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次章

 僕が彼女と再会した時、彼女は三十歳の半ばだったにも関わらず、髪は全て絹のような白髪に変わり果てていた。にも関わらず、彼女の表情は、僕が彼女と出会った当時よりも幼く感じられた。

 それは、僕が歳をとった為だけではないだろう。彼女は精神的にも大きく疲労し、研究に熱中するあまりこの様な姿になっていた。

 彼女は、『白い森』研究に一生を捧げる事を決心していた。

 彼女は、カナダに滞在しイングランドにも数年住んだ。それは、彼女の文献研究における最も重要なプロセスだった。

 彼女の主とする研究対象である『白い森と妖精に関する諸物』『レインツリーの考察』『夜の森と幻想世界』を著した有名なテニエル・D・カーヤップが最後に訪れたのは他でもない日本の森だった。

 そこで彼女は日本に舞い戻り、僕の元を再び訪れる事になったのだ。

 彼女からの電話を貰った時、僕は複雑な気持ちだった。もう二度と会う事はないと思っていたし、会いたいと彼女が言うなどと想像できなかったからだ。

 研究者としてではなく、個人として僕に会いたいと言ったのだ。

 ホテルのロビーで、最初に僕は彼女を見た。一目で彼女だと理解した僕は

「会いたかった」

とだけ言った。他にかける言葉など無かった。

「私もよ、でもすっかりおじさんになったわね」

 冗談かと思ったが、彼女は泣いていた。それから僕らは抱き合って、再会を喜びあった。

 長い間、凍りついていた氷塊が溶けだして、いろいろな感情が溢れだしていた。

 だが、それでも、その時ですら僕は彼女を見ていなかったのだ。僕が見ていたのは出会った時のままの聡明で美しい彼女だ。

 その時の彼女の姿も、ある意味で美しさを兼備えてはいたが、輪郭の薄さや、あまりにも細い腕は、危なげで、触れたとたんに硝子や、あるいは薄氷のように壊れてしまいそうな印象を受けた。

 以前から、彼女と話す話題の多くは研究に関する事だった。しかし、近況報告の中で、彼女が二度の結婚と破局を経験している事、白い森研究を日本の森で行いたい、という事の他にはあまり語ろうとしなかった。

 なぜ、そんな姿になってまで研究を続けるのか。また、その研究の先に何があるのかといった具体的な事は、何一つ知ることはできなかった。

 僕は、出来るだけ協力したいと申し出た。彼女の苦労や負担を減らす事ができるなら、僕は本当に何もかも投げ売ってでも力になりたかった。 彼女の本心は分からなかったが、僕の積極的な姿勢に困惑しつつも、幾らかの安堵が読み取れた。

 そして僕は、大学での地位を捨て、彼女と森に隠棲するような形で、阿蘇の山奥に向かった。


 雄大で尊厳に満ちた、樹木や鳥達の息遣い、人間の手が加えられていない、そのままの自然の風景は私達の心を打った。

 生命の営みの生死を繰り返す様や、一時も静止することのない、自然の大木そのままの姿がある事にも感動した。

 しかし、彼女の研究の全容というものが掴めぬまま、また、朧気ながら見え隠れする彼女の精神の崩壊の一端を、僕は見ることになるのだった。

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