07.帰郷
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なんとなく気まずい空気のまま、馬車は夕刻にリュネの村へと到着した。
「相変わらず、何もない村ねぇ」
馬車から降りて体を伸ばしたルルは、周囲を見渡しながらしみじみと呟いた。
賑やかで都会なアストリアムとは全然違う、田んぼや畑に囲まれた故郷はひどく素朴で退屈そうに見える。
「ねーちゃんだ!」
「ねーちゃんだ!」
「おねーたんらぁ!」
横手から幼くて元気な声が飛んできた。
同じ顔をした十代前半の少年が二人と、年端もいかぬ幼児が一人。
「リク、ナギ、トト!」
ルルはぱっと顔を輝かせ、少年たちの方へと駆け出した。
「おかえり、ねーちゃん! お土産は?」
「お土産は?」
「おみあげはぁ?」
「なぁなぁ、彼氏できたか?」
「都会の彼氏!」
「かえし!」
「到着早々うるさいわねぇ!」
矢継ぎ早に囃し立てる少年たちに、ルルは困った顔を浮かべながらもどこか嬉しそうに笑う。
「あちらは……?」
レティシアが小さな声で尋ねた。
「ルルの弟たちだよ。双子のリクとナギ。トトは今四歳かな」
「言われてみれば、お顔立ちがルル様によく似ていらっしゃいますね」
エヴァンの説明に、レティシアは柔らかく微笑んだ。
賑やかな弟たちに囲まれるルルを眺めていたその時、突然ノアとエヴァンの背中に強烈な張り手の衝撃が走った。
「おかえり! エヴァン、ノア!」
「痛い……」
「た、ただいま。ナツミさん」
振り返った先にいたのは、こちらもどこかルルを彷彿とさせる女性。
エヴァンにナツミと呼ばれた彼女は、両手でノアとエヴァンの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「二人とも、また男前になって! ついこの間までトトみたいに小さかったのにねぇ」
「ナツミさん……ティア様が困っているよ」
「うん?」
そこでようやく、ナツミはレティシアの存在に気がついた。
キラキラとした瞳で自分を見つめる少女に、ナツミは瞬きを返す。
「ルル様のお母様でいらっしゃいますね!?」
「そうだけど……」
ナツミはレティシアを上から下まで観察するように眺め、感心したように頷いた。
「おやまぁ……お人形さんみたいな子だねぇ。もしかして、あんたがレティシア王女かい?」
「ご挨拶が遅れました。レティシア=フォン=バルドレインと申し上げます」
丁寧な所作で頭を下げるレティシアに、ナツミは慌てて居住まいを正す。
「これはご丁寧にどうも。何が何やらさっぱりなんだけども、先日は国王陛下から立派な品物を頂きまして」
「ルル様たちには、本当にお世話になりました。本来であれば、もっと正式にお礼をさせていただくべきなのですが……」
「もう十分だよ! この村に三人の銅像を建てたいなんて話まで出て、丁重にお断りしたんだから」
城からの使節団が大真面目に図面を広げた日のことを思い出し、ナツミは苦笑した。
「人助けをした娘をゆっくりと褒めてやりたいから、私たちはこれで失礼するよ。王女様は、ノアの家に泊まるのかい? 後で差し入れ持って行くからね」
そう言ってからナツミは、子供たちを大きな声で呼び寄せる。
「じゃあ、また後でね」
弟たちに両手を引かれ、ルルは去って行った。
「それじゃあ僕も、家に顔を出してくるよ」
エヴァンも軽く手を挙げて、その場を離れる。
残されたのは、ノアとレティシアの二人だけ。
「……俺の家は、こっち」
「あ、はい!」
無言で歩くノアの後ろを、レティシアはニコニコと笑顔で付いて歩いた。
「のどかで素敵な村ですわ。農園も丁寧に手入れがされているようですし、きっとお野菜が美味しいのでしょうね」
ノアの返事はない。
いつもより歩く速度も速く、レティシアは置いていかれないように小走りでノアの背中を追う。
「あの……ノア様? 馬車でのお話のことでしたら、どうかお気になさらないでください。私はノア様のお役に立てることが嬉しいのですから」
ぴたりと、ノアの足が止まった。
ノアは振り返らないまま、地面に伸びた自分の影を見つめる。
「――レティシア」
「は、はい……!」
短い沈黙。
やがてゆっくりと振り返ったノアの目には、かすかな憂いが含まれていた。
「……ない」
「え?」
あまりにも小さな声に、レティシアは聞き返す。
「俺の家が、ない」
「えっと……それは、どういう……?」
ノアは目の前の枇杷の木を見上げた。
家を出てすぐのところに生えていた木だ。幼い頃、よくこれに登っては実を採って食べていた。
しかし、そこにあるはずの家がない。その代わりに、見慣れない大きな屋敷がある。
「この場所のはずなんだが……」
そもそも、実家の場所を間違えるはずがないのだが。
呆然とその屋敷を眺めていると、門扉の向こうの男が、こちらに気づいて大きく手を振った。
「おぉ、ノアじゃないか! おかえり!」
「お知り合いですか?」
「いや、知らない」
きっぱり言い放つノアに、男は苦笑する。
「隣の家のおじさんの顔くらいは、覚えていて欲しかったなぁ」
「隣の家?」
記憶を辿ってみると、確かに思い出の片隅に登場していたような、ないような。
「それで、俺の家はどこに行った? この屋敷はあんたの家か?」
「何を言っているんだよ」
男がノアの疑問を笑い飛ばそうとした時、屋敷の扉が勢いよく開いた。
「ノアちゃーん」
ほがらかで、どこか間延びした優しい声。
長い黒髪の女性が、満面の笑顔でこちらに向かって駆けてくる。
が、玄関を出てすぐの段差に躓き、その拍子にバランスを崩してポストに額を強打した。衝撃でぐらりと体が傾き、脇にあった池へと落下する直前――ノアが腕を掴んで引き戻す。
「母さん……歩く時は、ちゃんと足元を見て」
「ありがとう、ノアちゃん」
額に大きなコブを作ったまま、女はふわりと笑う。




