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37.ありがとう

 そんな喧騒を余所に、ララはずっとエヴァンの隣をキープし、その腕に絡みついていた。


「はい、エヴァン君。あーん、して?」


 艶っぽい声で迫るララ。エヴァンは困ったように笑いながら、視線をわずかに動かした。

 その先には、視線をわずかに落とし、グラスに注いだお酒をチビチビと舐めるように飲んでいるエデンの姿がある。

 エヴァンは大きなため息をついた。


「エデンさん。言いたいことがあるなら、言った方がいいですよ?」

「えっ……?」


 弾かれたように顔を上げるエデン。

 エヴァンはわざとらしく意地悪な笑みを浮かべると、ララの腰に手を回して自分に引き寄せた。


「ちょ、ちょっと……エヴァン君?」

「この人、本当に僕が貰っちゃってもいいですか?」


 ララがルルに放った言葉を、そのまま真似するエヴァン。

 エデンは2人を交互に見つめ、ゆっくりと俯いた。


「あの……あ、あはは……お似合いだと、思います……」

「――コンラッド……」


 エデンの本名を呟くララ。その目には、隠しきれない傷心の色が浮かんでいる。


「いいわ……だったらもう――」

「で……でも!」


 諦めて視線を逸らしたララの手を、コンラッドは強く掴んだ。


「ほ、本当は……嫌、です……!」


 消え入るような、しかし必死に絞り出すような声。


「ラ――レイラさんは、き……綺麗だし……ぼ、僕なんか、その……全然ダメなんですけど……でも、他の男の人のものになって欲しく……ない……です……」


 束の間、部屋に沈黙が落ちる。

 全員の視線を集めたエデンは顔を真っ赤に染めると、脱兎の如く部屋を飛び出していった。


「あ……コンラッド! 待ってよ!」


 ララがその後を追い、襖が勢いよく閉まる。

 急展開についていけていないルルが、盛大に眉を寄せてエヴァンに尋ねた。


「……どゆこと?」

「だから、こういうことだよ。ララさんはエデンさんが好きで、僕を使ってヤキモチを妬かせたかっただけ」


 昨日、初対面ながら意気投合したエヴァンとララは、卓球をしながら汗を流した。その合間に、ララから恋愛相談をされていたのだ。


「ああ見えてララ……いや、レイラは意外と奥手なんだ。これで無事にカップル成立となれば、兄としても安心だな」

『兄!?』


 ノブの言葉に、ルルとエヴァンは揃って声を上げる。

 そう言われると、どちらも異性に対して押しが強いあたりがよく似ているかもしれない。


「ご兄妹で同じ舞台に立たれているなんて、素敵ですわね」


 微笑むレティシアの傍で、ルルはまだ納得いかない顔をしていた。


「つまりエヴァンは、ララさんの『協力者』だったってことよね?」

「まぁね」

「じゃあ、『共犯者』っていうのは……?」


 そう問いかけた時、廊下を走る音が響き、ララが息を切らせて戻ってきた。

 頬を薔薇色に染めた彼女は、興奮冷めやらぬ様子でエヴァンの手を取る。


「エヴァン君! 本当にありがとう!」

「上手くいったみたいで何よりです。でもララさんなら、こんな小細工しなくても大丈夫だったと思いますよ?」


 そう言ったエヴァンの耳元に、ララは唇を寄せた。


「エヴァン君は、まだ焦っちゃダメよ? あの子、今のところ完全に脈なしだから」

「……っ!」


 絶句するエヴァンを横目に、ララは悪戯っぽい笑みを残して再び部屋を出て行った。この後、雪解けの始まった旅館の周辺を、エデンと2人で散策するのである。


「ちょっと、どうしたの? 顔真っ赤よ?」


 不思議そうに顔を覗き込んでくるルル。その瞳があまりに無防備で、エヴァンは堪らず目を逸らした。


(脈がないことくらい、言われなくてもわかってるよ……!)


 心の中で毒づきながら、エヴァンは手近なグラスに並々と酒を注ぐ。

 彼はそれを一気に煽り、喉を焼く熱さで無理やり思考を塗りつぶした。


⭐︎


「申し訳ございません! 心よりお詫び申し上げますので、どうかご容赦くださいませ……っ!」


 アスティリア大学構内、いつもの昼休み。

 すっかり葉が落ちた並木道に面したベンチで、レティシアは必死に平身低頭を繰り返していた。


 彼女が深々と頭を下げている相手は――1匹の野良猫。

 レティシアがこのベンチに座ると、どこからかふらりと現れて当然のように彼女の膝を陣取る、ノアのライバルだ。


 レティシアの謝罪などお構いなしに膝に前脚を乗せようとする猫に対し、ペコペコと拝み倒す王女。その異様な光景に、行き交う学生たちは奇妙なものを見る視線を投げかけていく。

 だが、彼らの胸中にある結論は一つ。


 あのノア(変人)と付き合ってる人間が、良くも悪くもマトモであるはずがない――


 そんな周囲の、ある意味同情的な視線など露知らず、レティシアは切実な声を出す。


「本当に申し訳ございません……! 本来ならば、いくらでもお貸ししたい所存ではあるのですが、私の膝はノア様専用でして――」

「お前は猫と会話ができるのか」


 頭上から降って湧いた低い声。

 レティシアの顔がぱっと華やいだ。


「ノア様!」

「ん」


 ノアは無造作に猫の首根っこを掴み上げると、そっと地面に降ろす。それからベンチへ横たわり、頭をレティシアの膝の上に預けた。


「……もうじき、外で昼寝をするのは寒くなるな」

「冬がそこまで来ていますからね」


 慣れた様子で居住まいを正したレティシアは、傍に置いていた膝掛けを広げノアに被せた。

 ふわりと彼女の香りがして、ノアは微かに目を細める。


「冬と言えば、スキー旅行とても楽しみですね」

「スキー……」


 ノアは露骨に顔を顰めた。


「転ぶと痛いし、雪は冷たいし、あんなもの面白くない」

「ノア様は……行かないのですか……?」


 捨てられた子犬のような目でノアを見つめるレティシア。

 ノアは即答する。


「行く」

「本当ですか? 嬉しいです!」


 レティシアの弾んだ声を聞きながら、ノアは空を横切るトンボをぼんやりと目で追った。


「――ティア」

「はい、ノア様」


 ゆっくりと瞼を閉じ、心地良い微睡の中へと落ちていきながら、ノアは静かな声音で呟いた。


「……ありがとう」






「相変わらず無自覚にイチャイチャしてるわねぇ……」

「これでもまだ付き合ってないって言い張るんだから、驚きだよね」


 向かいのベンチでは、ルルとエヴァンが遠い目をしてその光景を眺めていた。

 呆れたため息を吐きながら、ルルが脇に置いた鞄から一通の封筒を取り出す。


「そう言えばスキーの話だけど、ノブさんから招待券が送られてきたわよ」


 薔薇の香りのする便箋には、歯の浮くようなセリフがびっしりと書き連ねられていた。


「要約すると、氷竜との話し合いは無事に終わったけど、レンタル用品のデザインやスキー場内の演出にも細かく口出ししてきてウザい、って書かれてあったわ」

「神経質っぽい魔族だったもんね、あの氷竜……」


 ルルは続けて、同封されていた一枚のフライヤーをエヴァンに手渡す。


「あと、シーズン中はホテル内の劇場で『勇者ノブ』の舞台をするらしいんだけど……キャストの最後、見てよ」

「キャスト?」


 エヴァンが目を通すと、主役のノブを筆頭に、エデン、ララの名前が並んでいた。そして末尾の『特別出演』の枠に、堂々とその名が記されている。


「……氷竜……舞台にも出るつもりなの?」

「人間とは相容れないとか、排除するとか言っておきながら、めちゃくちゃ馴染んでるじゃない」


 2人は呆れたような、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた。

 氷竜とノブたち一行は、背後で覚醒の魔王が睨みを効かせているお陰もあって、いがみ合いながらも奇妙な共存関係を築いたらしい。


「……ところでルル、彼氏作りはもう諦めたの?」


 エヴァンの何気ない風を装った問いに、ルルは鼻を鳴らす。


「諦めてないわよ。前回は自分を飾りすぎたのが良くなかったと思うから、次はもうちょっと自分らしくいこうと思ってるの」


 エヴァンは片方の眉を僅かに動かしたものの、笑顔は崩さない。


「次って?」

「今度の休み、マルクに美術館に行かないかって誘われてるの」

「へぇ……」


 ひと呼吸置いた後、エヴァンは大袈裟にため息をついた。


「それは残念だなぁ。ルルが行きたがってた『可愛い黒魔術・呪物博覧会』のプレミアムチケットが手に入ったから、今度の休みに誘おうと思ってたんだけど……先約があるなら仕方がないね」

「マジで!?」


 エヴァンがポケットからチラつかせたチケットに、わかりやすく食いつくルル。


「行く! 行きたい! マルクとのデートはキャンセルしておくから、そのチケット、絶対に他の子に渡さないでよ!」


 エヴァンは笑顔で頷きつつ、心の中でマルクに対しガッツポーズを向けたのだった。

貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。

評価押していただけると、とても励みになります。


折を見て番外編を書けたらいいな、と思っています。

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