暴走LOVER!!
それは、全くの突然だった。
「わ…私と付き合ってください!」
突然の、女の子からの告白。
僕は、いきなりなその状況にただ呆けるしかなかった。
しかし、周りが僕の沈黙を許さなかった。
女の子の後ろから僕を睨みつける目、目、目…それも、かなり殺気だった……
そのあまりの威圧感に、僕は「はいっ!」と答えるしかできなかった。このとき声が裏返っていたと思う。いや、絶対裏返っていた。
僕の言葉を聞いて、神妙な顔つきをしていた女の子がパッと笑顔になった。…結構、可愛い。
そこでフッと我に返って、改めて目の前の女の子を見てみる。
背中まであるストレートの髪は、完璧な茶色。ちょっと釣り目がかった顔。たなびくコートのような服は真紅に染め上げられ、背中にチラッと見える棒は…木刀?
ああ。これはいわゆるあれだ、特攻服…
「っしゃあ!!そんじゃ祝いに走りいっかぁ!!!」
女の子の後ろにいた人の1人が叫んだ瞬間、辺りが怒号のような歓声に包まれた。
よく見ると後ろの人たちもみんな女の子で、おもいおもいの、その、特攻服を着ていた。
どこからともなく、彼女たちはバイクを引っ張りだしてきて一斉に乗りだした。見たところざっと十数台。それらの爆音のようなエンジン音が鼓膜に響いた。はっきり言ってかなり痛い。
さっき告白してきた女の子も、バイクに跨って今にも走り出そうとしている。
「ちょっ…待って…!」
やかましいエンジン音の中、僕の声なんて通る訳がない。
けど、その声に反応したかのように、彼女は僕の方に振り向いた。
「私は楠木 奈津美!忘れちゃダメよ!!」
そう言い残し、彼女たちは走り去っていった。
「楠木…奈津美…?」
楠木 奈津美。その名前には聞き覚えがあった。この街一帯を縄張りとするレディースチーム『烈奴魔璃射』。そのヘッドの名前が確か──
「楠木、奈津美。」
もう一度、名前を呟く。
このとき、僕は混乱しっぱなしで何も考えられなかった。僕に何が起こったのかも、これからどうなっていくのかも………
これが、僕と奈津美の出逢い。
一年前の、良く晴れた夏の出来事────
さて、そろそろ自己紹介をしようか。
僕の名前は三村 圭介。某県某市のとある高校に通う18歳の高校生だ。
何?設定が適当?短編小説だからいいじゃん。
…とまあそれはこっちに置いといて。
僕は一年前まで、周りの同年代の人たちとたいして変わりない生活をしていた。普通に学校に通って、普通に友達と遊んで、普通に恋をして…
そう、奈津美に告白された、あの日まで……
ピピピッ…ピピピッ…
朝、目覚ましの音と共に目が覚める。目覚ましを止めて軽く伸びをした後、カーテンと窓を開けて換気をする。ふう、今日もいい天気だ。
シャワーを浴びたあとは、朝食の準備をする。高校に入ってからはアパートで一人暮らしをしているため、全て自分でやらなくてはいけない。
始めた当初は何もかもが大変だったが、今となっては手馴れたものだ。
「よし…行くか。」
ひと通りの準備を終え、持ち物の確認。財布、よし。鍵、よし。鞄の中身、よし。
「じゃ、いってきます。」
誰に言うわけでもないけど、いつもなんとなく言ってしまう。その言葉と共に、アパートをでた。
学校までの道を歩いていると、後ろから「何か」がキイイィッと凄まじい音を立てて僕の前に割り込んできた。
「ッ…!…奈津美!」
「…ご明察♪」
「何か」の正体はバイクに乗った奈津美だった。てかご明察も何も、僕に向かってこんなことをするのは奈津美ぐらいしかいない。ヘルメットも被ってないし、わからないほうがおかしいよ…
お。今日は普通の服を着てるってことは、これからバイトかな?
「さ、乗りなよ。送ってってあげるから」
バイクの後部座席を叩きながら、にっこり笑顔で悪魔の誘いをしてくる奈津美。
奈津美の運転は上手いんだけどかなり酷い。前に何度か乗せられたことがあるが、その度に遺書を書いておけばよかったと思ったこと以外覚えていない。
「…いや、いいよ。自分で行くから。」
迷うことなく断った。
僕はまだ享年なんて言葉は使われたくない。遺書も書いてないし。
僕の言葉に、奈津美の笑顔が固まった。ヤバイ…
「いいから…」
徐々に、奈津美の纏う空気が暗く、重く変わっていく。
しばし間を置いて、カッと眼が開かれた。
「四の五の言ってないでとっとと乗りなさい!!!!!!!!」
…ビクゥッ!!!!
…キレた。キレてしまわれました。
こうなってしまっては奈津美を止めることはできません。ただ従うしかありません。
ああ、世の中こんな理不尽なことがあっていいんでしょうか神様。
「はい…」
そのキレやすい性格直そうよ…と心の中で呟きながら、バイクの後ろに跨った。
「ちょちょちょままってな奈津美速いはやはやああああああぁぁぁぁぁあああぁ……」
後ろに人が乗っているなど、微塵にも思ってもいないようなドライビングで急発進。
…遺書、書いとけばよかった……
ちょっと奈津美のことを話そうか。
奈津美は僕の2つ年上で20歳。…よく考えたら、女の子って歳でもないなぁ。
今は昼はアルバイト、夜はレディースのヘッドという生活をしている。顔立ちは整っていてスタイルもいい。
が、その肩書きからも分かるようにとても気が強い。
意見しても、反抗しても、喧嘩しても、一度も彼女に勝てた試しがない。
けど意外にも、奈津美は料理がすごく上手い。誰にでも1つは特技があるもんだ。
しかし今もって謎なのは、何故彼女が僕のことを好きになったのか、ということだ。
何度か聞いてみたが、答えが貰えた試しはない。いつか、話してくれるのだろうか……
───キーンコーンカーンコーン──
昼休み。
僕はものすごい勢いで走っていた。
気がつけば、昼のパン争奪競争を圧倒的優位に進めていた陸上部主将を軽くぶっちぎるくらいに猛ダッシュしていた。
後ろで主将がガクッとうなだれていたが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。とにかく、一分一秒でも急がねば!何故なら…
─遡ること3分前─
昼休みになって、僕はいつも通り学食へ食べに行こうと思ったその矢先…
校庭に響くかん高いブレーキ音。外に集まるみんなの視線。
…予想はついた。そして、それを裏切らない声が響いた。
『圭介ーーー!!!弁当持ってきたぞーーーーーーーっ!!!!!』
さあ登場です。
ご丁寧に拡声器付きです。奈津美さん、あなたは体育の先生ですか。てか弁当を高々と掲げないで下さい…。
教室中の視線が僕に集中した。好奇4割、呆れ3割、羨望2割、嫉妬1割という微妙な比率が色々な意味で痛い。
こうなったらもうやることは一つ。
「ああっ…もう!」
僕は速攻で教室を飛び出した。とにかく奈津美の所に行かなければいけない。
で、今に至る──
もう何度目だろうか。奈津美が学校に弁当を持ってきたのは。
その度に職員室で事情聴取を受けたなぁ。たぶん、今日も。
野次馬を掻き分け、途中女の子とぶつかりそうにならながらも、何とか校庭に着いた。
「…遅かったか。」
そう、遅かった。
既に先生2、3人と奈津美が鬼ごっこをしているような状態だった。
先生はなんとか捕まえようとしているが、奈津美はバイクだ。相手にするには分が悪すぎる。
奈津美が僕に気付いたようだ。
鮮やかなバイクさばきで先生たちを撒いた後、僕の所に来た。
「はい弁当。ちゃんと残さず食べろよ。捕まるとめんどいからさっさと行くわ。じゃあねぇー。」
言いたいことをまくしたてて、奈津美は去っていった。
とりあえず、弁当箱を開けてみた。
流石に料理が得意なだけはある。肉、野菜がバランス良く入ったとても美味しそうな弁当だった。
不意に、肩を叩かれた。
振り返った先には…校長だ。
「三村君。後で、私の部屋に来なさい。ね?」
…とうとう校長室で事情聴取か。何か来るとこまで来たって感じだ。
しかし、時計を見ると昼休みは残り少ない。教室に戻っても面倒な事になりそうだしな。…ダメもとで、切り出してみるか。
「あの、そちらで弁当食べてもいいですか?」
「…お茶くらいは、出しますよ。」
「…疲れた……」
放課後。僕は家への帰路についていた。
朝の暴走登校、昼の弁当事件、さらに校長室で先生方にお説教…
とにかく、今日は奈津美に振り回された一日だった。
「…早く帰ろう。」
もう夕食を作る気力もない。コンビニで弁当でも買って、今日はさっさと寝よう。
そう思った矢先──
「かーれし!」
不意に、後ろから声をかけられた。
僕のことをそんな呼び方する人なんて限られる。
渋々振り向くと、
「よっ、元気かい?」
…やっぱり。奈津美のチームの人だった。名前は確か…貴子さんだ。
彼女の他にも2人いた。…こっちは知らない顔だ。
「…なんですか。」
とにかく、早く帰りたかった。今日はもう面倒事はごめんだ。
「ね、ちょっと顔かしてくんない?」
…が、どうもそうはいかないようだ。今日はとことんまで厄日らしい。
今までこの人たちに関わって、まともな事になったことなど僕の記憶にはない。
僕は少し考えた後、回れ右をして全速力で逃げた。
「あっ!ちょっ待てコラァ!」
当然だが、向こうも追い掛けてきた。
月並みだが、待てと言われて待つ奴はいない。何とか逃げきろうと必死に走った。
しかし、貴子さんのほうが一枚上手だったらしい。追い付かれた。
いきなり後ろからタックルされて、僕は思いっきり前にぶっ倒れた。
「にっ…げんなよ!オイ!」
体を無理やり起こされ、羽交い締めにされた。顔が痛い…ん、背中に柔らかい感触が…
他の2人も追い付いてきて、3人がかりで押さえつけられた。これでは逃げようがない。それでも、なんとか逃げ出そうとあがいてみる。
「ちょっと、大人しくしな!」
ドゴッ!!!!
頭にもの凄い衝撃が走る。何か硬いもので、頭を殴られたような。
目の中で星が弾けた。急速に意識が薄れていく。
「大人しくしてれば、こんな事…」
ダメだ…逃げなきゃ……
そんな思いとは逆に、どんどん世界が暗くなっていく。
「………つか……も…い………」
「………っす!……れい…………す……」
僕の意識は、そこで完全に途切れた。
─奈津美が、いた。
いくつもの、奈津美が。
レディースの奈津美。
ウェイトレスの奈津美。
負けん気の強い奈津美。
料理の得意な奈津美。実は可愛いもの好きな奈津美。
僕の知ってる奈津美。
僕の知らない奈津美。
奈津美は、僕が好き。
…だったら、僕は?
僕は奈津美が好き?
僕は……
僕は………奈津美が…………
───夏には似合わない冷たい風と、ズキズキする痛みで目が覚めた。
ここは…僕は…
「お目覚め?」
頭の上からの声。
よく聞きなれた声だ。
「…奈津美?」
声のした方を見上げると、奈津美がいた。
黒いライダースーツを着て、バイクを運転している。
…?
バイクを運転している奈津美が、何で見えている?
答えはすぐに解った。…サイドカーだ。
僕は、奈津美のバイクに付いたサイドカーに乗っていた。
が、納得いかないことがある。
「奈津美!2つほど聞きたいことがあるんだけど!」
僕の声に反応して、奈津美がバイクを止める。
「…何?」
「僕は何でここにいるんだ?」
「デートよデート。その為に貴子たちに圭介を連れてきて貰ったの。」
…デート?連れてきて?
あれは拉致だよ!デートする相手を拉致してくるなんておかしいよ!…という言葉は胸の奥に閉まった。
そんなことを言って聞く奈津美じゃないことは重々承知だ。
「じゃあ…………何で僕はぐるぐる巻きに縛られてるんだ?」
今僕の体は、ロープでぐるぐる巻きにされている。しかもかなりギッチリと。
「だって、縛りつけとかないと逃げるから。」
…サラッととんでもないこと言いましたよこの人は。
もう縛るという行為に、何の疑念も抱いていないらしい。
僕の中の常識というものは、彼女には当てはまらないようだ。
「もう言うことない?なら行くよ。」
そう言って奈津美は再びバイクを走らせた。
陽の落ちかけた国道を、奈津美のバイクが駆けていく。
その間、僕はさっき見た夢のことを考えてた。
…僕は………僕は…奈津美が好きなんだろうか。
いきなり告白されて、思わず了承して、付き合うことになって、1年たって…
僕の…気持ちは……
キィィィィッ!
僕の思考は、急ブレーキによって中断された。
「奈津美?」
「あいつら…」
奈津美は正面を見て…いや、睨みつけていた。
その視線を追った先には、人がいた。
見たところ、4人。女性だ。全員特攻服を着て、それぞれ物騒な物を持っている。…レディースか?
「よぉー奈津美チャン。久しぶりじゃん。」
1人が鉄パイプを揺らしながら寄って来た。
歩き方がいかにも不良くさい。
「なんだよ。こっちは今忙しいんだ。あんたらに構ってる暇はない。」
奈津美の顔がやけに険しい。口調にもイラつきが表れている。
「んん?よく見たら男連れかよ。」
「なになにデートぉ?あーあーアツイアツイ。」
「つか男のほう縛られてるし。アンタそーゆー趣味?」
「やだ〜きも〜い。」
次々に口を開く女達。
安い挑発だ、と真っ先に思った。お前ら皆頭悪いだろ、とも。
しかし、イラついていた奈津美の感情を爆発させるにはそれで十分だったようだ。
「あぁ!?そんなに死にたいんかテメェら!!下らねえゴタクはいいからとっとと来やがれ!!!!」
奈津美はバイクを降り、バイクにデフォルト搭載してある木刀を抜いて向かっていった。
「おぉ!こちとらウチのヘッドやってくれた敵討ちに来てんだ!行くぞオラァ!!!」
僕は完璧に縛られてる上に、サイドカーの中は狭いため身じろぎ一つ出来ない。
だから、奈津美の戦いをずっと見ていた。
圧倒的だった。
相手の攻撃はカスリもしない。文字通り、指一本触れさせなかった。
まさに一騎当千の強さで、次々と相手を打ち倒してゆく奈津美。
その姿は、格好よかった。美しいと思った…
───ドクン───
時間にして1分くらいだったろうか。
奈津美が戻ってきた。襲ってきた連中は皆地面にうずくまっている。
「お待たせ。行こっか。」
バイクに跨って、木刀をしまいゆっくりと走り出す。
「あんたらごときにやられる私じゃないよ。出直してきな。」
女達の側を通るときにそう言い残し、奈津美は一気にアクセルを回して加速させた。
「お、覚えてろよおおぉぉぉぉ───……」
女達の1人が、去り際に何か叫んでいた。
まあ、なんというか、
「ありきたりだなぁ」
「ありきたりねぇ」
───ハモった。綺麗に。ピッタリと。
僕らは驚いて顔を見合わせた。
「プッ…ククク。」
なんとなく、笑いだしてしまった。本当に、なんとなく。
「何よぉ…フフフ。」
「クク…アハハハハ。」
「フフフ…もぅ!」
僕たちの笑い声を乗せて、バイクは道を走る。
陽は、もう沈みかけていた。
「今日はね、圭介をここに連れてきたかったんだよ。」
そう言って奈津美はバイクを止めた。
着いた場所は丘の頂上。涼しい風が吹き、辺り一帯を見渡せる場所だった。
「あのさ奈津美…とりあえず、ロープほどいてくれない?」
「あ、ゴメン。」
奈津美は僕をサイドカーから引っ張り出すと、手際よくロープをほどいてくれた。
言わないと気付かなかったのか…
「あ〜。やっと自由になれたよ。」
束縛から解放された僕は、思いっきり大きく伸びをした。
身体中の骨が、まるでうめき声を上げるかのようにバキバキと鳴った。
そこでふと、さっきの出来事を思い出した。
「そういえば。さっきの、誰だったの?」
「さっきの?…ああ、前から難癖つけてきてたレディースの奴らだよ。この間あいつらの頭をボコったんだけど、その仕返しに来たみたいだね。しつこいったらありゃしない。」
大方想像通りだった。
奈津美のチームはそれほど大きいものではないらしいが、こういった他レディースとの抗争は結構多いと前に奈津美から聞いたことがある。これもその一部だろう。
ちなみに言うまでも無いと思うけど、奈津美の言った『頭』はさっきの女達の『頭』じゃなくて、その女達のチームの『リーダー』の意味なので。
ん…頭?…頭……あ!
疑問の答えに気付いた途端、僕の頭の痛みがぶり返してきた。
触ってみると、かなり立派なたんこぶが出来ている。
「奈津美…貴子さんに拉致されるとき、何かで頭殴られたんだけど…」
「やっぱやられた?貴子、すぐに手が出ちゃうから。…大丈夫?」
珍しく優しい言葉をかけてくれた…と思ったら、明らかに顔が笑っていた。
「いや奈津美!笑い事じゃ無くて…」
「あっ!圭介、見てみなよ!」
文句を言おうとする僕をサラッとシカトし、奈津美はある一点を指差した。
何か釈然としないが、僕もその方向に目をやる。そこには──
「…う……わぁ…」
夕日が、あった。
この位置からだと、ちょうど海が見える。
夕日は海に沈んでいき、海には夕日が反射してキラキラ輝いていた。
言葉が、出なかった。
「凄いでしょ。前に見つけた、お気に入りの場所なんだ。」
自慢げに鼻を鳴らす奈津美。
確に、これは自慢したくなるだろう。
「ホント…凄いよ。けど、この場所を何で僕に?」
「う…ん。何て言うかね、知って欲しかったんだよ。圭介に、ここを。」
言いながら、奈津美は恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。
「…………」
奈津美と二人、沈んでいく夕日を眺める。
そうしながら、僕はずっと、考えていた──
僕は今まで、奈津美があまり好きにはなれなかった。
レディースという立場が、勝ち気な性格が、何者にも縛られない奔放さが、僕とは合わないと思っていた。
僕を巻き込んで何かとトラブルを起こす奈津美を、迷惑に感じていた。けど…
───ドクン───
今、僕の中で、何かが変わっていった。
奈津美は─強気で、頑固で、負けず嫌いで、トラブルメーカーで、自分勝手で、意地っ張りで、喧嘩が強くて、料理が得意で、動物が好きで、案外涙脆くて、格好よくて───
自分の中の、『奈津美』という存在が、少し、大きくなった。
夕日を眺める奈津美の横顔を見ていると、思わず
「綺麗だ…」
と呟いてしまった。
「えっ…」
「あ、いや。夕日が、さ。綺麗だなーって。」
慌てて取り繕ったが、正直内心ドキドキだった。
顔が赤くなってそうだけど、夕日が隠してくれるだろ、うん。
「………」
「………」
沈黙。気まずい…。
「………ね」
「ん?何か言った?」
「なんでもない!さ、帰ろっか。」
言うや否や、奈津美はさっさとバイクに向かって歩き出した。
「あ…待てよっ。」
小走りして、奈津美に追い付く。
奈津美はバイクに、僕はサイドカーに乗ってその場を後にした。
実は、奈津美がさっき言った言葉はちゃんと聞こえていた。
「初めて、褒めてくれたね」と。
明日からは、楽しくなりそうだ。
なんとなく、そんな予感が僕の胸にあった。
あれから一週間が過ぎた。
相も変わらず奈津美に振り回されている僕だが、少しずつそれを楽しめるようになっていった。
毎日が順調に過ぎていく、そんな中、事件は起きた……
朝の爽やかな空気を切り裂いて疾走する、道路交通法完全無視の一台のバイク。
今日も例によって例の如く、奈津美に半ば連れ去られる形でのバイク登校となった。
相変わらずの暴走運転だけど、最近は割と意識がしっかり保てるようになってきた。
慣れてきただけなのか、それとも…
そんなこんなで、他の登校する生徒の注目を一身に浴びつつ、校門に到着。
「きっとあの人よ…」
「やっぱり…」
「何の用だろな…」
「どうせろくなことじゃ…」
………?
今日はやけにヒソヒソ話が多い。近頃は少なくなってきたのに。
その理由は、すぐに分かった。
「奈津美さん!」
いきなり大声で奈津美が呼ばれた。校門の横からだ。
見ると女の子がこっちに向かってきた。
「眞子じゃん。どうしたの。」
声の主は、最近奈津美のチームに入った眞子ちゃんだった。
何故か今にも泣きそうな顔をしている。
「貴子さんが…メギドの奴ら…にラチられて……奈津美さん…をS市の廃工場に呼べって……」
途切れ途切れに話す眞子ちゃん。よくわからないけど、もう半泣き状態だ。
「メギド…!?ってちょっと…!眞子、何があったの!?」
「昨日…朝まで貴子さんと走りに行ってて…あたしがちょっと離れてる間に……いなくなってて…これが……」
そう言って、眞子ちゃんは小さな紙切れを取り出した。
それには汚い字で、こう書かれていた。
奈津美
お前の仲間は俺達が預かった
今日の昼までにS市の駿河鉄工場に来い。貴様一人で来い。礼をさせてもらう。
陣内
「陣内直々の名指しかい…参ったね。」
メモ…いや、果たし状ともいえる紙を見つめる奈津美の表情は険しかった。
苦虫を噛み潰したような顔、というのがしっくりくる。
「奈津美…メギドと、陣内って?」
「…メギドは、隣の県の暴走族チームさ。規模、強さは半端じゃない。陣内は、それのヘッドだよ。」
「…!!それってヤバいんじゃ!しかも礼をする、って…何か恨みを買うようなことでもしたの!?」
「恨みと喧嘩はいつでも買ってるよ。しっかし、今回は流石にね…」
奈津美の態度に、うつむいていた眞子ちゃんが不安そうに顔を上げた。
「奈津美さん…」
「大丈夫。貴子を見捨てやしないよ。相手は悪いけど、なんとかなるさ。」
そう言って奈津美はバイクに乗り直した。
「眞子。皆にはこの事、言うんじゃないよ。余計な心配はかけたくないからね。あと…圭介。」
「…うん?」
「今日は弁当、作ってあげられそうにないね。ゴメン。」
「…気にしないで。それより貴子さんを…。」
「うん。行ってくる。」
奈津美は微笑んだ後、一気に転進して矢のように走っていった。
「奈津美…」
…嫌な予感がした。
虫の知らせとでもいうやつか、言い表せない不安が胸の奥に広がっていった。
一つの、確信とも言える想いが、頭に浮かぶ。
このままじゃ、奈津美が危ない…!
そう思うと、自分でも驚くほど行動は早かった。
「眞子ちゃん!指定された工場の場所、分かる!?」
「…えっ!?う…うん。分かるけど。」
「僕をそこに連れていってくれ!」
「えっ…え?でも…」
僕の唐突な行動に、眞子ちゃんの頭の上に?が浮かびまくっていた。
「嫌な予感がするんだ!手遅れになる前に…お願い!」
「う、うん!分かった!バイク持ってくるね。」
僕の勢いに押されたのか、眞子ちゃんは頼まれてくれた。
「よしっ。後は…」
「すみません!この鞄、3―1の誰かに三村のやつだ、って言って渡しておいて下さい!」
側を通りかかった女の子に、強引に鞄を押し付けた。
女の子は呆気にとられながら、僕と鞄を交互に見ていた。
「圭介君!乗って!」
眞子ちゃんがバイクに乗ってきた。
声を聞くやいなや、すかさず後ろに飛び乗った。
「飛ばすよ!しっかり捕まってて!!」
猛スピードで走り出すバイク。
僕はすんでの所で眞子ちゃんの腰にしがみついた。
「おい三村!お前どこいくんだあぁぁぁ……」
後ろから先生の叫びが聞こえた気がしたが、そんなことは気にしない。
とにかく、今はただ、奈津美が心配だった。
この不安が、杞憂であることを祈りながら────
廃工場に着いたのは、奈津美よりかなり遅れてからだった。
入り口の側に見慣れた奈津美のバイク。あと他にも数台バイクがあった。たぶんメギドの連中のものだろう。
同じ所にバイクを停め、一目散に開け放たれた扉をくぐった。
そこには、凄惨な光景があった。
数人の男達が、奈津美を集団暴行していた。
容赦ない殴る、蹴る。対して奈津美は全くの無抵抗。…酷すぎる。
「奈津美!」
「奈津美さん!」
僕達が叫ぶと、男達の動きが止まって、一斉に意識がこっちを向いた。
「あん。なんだテメェは。」
声と共に、奥からのっそりとガタイのいい男が現れた。おそらく、こいつがリーダー格だ。
その横に、腕を包帯で吊った、見覚えのある女が立っている。
…そうだ。一週間前、奈津美に襲いかかってきた女だ。
「あ!こいつ、たしかそのクソ女の男だよ!」
向こうも僕に気付いたようだ。わざわざ指をさすあたりが相変わらず馬鹿っぽい。
「ほぅ…あんな女に男がいたとはな。粋狂なやつもいたもんだ。なあ。」
そう言って陣内は大声で笑いだした。他のやつらもそれに続いて笑いだす。
僕の中で、ふつふつと怒りがこみあげてきた。
「ん、そうだ。どうせなら恋人の恨みは、恋人に晴らさせて貰おうか。我ながら名案だ。」
「あ!それいい!あのクソ女にやるより面白そうだし。」
…そういうことか。
陣内と女の会話を聞いた瞬間、この騒動の原因が全て理解できた。
奈津美がボコったこの女と陣内は恋人同士で、二人は奈津美に復讐しようと企んだ。
そして、貴子さんを拉致し、奈津美を一人だけ呼び出し、人質をとられて抵抗できない奈津美を………
「ま、こんなひ弱そうなガキ、俺が相手するまでもねえや。ヒロ、そこのオマケと一緒にやっちまえ。」
陣内が仲間の一人を指名し、僕を指さす。
オマケ…眞子ちゃんまで巻き込むつもりか!
「へへっ。りょーかい。」
ヒロと呼ばれた帽子を被った男が、指の骨を鳴らしながら近付いてくる。
「あ…あ……」
眞子ちゃんは完全に怯えていた。まだ実際に喧嘩とかをしたことはないのだろう。
「圭介!眞子!逃げろ!!あんた達じゃ…」
「うるせぇよクソが!!」
奈津美の叫びを、近くにいた男が蹴りで遮断した。
「奈津美ぃ!!」
───キレた。
その瞬間を見て、今までにないくらいに怒りが全身を支配した。
「テメェはこっちだよ!ウラァッ!」
帽子の男が思いきり僕に殴りかかってきた。
視線を写した時には、もう目の前だった。
「圭介!!!」
「圭介君!」
「あ?」
ズドォン!!!
誰もが、その光景に目を疑っただろう。
帽子の男は今、背中から思いきり地面に叩き付けられた。
殴りかかってきた本人も、自分に何が起こったのか理解できていない。
やったのは、僕。
僕が、降り下ろされた相手の拳をとってその力を利用して投げつけたのだ。
続けて間発入れず、腹に拳を叩き込む。
帽子の男はうめき声を上げ、そのまま気絶した。
僕は立ち上がり、陣内を睨みつけた。
「…来いよ。『俺』がひ弱かどうか、アンタが確かめてみな。」
「なっ…」
陣内は完全に面食らっていた。
まさか、ナメていた相手に反撃されるとは予想していなかったに違いない。
「…はっ!よ、よくもヒロちゃんを…!」
我に帰ったスキンヘッドの男が、木刀を振りかざして突っ込んできた。
それを軽くかわして足払いでバランスを崩し、みぞおちを蹴り上げる。
「ぐぇっ」
スキンヘッドはそのままくず折れて悶絶した。
「き、貴様ァ…!!」
陣内が凄まじい形相で俺を睨んで来る。
流石はヘッド。気迫は十分だ。
「このまま生かしちゃ帰さな…」
「ぎゃあっ!」
いきなり奥で叫び声がした。
見れば、いつの間にか奈津美が捕まっていた貴子さんを助けだしていた。
全員の注意が俺に向いている隙をついたようだ。
「圭介!大丈夫なの!?」
いつかとは違う、心から心配した声。
ちょっと、嬉しかった。
「俺のことは気にしないで!やるぞ!!!」
「あ…ああ!!」
「あたしだって、やれますよ!」
そう言いながら、眞子ちゃんはどこからかメリケンサックを取り出した。
奈津美も落ちていた木刀を拾い、口の端に着いた血を拭って構える。
貴子さんまでやる気マンマンだ。
「…ッ!貴様ら皆、この場でブチ殺す!!!!やれぇっ!!!!!!」
陣内の怒号が響き、闘いが、始まった。
15分位闘ってただろうか。
始めこそ勢いに任せて優勢だったが、次第に数に押されてきた。
4対20数人。分が悪いにも程がある。
それでも、俺達は引かなかった。引くわけにはいかなかった。
「ハァ…ハ…ァ………」
「…ッハア。手間ァ、かけさせやがって。」
流石に、もう限界だ。
俺も奈津美もボロボロで、立っているのがやっとの状態。
貴子さんと眞子ちゃんは、最早倒れたまま立ち上がることも出来ないようだ。
対して陣内達は、無傷ではないもののまだ動けるのが12人ほど。
「ククッ…あがきは終了か?」
「まだっ…だ痛ッ!」
体が、思うように動かない。少し動こうとするだけで、全身に鈍い痛みが走る。
「フン…この俺に逆らうからこういうことになるのさ…」
満身創痍、絶体絶命。
まさにそんな言葉が似合う状況だ。
「くそ…私はまだ……やれる……」
ふらつきながらも、木刀を構える奈津美。
しかし、膝は震えて力が入っていない。
もう闘えるほどの体力は残ってないのだろう。
………万事、休す…か。
「もうお前ら、さっさとくたば…れ………」
…………?
陣内の動きが、止まった。
他の連中も一点を見て完全に固まっている。
「奈津美ぃ!生きてるか!?」
突然の叫び声。
真後ろから聞こえたそれに振り向くと、目に入ったのは50人はいようかという大集団。
そして…
「か…佳奈……?」
「悪い、遅くなったね。」
奈津美のチーム『レッドマリー』の参謀役の佳奈さん。彼女を筆頭に、レッドマリーの全員がそこにいた。
その他にも、見慣れない人達がいた。
「『コスモス』…『アンジェラ』も…何で…」
『コスモス』に『アンジェラ』。確か、以前奈津美に聞いた、他のレディースのチーム名だ。
「あんたがヤバいのと喧嘩やるって聞いたから、助けにきてやったんだよ!」
「ライバルが減ると面白くないからね。有難く思いな!」
「あんたたち…」
…凄い。
普段は喧嘩ばかりしている間柄でも、相手の危機には助けにきてくれる。
そんなライバル関係を築いている『レディース』というものを、初めて凄いと思った。
「っしゃあ!!そんじゃま奈津美の仇討ちと行きますかぁ!!!!」
凄まじい咆吼のような叫び。割れんばかりの怒号。
押し寄せる津波の様に、一気に大勢が動きだした。
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
「んなっ、冗談じゃねぇ!!逃げっぞ!!!」
完全に戦意を失ったメギドの奴らは、我先にと逃げようとしている。
「お、おい!てめぇら待て!!」
「じ、陣内クン!助けて!!助けてよぉ!!!」
逃げるのを止めようとする陣内。ただ助けを求めるばかりのその彼女。制止を振りきって逃げる手下達。
それらを全て飲み込むように、レディース軍団が襲いかかる。
その光景をただ呆然と眺めていたが、奈津美がいきなり何かに気付いたように顔を上げた。
「…!コラァ!!私はまだ死んでないぞぉ!!!」
などと叫びながら、木刀を振り回して人の群れに突っ込んでいった。
…さっきの
「仇討ち」
の言葉に反応したのか。
「ハハハ…」
ふと、笑いがこぼれた。緊張の糸が切れたようだ。
それと一緒に、意識が薄れてきた。
工場に響く様々な声が、子守り歌のように聞こえてきた。
そのまま俺は、地面に倒れこんだ。
──声が、聞こえた
─なんで、こんなことしたの?
─…こんなこと?
─奈津美を、助けに行った。
─助けに行ったら駄目か?
─奈津美は、君にとって迷惑な人間じゃなかったのか?
─前はそうだった。けど、今は違う気がする。
─じゃあ、今はどうなんだい?
─今は…僕は……
─…僕は?
─僕は、奈津美に惹かれてきてる…。
―それが、答えかい?
―そう…だと思う。確信は、持てないけど…。
─そう…じゃあ、そろそろ戻ろうか。
─ああ…
ゆっくりと、瞼を開ける。光が少しずつ流れ込んで、意識が覚醒していく。
「あ、起きた。」
すぐ近くから、奈津美の声。
ぼやけた視界がはっきりしてきた。
そして、目の前には微笑む奈津美の顔。
「…僕は……」
「やっとお目覚めかい、彼氏。」
さらに別の人の声。
その方を見ると、壁に背をもたれて座っている貴子さんがいた。
何故か、やけにニヤニヤしてる。
そこで思った。
…なんか、後頭部が温かい。柔らかいものに頭が乗っかってる感じだ。
すぐ近くにいる奈津美。にやけている貴子さん。この状態…
「…奈津美。もしかして…さ。膝枕してる?」
「うん。そだけど。」
しれっと言ってのける奈津美。
いや、そんな恥ずかしい…
「ほら、目ぇ覚めたんなら立てるでしょ。」
といいながら、奈津美が先に立ち上がる。
となると、自然に僕の頭を支えるものが無くなるわけで…
ゴッ
「〜ッ!!!」
コンクリートの地面に直撃した後頭部を押さえながら、その場でもんどりうった。
「いっ…たぁ!酷いじゃないか奈津美!いきなりそっちが立つなんて…!」
「なに言ってんの。いつまでも私の膝枕に乗っかってる圭介が悪いんじゃない。」
「んなっ…でも奈津美…」
「……プッ…アハハハハハハ!」
僕の反論は、突然周りから起きた爆笑に妨げられた。
その犯人は、『レッドマリー』の皆だった。
…ということは、膝枕状態を全員に見られてたわけで……
うあ…恥ずかしい………穴があったら入りたいよ…
そこで、張りつめていたものが取れたからか、身体中が痛みを訴え始めた。
「痛っ!いたたた…」
「ホラホラ、あんまり興奮しない。」
そう言いながら、奈津美が体を支えてくれた。
改めて近くで見ると、奈津美も僕と同じくらいボロボロだ。
貴子さんや眞子ちゃん、他の皆も多かれ少なかれ怪我をしている。
「そうだ。あいつらは…?」
「メギドの連中なら、あの後すぐ尻尾巻いて逃げてったよ。かなりボコったから、しばらくは大人しくしてるだろ。」
よほどムカついていたんだろう。
奈津美はすっきりした顔で、楽しそうに話していた。
この様子だと、かなり徹底的にやったんだろう。相手、死んでなきゃいいけど。
「僕達…勝てたんだね。」
「そう。……ん?」
奈津美が不思議そうな顔をして僕のほうを見る。
「…何かあった?」
「圭介、一人称『僕』に戻ってる。さっきは『俺』だったのに。」
「え…!?僕『俺』って言ってた?」
「うん。」
奈津美の言葉に、貴子さんも頷く。
いつの間に、そう言ってたんだろう…全然気が付かなかった。まるで…
「まるで昔に戻ったみたいで、かっこよかったんだけどな。」
「えっ…?」
「あっ…」
昔?
奈津美の口から今、昔って…
「なつ…」
「そーそー圭介!あの後大変だったんだから!」
僕が理由を聞こうとすると、奈津美は強引に話題を変えてきた。
話すつもりはない…か。
それっきり、僕も触れようとはしなかった。
その後、奈津美や貴子さん達から色々な話を聞いた。
実は佳奈さんが後をつけてきてて、ここに着いてからチームの皆を呼んだり、他のチームに援軍を頼んた事。
他のチームは全てが終わったあと、さっさと帰った事。
今回の一件で借りを作ってしまった事。
それらを喜怒哀楽様々に話してくれた。
そして、貴子さんが一言。
「そういえば彼氏、強かったねぇ。すっごい意外だったよ。」
「ホントホント!びっくりしたよ!何かやってたの?」
眞子ちゃんも話に乗ってくる。他の皆も興味津々って目だ。
「ああ…昔ね、空手と合気道をやってたんだ。だからだよ…」
空手と合気道。
本当は、こんな力使いたくなかった。
元々争い事は好きじゃないし、何より…嫌な記憶が頭をよぎる。
封印したかった。忘れてしまいたかった。
…けど、奈津美を助けたいと思った時、これを使うことに躊躇いは無かった気がする。
何故かは、分からないけど。
「私は…知ってたよ。圭介が、空手と合気道を出来ること。」
「…!?」
奈津美が言った、意外な言葉。このことは、昔からの友達しか知らないはずなのに…
「奈津美…どうして知ってるの…?」
「ん…ちょっと、ね。」
そう言って、奈津美は顔を赤らめた。
…???
さっきのといい、何か、奈津美の謎が増えた。
どうしてだろう…
「…さぁて!皆集まってることだし、パーッと走りにでも行くかい!!」
「イエェェーーーッ!!!!」
「なっ、奈津美!?」
正に鶴の一声。
それまであれこれと話をしていた皆が、その号令で一斉に歓声を上げた。
そしてゾロゾロと停めてあるバイクに向かいだす。
「ちょっ、奈津美!貴子さんも眞子ちゃんも!怪我してんだから無茶しちゃ…」
「無茶?若い頃に無茶しなくて、いつやるのよ。ねぇ。」
「…ま、奈津美さんは言い出したら聞かないしね。その辺は彼氏もよく解ってるでしょ?」
…確かに。そういえばそうだった。
皆が各々バイクに乗る中、奈津美が僕の方に戻ってきた。
「あのさ、圭介。」
「…?」
「来てくれて…ありがと。正直、心細かった。辛かった。…けど、圭介が来てくれたから、守ってくれたから、私は頑張れた。本当に、嬉しかったよ。」
奈津美は微笑みながら、僕にそう言ってくれた。
───ドクン───
「奈津美…」
「うん!だから頑張れよ!少年!!」
「っ痛あ!」
バンッと背中を叩いて、奈津美は皆の方へ走っていった。
もう何だか意味が分からない。叩かれた背中もヒリヒリする。
でも、奈津美の言葉に僕も嬉しくなった。達成感の様なものがあった。
…そっか。
誰かを傷つけるだけだと思っていたこの『力』は、誰かを護る為にも使えるんだ…。
その為なら、ずっと嫌いだったこの『力』も好きになれそうだ。
奈津美には、今回色々と教えられた。
「奈津美…ありがとう。」
突拍子もない出逢いから始まった、生活も性格も違う僕達の関係。
ずっと、後悔と苦難の連続だったけど、これからは受け入れていけそうだ。
僕の、この気持ちと共に………
…って。
「あれ…?」
奈津美も、貴子さんも、眞子ちゃんも。誰も、いない。
いつの間にか、何十台もあったバイクは影も形もなくなっていた。
「置いて…かれた?」
夏には似合わない、寒い風が吹き抜けた気がした。
この工場のある市は…全く知らない場所。
財布は…ここに来る前に女の子に渡した鞄の中。
携帯は…そんなもの初めから持ってない。
人は…通る訳がない。
「…………」
状況…最悪。
「な…奈津美の、バカアアアァァァァァァァ…………」
…ホントに、大丈夫なのか。僕達の関係は……
たった今したばかりの決意が、もう揺らぎ始めた。
正直、奈津美の事が少し嫌いになった。
「さあて、どうやって帰ろうかな…」
とりあえず、歩きだす。
これからの、恐らく波瀾万丈の人生を。
とにかく、まずは家に帰る為に。
そんな、18歳の僕の出来事。
良く晴れた、暑い夏の空の下───
Fin
ここまで長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。
こんな話でしたが、読まれた方に楽しんで貰えたなら幸いです。
さて、この『暴走LOVER!!』ですが、実は昔書いていたもののリメイクなんです。
以前のは、かなり不完全燃焼で終わってしまった為、こうして形を変えてまた作り直しました。
なので万が一、昔に同名タイトルのSSを見掛けた方。決してパクりではないので御容赦を。
ではそろそろ締めに。本編がただでさえ長いのに、後書きまで長いというのもあれですので。
なにはともあれ、読者の方に感謝と御礼を。
あ、あとできれば御意見・御感想なんぞ書いてもらえれば、当方泣いて喜びます。
むしろ踊ります。飛び跳ねます。
けどホントに、できれば…
では、また御縁があればお会いしましょう。
アクア