オーバーキル
騎士たちの愚痴をしり目に、俺たちは魔法使い隊の訓練所へと向かっていた。運がいいことに、今日は何と、あの騎士団長にして現代最強の魔法使いであるヘラクレス・パガニーニさんが参加しているそうだ。今日の夜には出かけるらしいから、まさに幸運だ。
「しっかし、毎度思うがすっごい設備だな。」
俺は魔法使い隊の訓練所を見渡しながら思わず漏らしてしまう。先ほどから思ってはいたが……魔法使いはとくに練習に場所が必要だからか、特に広い。その中で(一方的に)見知った顔が、魔法使いたちに指導だか指示だかをしているのが見えた。遠くから見ただけでもわかるあの迫力……ヘラクレスさんだ。称号は数多くあれど、その中でもとくに有名な称号が『八魔』。その名の通り、何と無属性を除いたすべての属性に高い適性があるのだ。適性属性が2つあるだけでも御の字、3つあったらお祭り騒ぎ。そんな世界なのに8属性に適性があるのだ。俺は無属性を含めてすべて適性があるが、異世界人だから例外だろう。
彼の英雄譚にはこと欠かないが、何よりも有名なのは『魔族の超大群を単騎で撃退』したことだ。騎士団が全力を尽くせば魔族だろうが超大群だろうが撃退は可能だろう。しかし、彼は『単騎』で撃退したのだ。魔族は弱い奴でも1匹1匹が騎士団が多対一に持ち込まないと余裕を持って勝てない強さを誇る。それをただでさえ不利な超大群対一の状況で撃退したのだ。気になる人なんかは何故そんな状況になったのか、とまず思うだろうけどな。
その理由だが、実はよく分かっていない。ただ、状況の不自然さから、騎士団長の力を恐れた魔族がたまたま1人でいたところをピンポイントで狙ったのでは?との見方がある。魔族には多様な種類がおり、その1匹1匹が色々な能力を持っている。偵察特化の魔族がヘラクレスさんの動向を見て、いいタイミングで何かしらの移動に特化した魔族が大量に送り出したのだろう。
実際、ヘラクレスさん自身が『さっきまで何もなかった場所にいきなり魔族が現れた。』と証言していることから、まだ未確認の『転移魔法』でも使ったのかもしれないし、別の突飛な方法かもしれない。……まぁ、分からないことをいくら考えても無駄だな。
「お、あなたが体験希望者の方ですね。お仲間の方はこちらでご見学なさってください。」
魔法使いの一人がこちらに気付いてにこやかな顔で案内してくれた。その指示に従い、レイラたちは見学席へ、俺はその人についていく。うーむ、それにしても俺のこの魔法使いらしからぬ格好でよく見破ったな。
「事前に聞いていた通り、確かに変わった格好をしていらっしゃいますね。」
ついて言っているときにそう言われた。なるほど、事前に俺が魔法使いだと分かっていたのか。
「ええ、ちょっと戦い方がひねくれてるんですよね。」
俺も社交辞令気味にそう返す。実際、この世界から見たらかなりひねくれている。
本来、魔法使いは前衛の援護の元、後衛から支援砲火や止めの一撃などを担う。故に、装備はとにかく魔力の強化を目的としたものが多い。防御力などは一旦度外視されるのだ。
一方、俺は場合によっては近接戦や中距離戦も……というか実際は基本的にそれなのでこういった装備の選び方をする必要がある。レイラやミリアみたいに動きやすさ優先だが、防御力もある装備にするのだ。というのも、魔術師の時の戦い方がそんな感じだからだ。実際のところ、戦闘は1年に数回あれば多い方だが、訓練はかなり厳しかった。曰く、魔術師が命を落とすのはその少ない戦闘の機会らしい。
いろいろ話しているうちに、なんか水晶球みたいなが置いてある台座の前まで来た。
「こちらに、3秒間全力で魔力を流し込んでください。その量と、この後に行われる訓練体験の点数にていろいろやることが変わってきます。よろしいですね?」
と案内してくれた魔法使いが言ってきた。なるほど、これは魔力量を量ることが出来る『結晶』のようだ。割とメジャーなものだが、今まで量る機会が無かったからな。魔法手袋は外すべきか問いかけると、別につけていても問題ないそうだ。装備も含めて本人の実力、ってやつか。
「では、流し込みますね。」
俺はそう言ってその球を両手で包み込み、全力で流し込む。すると、
「危なっ!」
いきなり球が砕け散ったので俺は一瞬で手を放してその場から離れる。ガラスと同じような材質なので、破片に当たったら危険だ。案内してくれた魔法使いはぽかんとしている。
「あのー……俺、何かしました?」
俺はおずおずと問いかける。弁償とかやめてほしいな。
「い、いえ……あなたの魔力が多すぎたために、耐えきれなくて壊れてしまったのでしょう。弁償の必要はございません。」
なんとか口を開いて答えてくれる。良かった、大丈夫なようだ。
「それにしても……もの凄い魔力量ですね。それを壊すと言う話は、これで2回目です。」
と魔法使いが言う。
「その1回目ってやっぱり……?」
「騎士団長様のことです。」
ああ、やっぱりそうか……。それにしても、地球に魔術や魔法がほとんど普及していなくてよかった。普及していたら、恐らく俺はもっと弱かっただろう。
「まぁ、そんな非常識具合はもう慣れていますんで。では次のところに参りましょうか。魔力量については多すぎて測定不能ということで。」
魔法使いはそう言って、俺を先導した。その言葉にいろいろ突っ込みたいが、やめておこう。
「はい、こちらが今回体験していただく設備です。」
といって案内されたのが、ところどころに障害物がある大きな部屋。どうやら、この部屋は『サークレッド』で拡大されているようだ。
「そちらの人形が、今回の的です。」
といって示された場所にあったのがマリムバの村の祭で見た等身大の人形だ。ああ、懐かしいものを。
「あの人形が、随所随所に間隔を置いて出てきます。それらをこの部屋の中心から動かずに攻撃してください。最終的に、攻撃の威力や精度、速さや実戦での総合能力を見させていただきます。」
にこやかに魔法使いが説明してくれる。
「ただし、騎士である魔法使いが外側から割と容赦なく攻撃してきますので、それのダメージも食らわないようにしてくださいね。そのあたりも評価の基準です。あ、私たちは攻撃してはいけませんよ。あくまで人形のみです。」
というと、魔法使いは説明すると、会釈をして外側に行ってしまった。
これは、魔法使いとしての実力のほかに戦う人間としての実力も試されるようだ。あの口ぶりからして、人形が出てくるタイミングや場所も意地悪なのだろう。それと、今気づいたが障害物は鉄や鋼、さらにはオリハルコンやミスリルの塊だ。純度は高くない不良品だが、壊して視界を確保するのも難しいだろう。障害物は壊してはいけない、とは言われていないが、これは『壊せるものなら壊してみろ』って感じだ。表向きSランク冒険者とはいえ、一般人に厳しすぎないだろうか。……はたまた騎士団長を見ているせいでそのそばの人の判断基準まで高くなってしまったか、だな。
「それでは始めますよ。3,2,1、始め!」
そうアナウンスが聞こえた瞬間、様々な属性の攻撃魔法が飛んでくる。とはいえ、今はまだ下級魔法だ。
俺は『プロテクト』で防ぎながら、人形に魔法を叩きこんでいく。『テンペスト』、『ヘビーロック』、『バブルビーム』……様々な属性を駆使して攻撃していく。これは一種の魅せプレイというやつだ。ある目的があるからな。俺の魔法が撃ち込まれるたびに、人形は皆砕け散っていく。しかも、威力はオーバーキル気味だ。これも魅せプレイだ。
攻撃魔法が中級に移り変わり、激しさを増してきた。時折、俺の視界を奪って人形を助けるかのような軌道で飛んできたりもする。しかし、相変わらず『プロテクト』だけで防げるし、視界が奪われる程度で俺が攻撃チャンスを外すはずがない。『ハイパーウィンドサーチ』は発動済みだ。
複数の魔法を同時に無詠唱、という非常に便利なことが俺は出来るため、これぐらいなら余裕だな。ここは……一丁派手にやるか。
「それ!」
俺は魔力を大目に使った『テンペスト』で、人形でなく障害物を攻撃する。すると、通常より激しい攻撃が及ぶ範囲の障害物はすべて吹き飛び、砕け散った。魔力量が多いとこういった無茶が出来るからな。
「まだまだ!」
俺は全方位に向かって水属性上級魔法『ビッグウェーブ』を使って大きな波を起こし、周り一帯の障害物を流す。これほどの攻撃を出すには並の魔法使い隊の騎士なら20人は魔力切れになるだろう。
「よぉしまだまだ!」
俺はストレージで焔帝の杖と嵐王の短剣を取り出す。そして、焔帝の杖を地面に思い切り突き刺す。すると、
「いいぞいいぞ!」
地面から恐ろしいまでの規模の火柱が大量に吹き上がる。全部が『プロミネンス』だが、これを大分手加減した状態でも人形は砕け散る。いわば、必要のないこと。しかし、
「目立たなきゃな!」
俺はそう叫んで嵐王の短剣を天に突き上げる。すると、俺を中心に周りに向かって暴風と表現するのもおこがましいほどの風が吹きすさぶ。それは、火柱を巻き込んで、炎の嵐を随所で発生させた。その光景は爽快感や恐怖などを通り越して一種の芸術に見える。だが、その凶悪さたるや恐ろしい。なぜなら、これでこの部屋にある人形はすべて砕け散り、さらにすでに上級魔法に移り変わっていた攻撃魔法もすべて通さない。嵐王の短剣を上に突き上げるころには必死さがよく伝わってくる複数人協力魔法なんてのもやってきた。だが、それも羽虫を払うかのようにけし飛ばされていく。
「すみません!すみません!もう御終いです!分かりましたから!ね!?それでやめにしてください!」
『ビッグボイス』で大きくされた声が響き渡る。その必死さたるや、台詞を聞けば分かるだろう。俺はその声に応じて、全ての魔法を中断させる。これでもまだ9割ぐらい魔力は残っている。だが、前にミリアがイフリートへの止めでやったあれには足元にも及ばないが中々派手で強力な攻撃が出来た。
「う、ううう……その様子だと絶対あれだけやったのわざとですよねぇ……。」
若干涙目の先ほどの魔法使いが出てきて俺にそう言った。一緒に出てきた魔法使いも俺の言を怯えや疲労、少しの尊敬が混ざった視線で見てくる。あ、ミスリルゴーレムの時にいたコレアさんもいた。
「い、一体あれは何が目的なんですかぁ……?」
案内役の魔法使いがそんなことを聞いてきた。ちなみにこの人は女性だ。
「確か、この後は魔法使い隊の方1人と手合せでしたよね?」
俺はにやりと笑ってそう問いかける。
「そ、そうですが……。」
俺の意図を図りかねているのか、困惑した様子だ。俺はさらに口角を釣り上げて、
「なら……『騎士団長』と手合せさせてください。」
と言った。
果たしてアカツキの目的は何でしょうね。