騎士
長らく投稿できず申し訳ございません。前回投稿してから一ヶ月が経つ前に更新しておきます。
また、長らくラプソディーを書いていなかったせいで、ラプソディーの文章の癖が抜けていて、別の癖があるかもしれません。ご了承ください。
では、長らくお待たせした続き、どうぞ。
「あれはなんだ!?」
ブラース帝国の帝都、トロンボは大騒ぎだった。
理由は、西の方に天を突くほど大きな人影が突然現れ、ここへと『歩いてきている』からだった。
「速やかに避難してください! けれど慌てないで!」
新人の騎士が、我先にと他人を押しのけて門に殺到する住民たちに注意を促す。ただ、その注意に耳を貸す者はおらず、また、本人もあの人影に並々ならぬ恐怖を抱いていた。
「……あの巨人が再び現れたか……」
そんな帝都を高いところから見下ろし、西の方に視線を移して、小さく呟く老人がいた。刻まれたしわは深く、髪の毛も白くなってはいたが……その目はギラギラと鋭く輝いていた。
「……そうですな。あれは恐らく魔族……それも、かなり上位のものでしょう」
その横には、分厚い豪奢な装備に身を包んだ、彫が深い顔立ちの、2mにも及ぼうかと言う大男。それから漂うオーラは、まさしく『強者』のそれだった。
二人が思い出しているのは、十年ほど前に起こったある事件のこと。
突然現れた天を突くほどの巨人が、辺境の小さな村を滅ぼしてから消滅した、という事件だ。
「なぜ、今になって急に出てきたのか。なぜ、あの時は小さな村を滅ぼしただけだったのか。……まったく、魔族のやることは予想がつかん」
老人は煩わしげにそう言うと、煌びやかな服を翻して窓から離れる。そして、部屋を出る瞬間、豪奢な鎧を着た大男に向かって命令する。
「特別討伐軍を編成し、即座に脅威を殲滅せよ」
「御意に」
大男はゆるやかな、それでいてだらしなさを感じさせない堂々とした礼を返す。
この二人は、このブラース帝国の中でも要となる人物。
老人は現ブラース帝国皇帝。そして、大男は――ブラス帝国軍軍団長、ヘラクレス・パウエルだ。
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ウルリクムミ。
ヒッタイト神話に出てくる岩の巨人。神々の王位の座からおろされたクムルビが、再び王になるために創り出したと言われている。その頭は神々が住まう天上まで届いたとされ、神々を苦しめた。
鬼、龍、九尾、天邪鬼、人狼、イフリートと来て……こんな怪物まで出てくるのかよ。
しかも、クルミ――ウルリクムミは、自分の事を魔王に仕える四天王だと言っていた。
つまり――あのイフリートにも匹敵、またはそれ以上の力を持っていることになるのだ。
「くそっ! まさかこの『ゴーレム』までいるなんて!」
俺は、後ろから追いかけてくるウルリクムミに向かって魔法を放って牽制しながら歯噛みする。
「ゴーレム!? あれがゴーレムだっていうの!?」
クリムが全力で走っているため、ひたすら揺れる馬車に乗っているせいで必要以上に声が大きくなったミリアが問いかけてくる。
「こっちの、魔法を吸収した核にまわりの物が集まってできるタイプのゴーレムじゃない。あれは……俺が住んでいた場所で一般的だったゴーレムだ」
額に『אמת(真理)』と書くのは、ゴーレムをもっとも象徴する特徴だ。土や岩で作った人形の額に『אמת(真理)』と書きこむことでゴーレムが出来る。
ウルリクムミは、クムルビによって創り出された岩の巨人だ。つまり――ウルリクムミも、一種のゴーレムだと言えるだろう。
奴を刺激してしまった俺たちは、現在逃げている最中だ。向こうの方が圧倒的に速いだろうから大した距離は移動できないだろうが――少しでも距離を稼げれば上々だ。
俺たちは今、このブラース帝国の首都――帝都トロンボに向かっている。ここには、この世界最高と謳われる、ブラース帝国軍が待機しているはずだ。俺たちだけで戦うのは安全とは言い難いため、なるべく近づいて向こうの援軍が来やすいようにしている。
「クロロ!」
「分かった!『フォーリン』!」
クロロの名前を呼ぶだけで、やってほしいことを感じ取ってくれた。
ウルリクムミが踏み出した地面が、突然大きく陥没する。
地属性上級魔法『フォーリン』。大きく地面を陥没させることが出来、ああいった巨大な相手の足止めに有効だ。
「ォォォォォオオオオオオ!」
ウルリクムミが唸るような声を上げ倒れる。瞬間、恐ろしいほどの地響きに襲われ、さしものクリムもスピードを緩めた。
「今だ!」
地面と馬車が激しく揺れて狙いが定まらない中、俺たちはウルリクムミに一斉攻撃を仕掛ける。
俺は魔法を連発し、レイラは矢を一気に放ち、ミリアは双剣を突きだして竜巻をぶつけ、クロロは大岩をぶつける。
そのどれもが結構な威力を秘めているはずだが……ウルリクムミの身体を部分的に崩すだけで終わった。
「くそっ、やっぱりだめか……。」
ウルリクムミは、そのあまりの強大さに神々の攻撃も歯が立たなかったと言われている。それと同じように……こいつにも聞かないようだ。
呟いている間にも、もう崩れた部分は周りから吸収されて元通りになっている。
「クロロォオォォォォォォオォォォオオ!」
体勢を立て直したウルリクムミは、その視界に収まらないほど巨大な腕を横なぎに振ってくる!
「「あああああああっ!」」
俺とクロロは声を合わせ、それを受け止めることを瞬時に選んだ。あまりの長さにとてもじゃないが躱せないし、このままだと全員道ずれだ。
クロロはぐっと身をかがめて盾を前に突出し、さらにその前に分厚い壁を魔法で出す。
俺は磐主の円盤を自分の前に構え、岩を生み出してクロロのよりも遥に分厚い壁を造る。
ガゴガゴガゴッ!
クロロが生み出した壁が次々と、障子紙のように壊されていく。
ドガッ――ガゴンッ!
次に、俺がテッラと円盤に力まで借りて生み出した分厚い壁は、一瞬耐えるも、すぐに崩壊する。
そして――――ガキンッ!
クロロの盾と、ウルリクムミの腕が衝突する。
硬いものをぶつけ合った金属質な甲高い音が響き渡る。
「っ!」
クロロは歯を食いしばり、身をかがめ、全身に力を入れてそれを受け止める。
攻撃の圧倒的な質量によって、クロロの足が地面をえぐる。そこを中心に地割れが発生し、地形が変わる。
そんな状態でも……クロロはそれを受けきった。
「離脱だ!」
完全に勢いが止まった腕を尻目に、俺は即座に駆け寄ってクロロを回収して馬車に戻る。今の一瞬のやり取りの間に、大分先に進んでいた馬車にピーターパンの魔術による飛行で、文字通り飛んで帰る。
「クロロ、大丈夫!?」
心配そうに、涙目になったミリアが即座に一番高いポーションを取り出し、クロロに慌てながらも優しく飲ませる。
「ミリアさん……ありがとう」
クロロは喘ぎ喘ぎの声で、優しくミリアに微笑みかけてお礼を言い、立ち上がる。
「ワタシノクロロトナカヨクスルナァァアアア!」
馬車の隙間からその様子が見えていたようで、ウルリクムミが怒声を上げる。その腕を振り上げ、地面に叩きつけると――こちらに大岩がいくつも飛んできた!
「ウェントス!」
俺は嵐王の短剣を取り出して横に振る。すると、馬車を守るように激しい風が吹き、迫ってくる大岩を吹き飛ばした!
「マダマダァアアア!」
立ち上がり、こちらに走ってくるウルリクムミ。その一歩は長大で、かなり開いていた間が一気に縮む。
そして、その走るついでに地面を蹴り上げ、そのめくれた地面をこちらに飛ばしてくると言う荒業を混ぜてくる。それらを防ぐのも大変だし、あいつが動いたり蹴り上げたりするたびに激しい地震が起こる。このせいで、クリムは全速力で走れなくなるし、俺たちもそれによってバランスが崩れてしまう。
こちらの攻撃は全く意味をなさず、向こうの攻撃はすべてが有効打で、一発でも喰らえばお終い。そんな理不尽な状況だ。
「来ました!」
ずっと前方――帝都の方向を見ていたレイラが、少し上ずった声でそう言った。俺には遠くの方に黒い塊が動いている程度にしか見えないが……レイラには、あれが装備に身を包んだこの世界最強の集団、ブラース帝国軍として見えているのだろう。
「よし!あと少し――っ!」
少し目を離したすきに、ウルリクムミはもう目の前まで来ていた!
「コォオオオオロォオオオオスゥゥウウウ!」
ウルリクムミは大きく腕を振りあげ、こちらに落としてくる!
これは――――――避けられないっ!
回避不可、防御不可――!あの攻撃じゃあ龍たちを顕現しても難しいぞ!
万事休す――そう思った時、馬車から、重装備に身を包んでいるにもかかわらず、クロロが身軽に飛び出したのが見えた!
「殺させない!お前に奪わせない!みんなは……大切な人は――『僕が守る』!」
クロロは激しい表情でそう叫び――手に持っている剣『アバランス』と、クロロの象徴ともいえる盾『シュバリエ』を、地面に突きたてた!
瞬間、凄まじいまでの魔力の奔流が沸き起こる!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
激しい地響きとともに、恐ろしいほどの魔力が込められた『砦』が大地からせり上がってきた!
ガゴッ!
その砦は、あの恐ろしいまでの質量を誇るウルリクムミの振り下ろしを――激しい音を鳴らしながらも、『びくともせずに』受け止めた!
「――チャンスだ!」
それを見た俺は、ここで畳みかけることを瞬時に決断した。
テレパシーで一方的に三人に作戦を告げ、実行に移すべく、俺は空をできるだけ高く飛ぶ。
俺が全力で飛んでも、まだ上が見えないほどに、その砦は高かった。
「コレハ……クロロ!ナンデクロロ!?ナンデコンナカベデワタシヲキョゼツスルノ!?」
ウルリクムミが戸惑う。
そう、この砦は――クロロが創り出したのだ!
ギリギリの状況まで追い詰められたクロロは、その大量の魔力を作って――俺たちを守るべく、『砦』を造った。
騎士として――『守り手』として。
俺はもうすでに、地面にある馬車が黒い点に見えるほど高いところまで上がっている。
はるか下では、レイラが限界ギリギリまで『ラピッド』の効果で高く飛ぶ。
そして、そんなレイラの元に――超高速で、ミリアが『跳び上がる』!
「ミリア!」
「レイラ!」
二人は、昔からの信頼し合える親友同士として、抜群のコンビネーションを発揮する。
ミリアは『ビッグジャンプ』で高く飛んだレイラの元へ跳びあがり――レイラが腕を突きだして上に向けた手のひらを足場に、まるでサーカスの大ジャンプのようにして『ビッグジャンプ』を使って『もう一度高く跳び上がる』!
そんなミリアは――真っ直ぐ俺の元に来ていた!
「それっ!」
今度は俺が手のひらを使った踏み台となる。三回目の『ビッグジャンプ』で、とてつもない高さまで上がったミリアを見上げ、俺はそれに向かって嵐王の短剣で強風を起こす。これでもっと高く飛べるはず!
そして、ミリアはついに――クロロが創り出した『砦』の上に降り立つ。
「あたしたちは、皆で力を合わせて――お前を倒す!」
ミリアは衝撃を殺すように、着地の瞬間に膝をかがめる。その動作は……より高く飛ぶための『タメ』に見えた。
「クロロが頑張ってあたしたちを守ってくれた!そして――こんどは、クロロの力がお前を倒す!」
ミリアはそう叫び、最後の『ビッグジャンプ』を使う。
「ああああああああっ!」
ミリアは気合を入れるように叫び、『テンペスト』を、攻撃の予備動作として『引く』。
「ストーカーはとっとと消えなさい!」
ミリアの身体は、真っ直ぐに『ウルリクムミの額』に向かう!
「クロロは――あたしのもんだあああああああ!」
ミリアは喉が嗄れんばかりに叫び、ウルリクムミに迫る!
「ウルサイダマレアバズレバイタァアアア!」
ミリアの叫びに激情したウルリクムミは、そう口汚く叫びながら、体の一部を砕いてそれを投げつける!
空中を飛んでいるミリアには防御手段も回避手段も無い――!
ミリアにあたるか――そう思った瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
と地鳴りのような音が再び聞こえてきた。
それとともに、クロロの『砦』はさらにせり上がり、厚みも増して――ミリアに襲い掛かる大岩を防いだ!
「ありがとっ!クロロッ!」
ミリアはそう言って、引き戻した『テンペスト』に嵐のごとき風の奔流を纏わせ――額に突き刺しす!
ガリガリガリガリッ!と凄まじい音が響き、ウルリクムミの額が削れていく。
それは、こちらからみて右側の部分――『אמת(真理)』の『א』の文字が血のような赤で書かれている部分だった。
そこは大きく削れて……その文字は消え、額に刻まれるのは『מת(死んだ)』となる!
ゴーレムを生み出すには『אמת(真理)』のを額に刻む。そしてゴーレムを壊すには――一文字削って『מת(死んだ)』に書きかえればよい――!
そして……ヒッタイト神話でウルリクムミを倒したのは――『嵐の神』だ!当然その嵐の神の配役は――ミリア!
「ソンナ……ナンデ……ナンデヨォ!クロロロオオオオオオオオオオオ!」
額の文字が削られたウルリクムミは、そんな叫び声をあげ――ガラガラ、と音を立てて崩れ去った。
ここで、伝承の中にいるある男のように、崩れたゴーレムの岩で圧死するようなことはない。
なんせ……クロロの砦が、俺たちを『守って』くれているから。
ガラガラ……と音がまだ聞こえる中、見上げるほどの高さから、魔法で華麗に着地して見せたミリアは……顔を赤らめながらも、笑顔で、魔力の使い過ぎによって半ば気絶していて……それでも、意志を示すように立ち続けているクロロに向かって走り寄る。
そして、優しい笑顔を浮かべ……クロロを、そっと、『抱きしめた』。
「ありがとう……クロロ……」
ミリアがそう小さく呟くと……クロロの身体から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。ミリアが地面に落ちないように受け止める中、砦はクロロに同調するように力を失っていき――崩れて、落ちていく途中でそのまま魔力の供給が立たれ、消えていく。
それを傍から見ていた俺は――崩れ落ちる直前、クロロが口を動かしたのが見えていた。
口を動かしただけで、声は出ていないが――その動きで、俺はクロロが何を言ったのか、分かる。
『皆を、ミリアさんを……守れて……良かった……』
今回はストーリーに整合性を持たせるため、神話を少し魔改造しております。そ、それでも別の話と合わせて魔術っぽくしているからいいよね!?