31.人間vs魔族
魔王が盛大に舌打ちすると、氷竜は大きく体を震わせたものの、意を決したように顔を上げた。
「お、お言葉ですが……覚醒の魔王様! 何故貴方様ほどの方が、人間などの味方をしておられるのですか?」
「あぁ?」
魔王は低い声で唸る。それから部屋の中の人間たちを見回し、首を傾げた。
「俺は別に、人間の味方をしているわけじゃねぇぞ。俺は、リリアナさんの味方なだけだ」
「ノアママの?」
ルルが問い返すと、魔王の強面が柔らかく緩む。
「俺はリリアナさんを愛してるからね。リリアナさんが産んでくれた俺の子、ノア君ももちろん大切だ。そして、そのノア君が大事にしているエヴァン君とルルちゃんも、だ」
節くれだった大きな手が、ルルとエヴァンの頭にポンと置かれた。
「俺はリリアナさんとノア君が大切にしているもの、2人を支えてくれるものの味方なだけだよ」
「カクさん……顔に似合わず、言うことは男前だね」
「おお? 5歳になっても、俺のツラ見ただけで泣いてたガキが言うようになったなぁ!」
エヴァンの頭を撫でながら豪快に笑う魔王の傍らで、氷竜は拳を握りしめる。
「で、では……奥方様とご子息の預かり知らぬ場所であれば、魔王様は我らにお力添えをいただけるのですか?」
「まず、事情を話せ」
「……人間どもが、我らに宣戦布告をしたのです」
その穏やかではない言葉に真っ先に反応したのは、この国の王女レティシアだった。
「それは……どういうことでしょうか? バルドレインが、正式に魔族に対し兵を挙げたのですか?」
「国軍か、あるいはどこぞの私兵なのか、人間どもの内情など知らぬ。だが奴らは突如として俺の縄張りに現れ、城砦を築き始めたのだ」
万年雪が残るエルデシュタイン高原。人には厳しいその未開の地は、氷竜とその眷属たちが静かに生を営む、安住の地であったはずだ。
「城砦……そのような場所に、何故――」
「偵察に放った俺の配下たちは、皆殺しにされた。今も尚、その城砦には魔力を宿した人間どもが続々と集結している」
憎しげに氷竜は声を震わせ、言葉を紡ぐ。
「人間がそのつもりなら、こちらも兄者に協力を仰ぎ、全力で叩き潰すのみ!」
「ふ……ふざけるなっ!」
弾かれたように声を荒げたのは、それまで部屋の隅で小さくなっていたノブだった。
「氷竜と炎竜……二大魔族が手を組めば、人間にどれだけの被害が出ることか……! そんなこと、この勇者が絶対に許さん!」
「貴様の許可など必要ない! 我らは住む場所を脅かされておるのだ! 貴様ら人間どもの身勝手な欲望の為に、何故我らがただ指を咥えて滅びを待たねばならぬのだ!」
激しく睨み合うノブと氷竜。
痺れるような空気が流れる中、魔王はどこか場違いなほど冷静に、隣のエヴァンへ耳打ちした。
「……ところで、あの『勇者』はノア君のお友達かな? おじさんは『勇者』って聞くだけで体が痒くなっちゃうんだけど……」
「友達じゃないですけど、悪い人でもないので見逃してあげてください」
「エヴァン君がそう言うなら……」
魔王は困ったように頬を掻き、再び2人へと視線を戻した。
「やはり魔族とは相容れぬようだ。ここで貴様を討って――」
「あ、あのー……」
ノブが折れた虫取り網を握り締め、麻痺の残る足で氷竜へ踏み出そうとした時。後ろで震えていたエデンが、恐る恐る手を挙げた。
「そ、その……城砦って……ホ、ホテルじゃないですかね……?」
その場にいた全員の動きが、ピタリと止まった。
数秒の沈黙の後、ルルとララが同時に両手をポンと打ち鳴らす。
「あぁ! ノブさんのお父さんが経営するスキー場!」
「確かエルデシュタイン高原に建設中って言ってたわね」
「……ホテル? 『スキイジョウ』? なんだ、それは」
氷竜は訝しげに眉根を寄せた。
「スキーは人間の娯楽って言うか……アクティビティでして……特にノブさんの実家の会社――ヴァルテンベル・カンパニーは、贅沢と演出に凝る会社なんです。色んな魔法使いを大勢雇って、リフトを動かしたり、派手なイルミネーションや音楽を流したり……あ、マッサージ魔法の専門家も常駐させる計画のはずです」
「リフト? イル……ネーション? マッサージ??」
長年、極寒の静寂の中で生きてきた氷竜には、理解できない単語ばかりである。
「ちなみに、偵察に放った配下って?」
「氷狼や雪男だが……」
「そりゃあ、ホテルの建設現場に言葉の通じない魔物が現れたら、警備員が駆除するしかないわよね」
ルルの指摘に、氷竜はただ静かに目を瞬かせた。
「人間側は、別にお前らに喧嘩売ったわけじゃねぇってこった。だが、そこが氷竜の縄張りだと知らずにリゾート開発に乗り出した人間側にも、当然落ち度はある」
魔王は、氷竜とノブを交互に見遣る。
「話し合いで解決しろ。一滴もお互いの血を流すんじゃねぇぞ」
「ひぃっ!?」
「う……っ!」
恐ろしい『魔王』の顔で2人を睨みつけると、彼はヨイショと言って立ち上がった。
「せっかくだから、ノア君。久しぶりに一緒にお風呂に入ろうか」
「……は?」
これまでの話を聞いていたのかいないのか、ずっと膝に顔を埋めていたノアに声を掛ける父。
「子ども扱いされるのは好きじゃな――」
「まぁまぁまぁまぁ」
魔王は息子を軽々と肩に担ぎ上げ、部屋から運び出した。




