34.残された道は
「いいわぁ……! 見ているだけで胸がときめいちゃう! まぁ、愛の告白って言うより、何かの契約書を交わしているみたいだったけど」
「ノアに愛の告白だなんて自覚があるとは思えないから、契約で合ってると思いますよ。ティア様もティア様で、言葉通りにしか受け取ってないだろうし」
ルルたちの背後から聞こえてきたのは、相変わらずべったりとくっついたララとエヴァンだった。
「変わった2人なのねぇ」
「ズレた者同士、お似合いだと思いますけど」
「君たちも十分お似合いだよ、エヴァン君。彼女が出来たなんて、オリヴィアちゃんから聞いてなかったな」
振り返った魔王が、親密な様子の2人を見て目を細める。
「いや、彼女じゃないよ」
「あらやだ。あたしたち、お似合いだって! どうする? 本当に付き合っちゃう?」
ララは妖艶な微笑を浮かべ、エヴァンに顔を近づけた。
そんなララに、エヴァンは困ったように眉尻を下げる。
「ララさん……今、ここでそんなこと言っても意味ないですよ? エデンさんは――」
「ねぇ、ルルちゃん。この子、もらっちゃってもいいかしら?」
エヴァンの言葉を退け、ララはルルへと視線を投げた。
ルルは一瞬キョトンとして目を丸くしたが、すぐに首を傾げる。
「2人の問題なので、お好きにどうぞ?」
「……あら、そう」
あまりに淡白な、興味のなさそうな返事。
それを聞いた途端、ララは急激に興味を失った顔になり、絡めていた腕を解いてエヴァンから離れた。それから、少し見た目にも慣れた様子で魔王を見上げる。
「それよりも、魔族と勇者の話し合いがずっと平行線なのよ。そろそろどうにかしてくれないかしら?」
「なんだ。まだ決着がついていなかったのか」
魔王は大仰に肩をすくめ、深い溜め息を吐き出す。
「しかしなぁ……知らなかったとは言え、氷竜の縄張りを荒らした人間側の分が悪い。なんとか撤退するなり、規模を縮小するなりしてくれねぇかな」
「ノブが納得したとしても、あの社長がすんなりと受け入れるとは思えないわよ。やり手のワンマンだし、本当に私兵を集めて戦争を起こしかねないわね」
他人事のように告げるララの言葉に、魔王は喉の奥で低く唸った。
「かと言って、氷竜にもプライドってもんがある。誇り高い魔族が、人間に棲家を譲る道理もないしなぁ」
結局、ここでの話も堂々巡りである。
「今はエデンさんが間に入って宥めてくれているけど、氷竜もノブさんもイライラし始めていている。もう限界だよ」
「……やっぱり、魔族と人間は上手くいかないものかなぁ」
魔王がそうポツリと、どこか寂しそうに呟いたその時。
ノアがゆっくりとした足取りで、こちらへとやって来た。
「――話し合いで解決できないなら、残された道は争いしかないだろう」
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厚い雪で覆われた、ほとんど垂直に近い角度で真っ直ぐに伸びる斜面。その頂に、氷竜とノアは並んで立っていた。
「風呂上がりにこんな真似をするのは不本意だが、背に腹は代えられない」
ノアは静かに、遥か下方の斜面へと視線を落とす。時折地面の隆起はあるものの、遮るもののない真っ白な坂道。その麓では、レティシアたちが固唾を呑んでこちらを見上げている。
「……失礼を承知で申し上げますが……その……このような馬鹿げた決着の付け方は、些か納得ができません……」
魔王の息子へ辛うじて敬意を保ちつつも、氷竜は憮然と言い放った。しかしノアは、それを鼻で笑う。
「問題の根源はスキー場。ならば、スキーで決着をつける。至極真っ当な道理だと思うが」
ノアの手には、急遽魔王が簡易的に作ったスキーのストックが握られている。両足には、同じく急拵えのスキー板。
「ですが、私は魔族です。その、スキーとやらの経験は皆無なのですが……」
「だから何だ。魔族はスキーをしてはダメなのか」
「いえ、そういうわけでは……」
高潔な魔族である自分が、人間の世俗的な娯楽に興じる羽目になるとは――と、ノアと同じく不恰好な装備を身につけた氷竜は、情けない顔で溜め息を吐いた。
「ルールは単純だ。同時にスタートし、先に麓へ辿り着いた方が勝者。相手への妨害は即失格とし、その場で敗北を認めて相手の要求を飲むこと。異論はないな?」
「……承知……いたしました」
話し合いでは埒が明かず、かと言って短気を起こして人間を傷つければ、魔王の不興を買う。ならばこの勝負を受け入れ、正々堂々と勝利を捥ぎ取るしかない。
「要は、この板に乗ったまま雪の上を滑り降りれば良いのですね?」
ノアは深く頷き、スタートの位置へとついた。
――その頃、ゴール地点では。
「くそ……っ! 俺の足の麻痺さえ解けていれば、あんなトカゲなど俺が下してやると言うのに……!」
未だノアの魔法剣の影響が残っているノブは、まともに立つことすらままならない。エデンの肩を借りながら、憎々しげに頂上の氷竜を睨みつけていた。
「ノアさんなら……きっと大丈夫。魔王の息子だし、何より本物の――」
『本物の勇者』と言い掛けて、エデンは慌てて口をつぐんだ。
隣ではレティシアが祈るように両手を胸の前で組み、不安げにノアたちを見つめている。
さらにその隣では、エヴァンとララがどこか他人事のような顔で成り行きを見守っていた。
「ねぇ、ノアパパ?」
「なんだい、ルルちゃん?」
ルルは斜面の上のノアを見つめたまま、静かに問いかける。
「ノアって……スキー、したことあるの?」
ルルは記憶を辿る。少なくともノアの口から『スキーに行った』という話は一度も聞いたことがない。
魔王もまた、遠い目をして己の記憶を掘り起こした。
「……ないね」
その呟きが、まるで開始の合図となったかのように。頂上の2人が同時に、力強くストックで雪を蹴った。




