砦を越えた先。地獄とも称される、魔族たちの巣窟『ストリーグス』だ。

 本当に日が暮れる前に着いた。今日の予定としては、日が暮れるころまでストリーグスの中でも砦に近い辺りを偵察。日が暮れたら一旦ブラースに戻って野宿、といった具合だ。もしかしたら砦を守護してくれている帝国軍の詰め所に泊めてくれるかもしれないが。

「邪魔です。汚らわしい野良魔族。」

 クリムは凄かった。まず大体の『魔族』がクリムのスピードについてこれないし、ついてこれたとしてもクリムが魔法で一蹴する。

 鬼駿馬は魔法が使えなかったはずだが、どうやらクリムは使えるらしい。聞いてみたところ、天空属性ならほぼ全部使えるそうだ。

 今まで人間の領域に現れた魔族は、灰色の肌をした悪魔みたいな奴と、人狼と、天邪鬼、それにイフリートとウルリクムミぐらいしかみていない。悪魔と人狼は魔族の中でも個体数が多いそうだ。

 このあたりで現れる魔族は『キメラ』だ。普通の魔物と違って個体ごとに性質がバラバラで、色々な動物や魔物を合成したような感じだ。頭が豚で尻尾が蛇、胴体が馬だったりとかシュールなものも多い。

 当然強力だったが、近づいてくるものをクリムが片っ端から蹴散らしていく。俺たちも戦う覚悟は出来ているが、あまりにも拍子抜けだ。

「ご主人様方、お嬢様方、お気を付け下さい。今度は少しばかり苦戦しそうです。」

 ずんずん砦から離れてキメラを駆逐していると(死体は全部ストレージで回収している。)、クリムが少しばかり固い声でそんなことを言ってきた。

 すると、空を黒煙が覆い、光が遮られた。

 そして、

「――――――ッ!」

 と甲高く、不快で、恐ろしい鳴き声が響き渡った。

 そして空から巨大な影が降りてくる。

 即座に魔法でそれを視認した時、正体がわかった。

 胴体は虎、手足は狸、尾は蛇、頭は猿の魔族だ。そいつから発せられるオーラは、さっきまでのキメラとは訳が違う。

「『鵺』だな……。」

 日本の有名な妖怪だ。『平家物語』では、突然現れる黒煙と気味の悪い鳴き声で天皇を大層怖がらせたと言われている。

「私の可愛い部下たちを屠ったのはお前らか?」

 さっきまでの、甲高い声とは違う、腹の底に響くような低い声で問いかけてくる。

 なるほど……四天王ほど強力ではないが、こいつは魔族の中でも強力な部類だろう。恐らく、このキメラたちのボスだ。

「レイラ、あいつを射落としてくれ。」

「はいっ!」

 ゆっくりと降りてくる鵺をレイラが射掛ける。

「ぐおっ!?」

 不意打ちに対応できず、鵺の身体にレイラの強弓から放たれた矢が突き刺さる!そのまま鵺はフラフラと地面に墜落する。

「ふんっ!」

 その墜落した鵺を即座に馬車から離れたクリムが目にもとまらぬスピードで追いかけ、そのまま踏みつぶす。

 そのまま……鵺はピクリとも動かなくなった。

 力強い蹄の音を立てて、口に鵺の死体を銜えてクリムが帰ってくる。

「レイラお嬢様、まことにありがとうございます。」

「いえ、これぐらいならいつでも。」

 鵺の死体をペッと放り投げ、レイラに深く頭を下げるクリム。それをレイラが撫でる。

 一応魔術は使っていたが……それがなくても勝てたな。

 『平家物語』の鵺は、怪物退治を天皇から命じられた二人によって殺されている。片方は弓の名手で、もう片方は武芸に優れていたそうだ。

 黒煙とともに現れた鵺を、弓の名手が射掛けて落とし、武芸に優れたもう一人が捉えて殺したのだ。

 この場合は、鵺はまんま鵺、弓の名手がレイラ、そして武芸に優れた人がクリムが当てはまる。

 そもそも、鵺は有名で見た目も凶悪だが……黒煙を出して不気味な声で鳴くだけの妖怪。大した悪さも無くやられていることから分かる通り……とても『噛ませ犬』なのだ。

「……魔族ってもっと恐ろしいもののはずなんだけどなぁ。」

 クロロが頭を掻いて呟く。

 空を見ると、黒煙は晴れつつあった。

鵺・魔族側の風属性の四天王の候補だったがあえなく除外された不憫な妖怪。そして実際にある物語でも不憫な存在。当然の帰結として本作でも不憫な扱い(噛ませ犬)として大抜擢される。


11月27日、散々読者の皆様をお待たせする理由となっていた新作を投稿します。ぜひご覧ください

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