悪意
3人が囚われていた人たちの相手をしている間に、俺は物陰に隠れて『闇夜』を脱いで洗浄していた。俺は返り血が特に酷く、あの子供が怯えてしまうからだ。『闇夜』を脱ぐと水属性下級魔法『ウォッシュ』で洗濯して返り血を流し、そのあと水属性下級魔法『ドライ』で乾かす。うん、これらの魔法はものすごく便利だ。さらにストレージで桶を出すと、その中に水属性下級魔法『ウォーター』で水を出し、それを使って顔や頭についた返り血を洗い流す。最後に桶の水面で洗い流せたのを確認すると、後ろから迫ってきていたゴブリン2匹を桶の中の水を使って水属性下級魔法『ウォータースピア』で水の針を作り、それを飛ばして絶命させる。
余った桶の水をそこらに捨て、桶をストレージでしまうと、俺はみんなの元に戻った。
「いやぁ、驚かせてすみません。」
俺は悪い第一印象を覆すために朗らかな笑顔を作ってそう囚われていた3人に謝る。
「は、はぁ……助けてくださりありがとうございます。あのままだとどうなっていたことやら……。」
「私からもお礼を言わせてください。あのままだと、私たちどころかこの子まで……。」
そう言って2人は頭を下げてくる。やはり親子だったようで、3人は首都からエフルテへの移動の最中にゴブリンに攫われたそうだ。乗合馬車が襲われ、護衛の冒険者は運悪く死に、彼らは攫われたそうだ。あのボスのゴブリンが付けていた鎧はそれだろう。
攫われてからそう時間が経っていないからこうして無事だが、もう少し経っていたら目も当てられない事態になっていただろう。女性と女の子は凌辱され、男性は蹂躙されるところだった。なんとゴブリンは、女なら幼い女の子でも余裕で繁殖や性処理の道具にするのだ。彼らの恐怖は痛いぐらい伝わってくる。ちなみに女の子は緊張の糸が切れたのか、男性の腕に抱えられて寝てしまっている。
「さて、挨拶はこのぐらいにしてとっととこの嫌な場所から抜け出しましょうかね。他に囚われている人はいるか?」
俺はそうミリアに問いかける。ミリアはさっきから巣穴の中をくまなく風属性上級魔法『ハイパーウィンドサーチ』で探知していた。もはや、ミリアは風属性の魔法なら大抵は息をするように無詠唱で使用できるようになった。精度も範囲も俺がやるより全然いい。
「いないわね。後は雑魚が結構と略奪品が少々よ。」
ミリアはそう言って魔法を中断した。他に攫われた人はいないそうだ。
「略奪品ですか……すみませんが、襲われた際に奪われたもので大切なものはありますか?」
レイラが3人に問いかける。
「大丈夫です。大切なものは予めエフルテに送っておきましたから。」
男性がそう言った。
「そうですか。では脱出しましょうかね。」
俺はそう言って、部屋の出口を指し示す。先頭はミリアとクロロ、後方は俺とレイラ、3人は俺たちに挟まれ、守られる形になる。行きに比べて帰りはちょっと遅くなりそうだ。
出口までにゴブリンが30匹ほど襲ってきたが、全部移動の片手間に殺していった。出るのに行きに比べて、やはり時間がかかってしまった。
「さて、では仕上げと参りましょうかね。」
俺は外から巣穴の中を向いてそう呟く。皆は万が一のために後ろに下がって貰っている。
俺は中へと『ハザードポイズンミスト』で真っ黒な猛毒のガスを流し込む。ミリアにはまた『ハイパーウィンドサーチ』で探知して貰っている。
「うん、中にはもう生きているゴブリンはいないわね。」
しばらくして、ミリアがこう言った。中に全部行き渡ったのだろう。ゴブリン程度なら上級魔法の毒ガスをちょっと吸えば即死だ。
これで依頼も完了だ。巣穴の掃討は完了した。
「さて、じゃあ帰りますかね。」
俺は魔法を中断し、振り返って皆にそう言った。『ハザードポイズンミスト』は中断すればすでに発生したガスも消滅する。
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エフルテへの帰り道。囚われていた3人にペースを合わせて歩いて帰る。
「そういえば、何でエフルテに行こうとしたんですか?」
俺は話のタネに質問をしてみる。首都からエフルテへ向かう途中だったらしいから、ちょっと気になった。
「首都からエフルテに移住しようと思いましてね。その下見です。」
腕に寝ている女の子を抱いている男性がそう答える。
「そりゃまた何でですか?差支えなければ教えてください。」
俺は質問を重ねる。もしかしたらあの件かもしれない。
「最近、首都がどうもきな臭くて。奇妙な事件があるし、そのおかげで治安も悪くなりました。そこで、いっそ移住をしようと思ったんです。」
男性は疲れたような声で深いため息を吐いてそう言った。理由は俺の予想と同じだった。
「ああ、それは俺も知っています。何でも、いきなり行方不明になって数時間か数日したら何事も無かったかのように戻ってくるんでしたよね?その間の記憶が曖昧というおまけつきで。確かに奇妙ですね。」
俺はそう言って話を繋げる。
「はい。僕と妻は体力も知能も魔法も、特にこれと言った得意技はありませんが、『人を見る眼』だけはあると思っています。そんな唯一の取り柄を活かして商人をやっていたりします。それで、その人の心をある程度見る方法ですが……相手の『眼』を見るんです。すると、その感情がなんとなく読み取れるんですよね。」
男性はそう言って嫌なものを思い出したかのように顔を顰める。
「それで、行方不明から戻ってきた人は……例外なく、『嘘をついている眼』をしていました。他にも読み取れた感情は不快なものばかり。はっきりとはわかりませんが……どことなく淀んでいるような感じがしました。そう……悪意、ですかね。」
そこまで言うと、男性は深いため息を吐いて黙った。
眼は口ほどにものを言う、か……。この人は嘘をついているわけでもなさそうだし、この人がそう思ったことは確かなんだろう。それにしても『嘘』と『悪意』か……考えられるのは洗脳だな。ただ、洗脳効果がある魔法はどれもかなり難しい。そうそう話しに聞くみたいに連発して使えるものではない。
「そうでしたか……何とも奇妙な話ですね……。」
俺はそう相槌を打って話を聞きだそうとする。
「周りの人は当然、人を見るとかそういったことはできません。それに僕たちも、あくまで予感めいた根拠のないものを感じ取っているのです。ただ……嫌な予感というのはよく当たるものですからね。早々に逃げようと思ってこうして下見に来ました。」
男性はやけに饒舌だ。確かに、商人は饒舌ではあるが心の底から思っていることは吐露しない。しかし、この男性は思い切り吐き出しているように思える。恐らく、相当ストレスが溜まっていたのだろう。で、話し相手が見つかってつい愚痴を吐き出してしまっている、と。こちらも情報が得られるので好都合だ。
それ以降、この話をしていると空気が暗くなりそうなので、当たり障りのない話をしながら街に着いた。




