幸せの時間(とき)からどん底へ
「透ー!!」
名前を呼びながら、病院側から1人の男の人がこちらに近づいてきた。それと同時にベンチに座っていた王子様も本を閉じ立ち上がる。
「遥。」
「ごめん。いつもより遅くなった」
「いいよ。その分読書進んだしね」
透を呼んだ男性は透とは違い、背が高く、黒髪の短髪で少し目尻が上がっているその顔は、少しきつめの印象をうける。しかし、そんな印象は今の奈津には関係なく、
透さん・・・なんて優しそうで素敵なお名前・・・!!帰ったら王子様プロフィール更新シなくちゃ!!・・・でも2人の時間はもう終わりかぁ。と透のことで頭がいっぱいであった。
「ねぇ」
でもでも、また会えるしね!!(話せないけど)
「ねぇってば」
あっ、プロフィール、今日透さんが読んでた本のタイトルも書かなくちゃ。えっとえっと、名前なんだったっけ?まだ透さん、本手に持ってるかな?
そう思い、奈津は2人のいる方向を見ようと振り返った。すると、
「おい!」
透じゃない方の人(※遥)の顔の度アップが、
「・・きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
目の前にあった。思わず叫びながら後ずさる。すると彼は手を耳に当てながら、
「でけぇ声。何も叫ぶことないだろ」
「だっ、だって、いきなり顔がっ、目の前にっ!!」
「いきなりじゃねぇよ。何度も読んだし」
「・・へっ?」
見かねた透さんが話の中に入る。
「言葉がぶっきらぼうでごめんね。君が読んでた本が落ちてたから、遥が拾って声をかけたんだ」
「あっ、そうだったんですね。すみません、ありがとうございます」
そう言って、奈津は遥から本を受け取る。
やだなぁ、私ったら恥ずかしい・・。思わず顔が赤くなる。
恥ずかしさでいっぱいになり、少し沈黙がおこる。すると、
「もしかして・・俺に一目惚れしちゃった?」
「なっ・・!!」
遥が意地悪そうに口の端を上げながら言った。
「ちっ、違います!!」
「やっぱりなぁ。俺かっこいいし。そうなっても仕方がない、うん」
「だから違いますって!!」
あああぁぁぁ~~、透さん隣にいるのに勘違いされちゃうよぉ~!!
そんなことを考えているのを知ってか知らずか、遥は一瞬奈津を上から下まで見ると、次に肩に手を置き、
「でもごめんな。もうちょっと体が成長してからもう一度告白しに来いよな」
そう言い放った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ブチっ。
「こんのセクハラがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
堪忍袋の緒が切れた奈津は、気がつけば遥の顔面を殴り飛ばしていた。思いっきりグーで。
ハァハァ・・。
「なんで!初めて話した!ほぼ初対面の人に!そこまで言われなくちゃいけないのよ!!」
どうしよう、泣きそう。せっかく透さんの名前が知れて、今日は良い日だって思ってたのに。・・泣き顔・・見られたくない。
そう思った奈津は、そのまま何も言わず走り去った。
少し走ったところで、奈津は透が追いかけて来ているのが分かった。
「待って!!」
そう言われ、透ということもあり渋々背を向けたまま立ち止まる。
「あの、ごめん」
「・・あなたが謝る必要ないじゃないですか」
「そうなんだけど、でもあいつの親友として、ごめん」
「・・・」
「・・・明日も公園に来てくれるよね?」
「・・分かりません」
「俺、待ってるから」
「・・・」
「じゃあ、また明日」
透はそう言うと、もと来た道へと帰って行った。
彼が歩いて行く後ろ姿を奈津はしばらく見つめ続ける。
行きたいよ。透さんに会いたいもん。でもこんなことがあったあとじゃ、
「・・・・・行けるわけ・・ないじゃん」
思わず呟いた独り言。このまま風の中に消えていく。はずだった。
なのに、
『なんで?』
「えっ?」
それに返事が返ってくるなんて、思いもしなかった。
しかもその出会いが、私達の運命をここから大きく変えていくことになろうとは、このときの私には想像もできていなかった。