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生きる。  作者: ARC-A
1/3

可愛い妹を残して死ぬなんて、兄じゃないですよ

開いてくれてありがとうございます!

楽しんで頂けたら嬉しいです!

 光を遮るように入り組んだ路地裏。

 真っ暗な闇は、ここに在るモノを隠すためか。

 何も見えない闇に一筋の光が差し込むそれは、明らかに異質。

 黒の中で不自然に輝く銀は、黒々とした赤を付着させている。

 雨が静かに流れる中に、ナニカの声が木霊した。


「ああ、足りないなあ」


 それは、とても穏やかな音。

 なのに、とても不快な音。


「ハズレを引くのも慣れたね。明日には、満ちるかな?」


 感情の読みとれない声を残して、ナニカは闇から静かに消えた。

 5メートル以上を跳び越えるという、人間離れの跳躍で。















「なあ(とおる)、異能を使うのに何かコツみたいなものってある?」


 同じ布団に男と女。

 見つめ合いながら抱き合っているのを周りから見たらどう思われるかと思うと、体に熱を持ってしまうが、男が顔を赤らめるところなんて見たくないだろうから(少なくとも僕はそう思う)表に出さないように頑張ることにした。

 そもそもそういう関係には為り得ない訳だし。


「いきなり何だよ兄貴。ていうか、兄貴ってチカラ使えたっけ?」


 そう、僕は日野谷(ひのや)透の兄なのだ。

 透き通るような肌に綺麗な黒髪、燃えるような眼。

 一応言っておくが、燃えるようなとは比喩であってちゃんと黒目だ。

 贔屓目無しに抜群の容姿とスタイルを持っている、特殊な性癖を持っている人達を考慮しても10人中8人が目に留めるだろう凄い美少女。

 16歳にして既に美女に片足突っ込んでいる気がしないでもないが、性格面では勝気な年相応の女の子だと思う。

 このままだと思考が変なところに行きそうだから、戻ることにする。


 まあ、僕はこの美少女の兄という訳なのだ。

 名字が違うというある種の王道的な役が僕なのだが、残念ながら(?)しっかりと血は繋がっている。

 僕はカクンと首を傾げる妹の質問に答える。


「最近、使えるようになったんだよ」

「ふうん。兄貴、良かったじゃないか」

「透から聞いたっていうのに、随分と適当な……」

「俺のことじゃないし」

「その俺って言うのはやめにしよう。そろそろ男口調を直してもいいと思うよ僕は」


 物心ついたときから男口調なのは、誰の影響か。

 僕のせいではないはずだ。

 俺なんて、一日しか言ったことがないから。


「治らないよ。これは病気みたいなもんだ。いや、こんなことを話す気は無いよ。兄貴のチカラについてだったっけ?それは兄貴にしか分からないと思うよ」

「いや、異能の力は把握してるんだけどさ。任意で使えないのは、あまりにも損だと思ってね」

「任意で使えないチカラなんて、聞いたことないよ。そんなチカラに、価値ってあるか?」


 価値と言われると、どう答えればいいのか分からない。

 異能が発現したってことは、喜ばしいことだと思う。

 この世界の全人口の1%に仲間入りしたってことは、異能を持たない人達から羨望の眼差しを受けるということで。

 異能者の中には他の“持たざる者”を見下している人も居るらしいから、そういう人達の対象にならないだけで価値はある気がする。

 そういう人達っていうのは大抵危ない力を持っていると、相場が決まっているし。


 ただ、発現するに至るまでの過程とこれから目を付けられるかもしれないということを考えると、価値は一気に下がる気がする。

 任意で使えないなら尚更だ。


「一応使うための条件っていうのがあるんだけど、頑張れば条件無しで使えるかもしれないから」

「だからコツを教えろと?」

「そういうこと」

「うーん……人によってチカラは違うから意味は……参考程度にしかならないぞ?」

「それでいいよ」


 やっぱり僕も男だ。

 異能というものには憧れがあっただけに、せっかくなら使いこなせるようになりたいと思うのが男として普通じゃあないだろうか。


「そうだな……兄貴、メビウスの帯って知ってるか?」

「メビウスの輪なら知ってるよ」

「それと同じやつだよ。そのメビウスの輪ってさ、どっちが表でどっちが裏だと思う?」

「表と裏?」

「そ。当てれなかったらアイスクリーム、奢ってくれよ」


 自慢じゃあないが、中学卒業後すぐに就職した男だ。

 頭には、自信がある訳がない。

 無い知恵を絞って考える。


 そりゃあやっぱり見えてる部分が表じゃないのか。

 いや、場所によって見えてる部分が変わるに決まってる。

 そもそも、表と裏とは一体何なのか。

 やっぱり、僕自身が表と思う部分を中心に考えた方がいいんじゃないか。


 あ。

 少し、汚いことを思いついた。

 答えと呼べるようなものじゃあないとは思うが、中卒の僕にこんなややこしいことを聞く透も悪いと思う。


「表を答えればいいよね?」

「答えれるならな」

「じゃあ、完璧な答えを見せてあげようじゃないか」

「はいはい、どうぞ」


 莫迦にしたような笑みを浮かべる(というか完全に莫迦にしている)透に、莫迦な答えを投げ当てる。


「答えは、僕が思う表が表(・・・・・・・)だ。間違いでは無いだろう?」


 ニヤリと口の端を上げて見せる。

 僕の珍回答が予想の斜め上を行ったのか、透は使い古したパソコンのように固まった。

 そして、くくくと小さく声を漏らす。

 そこでようやく僕が勝ち誇ったような笑みを湛えているのに気が付いて、声を大にして笑い始めた。


「ま、まさかそんな莫迦な答えが返ってくるとは!」


 ひぃひぃ悶えているところを見ると、どうやらツボに直撃したようだ。

 ここまで目の前で笑い転げられると、顔に唾が掛かって何とも言えない気持ちになる。

 いくら可愛い妹とはいえ、唾を掛けられて悦ぶ変態さんになった覚えはない。

 中々の量を撒き散らして満足したのか、笑うのはやめてくれた。


「確かに表だな、それは。だって表ということにしてるからな」

「だろう?なら、この問題は」

「あ、うん。不正解」

「そうだろう、不正解に決まって……るんですねあれおかしいな?」

「兄貴はメビウスの輪の表を答えたんだろう?」

「う、うん。そうだけど」

「だったらそれは不正解だ。だって、メビウスの輪には表も裏も存在しない(・・・・・・・・・)んだから」


 おいおい。

 これは一体どういうことなんだろう。

 問題の提示の仕方からしておかしいじゃないか。

 汚いのは僕だけじゃなかったようだ。

 血が繋がっているとはいえ、そういうところは似なくてもいい。


「俺のチカラが空間に対するチカラだっていうのは知ってるよな?昔は空間を切り取るようなイメージでそのチカラを使ってたんだよ。でも、これがどうも上手くいかなくてさ。そのときの考え方っていうのが、文字通り切るようにチカラを使うっていうやつ。この世界を表として、裏の空間を切るイメージでこっちに持ってくるようにしてたんだけど、まあ俺には合わなかったんだろう。で、どうしようかってなったときに、メビウスの輪の性質ってやつを知ったんだよ。アレには表と裏という概念自体がない。それを知って、空間はアレと同じものだと考えて使ってみることにした。結果はすぐに出たよ。何と言えばいいか……あれだ。捩じるっていう感覚が一番近いかな。この世界と俺のチカラの境界を取っ払った。切るってやり方のときは文字通り空間を切ることしか出来なかったけど、今は切る以外にも曲げる、圧し潰す、変えるとかも出来るようになったよ」

「大体は分かったけど、変えるっていうのはどういうこと?」

「その空間に手を突っ込むと火が点くとか、そういうこと」

「何と、まあ……」


 もう、何でもありだ。

 改めて、異能というものの特別さを見せられた気がする。


「もちろん、そういうのには時間が掛かる。マッチに火を点けるのに一分掛かるからな、それなら普通に点けた方が明らかに早い」

「でも、格好良いじゃないか、そういうのって。浪漫に満ちてるよ」

「兄貴に褒められると何か痒くなるな……まあ、だからイメージの仕方っていうのはかなりでかいと思うよ。上手くいったらいつでも使えるようになるんじゃないの?」

「そうかもしれないね。まあ、模索してみるよ」

「頑張れよ、兄貴。それで、兄貴のチカラって一体何なんだよ」

「言っていなかったかな?生存だよ、生存」


 透は言っている意味が分からなかったのか、きょとんとしている。

 一般的に阿呆面と呼ばれるものだと思うのだけど、可愛さが出てそれすら絵になってしまう。

 それが何だか悔しく思う。

 男だけど。


「生存?」

「そう。生きるっていう力だよ」

「生きるって、また何とも言えないような……いや、それは凄いんじゃないのか?」

「うん。かなり、というか物凄く良い力だと思うよ」

「俺のチカラと交換しないか兄貴」

「出来る訳ないじゃないか。それに、任意で使えないって言ってるよね」

「ああ、そうだな。物凄く損だな」


 目覚まし時計がけたたましく自己主張して、それを透が殴って止めた。


「もうちょっと優しく殴ってあげようよ」

「うん。今度からは優しく打つことにするよ」


 時刻は8時。


「高校、行かなくてもいいの?」

「何言ってるんだよ兄貴。今日から夏休みだぜ?」

「あ、そうなの。まあ、僕は遅れる訳にはいかないからね」


 扇風機の風如きでは太刀打ちできない蒸し暑さに足を引っ張られながらも、なんとか体を起こして布団から出た。

 ……どうやら足を引っ張られたのは比喩では無かったらしい。


「離してくれないと仕事に行けないんだけど」

「俺も一緒に行く」

「え?何か用でもあったかな?」

「暇すぎるんだよ。家に居たら腐っちまう」

「勉強とかすればいいじゃないか」

「夏休み初日から勉強なんて、楽しくない。別に、俺は莫迦じゃないしさ」

「うーん……でも、朱音(あかね)さんが何ていうか……」

「アイツなら別に良いって言うと思うぜ。言わなくても居座るけど」


 どうして朱音さんに対してこう刺々しいんだろう。

 初めて会ったときからだから、根本的に合わないんだろうか。


「アイスクリームも奢ってもらわないといけないし」

「いけないって……あれは汚いと思うよ」

「兄貴がちゃんと答えてたら無かったことにするけどさ。兄貴だって汚いことしたじゃん」

「う。……それは言わない方向でお願いしてもいいよね」

「駄目だね。それに……」


 嫌な予感がする。

 こういうときは大体押し切られると相場が決まっているんだ。


「……一人は寂しいじゃないか」


 ほら。

 可愛い妹にこんなことを言われて断れる男は、兄ではないと思う。














 兄貴と一緒に外に出て15分。

 噂の殺人鬼がこの街に来たなんていう、二人でわいわい話すにはどう考えても合わない話題を口にしつつ、兄貴の横顔を見る。


 髪を切るのが好きじゃないという良く分からない理由で後ろで纏められた黒髪は、もう背中の辺りまで伸びてきている。

 女みたいに長い髪だとよく言われるらしいけど、全体的に女みたいだと思う。

 中性的……というより若干女寄りな顔に、細い体。

 仕事のためだとかいって5年間鍛え続けた体は綺麗だとは思うけど、全体的に細い線は何も変わっていない。

 正直、少し化粧でもすればスポーツ少女にしか見えないと思う。

 しかも美人の。


 そんな、初めて告白された相手が男という残念な経歴を持つ兄貴を、俺は愛している。

 愛していると言っても、性の対象として見ることはない。

 まあ、行き過ぎたブラコンとかそこら辺で止まっていると思う。

 俺だからここまで行ってしまったのかもしれないけど、俺以外が妹だとしても兄貴を嫌う妹なんて居ないだろう。

 親父とお袋が死んで、兄貴が俺を食わせるために仕事を始めたんだから。


 そのとき10歳だった俺は、二人が死んでからいきなり相手をしてくれないようになったことで寂しさでかなりヤバイ状態になってたけど、理由を知って兄貴を見る目が変わった。

 俺が呑気に高校なんて行っていられるのは、兄貴のお陰な訳だし。

 

 兄貴の腕に抱きつきながら、他愛もない話をする。

 結構な数の視線が刺さるけど、周りからは恋人にでも見えているのだろうか。

 多分原因は腕を絡めているところと、俺が笑顔なことかな。

 夏休みぐらいしか長い間一緒に居られることはないから、笑顔になるのは仕方のないことだと思う。

 兄貴と居られる時間が少なくなるから高校をやめようと本気で思ったこともあるけど、兄貴が哀しむから残念ながら面倒な高校生活を続けている。


 兄貴と一緒に外に出て20分。

 嫌な顔と会った。

 此処に来るのが目的だったから必然だけど、会いたくないものは会いたくない。

 兄貴が居なかったら切ってるぞ。


「ん?今日は二人か。……そうか、夏休みだったな。随分とラブラブじゃないか。微笑ましいね」

「黙れよ、朱音」

「……おいおい。お母様と呼べお母様と」

「誰が呼ぶか!朱音をそう呼ぶなんて死んでもお断りだ!」


 日野谷朱音。

 忌々しいことに美しい茶髪を肩で揃えて、忌々しいことに抜群のプロポーションを持つ女。

 赤を基調とした服装を着こなしているこいつは、男装の麗人っていうやつか。

 腕を組んでこちらを見る姿がむかつくほど似合っている。


 そして、誠に遺憾ながらこいつは俺の養母である。

 親父との縁で親代わりになったんだが、29のこいつが45の親父とどこでそんな縁が出来たのか気になる。

 一回聞いてみたら、お母様と呼ぶなら教えてもいいとか言って狂いだしたから謎のままだ。


 まあ、こいつを嫌いになったのには訳がある。

 時期が悪かったのだ。

 二人が死んで、兄貴が構ってくれなくなったときにこの女が来たからだ。

 こいつが兄貴を俺から遠ざけた奴かと10歳ながらに思ったのだ。

 兄貴の仕事先が此処だから強ち間違いではないけど、どっちかというと仕事をくれた良い奴なのだ。

 良い仕事かどうかは別として。

 一回勘違いしたときの嫌いって感情が今日までずるずると付いて来ているということで。

 根本的に好きになれない奴なんだろう。


 俺が睨んでいるというのに悠々としているところなんて特に嫌いだ。

 これで強い異能者というのは世界が間違っている証拠だ。

 そんな俺と朱音を見てあたふたする兄貴。

 多分、俺と朱音と兄貴の三人の中では一番兄貴が女っぽいんじゃないだろうか。


「ほら、透落ち着いて。朱音さんも煽らないでくださいよ」


 兄貴に仲裁に入られて、ムッとする。

 それじゃあ俺が莫迦みたいじゃないか。


「俺は落ち着いてるぜ兄貴。おかしいのは朱音の方だ」

「別に煽ってなどいないぞ兄貴。透がお母様と言わないのが悪いんだ」


 兄貴は困ったような顔をする。

 主に、朱音の発言について。


「二人とも子供みたいなこと……というか朱音さん、兄貴って言うのはちょっと……」

「……ああ、すまない。お兄ちゃんの方が良かったか?」

「そういう意味で言ってる訳ないじゃないですか……」

「いいじゃないか、お兄ちゃん。こういうの、嫌いか?」

「まだ兄貴の方がマシですよ……」

「ふむ。分かったよ、兄貴」


 こうやって兄貴を弄るところも大嫌いだ。

 こいつと居ると、時間が異様に長くなる。

 昼の休憩でアイスを買ってもらうまで、あと4時間。














「はあ……噂の殺人鬼を捕まえろと」


 朱音さんの仕事は異能を使った犯罪専門の逮捕屋だ。

 何故逮捕屋なのかというと、逮捕した後は警察に丸投げするからである。

 警察も逮捕してくれればそれでいいらしい。

 らしいというのは、僕がやる仕事は調査だけで逮捕とかその他諸々は朱音さんがやるので、そこら辺の仕組みはまだよく分かっていないからだ。

 なのにどうして僕が調査から逮捕まで全部やることになっているのか、さっぱり分からない。


「そうだ。前の依頼のときに異能が発現したそうじゃないか。いけるだろう」


 巷で大人気の殺人鬼さん。

 どうやら人気者は異能者のようだ。

 だからこの街に居る間に捕まえてくれと、簡単に言うとそういうことらしい。


「僕に殺人鬼と戦えということですか?」

「いや、捕まえろと言っているんだ。不意打ちなりなんなり、ご自由にという訳さ。まあ、殺したことのない君の不意打ちなんて、殺人鬼には簡単に気付かれるだろうがね」

「朱音さんが手伝ってくれたりは?」

「私は別の要件がある。残念だが、君が頑張ってくれ。君なら出来るだろう」


 全体的に投げやりな言葉しか返って来ないのは、どういうことなんだろう。

 壁と話しているような気がして、少し落ち着かない。

 少し黙っていると、透が口を挟んできた。


「俺は反対だぜ。そいつ、もう15人も殺してるんだ」

「そうか?捕まえるだけでいいんだよ?殺さなくてもいい」

「……あのさ、兄貴ってかなりずれてるよな。兄貴が殺すかどうかって問題じゃないよ。兄貴が殺されるかもしれないっていうのが問題なんだ」

「うーん……でも、僕の力は生きる力だから大丈夫だよ」

「自由に使えるならな」

「う。……そう言われると、何とも言えないんだけどね」


 透がこんなに心配しているのなら、辞めようかな。

 受けることを拒否しようとした僕の心は、一瞬にして砕け散った。


「金は、いつもの三倍出すよ。どうする?」

「やります」


 理解する前に口が動いていた。

 金への執着、恐るべし。


「兄貴!」

「大丈夫だよ。透が僕を信じられないなら辞めるけど」

「……兄貴って、時々汚いよな」

「お互い様だよ。兄妹なんだから」

「……俺、帰るよ」


 機嫌を悪くしたのか、足早に玄関に向かう透。

 どういう声を掛けるか迷っているうちに、逆に声を掛けられた。


「アイスの約束、全部終わってからでいいから」

「うん。分かったよ」

「……帰って来ないと許さないからな」

「うん。分かってるよ」


 遠くなる足音をBGMに、メイン音声が聞こえてきた。


「頑張りなよ、お兄ちゃん」


 うん、これは予想済み。


「お兄ちゃんはやめて下さいと言ったじゃないですか。あまり年下を苛めたらいけないと思いますよ」

「別に苛めてる訳じゃないさ。……ただ、君は本当にお兄ちゃんなんだ。死ぬんじゃないぞ」


 ああ、これは予想外。

 ちょっと何言ったのか理解できない。


「今、何と言いました?ちょっとおかしい言葉が聞こえた気がして」

「だから、死ぬなと言ったんだ」

「朱音さんも、心配したりするんですね」

「……君ね。私を何だと思ってるんだ。茶化す場所じゃないよ今のところは」

「大丈夫ですよ」


 能力が無くても、同じことを口にしていたと思う。

 昔から変わらないこと。


「死ねませんから。可愛い妹を残して死ぬなんて、兄じゃないですよ」


 朱音さんが顔を赤らめる。

 こんなに珍しいこともあるのか。

 ケータイを机に置いたのが悔やまれる。

 これを撮れたら、少し強く出れるんじゃないのか。

 あ、駄目だ、燃やされる。


「何だ、格好良いこと言うじゃないか。死にませんなら殴っていたよ」

「どうしてですか?」

「そういうことを言う奴は大体あっさり死ぬからな」

「そうなんですか。それはそうと、一つ質問していいですか?」

「うん?何だ?」

「どうして顔が赤いんですか?」

「……ッ!」


 おお、もっと赤くなった。

 透も可哀想に。

 もう少し居れば良かったんだ。


「……君ね。大人をからかうもんじゃないよ」

「僕だって大人ですよ。それに、偶には反撃しないとやられちゃいます」

「そうかい。まあ、死なない程度に頑張りな」

「そうします」


 そう言って、朱音さんは炎に包まれて消えていった。

 朱が消えた痕には、白いファイルが残されていた。

 殺人鬼について纏められたファイルを拾いながら、僕は思う。


 素直じゃないなあ、あの人。

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