24.無限の可能性
「正気の沙汰とは思えないなぁ」
深い積雪を魔法で散らし、道を作りながらエヴァンがしみじみと呟いた。
結局、魔族の元へ向かうのは、ノア、エヴァン、レティシア、そして舞台勇者ノブの4人。ルルと、戦闘能力が未知数なエデンとララの3人は、不測の事態に備えて旅館の守りに残っている。
ちなみに旅館にあった防寒具を借りて、多少は寒さを凌げるようになった。
「と、おっしゃいますと?」
少し後ろを歩くレティシアが、不思議そうに首を傾げる。
ノアの本来非道とも言えるアイデアに感銘を受けたレティシアは、本当にチャッピー2号に変身して除雪機になろうとしたのだが、見かねたエヴァンが魔法で何とかするからと止めたのだった。
「ノブさんの武器だよ。これから魔族とやり合おうって時に、本気なのかと思って」
と、エヴァンが視線を向けた先――最後尾を歩くノブの手元を振り返る。
芝居『勇者ノブ』で彼が振るっていた武器は、虫取り網だった。演出効果でその網は魔物を斬り伏せ、雷を落としたりしていたが、ここはスポットライトの当たる舞台の上ではない。
だというのにノブは剣の一振りも携えず、1メートル半ほどの長さのある虫取り網だけを握りしめているのだ。
「ノブ様も、強力な魔法使いなのやもしれませんね」
「……だといいけど」
エヴァンは乾いた笑いを漏らす。
残念ながら、ノブからは魔力をこれっぽっちも感じない。
「ノブさん。僕が友達として命を張れるのは、ノアとルルとティア様だけです。ノブさんにまでは手が回りませんよ?」
「ははっ! 心配ご無用さ。芝居のモデルとなった真の勇者も、魔王を相手に虫取り網で挑んだと聞く。この網には無限の可能性が秘められているのだよ」
クルクルと虫取り網を器用に回し、爽やかに笑うノブ。その無邪気な自信に、エヴァンは苦笑いを浮かべた。
(確かにあの時、網を持ってはいたけど……武器として機能した覚えはないんだよなぁ)
実際、自称魔王のちょび髭を倒したのはノアの魔法剣だし、最終的にはノア自身が怒りに任せてへし折っていたはずだ。
「あの芝居の脚本、かなり脚色されているとは思わなかったんですか?」
「たとえ脚色されていようと、無から有は生まれないよ。事実、王女は3人組の勇者に救い出された。あの時の王の会見を、俺はこの耳で直接聞いていたのだからな」
その会見自体が、王の困った癖によって誇張されていたのだが、エヴァンはそれ以上は追及せず、ただ笑顔で頷くだけに留めた。
「子供の頃、男児ならば誰しも『勇者』に憧れたものだろう? 俺は今、その心を熱くさせた勇者を演じることができて本望なんだ。叶うのならば、いつか本物の勇者の手を取り、礼を述べたいくらいだよ」
「……すぐ隣にいるんだけどね」
ここで真実をバラせば、面白いことになりそうだ。だが今は魔族を倒すことが先決だからと、エヴァンは喉まで出かかった誘惑をなんとか飲み込んだ。
「足元が滑りやすいな……レティシア、俺の手を掴んでいても構わないよ」
魔法で雪を散らしても、地面は凍りついていて足場が悪い。
ノブはレティシアの手を取ろうと腕を伸ばし――
「そうか。ならば遠慮なく」
その手をノアががっしりと掴んだ。
「……俺は男と手を繋ぐ趣味はないぞ」
「ほう。勇者が男女差別をするのか」
「まぁ。すっかり仲良しになられましたね」
手を握り合ったまま火花を散らす2人が、レティシアには微笑ましく映るようだ。
対するエヴァンは、生きた心地がしない。
ノアは不眠3日目だ。いつ、突然ブチギレて魔力の暴走を起こすかわからない状態なのである。
(今のノアは魔族に怒りが向いている……そこでキレてくれたら勝算はあるけど、こんな場所でノブさん相手に爆発されたら収拾がつかないんだよね)
「ねぇ、2人とも――」
エヴァンが仲裁に入ろうとした時――近くの茂みが大きく動いた。
直後、ひと抱えもある雪の塊が、4人に向かって飛来する。
「っ!」
エヴァンが反応するより僅かに速く、ノアが黒く揺らめく魔法剣を顕現させ、雪の塊を十字に断ち斬った。
「陰からの不意打ちとは卑怯な! 姿を現せ!」
背後にレティシアを庇い、ノブが茂みに向かって叫ぶ。
現れたのは、全身を真っ白な剛毛に覆われた巨躯――雪男だった。
雪男は低く唸ると、腕を大きく振り上げる。周囲の雪が巻き上がり、瞬く間に巨大な塊へと凝縮された。
「来るぞ!」
ノブが叫ぶ。
雪男はその塊を、風の唸りと共に投げつけてきた。
「【火球】!」
エヴァンが魔法でそれを砕く。
だが雪男は次々と雪の塊を作り出し、まるで豪速球のように投げつけてくる。
「ノア、僕がやる。君は力を温存しておいて」
「……」
ノアは答えない。それどころか、彼の視線の先にあるのは魔物ではなく、レティシアを守るようにして立つノブだ。
「……このタイミングでヤキモチ焼くのやめてくれる?」
「俺は餅など焼いていない」
「そういう意味じゃ……っ!」
エヴァンの言葉は、空気を震わせる雪男の咆哮に掻き消された。
巨大な体が地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
「ノブさん、下がって!」
エヴァンが叫ぶ。
だが。
「勇者が魔物を前に退くわけにはいかない!」
ノブは一歩も引かず、虫取り網を構えた。
雪男の丸太のような腕が振り下ろされる。
ノブは紙一重でそれを躱し、網を横薙ぎに振るった。更に流れるような動作でもう一閃。
しかし細い棒がいくら雪男の体に触れようと、ダメージは与えられない。
今度は掬い上げるように振り回された腕を、踊るような足取りで躱した。
――それはまるで、舞台で観る殺陣のような動きだった。
網が雪男の顔面を覆い、視界を奪う。
「おっと、これは失礼」
ノブは軽く笑いながら網を引き戻した。
雪男は怒り狂ったように咆哮を上げ、三度拳を振り上げる。
(次で仕留める……!)
エヴァンはノブの合間を読み、魔物へ照準を定めた。
魔法を発動させようとした次の瞬間、ノブが大きく踏み込んだ。
「ノブさん! 危な――」
制止も聞かず、ノブは虫取り網を構え雪男の懐へ入り込む。
そして――
「成敗っっ!」
あろうことか、虫取り網の柄を雪男の胸元へ突き刺した。
虫取り網は厚い毛皮を突き破り、魔物の急所を貫く。鮮血を撒き散らし、地を這うような悲鳴を上げた雪男は、やがて雪の上に崩れ落ちて動かなくなった。
「……………………え?」
エヴァンの口から、間の抜けた声が漏れた。
「ノブ様、お見事ですわ! 虫取り網の『無限の可能性』というものを、確かに拝見いたしました!」
「はっはっはっ!」
レティシアの賞賛を浴び、高らかに笑いながら魔物から虫取り網を引き抜くノブ。
その柄の先で、先ほどまでは無かった鋭利な銀の穂先が鈍く光っていた。
「その虫取り網……仕込み槍なんですか?」
「ああ、そうだ! いくらなんでも、ただの網で魔族に挑むほど俺は愚かではないよ」
ノブが手元のシャフトを回すと、カチリと音を立てて穂先が柄の中へ収納された。
「く……っ!」
「うんうん。そうだね、ちょっと欲しいよね。これが終わったら考えよう」
物欲しそうな目で網を見つめるノアの背を撫で、宥めるエヴァンであった。




