1日目
長いです
あれからさらに1日たち、争奪戦が始まった。1日目の午前は頭脳戦から始まる。
図書館を貸切り、1時間のテストを完全な順位がつくまで行う。なお、参加者は実に30人と少ない。識字率の問題らしいが、ミリアの言うとおり、皆まともに学校に通っていたのだろうか。……逆に考えれば、今これに参加している人は字を覚えているぐらいには優秀と言う事だろう。
カンニング防止の記録結晶を通して、ギルドの2階にてそれぞれのテスト用紙の様子が見れ、さらに、欲しい観戦者には同じテスト用紙が無料で配られる。俺たちはどんなものだろう、と貰うことにした。
ただし、頭脳戦が始まるまでは俺たちも開いてはいけない。万が一のためだそうだ。
「……ミリア、今の姿を見るだけでダメだって分かるな。」
「ミリアは学校に通ってる時もあんな感じでしたね。」
「厳しい戦いになりそうだね……。」
俺たちは既に諦めムードだ。なんせ、記録結晶越しの映像で伝わってくるミリアの表情が、すでにいつもの明るさは鳴りを潜め、緊張、落ち込みを通り越して無表情になっているのだ。
冒険者としての知識は十分持っているんだが、いかんせん、計算と社会科のようなものは苦手なのだ。特に計算なんかは致命的で、2ケタの加減計算と九九レベルの乗除計算しか出来ないのだ。学校では、日本でいうところの小学校4年生レベルまでの算数を習い、今回のテストもその範囲から出される。分数とか小数、面積や体積の問題が出てきたりしたら解けないだろう。
「それでは試験開始10秒前、……3、2、1、スタート!」
ギルドの職員が合図をすると同時に、参加者は一斉にテストの問題用紙をめくる。俺たちは余裕があるのでゆっくりとめくる。
①・次の空欄を埋めよ。
1・魔法は、火、水、風、〇、天空、〇〇、暗黒、聖光、それと〇がある。
2・冒険者のランクは、最低が〇で最高は〇である。
3・冒険者ギルドに登録しても、他の職業に就くことが出来る。むしろ、戦闘系の職業では強さの目安に使えるため、登録が推奨される。例としては、王国を守る王宮〇〇団等がそうである。
25・金属の中で、特に魔力を通しやすいものはミスリルである。でなお、このミスリルの原石が、去年で1番とれた鉱山の名前はオブルエ鉱山で、2番は〇〇〇〇鉱山である。
といったように、空欄補充が合計50問並んでいる。1つ1点で計50点。実に半分を占める。前半は基礎知識だが、後半は応用も混ざってくるようだ。
参加者は、ミリア含め全員ここは余裕で解いている。ただ、最後の10問はそこそこ難しく、ちらほら詰まっている人も見かける。ちなみに正解は最初からから順に土、地底、無、E、SS、騎士、トロンボが正解だ。オルブエ鉱山はウドウィンにある鉱山で、ミスリルがよくとれることで知られている。だが、2番目のトロンボ鉱山は、ブラース帝国にあり、冒険者の中ではマニアでもない限り中々知らない。どこの人間も1番に目が行きがちなのだ。地球でも、世界で1番高い山はエベレスト、とすらすら出てくるが、2番目は出てこない人が多かった。ちなみに、K2という名前らしい。
次からが難関だ。言語理解の恩恵で、地球基準の計算式に見えるそれらは、始めこそミリアでも解けるが、後半はミリアにとってはきついものだった。ここは30問ある。こちらも1問1点で計30点だ。
②・次の式や問題の答えを、所定の欄に書き入れなさい。
1・5+9=?
2・15-7=?
3・4×7=?
4・9÷3=?
29・1辺が7cmの正方形に右上の頂点から左下の頂点に向けて対角線が引かれており、分けられたうち右下の部分だけ黒く塗られている。黒く塗られている部分の面積は?
30・2/3×7/5÷1/3=?
といった感じだ。前半はまだいいとして、後半の問題は教育が整っている日本の小学生でも間違えそうな問題だ。
「……。」
ミリアの手が止まり、顔が真っ青になっているのが分かる。最初のほうは調子よく解けていたのだが、後半はやはりダメだった。
次は社会科のようなもの。政治制度と特産物と地理が混ざっている。最初の冒険者の知識にもいくつかこの項目寄りの問題が出ていたが、こちらは一般常識寄りのものが多い。20問あって計20点。
③・次の問いの答えを所定の欄に書き入れなさい。
1・ここの大陸の名前は何でしょう?
2・ここの大陸は東西南北に4つの国に分かれている。すべてこたえよ。
3・問2の4つの国のうち、南にあたる国はなんという?
4・問3の国の現在の王の長女の名前を答えよ。
18・南と東の国は騎士団、では西の国は?
19・風龍が住まうとされている渓谷から1番近い人口1000人を超える街はどこ?
20・南の国が圧倒的に生産量を誇る結晶の属性は、9つのうちどれ?
といった感じだ。
18番は軍、19番はエフルテ、20番は火属性が正解だ。それにしても、4番の問題の答えは、偶然にも俺たちの知り合いだった。
この辺りは、後半に行くにつれて難しくなっておらず、難問が中盤に集中している。そのあたりはミリアは迷わず飛ばしていた。
「中々厳しそうだな。」
俺は他の参加者を見て、独り言を呟いた。全員、ほとんどの問題をすらすらと解いている。グリザベルさんなんかはもう開始20分でとっくに終わっており、のんびり背もたれに寄りかかっている。
一方、ミリアは結構な問題が分からないため、下から数えた方が早い順位になりそうだ。
「そこまで!」
ちょうどギルドの職員が合図を出す。それとともに、全員筆をおき、解答用紙を別の職員に渡していく。
「……ミリア……。」
「ミリアさん……。」
テストが終わったミリアの表情は、勉強サボって一夜漬けすらしていない同級生のテストが終わった後の表情によく似ていた。「色々な意味で終わった。」と台詞が聞こえてきそうだ。
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一旦昼食……ミリアはやけ食いしていた……を挟み。午後はレイラが出る隠密戦だ。早めの昼食を終えると、レイラはクリムが引っ張る馬車に乗って密林に向かった。他の参加者はとっくに向かっているが、それでもレイラの方がつくのが早いだろう。他の参加者は揺れる馬車の中で早めの昼食として軽いものを食べているのだろうと思うと、パーカシスの王様には足を向けて寝れないな。
数時間待つと、隠密戦開始30分前の合図が出された。
隠密戦は密林で行われる。開始30分前になると、スタート地点である密林の入り口から一斉にスタートし、それぞれが駆け引きを行いつつ密林内限定で好きな位置に着く。スタートまでは攻撃禁止、攻撃魔法の使用禁止となる。尾行や偵察などは可能だ。そして、スタートの合図として花火が3発打ち上げられ、その段階から攻撃してもよいことになる。ちなみに、スタート前の段階で魔法を使い、音を聞こえなくさせてスタートに気付かせない、というのもありだ。なお、スタート以降、自分の記録結晶を10m以上自分から離したら失格になるため、こっそりスタート前に記録結晶を奪うのも手だ。
レイラは20mほどの高さの木に登り、その茂った葉の中に身を隠している。
「遠距離攻撃は高いところから、というのは定石だな。」
「そうね、中々無難な作戦選んだじゃない。」
「レイラさんは隠密戦みたいなのは苦手みたいだから、確実な作戦を選んだのかもね。」
俺たち3人はその様子を、ギルドでまったりしながら見ている。
レイラは強いことが知られているので、マークは結構きつくなっているだろう。しかし、ルールを見れば見るほど、これに出たかった、という願望が強くなってくる。自分で言うのもなんだが、俺が出れば優勝候補に名を連ねるだろう。
ドーン!ドーン!ドーン!
花火が3発打ち上げられ、スタートとなる。レイラは息を殺しながら周りを警戒しつつ、獲物を狙う。レイラは目が非常にいい上、命中精度は折紙付きなので、姿を見せればそれでやられる。問題は、逆に目以外の感覚は飛びぬけて優れているわけではないので、耳や肌で感じる情報を上手く使えないことだろう。だが、勘は結構いいので、そこに期待をしていきたい。
レイラが矢をつがえた。あの目は、獲物を見つけたのだろう。
レイラの目線の先には、レイラから60mほど離れたところで不完全な『ハイド』を使って気配を消しながら、忍び足で歩く男がいた。その進行方向には、男に背を向けて、あたりを警戒しながらあるく、緑と茶色で保護色になっている服を着た女がいる。レイラからの距離は40mほど。
レイラは無言で、男がいい位置に来たのを狙って矢を一気に2発放つ。
「なっ!」
その矢は、男の左右の首筋をかすめて勢いよく後ろに飛んでいく。
「今のはわざと外しましたね。本気ならばやられていたでしょう。13番、失格。」
ギルド職員がその様子を見て、手元の水晶に魔力を送り込む。すると、男の記録結晶から縄が出てきて、自動的に捕縛した。縄には男が失格になった理由が書かれている。
「くぅ、いまのは凄かったな。一瞬にして、俺に気付かれないまま放ちやがった。」
男は納得したのか、そういって、ふて寝するように寝ころんだ。
「くっ!」
物音を聞いて、男に追われていた女が何かがあったのに気付いたようで、足を止めてあたりを警戒する。しかし、レイラはそこから離れているうえに、高いところに隠れているため、見つけることは出来ない。
レイラはまたもや無言で矢をつがえると、1発放った。
「えっ!」
その矢は、女をかすめ、その服を貫いて、そのまま木に刺さる。女を木に磔にする感じだ。右肩のあたりが縫い付けられている。
さらにレイラは3発矢を放つ。それぞれ左肩の上と両脇腹のあたりに刺さり、計4つの矢で磔にした。
「これはどう考えてもやられてますね。12番失格。」
縄が女を縛り上げる。
「ちっ、完全に遊ばれたわね。」
女は悔しそうにそういうと、素直に縄にかかった。
「レイラはなかなか頑張っているようだな。」
俺はそう呟いた。2人も姿を見せずに倒したのだから重畳だろう。
「ふぅ。」
レイラは体の力を抜き、息をつく。その瞬間、
「油断はいけませんぜ。」
「なっ!」
レイラの首筋に、いきなり現れた短剣があてられる。レイラは驚きの声をあげながらも、動けない。
「……グリルさんね。」
「映像だと余計に気づきにくいね。さすが称号持ちだよ。」
ミリアとクロロが今のを映像で判断したようだ。俺も判断できた。レイラが気を抜いた瞬間、レイラの後ろの木から『ライトギリー』で姿を消したグリルさんが音もなく飛び込んできて、一瞬でレイラのバックを取り、首筋に短剣を突きつけたのだ。
「……参りました。」
「49番失格です。」
レイラがそういったのを確認すると、グリルさんは短剣を離し、ギルド職員がレイラを縄で縛る。
「うーん、レイラさんはまだまだですぜ。『ライトギリー』。」
「そうですね、精進します。」
グリルさんは最後にレイラにそう言い残して、また姿を消して去っていった。
「へぇ、最後に声をかけていくなんて優しいわね。」
「うん、そうだね。レイラさんもより一層頑張ろうと思うよ。」
ミリアとクロロがグリルさんに感心している。レイラもそう思ったのか、悔しそうにしながらも、まだ伸びしろがあって嬉しい、といった表情をしている。
……しかし、俺はその光景を冷めた目で見ていた。俺は気づいてしまったのだ。グリルさんの視線に。
グリルさんの視線は、縛り上げられている先ほどの女のある部分を見て、そこからレイラのある部分を見てからそういったのだ。
この競技の縄の縛られ方は、ちょうど胸……バストを挟み込むような部分がある縛られ方になっている。つまりバストが強調されるのだ。そう、グリルさんがみた部分は胸。先ほどの女はそこそこのサイズだったが、レイラは御世辞にも大きいとはいえない。それどころか、どんなにサービスしてもBが限度だ。『まだまだ』とはつまりそういう事だ。
「あのスケベ忍者め……。」
俺はこっそり、そうため息を吐いた。
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結果として、ミリアは点数42点で30位、レイラは参加者40人中17位だった。レイラは早い段階でグリルさんにやられこそすれ、戦い方や隠密性はそこそこ評価されたようだ。遠くからの狙い撃ち、しかも不利な材料になるはずの木という大量の障害物をものともせず、それどころか利用した戦い方は高く評価された。
頭脳戦の優勝者はグリザベルさんで、なんと満点。隠密戦は当然グリルさんが圧勝しての1位だった。
「ううう、もうちょっといっていると思ったのに……。」
ミリアは返されたテストを見て、宿の部屋の隅で拗ねていた。42点ぐらいならビリにはならないと思うかもしれないが、頭脳戦にエントリーするだけあって皆頭がよく、しかも簡単な問題が多かったこともあったため、平均点は65点だ。
「私もまだまだですね。精進しなければいけません!」
一方、レイラは輝かしい顔で意気込んでいた。これは真実を伝えづらい。
(あとでグリルさんでも脅して飯を奢らせるか。)
腹立ちまぎれに、俺はそう考えた。
問題考えるのに無駄にハッスルしすぎました。本当はもっともっと短かったのです。