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魔術師の異世界ラプソディー  作者: 木林森
10章 祈りは力となりて理を支配する(ハンド・オブ・ゴッド)
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進化

 その後は変わったことも無く儀式を終え、そのままトロンボを出発する運びとなった。

 向かうは北、ストリーグス方面。魔族が跋扈する世紀末状態の地獄。

 そこを突っ切り、人間の領域から一番遠いところにある、水龍の住処に向かう。

 移動の中心は当然馬車。鬼駿馬のクリムが引いてくれるおかげで楽ちん……といいたいところだが、ここで問題が発生する。

 今までいた場所とストリーグスとでは、そこらで出てくる敵のレベルが別世界じゃないかと思うほど強い。具体的に言えば、一番弱いものでも竜の成体程じゃないにしても、幼体ぐらいは強い。魔族で上位種ともなれば、成体の竜を相手とれる種類もいるだろう。

 今まで移動してきた場所は、大体がクリムが安全に過ごせるような場所だ。渓谷や砂漠のような竜が出る地域には連れ込んでないし、それ以外の場所だったらクリムは大体敵なし。だからこそ、俺たちはほとんど動かず楽に旅ができたのだ。

 だが、ストリーグスは、そこにいる敵すべてがクリムを圧倒する強者たち。そんな中を、クリムが移動に耐えられるはずはない。

 そんなわけである程度対策を講じなきゃいけないわけだが……それが悩みどころだった。

 馬車の中でうんうん唸っていると、

「アカツキさん。別にそこまで悩まずとも、ストリーグスにつくまでまだ時間はあるんですし、ゆっくり考えましょうよ。」

 とやわらかな笑顔を浮かべてレイラがそう言った。さらさらの長い金髪が、レイラが微笑んで首を少し傾けたことで、さらりと揺れる。

「それもそうだな。ゆっくり考えよう。」

 レイラの言葉に一理あると感じ、俺は思考を放棄して、今朝城で貰った新聞を広げる。

 そこの一面には、昨日のウルリクムミの件がデカデカと載っている。そこからあと3ページぐらいはその記事だった。

「おう、クロロ、話題になってるぞ。」

「や、やめてよ恥ずかしいなぁ。」

 その中で、『身を挺して巨大な砦を出現させ仲間と国を守った可憐なる騎士』に関する特集が組まれていた。ウルリクムミと同じぐらいの大きさだったクロロの砦は、遠くから見てもその凄さが感じとれたのだろう。「避難中にあれを見て希望がわき出してきました」、「もうダメだと思っていましたがあれのおかげで生きる意志が蘇りました」、「遠目に見ていてもその凄さが分かるほどの魔力でした」……というのが避難していたり、遠くから見た一般人の感想。

 対する、帝国軍に取材した結果がこちら。「天使と見紛うほどの可憐な猫人族だった」、「身を挺して守り気絶したその姿はまさに騎士にふさわしいものだった」、「騎士のありようを改めて感じさせてくれた」、「結婚したいほどの美少女だった」などだ。軍の中にはクロロが男だと伝わっている人は少ないらしいが、最後のコメントを新聞に載せるのはどうだろうか。そして記事の最後には、この巨人を倒したパーティーは、最近巷を騒がせている、10代後半の少年少女の4人パーティー、というところまで書かれていた。

 クロロは頬を染めてはにかんだように笑う。

「なんというか……悪目立ちしちゃったかな?」

「そんなことないわよ!クロロは凄いわ!」

 クロロが自信なさ気にそう言うと、ミリアがうっとりした表情でクロロを擁護する。…………今後の展開が気になるな。

 俺はその様子を生ぬるい目で見守りつつ、ページをめくる。

『魔族と関係ありか!?強大になった竜の謎に迫る!』

 一面記事にも負けないほどの派手なレイアウトで見出しが書かれている。

 なんでも、数か月前にはサラマンダーが、その後にシルフが、そしてここ数日前にノームがかなり強力になったらしい。最近魔族の活動も活発化し、またそれぞれの竜が強化されたタイミングでは、その直前に巨大な竜――『龍』と噂される――が目撃されている。これらを無関係とするにはあまりにも出来過ぎで、これは、魔族が活発化した中、人間にとって良いものか悪いものか。

 と書かれていた。そしてその後には、これが良いものである、悪いものである、と主張するそれぞれの有識者によるコメント、さらにカレンダーにてこれに関連すると思われる出来事が書きこまれている図が載せられていた。

「…………なぁ、これって俺たちが原因?」

 心当たりがありすぎる。

「「「…………。」」」

 3人の表情が固まる。とくにカレンダーの図を見て。これらは全部、俺たちがやってきたことだ。

「困ったときには偉大なる先人……人じゃないけど先人に頼もう。」

 俺はそう呟いて、3つの象徴武器を取り出す。焔帝の杖、嵐王の短剣、磐主の円盤だ。それぞれの属性に対応した龍がここに収まっている。

『アカツキたちが聞こうとしていることは分かっている。竜がなぜ強くなっているか、だろう?』

 代表してイグニスが答える。どことなくテッラが喋りたそうだったが、絶対五月蠅いので無視する。

『まず、我ら龍がアカツキの眷属になったことで能力が上がったのは知っておるだろう?』

 うん、それは前々から聞いていたな。確かに、強くなっている気がする。

『その理由についてだが、ある程度差がついている相手の眷属になると、その差に応じて能力が底上げされるのだ。人間は魔物を眷属にすることを使役テイムと表現していたな。』

 うん、それも聞いたな。つまり俺とイグニスたちの間には差があると言う事だが……イグニスたちの強さを見ているとあまり実感はわかない。

『さて、それぞれの属性の竜だが、それらは皆、我らの眷属なのだ。もはや種族単位で、今後も世界が終わるまで、子孫代々この関係は続く。サラマンダーは我の、シルフはウェントスの、ノームはテッラの眷属であり続ける。それは、たとえ直接契約を交わしていない生まれたばかりの子供でっても例外ではない。』

「へぇ、そうなのか……。」

「あの言い伝えは本当だったんですね……。」

 レイラが言っている言い伝えは、『竜は龍の眷属』というあれだろう。大分前――イグニスに会う前――に聞いたが、それは本当の事だったようだ。

『そういうことだ。竜は我らの眷属で、我らはアカツキの眷属。つまり……間接的ではあるが、竜はいまやアカツキの眷属でもある。』

「……あっ。」

「「「……。」」」

 俺はそれに気づき、3人とも無言で頷いた。

 間接的ではあるけれど、俺が竜全部を眷属にしちゃったから……竜全部の力が強化されていると。そういうことか。

「……てことはイグニス。もしかして、俺ってウンディーネ以外の竜に命令できるのか?」

『可能だ。なんならここに全部呼んでシンベで見たような滅茶苦茶な踊りをさせることも可能だ。』

「誰がするか!?」

 たまに冗談言ったと思ったらそれかよ。地獄絵図過ぎる。

「確か命令は口頭じゃなくても伝えようと思うだけで伝わるんだよな?」

『うむ。』

「じゃあ自衛以外で人を襲わないように指示しとく。」

 自分の眷属が人を殺しました、というのは寝覚めが悪い。自衛なら問題ないが、それ以外は別にいいだろう。

 伝われ、と考えると本当に伝わる感じがした。

「……てことはさ、もしかして、成体とかだと上級魔族に対抗できるほど強くなってたりする?」

 四天王は格別にしても、魔族には恐ろしいものが沢山いると聞いている。それらレベルで強くなっているとなると……今後、何か役に立つかもしれない。

『ふむ。……昔の経験からして、今はどうだか知らんが、数千年前なら中級ぐらいと対抗可能だな。』

 十分だ。いい情報を聞いた。

「……アカツキさん。」

 会話が終わったタイミングで、レイラが話しかけてきた。

「なんだ?」

「もしかしたら……クリムさんをアカツキさんの眷属にすれば、魔族に対抗できるほど強くなるのでは……?」

 レイラのその提案に、俺たち3人は固まる。

「「「…………あっ。」」」

『……それぐらい思いつきなさいよぉ』

『アホやな。』

 俺たちの間抜けな声に、テッラとウェントスが呆れたように呟いた。

             __________________

 昼休憩のために街道沿いに停車し、早速実践してみる。

「そういえばさ、1匹の魔物が複数人の眷属になる事って可能?」

『ほとんどないが、可能と言えば可能だ。クリムの様子からして、4人全員と契約してくれると思うぞ。』

「おお、クリム、そんなに俺たちに懐いてくれてたのか。」

 イグニスの言葉に感激し、4人でクリムの立派な馬体を撫でる。するとクリムはブルルッ、と嬉しそうに啼いた。

「さて、じゃあ契約しちゃいましょう。」

 ミリアがそう言って、クリムの鼻面を撫でる。するとクリムは最初に俺たちを認めた時のように、静かに脚を畳み地面に座った。瞬間、クリムの体躯が光に包まれ……大きくなった。

 光が晴れると、そこには一回り立派になり、より逞しく、そして毛並みの色が濃くなったクリムがいた。

「一回の契約でここまで進化させるとはな。……さて、次はクロロお願い。」

「ん、分かった」

 ミリアの強さに興奮を覚えつつも、クロロに指示する。ミリアと代わってクリムの正面に行くと、座ったままのクリムの鼻面を撫でた。

「僕とも契約してくれるかい?」

 クロロがそう言ってほほ笑んだ瞬間、クリムは小さく頷き……また光に包まれる。さらに馬体は逞しく、大きくなり、毛並みは禍々しいダークレッドになる。

 ミリアに続き契約成功。この段階ですでにSランクに該当するほどの力を秘めていることが感じ取れる。竜の成体(進化する前の状態)複数が相手でも勝てそうだ。

「クリムさん、私とも契約してくれますか?」

 今度はレイラがクリムの正面に回る。クリムは同じように頷き……さらに進化を重ねた。

 いまや、その巨体は軍馬も驚くほどだ。横から乗るのに少々苦労しそうな大きさになる。

「さてと、最後は俺だな。」

 レイラと入れ替わり、正面に着く。瞬間、クリムは目の色を変えて立ち上がった。鬼駿馬の恭順の意である、脚を折って座ると言う行為をしない。はたから見れば俺だけ契約失敗だが……俺はそれを全く疑ってなかった。

 クリムが目に宿している意志は、紛れも無い忠誠と恭順。俺の前では、座っていることすら失礼だと感じたのだろうか。俺自身にそんな価値があると思えないが……そう思ってくれているのなら、素直に喜ぼう。

「さぁ、クリム。俺と契約してくれ。」

 クリムの顔を見上げ、俺はその鼻面を撫でる。かなり立派になり、今やこの世に2頭といない名馬になったクリム。そんなクリムは、(最初からそう思ってはいたが)胸を張って誇れる仲間だ。

 クリムは俺の目をじっと見つめ……静かに、けれど、力強く……頷いた。

 瞬間、クリムの巨体が、今までにないほど激しい光に包まれる!

 その光は、今までよりも大分長く続く。その激しさは、思わず目を覆ってしまうほどだ。

 ドクン、と、低く、熱く、力強く、脈打つ音が聞こえた。

 その音は3人とも聞こえていたようで、胸を押さえている。

 これは……クリムの心音だ。

 その鼓動は少しずつ力強く、早くなっていく。

 鼓動が早くなるたびに、体温が上がっていくのを感じた。

 クリムの進化に、俺たちの身体が呼応している。そう感じるほど、体温は上がり、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 パアアァッ!と、より光が激しくなった!

 進化が――終わる。

 その一層激しくなった光は……徐々に、弱くなり、クリムに収束していく。

 そしてついに光は収まり……進化したクリムの姿が現れる。

 体躯は、巨大ではあるがそう変わってはいない。ただ、脚も体もより筋肉質になり、がっしりとしている。顔はより厳つくなり、目は鬼のように鋭い。毛並みは艶やかであり、色は禍々しいダークレッド。尾は毛の本数が多く、一本一本にまでその溢れんばかりの力強さが行き渡っているかのように揺らめく。その鬣は血のように真っ赤で、見ただけで根源的な畏怖が沸きあがてくる。そして――その立派な体躯には、漆黒の大きな翼が生えてきていて、バサリ、と激しい音を立てて一つ羽ばたかせる。


『ヒイイイイイヒヒイイイン!』


 力強く、高く、クリムは哭く。後ろ足で立ち、体を力強く浮かせ、天まで響けとばかりに上体を反らす。

 

 その力強い脚は……八本に増えていた。

こうしてまた、規格外は生まれるのであった。

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