ヤンデレ
「あ、そうか!もしかして、照れてるんでしょ?んもう、クロロったら可愛いなぁ。」
その虎人族の少女は相変わらずうすら寒くなるような笑みを浮かべながらクロロに近づく。
「来るな!」
クロロは大きくバックステップをして距離を取り、怯えたように叫ぶ。
「もう、照れなくていいんだよ♪あ、一緒にいるのは冒険者仲間さん?うふふ、こんにちは。私はクロロの恋人のクルミって言うの。」
その少女……クルミは、クロロの恋人を名乗る。
クロロの恋人、と言った瞬間、ミリアが明らかに動揺して、目に涙を浮かべた。
「誰が恋人だ!このストーカー!」
クロロはそれを否定し、必死で拒絶する。あそこまで人に敵意を見せたことがあっただろうか。
「あーもー、クロロったらそればっかり。ほら、一緒にお家に帰ろう?久しぶりに一緒にお風呂に入ろうよ。」
「この歳になって誰が一緒にお風呂に入るんだい!?しかも一緒に入った事すらないよ!?」
クルミの発言にクロロが涙目で突っ込みを入れていく。そしてちょっとずつ歩み寄るクルミに逃げていくクロロ。
「話が進んでないぞ……。」
「同感です……。」
「ああ、あれが噂に聞くストーカーってやつね……。」
俺の呟きに、二人も同じような表情で続く。ミリアはあれがクロロの恋人でないと知って安心したのか、いつもの調子を取り戻していた。そして俺は、ストーカーという言葉と一緒に『ヤンデレ』という言葉を思い出したりもした。
「あ、ねぇ……もしかして、『また』女の子と仲よくなったの?ねぇ……それって誰かなぁ?」
「うぐっ!?」
クルミがクロロに問いかけた時、クロロは露骨に言葉を詰まらせた。そこからクルミは、クロロに仲がいい女性が出来たことを悟る。
「う、うふふ……いけないなぁ、私とクロロの蜜月を横からかっさらうクソ――は誰かな?もしかして、そこの下品な金髪?それともがさつそうな茶髪?……うーん、どっちもそこそこ可愛いから、クロロ騙されちゃったかなぁ?そうだ!」
途中で口にするのも憚るような悪言を口にしながら、恐ろしい解釈と共に懐から包丁を取り出して……
「どっちも死んじゃえ!」
素人とは思えないスピードでミリアに向かって突き出してきた!
カン!
金属と金属がぶつかったような音が鳴り響いた。
「……それはダメだ」
ミリアとクルミの間にいるのは、盾を構えたクロロ。包丁は枯れた木の枝のようにポッキリと折れている。
「何で……何で私を拒絶するの!?クロロ……クロロ……うわあああああああ!」
クルミはその光景を見て、涙をぽろぽろと流しながら問いかける。そして、少し時間を置くと、泣きわめきながらその場を走って離れていった。
「……怪我はないかい?ミリアさん。」
クロロは心配そうにミリアに振り返る。
「え、ええ……大丈夫よ……。」
「そうか……良かった……。」
クロロは安心したようにそう呟くと、疲れたような笑みを浮かべて、
「ちょっと、宿で説明するよ。」
と言った。
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「あの子はね、僕が育った村に途中から引っ越してきた幼馴染なんだ。」
クロロの説明は、そんな簡単な言葉から始まった。
「僕はホールンっていう小さな村で生まれてね。ずっとそこで暮らしてたんだ。僕が7歳くらいの時、そんな小さな村の近くの森で、クルミは見つかったんだ。服はぼろぼろだったけど、体に傷は無かったらしいね。それで、内の村でひとまず育てることになったんだ。」
クロロは顔を青くしながらも、何かに耐えるように説明を続ける。俺たちは心配であったが、止めるつもりはない。この話は、とても重要な話のような気がするのだ。
「それで、そんな小さな村だから同年代の子供は少なくてね。結果、一緒に遊んでいるうちにそれなりに仲良くなったんだ。」
ここまでは、多少奇妙ながらもほのぼのとした話だ。
「だけどね……クルミは、何故か凄く僕に執着し始めたんだ。まだ子供だったからそんなに深刻に考えなかったんだけど……それでも、だんだん怖くなってね。次第に、少し年が離れていても、別の人と遊ぶようになったんだ。そこから、もうものすごい形相で付きまとってきてね。一緒に遊んでいた子に危害を加えちゃうし、急に暴れ出しちゃうしで……結局、クルミは孤立したんだ。」
クロロはそこまで説明すると、超容量鞄から、茶色い小瓶を取り出し、中身を一口煽った。アルコール度数が低めの酒だ。
「ちょっとごめんね……ここから先は、お酒の力を借りないとちょっと辛いから」
そう言って、クロロはまた一口呷るとまずそうに顔を顰めた。これで小瓶の中は空になる。
「さて……ここからが本番なんだけど」
クロロは自分を慰めるように、あえて自虐的に、おどけたように話す。
「あれから数日して……村が一体の魔物に襲われて、壊滅したんだ。」
その一言で、場が凍りついた。レイラとミリアは同じような体験をしているからか、即座に顔を青ざめさせる。
「それは大きな……テッラの長さをそのまま高さにしたような、見上げても上が見えないほどの大きな土の巨人だったんだ。一歩歩いただけで、もう村はほぼ全壊したよ。踏みつぶされたり、歩いた振動で建物が崩れたり……。僕はそんな中、たまたま街の方に出かけていてね。村からはちょっと離れていたんだ。だから、こうして生きているんだよ。村から必死で逃げてね。」
最後の言葉は自嘲気味に、クロロはそう言った。
「そんな大きな魔物だから、普通はどこかに現れたら気づいてすぐ逃げ出せるはずなんだけど……『いきなり』村の近くに現れたんだ。離れていたところからでもその様子は確認できたけど……あれは異様の一言だね。地震が起こったかと思うと、地面がめくれあがって固まっていって、次第に巨人になるんだもん。」
クロロはそう言った後、今度は水を取り出して一口呷った。
「それは置いといて……それで、その村の生き残りが僕と、クルミってわけ。クルミも、僕とは目的が違うらしかったけど村を出ていて、運よく助かったらしいね。それで、不安からか何だかわからないけど、余計に僕に執着するようになってさ。一方、僕は村のみんなを守れなかった無力感を感じて、それを克服するべく冒険者の騎士になったんだ。以上、これで話は御終い。」
クロロは最後の言葉を、無理矢理作った笑顔で言った。ただ、その顔はすでに青いのを通り越して白く、今にも倒れこみそうだ。
「……事情は大体わかったわ。無理せず、もう休んで。……今日はあのストーカーが不安だから、アカツキの部屋で寝なさい。」
ミリアは真っ先にクロロの身を案じ、そう提案した。俺の許可は取っていないが、確認されるまでもなく部屋を共有するつもりだ。
「うん……心配かけてごめんね。」
クロロはゆっくり頷くと、弱弱しい笑みを浮かべてそう謝意を示した。
「いや、問題はないさ。気分が優れないときはゆっくり休め。」
「そうですよ、クロロさん。無理をしちゃいけません。」
俺とレイラはそう気にしていない事を伝える。
「そう……ありがとう。あ、そうだ……申し訳ないんだけど、この街一番の店で装備を作って貰いたいんだけど、代わりに行ってもらっていい?」
クロロは何かを思い出したようにそう呟くと、俺たちにお願いをしてきた。
「ああ、ここに来るまでに話してた装備の奴か。分かった、俺が言ってくるよ。効果の付与は出来る限り全部でいいんだよな?」
クロロの頼みに、俺は了承した。
ヤンデレはシリアスシーンなのに笑ってしまう……あかん……