06.禁止
「いつも思うのだが……俺が戦闘に参加する意味はあるのか? お前がチャチャッと魔法で倒した方が安全だし早くはないか?」
魔法剣を消失させた途端、ノアの体と瞼がずしりと重たくなった。この力を使うと、彼自身に睡魔が蓄積されるのである。
「そんなの面白く――……攻撃魔法だから安全なんてことはないよ。お互いに助け合っていかなくちゃね」
危うく本音を言ってしまうところだった。
平然と笑顔を浮かべながら、エヴァンはノアが眠らせた魔物に魔法でトドメをさしていく。
人の往来のある街道では、危険な魔物を放置しておくわけにはいかない。
「……しかし、妙だなぁ」
「なにが」
欠伸を噛み殺しながらノアが問う。
「こいつら、氷狼だよね? 普通は雪山にしか生息していないはずだよ」
「氷狼……」
そう言われてみれば、魔物の吐く息は白く、ひやりと冷たかった。
遠吠えで吹雪を呼び、吐息で獲物を凍らせる――そんな魔物だと大学で習った記憶がある。
「まだ冬には早いな」
「山でもないしね」
ここは秋色に染まった落葉樹が並ぶ、平地の街道である。
「魔物も迷子になることがあるのか……」
ノアの見当違いと思われる呟きを聞きながら、エヴァンは馬車に戻った。
「すごいなぁ、あんたたち! 助かったよ!」
御者は興奮冷めやらぬ様子で声を張り上げ、ゆっくりと馬を走らせる。
「今流行りの勇者みたいだったよ!」
「勇者って……?」
嫌な予感がして、ルルは恐る恐る尋ねた。
「知ってるだろ? バルドレインの王女を救い出した勇者一行さ。彼らの活躍劇は王都じゃ大人気で、特に勇者ノブの虫取り網が子供たちの間で大流行しているんだよ」
御者はニヤリと笑い、ノアの手元の純金製の虫取り網を見遣る。
「あんたも勇者ノブのファンだろ?」
「それは違う。ノブが俺で俺がノブ……いや、そもそも俺は暴虐の魔王を倒していないから、ノブはノブで俺は俺……?」
何が何やらわからなくなってきた。
とにかく、近頃どこへ行っても虫取り網が品切れなのは、あの芝居のせいらしい。
「――それにしても、あんなにも長い剣は初めて目にいたしました。遠距離にも対応ができるなんて、さすがノア様ですわ」
「まぁな」
レティシアに手放しで賞賛され、ノアは満更でもなさそうに頷く。
そんな様子を、ルルは冷めた目で見ていた。
「あんなバカ長い剣より、暗黒無限剣の方が実用的じゃない?」
「……? なんだ、その恥ずかしい技の名前は?」
「あんたが名付けたんでしょうが! 私だって口にするの恥ずかしいのに!」
ちなみに暗黒無限剣とは、ストレスフル状態のノアが突如編み出した大技である。
「そんな技もあった気がするが……やり方を忘れた」
「ノアはいつも、その時の感覚で動くからね。そういうのも在学中に、きちんとコントロールできるようになった方がいいよ?」
エヴァンにやんわりと諭され、ノアは不服そうに下唇を突き出した。
「確かノア様は、ご自身の力を自在に制御できるようになるべく、魔法学部にご入学されたのですよね。目標があると、勉学にも身が入りやすくて良いですね」
「魔法の勉学は、あまり楽しくない」
素質はあっても、興味が無いのだ。
「私は魔法は苦手でして、唯一使える変身魔法も習得するのはとても骨が折れました。けれど……ノア様に『生きる為の能力だから、上手く活用すればいい』とおっしゃっていただいて、もう少し頑張ってみようと思いまた練習しているのです」
少し恥ずかしそうに俯きながら、言葉を紡ぐレティシア。
「それで、他のものにも変身出来るようになったの?」
「恥ずかしながら、あと一歩でして……」
ルルに問われて、レティシアは小さく笑う。
エヴァンは不思議そうに首を傾げた。
「ティア様も魔法の素質はあると思うんだけどなぁ」
「そうでしょうか?」
「誘拐されていた二ヶ月間、ずっと変身魔法を掛け続けていたんだよね? それって結構、とんでもないことだよ」
「入浴中に解除して休憩はしていましたが……ではやはり、才能が足りないのかもしれませんね」
「お前に足りないは才能じゃないだろ」
短く言い切るノア。
「才能では、ない……ですか? では……?」
「ふぁあ……」
それ以上は説明しないまま、大きな欠伸をひとつこぼした。魔法を使った為、瞼が重い。
ノアは当然のようにレティシアの方へ体を傾ける。
「お休みになられますか?」
「ん」
レティシアは嬉しそうに微笑み、迷いなく膝を差し出した。
「……ティア様、ちょっとノアを甘やかしすぎじゃない?」
「私はノア様の『枕』ですので。いつでもお好きな時にお使いいただいて結構ですわ」
その一言で、空気が凍りついた。
エヴァンはゆっくりとノアを見る。その視線には、『……こいつ、マジで本人にそれ伝えたの? さすがに引くわ……』という、無言の圧が込められている。
「枕って……いや、さすがにそんな――」
一方、笑い飛ばそうとしたルルだったが、途中で気付いた。
(ノアなら……言いかねない)
ルルの口元が引き攣る。
「……ノア。起きなさい」
「?」
「『?』じゃないわよ、このバカタレ!」
膝枕状態のまま、ノアの額にルルの拳が落ちた。
「っ!?」
「ルル様!?」
「保育園時代、あんたのことを好きだって言ったカノンちゃんに、『俺はお前よりカマドウマの方が好きだ』って言った時と同じくらいサイテーだわ」
深いため息を吐くルル。
ノアは目を白黒させながら、体を起こした。
「カマドウマはあの長い触覚がカッコイイし、予測不能なジャンプがスリリングで――」
「誰がカマドウマの魅力を解説しろって言ったのよ! ……とにかく!」
ルルは指先をノアに突きつける。
「ティア様の気持ちを考えたら、ノアの言動はひどいと思う」
「レティシアの、気持ち……?」
「ル、ルル様? 私は別に……むしろ『壁』から出世いたしまして、誇らしい気持ちと言いますか……」
オロオロと戸惑うレティシアを、ルルは強く抱きしめた。
「なんて健気……っ!」
そのままノアを睨みつける。
「何が良くないのかちゃんと理解するまで、膝枕禁止よ」
「な……っ」
絶句したノアはエヴァンを振り返ったが、彼は苦笑いを浮かべてただ肩をすくめてみせただけだった。




