巨人
拝啓
魔術師の異世界ラプソディーにエターの足音が迫る今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
というわけで久しぶりの更新です。新作書きための一章がようやく終わりました。
エタらせません、死ぬまでは。
それと、すこしグロテスク注意です。
うかつだった。
完全に油断をしていた。ストーカーの執着と言うのは、そんな生半可なものではない。
『……。』
俺たち四人は警戒し、冷や汗を垂らしながらクルミを睨む。クロロは引き気味で、顔を青くしていた。
「もう、クロロったら。これは鬼ごっこ? それとも、かくれんぼ? ふふふ、こっそり始めちゃうなんて、まだまだ子供だね。」
クルミの目はただクロロばかりを見ていて、そんなことを楽しそうに口に出す。
「その3人は一緒に遊んでくれるお友達かな? あはは、クロロと仲良くしてくれてありがとね。でもごめんね、ちょっとクロロとは久しぶりだから、二人きりでお話ししたいの。クロロの『お友達』なら、分かってくれるよね?」
語りかける対象は俺たちだが、視線をクロロに固定しながら、クルミはそう言った。
お友達、の部分を強調して、仲間や恋人のような深い関係ではないだろう? というプレッシャーをかけてくる。
「……クルミ、だったか? 残念ながら、今から俺たちが行く場所はとてつもなく危険な場所だ。一般人のお前を連れて行くわけにはいかないんだ。」
恐怖で固まってしまっているクロロではまともに相手出来ず、レイラやミリアはあまり交渉が得意ではないので、俺が会話の先陣を切る。
「へぇ、そうなんだ! クロロったらそんなことが出来るようになるまで強くなったんだね!凄いね!」
微妙にこちらが望んでいない返事をクルミはしてくる。
やっぱり、厄介なパターンだ。自分に都合の悪いところは無視し、入ってくる情報はすべて脳内で都合よく捏造される。これもありがちなものだ。
「ねえねえ、これからいくところに私も連れて行ってよクロロ!クロロと別れてからのお話が聞きたいなぁ、って思うの!ずっと寂しかったし、夜は昔クロロが着ていた御下がりの服の匂いをかいで、ずっとクロロの事を思っていたんだよ?こんなに大好きなのにずっと会えなかったんだもの。代わりに、その間の事を色々聞かせてよ。」
レイラが後ずさりし、ミリアがうぇ、と呻く音が聞こえる。クロロはさらに恐怖で縮こまってしまった。
「……だから、これから行くところは危険な場所なんだ。連れていけないし、正直迷惑なんだよ。」
ここで、直接的な言葉を浴びせて見せる。
いきなりここまで進めると向こうは逆上することが多いため、最初から少しずつ、言葉で拒絶の意志を見せる割合を増やしていくのがコツだ。
「ねぇ、それってクロロが言ったこと?本当に?クロロが私の事を迷惑だなんて思うはずがないじゃん。たかだかお友達止まりのくせして、私のクロロの気持ちを分かったように言わないで!ねぇクロロ、そうだよね?私とこれからずっと一緒だよね。ごはんも、冒険も、寝る時も、お風呂も、トイレも……ずっとずっと、一生離れないよね?私のクロロは、私が危険な目に遭っても愛をこめてかっこよく守ってくれるはずだよね?」
……失敗した。もう少し段階を踏んでいくべきだったかもしれない。
焦れて、余計に語調と空気を荒くするクルミは、光が感じられない虹彩で、暗い笑いを漏らしながらクロロに近づいていく。
硬い地面の上を、クルミが足音を立てて近づいていく。
「私のクロロ、私のクロロ……もう離れないよね?」
ペタッ
「ずっと、ずっと一緒だよ……?」
ペタッ
「二人だけ、二人だけでずっと過ごそうね?」
ペタッ、ペタッ
「子供は何人欲しい?出来る限り一杯がいいよね?だって二人の愛の結晶だもん。」
ペタッ、ペタッ、ペタッ
「あ、でも二人きりじゃなくなっちゃうかぁ。じゃあ、生まれたらすぐに殺しちゃって、また新しいのを作って殺しちゃって……それがいいね!」
ペタッ、ペタッ、ペタッ、ペタッ
「そうなると……やっぱりこのお友達は邪魔だね。なんかそっちの薄汚くて下品な売女とは仲良さそうだったし……騙されてるんだよね?」
ペタッ、ペタッ、ペタッ、ペタッ、ペタッ
「だったらもう、いっそ全員殺し――」
「いい加減にしろよ!」
クルミの言葉に、ついにクロロの感情が爆発した。
滅多に見ないクロロの激昂に、レイラとミリアは目を丸くしている。
「そもそも僕は君のものなんかじゃない!僕は僕であり、誰のものでもないんだ!」
クロロの顔は青いままだったが、それでも心の底から叫ぶ。
「それに、ミリアさんアカツキさんやレイラさんを殺す!?そんなこと、冗談でも言わせない!みんな、僕の大切な仲間なんだ!それを一方的に、人の話も聞かないで、独りよがりに何でもかんでも決めつけるな!」
クルミは怒り出したクロロを、ただぽかん、と見つめている。
「僕自身が何も言っていないから関係ない?だったら、僕の口からはっきりと言ってやるよ!それで諦めてとっとと帰れ!」
クロロはそう叫ぶと、ここまで空気が動く音が聞こえてくるほどに息を吸った。
「邪魔だ!迷惑なんだよ!」
クロロの叫び声の残響と、荒く呼吸をする音だけが聞こえる。
「う……そ……。」
そこに音を加えたのはクルミ。目からは涙をぽろぽろと流し、そんなことを言っている。
好きな相手に拒絶され、泣いている……そんな場面だったら同情すべきだが……俺たちは、寒気がするほどの『危機感』を覚えていた。
「そんなのウソだよね?たダのジョウダんだよネ?」
クルミの身体から放たれる『魔力』が……尋常じゃないほど『増幅』されていく。
「クロろガわたシのこトキョゼつなンかシナいヨネ?」
溢れ出る魔力が、ついに耐えきれる臨界を突破した。
「クロロがソンなことイウナンて……やっぱリダマサレテルんだそうなンダゼッタイソウダ!」
その声は不快感を覚えるほど高くなっていき、ついに最後は金切声となる。
「ソンナンダッタラ――ソンナンダッタラ――ゼンブケシサッテヤル!」
クルミはそう叫ぶと――
――包丁で自分の右手首を切り裂いた!
手首からは容赦なくどす黒い血が溢れ、その服、肌、地面を侵食していく。
「アハハ!アハハハハハ!クロロガヨゴサレチャッタソレナラゲンインゴトケシサッテヤル!」
クルミはそう叫びながら、手首の傷口に、
どちゅり、
と音を立てて指を『突き刺した』。
「モウクロロハヨゴサレナイクロロハワタシダケノモノ!」
血塗れた指先を、おもむろに額へと持っていき、字を書く。
その額に刻まれた文字は……
「っ!?」
『אמת(真理)』
「モウジャマモノハイナイ!ゼンブゼンブケシチャエバイインダ!」
その時、ズズズズ……と地鳴りが聞こえてきた。
それと共に、クルミの魔力が爆発的に上昇する!
「『アノトキ』ミタイニ!!!」
ガラガラガラガガラ!
クルミの叫び声と同時に魔力が一気に溢れ出し、それと共に、地面が『めくれて』クルミへと『集まる』。
クルミの身体はその地面『だったもの』に押しつぶされ見えなくなるが、それでもまだ地面『だったもの』は積み重ねられていく。
いくつも、いくつも、見上げるほど……『天を突く』ほど!
「逃げろ!」
固まってしまっている3人を馬車に押し込み、クリムを走らせる。
クリムは動物的本能で危機感を覚えているのか、俺の指示が出された瞬間疾走し出す。
「ニィィィガァァァサァァァナァァァイ!!!」
だが遅かった。
後ろからは、圧倒的な歩幅で、見上げてもその頂点が見えないほどの高さを誇る『土の巨人』がそんな声をあげて追いかけてくる!
「頼む!」
とっさに龍が宿っている3つの象徴武器を取り出し、追ってくる巨人に向ける。
その瞬間、それぞれの龍のブレスを想起させるような、炎、風、土が噴き出した!
「ムダムダムダ!」
だが効かなかった。くそ、やっぱり一瞬で発動出来るレベルの攻撃は効かないみたいだ!
「アノトキミタイニ、アノムラヲホロボシタトキミタイニ、ゼンブケセバモウオシマイ!」
『っ!?』
土の巨人がそう叫んだ瞬間、3人が何かに気付いたように声を漏らした。
俺も気づいた。クロロの村を滅ぼした土の巨人の正体はこいつ……クルミだ。
「マオウサマヲオタスケスルベクアラタナチノシテンノウトシテ『ユウシャノインシ』ヲケソウトアノチンケナムラニオモムイタ!」
魔王様をお助けするべく、新たな地の四天王として『勇者の因子』を消そうとあのちんけな村に赴いた。
「ケレド、ソコデウンメイノデアイヲシタ!ナカヨクナロウトセンニュウシタケド、ウスギタナイヤツラニクロロハウバワレタ!」
けれど、そこで運命の出会いをした。仲良くなろうと潜入したけど、薄汚い奴らにクロロは奪われた。
「ナラバソノムラビトヲケセバイイ!イマハソレトオナジ!ミンナケシテシマエ!」
ならばその村人を消せばいい。今はそれと同じ。みんな消してしまえ。
……そういうことか。
こいつは魔族の『四天王』……バジリスクの後を継ぐ、地属性の四天王だ。
それが『勇者の因子』とやらを消すために赴き、結果があれだと。
「くそっ……狂ってやがる。」
俺は悪態をつきながら、クリムを操りつつ巨人に立ち向かう。
「アカツキさん……ここで倒そう。」
クロロが、無理矢理絞り出すようにそんな事を提案してきた。
「……一応理由を聞こう。」
「あいつはこのままだとこの先向かう場所……ひいては世界中の人間を皆殺しにしそうだ。だったら……それを防がないといけない。……もう、あれに皆が奪われるのは嫌だ!」
俺が問いかけると、クロロは心の底からそう叫んだ。
「……よく言ったわクロロ。あのイカレポンチをここで潰しましょう。」
「そうですね。放っておくわけにはいきません。」
レイラとミリアもクロロに賛同した。
「……そうだな。……覚悟しやがれよ、『ウルミクムミ』。」
擬音語の表現はとある作家さんの影響が強いですね。
次は新作の書き溜めが完全に終わってからになると思います。