弓使い
レイラの訓練が終わった。その後、俺の予想通りにフレメアさんはレイラに1対1の実戦訓練を申込み、レイラはそれを受けた。
「レイラ、殺されないでしょうね?」
ミリアが本気で心配している。
「ううん、何というか……あの人絶対危ないよね。」
クロロも相当心配しているようだ。
そんな中、俺はその光景を黙って見ていた。
「アカツキは何でそんなに落ち着いていられるの?」
ミリアが俺の様子に気づいて問いかけてきた。若干責めるような調子があるのは仕方ないだろう。
「確かにあの人は危ない人だし、とてつもなく強いだろうな。容赦もしないだろうし、レイラは苦しい戦いを強いられるだろうよ。」
俺は自分の考えを素直に伝える。
「だが、レイラがあの程度に殺される事なんかあるわけない。怪我をするかどうか、といったところだろ。」
俺はこの3人に対して、異常なまでの信頼を置いてしまっている。それは自覚しているが、だからと言って理性で抑えられるものではない。それは俺が抱えた『欠落』だ。
「まぁ、仮に危なくなったら……俺があの人を『殺して』でも止めるさ。」
最後の台詞は自分でもしまった、と思った。つい、3人の前だと口が滑ってしまう。
「本当にできそうだから怖いよ。」
「アカツキだったら行けるわね。」
2人は俺の言葉を受けて、安心半分、不安半分と言った感じだ。俺の姿勢を見て安心したようだ。ただ……
「ひいいいっ。」
後ろの騎士は俺の威圧感でガクガク震えていた。そこ、普通は騎士として止めるべきところだぞ。
「それじゃ、よろしくね。」
俺たちが話している間に、向こうも準備が出来たようだ。フレメアさんが戦闘用の装備で出てくる。
防具もそれぞれ軽装だ。かなり攻撃的である。だが、それ以上に目を引くのは……
「うわあ、思い切りゲテモノだ。」
クロロが本気で引いている。
まず目に付くのはその大きさ。俺の身長ぐらいある。さらに、見たところ弓の本体に使われている素材はサラマンダーの成体の牙、それをミスリルでコーティングしたものだ。相当丈夫なものだ。だが、それが『曲がる』ほどの弦の強さだ。あれは、普通に加工すら難しいのに、それが曲がるほど強く弓が張られている、ということ。普通は弦が切れそうだが、まだ大丈夫そうだ。怯えている騎士に尋ねてみると、涙目でしどろもどろながら答えてくれた。
何でも、シルフ成体の鬣と髭で、中でも特に丈夫なものを丁寧に織り込んだ逸品だそうだ。耐久度もかなりだが、魔法の媒体としても優秀だそうだ。彼女は火属性と風属性に適性があるらしい。
フレメアさんが、感触を確かめるために矢を一発的に放つ。ゴウ、とそれだけでものすごい音が鳴り、命中した的は『砕けた』。あれを引けるなんて、そうとう力も強いようだ。
それぞれが戦闘訓練の所定の位置――ギルドに登録した時の2次試験みたいに大小の岩が障害物としてあるステージの両端だ――につく。ステージ全体は魔法の障壁で覆われ、攻撃が外にそれないようになっている。
一瞬の緊張の後……
「それっ!」
一瞬にして矢をつがえたフレメアさんが、掛け声とともに、障害物を無視して矢を放った!
それは矢じりに炎、その外側に槍のようになった風を伴って一直線に進む!
「ううん、いつもこれはダメだなぁ。」
それは、ステージの『真ん中』ぐらいで、数々の岩に勢いを殺されてしまって止まった。
「うわ、すごっ!」
ミリアが驚きの声を上げる。その威力を見たらああなるだろう。
「すっ!」
しかし、レイラはそれでしり込みなどしない。魔力を込めた矢を山なりに放ち、障害物を通り越してフレメアさんに迫る。
「うんうん、予想通り。」
山なりが故に勢いがないそれを、フレメアさんは軽々と交わす。目視できないはずなのにいい感じに狙ったレイラは凄いが、やはり意味がない。だが、
「うおっ!?」
それは布石に過ぎない。いつのまにかレイラは高めの岩の上に乗っていて、フレメアさんを目視できる場所から一直線に矢を4つ飛ばしていた。しかも、それぞれに結構な魔力が込められている。
「面白い!面白いよお!『ビッグジャンプ』!」
フレメアさんが危ない表情になって『ビッグジャンプ』を使う。その行先は当然、一番高い岩の上。その高速空中移動中にも、ついでとばかりに矢をレイラに放つ。
「くっ!」
レイラもそれをチャンスと見て、『ラピッド』の恩恵で素早く走って躱しながら矢を放つが、それも相手の矢で逸らされる。
「弓使いは高いところを取らないとねぇ!早いもんがちぃ!」
目の焦点が合わなくなり、口角が吊り上り、本格的に危ない表情になったフレメアさんが様々な軌道で矢を放つ。それぞれに風と火を半々ぐらい纏わせている。
「やぁっ!」
ついに声を出して気合を入れなければならないほどに追い詰められたレイラは、それを躱しながら一息に6本放つ。あれがレイラの一息に放てる最大だ。さらに、それにほんのちょっとの時間差を置いてさらに魔力を込めた6本の矢をより強く放つ。
「レイラは凄い魔力ね。あれだけ打ってもまだ全然余裕そうじゃない。普通ならあれだけ魔力使ったら特に倒れているわよ。」
ミリアが感心したように漏らす。レイラの『インフロウ』は魔力を送りこむほど強くなるが、それだけ魔力の消費が激しい。レイラの戦い方はそれに輪をかけており、魔力を大胆に使うやり方だ。それでも、魔力の面ではレイラは全然余裕そうだ。見たところ、まだ9割以上残っている。……ミリアはああ言ってはいるが、この前のイフリートに使った止めのあれ。レイラとは比べ物にならないぐらいの魔力を消費しているからな?
「あははは!そうこなくちゃ!」
フレメアさんは高笑いしながらレイラの12本の矢を躱し、受け流し、逸らし、弾く。
フレメアさんは中心にある1番高い岩から動かずに、その周りをレイラは『ラピッド』の効果を活かしてくるくる回りながら戦っている。フレメアさんの言うとおり、弓使い同士だと上を取ったほうが有利になる。その証拠に、レイラの速さに慣れてきたフレメアさんが少しずつ狙いが正確になってきた。一方、下から上を狙う分、動作が大きくなるレイラは未だにまともに攻撃できていない。心なしか、避けたり防ぎきれずに『ウォーターシールド』を使う場面も多くなった気がする。
「よぉし!そろそろやっちゃうよぉ!」
テンションが最高潮になったフレメアさんが大声を上げて弓を構えなおす。気のせいか、ちょっと動作が大きい。レイラはその隙をついて、超容量鞄からキラキラした白い粉が入ったとても小さな瓶を取り出した。
「出るね。」
クロロが呟き、俺とミリアは頷く。レイラの奥の手の1つ。
「おおっ!そっちも本気かい?ぶつけ合おうぜい!」
フレメアさんはその様子を見て興奮して叫ぶ。矢をつがえると、本体が『さらに軋む』ほどの力で弓を引く。ギチギチギチと音がここまで聞こえてきそうだ。そして、矢に宿る魔力も尋常じゃない。どうやら、あれがフレメアさんの奥の手のようだ。
「アカツキさんが教えてくれた……。」
レイラはそう呟き、同じく矢をつがえて、渾身のの魔力を矢に宿す。その矢じりには、先ほどの瓶の中の白い粉がかかっている。レイラがやるのはついこの間教えた『アブレシブジェット』のようだ。あの白い粉はミスリルを砕いたものである。あの言葉からして、俺から教わったことに思い入れがあるようだ。そう思ってくれているとは、俺も嬉しいな。
「それぇっ!」
「やぁっ!」
2人が掛け声とともに同時に矢を放つ。『サウンドプルーフ』で防音する暇がなかったので、レイラの矢からものすごい騒音が聞こえる。
片方の矢は矢じりに超高速の水流を持って、もう片方の矢は炎と風が渦巻きながら。
2人の矢はすれ違い、お互いの目標へと必殺の威力をもってして向かう。
フレメアさんはとてつもない動体視力でよける素振りを。そして、レイラは、
「すげぇ……。」
インフロウを構え直し、『無詠唱』で『ウォーターブレード』を使用、そこからも騒音が聞こえることから、先ほどの粉の余りを入れているのだろう。俺は思わず感嘆の声が漏れた。
そして、レイラはフレメアさん以上の動体視力で、フレメアさんの渾身の1発を『切り裂く』!勢いを失った矢はレイラの届かず、見当違いの方向に飛んでいく。
「わぉ!」
フレメアさんは見えていたようで、それを見て驚きの声を上げる。そんな中、少しフレメアさんの矢より速度に劣るレイラの矢が破壊的な騒音を立てながらフレメアさんに迫る。
「ざぁんねぇん!」
フレメアさんはそれを『上体を反らして』躱す。頭部を狙ったその矢は、あのままいけば外れる。
「当たってええええ!」
レイラが力いっぱい願いを叫んだ。その瞬間、
「っ!」
レイラの圧倒的な魔力が『矢に宿った』のが感じ取れた!
その魔力を宿した、レイラの思いを宿した矢は、
その軌道を『変えて』、
フレメアさんに再び迫る!
『えっ?』
その場にいた、レイラを除く誰もが、目を丸くしてその瞬間を見て声を漏らした。
『軌道を変えた』その矢は、フレメアさんの『弓の弦』に当たる。そして、
バツンッ!
溜め込んだ負荷を一気に開放したかのように、その弦が大きな音を立てて『切れた』。
その反動で弓の本体が形を戻し、さらにその反動でフレメアさんの体勢が崩れる。
『……。』
俺たちも、フレメアさんも、審判を勤めていた騎士も、レイラですらも……その結果に目を丸くして黙っている。そして、
「しょ、勝者はレイラ殿!フレメア様の弓の破損により戦闘続行は不可能!よって、勝者はレイラ殿です!」
審判がそう叫んだ瞬間、
「やったあああ!」
レイラがはじけ飛ぶように喜びをあらわにした。その笑顔は、年相応の愛らしさを持っていて、俺はその様子を見て、思わず見とれてしまった。
「やった!すごいじゃないのレイラ!」
「お疲れ様!レイラさん!」
レイラが顔を輝かせてこちらに走り寄ってくる。そして、
「アカツキさん、アカツキさん!私やりましたよ!アカツキさんから教わった技で!」
「ああ、そうだな!やった、よくやった!」
レイラは俺に飛び込むように抱きついてくる。可愛らしい笑顔で俺を見上げ、目を輝かせている。俺はそれを見て、自然と浮かんでくる笑顔を顔に湛え、レイラを褒めながらその綺麗な金髪を撫でる。
『……。』
レイラは興奮で気づいてないが、俺は気づいてしまった。周りの人が邪魔しちゃいけないとばかりに恥ずかしそうに、人によっては和んだような感じで目をそらしているのを。
「アカツキさん?……ふぇっ!?」
俺が固まっているのに気づき、レイラが周りの様子を見るやいなや、弾かれたように俺から離れる。顔は一瞬で真っ赤になり、とても恥ずかしそうだ。
「ふ、あ、あわわ、い、今のはっ!その違います!そのっ、好きとか、そういうわけじゃ……って嫌いというわけでも!こう、なんと言いましょうか!」
顔を真っ赤にしてテンパりながら周りに釈明するも、皆レイラを優しい笑顔で見てうんうんと頷いている。それを見てさらにレイラは顔を真っ赤に、しどろもどろになりながら釈明をする。
おそらく気づいたのは俺だけだが、フレメアさんがレイラを見て「若いっていいなぁ……。」と呟いていたように見えた。
「まぁ、えっと……レイラちゃんだったかな?君強いね!びっくりしちゃったよ!あれってただの『ウォーターブレード』じゃないんでしょ!?ていうか無詠唱だったよね!?」
年上の優しさか、レイラの恥ずかしがり様を見て話題を変えるフレメアさん。半分は本気に見えるが。
「いやぁ凄い!君最高!」
フレメアさんはそう言ってレイラの両手を握りぶんぶんと上下に振る。レイラはそれを戸惑い半分、照れくささ半分の笑顔で受け止める。
「よくやったな、レイラ。」
俺はそれを見て、ごく小さな声でレイラを称えた。
夏のホラー企画に作品提出します。
作者名は同じで、題名は『夢物語~願い~』です。
よろしければご一読ください。




