21.最後はけん玉対決
将棋対決は、特筆すべき見せ場も山場も何もなく、拍子抜けするほどあっさりとノアの完全勝利で幕を閉じた。
だが、それで諦めるノブではない。
老人会から借りてきたチェス、囲碁、リバーシ、トランプ、果ては知恵の輪まで持ち出し、狂ったように再戦を挑む。
しかし、そのことごとくをノアが打ち破っていったのだった。
「ノア様、とてもお強いですね……!」
「そう言えばあいつ、エヴァンとゲームにハマってた時期があったわね」
「そうそう。それで意味がわからないくらい強くなったんだよね」
感激で目を輝かせるレティシアの隣で、ルルとエヴァンが遠い目で懐かしむ。
「なぜだ……っ! こんなはずでは……!」
床に突っ伏し、拳で畳を叩くノブ。
対照的にノアは勝利の余韻に浸り、すっかり上機嫌である。
「最後はけん玉勝負といくか」
「次こそは……っ!」
もはや何がしたいのかわからないが、両者けん玉を構えた。
「見応えのない試合だわ……」
段々と勝負に飽きてきたルルは、知恵の輪をいじりながら暇を持て余す。
「あ、そうだ」
同じく興味を失っていたエヴァンが、ふと思いついたようにレティシアの隣へ腰を下ろした。
「ティア様。変身魔法が上手くいかないのは、自信がないからだって?」
「あ……はい……」
唯一2人の勝負を食い入るように見つめていたレティシアが、力無く頷く。
エヴァンもその推論は正しいと感じていた。馬車でノアが指摘したのも、自分よりも他人を優先する彼女の献身が、皮肉にも自分自身への不信に繋がっていると見抜いたからだろう。
「『バルドレインの王女様』っていう、ある意味最強の肩書きを持っているのに、なんで自信が持てないんだろうね」
「それは……私が自分の力で手に入れたものではありませんから」
レティシアは自嘲気味に小さく笑った。
秀でた才能など何もない――特に、優秀すぎる姉と自分を無意識に比べては、いつの間にか自信を失ってしまっていた。
「私から見れば、これだけ美人で性格も良くて、勉強だって出来るんだから、文句のつけどころなんてないと思うけどね」
「そんな、私なんて……」
ルルの言葉を否定しようとしたレティシアの耳元に、エヴァンはそっと顔を寄せて囁く。
「――あのノアに、可愛いって言わせたのに?」
「っ!?」
瞬間、レティシアの顔がまたしても沸騰したように真っ赤に染まった。
「あの……っ、そ、それは、わわ私の聞き間違いかもしれませんし……っ!」
「私もこの耳で聞いたわよ」
逃げ道を塞ぐルルの追撃に、エヴァンは楽しげに肩をすくめる。
「ノアが『可愛い』なんて口にするの、羽化途中のセミを見た時くらいしか聞いたことないよ」
「あいつの感性どうなってるのよ……」
喉まで出かかったツッコミを、ルルはなんとか小声で呟くにとどめた。
「ありのままのティア様を、ノアは『可愛い』って思ったんだよ。それって、自信に繋がると思わない?」
「……自信……」
レティシアその言葉を静かに反芻し、膝の上で両手を強く握りしめた。
「――やってみます!」
ゆっくりと瞼を閉じる。
胸の奥にじんわりと広がる熱を感じながら、複雑な魔法式を編み上げていく。脳裏に浮かべるのは、変身のイメージ――そして、『可愛い』と言ったノアの声。
そして――
「ティア様! やったじゃない!」
ルルの弾んだ声に目を開けると、レティシアの視線は目を閉じる前よりも低い位置にあった。
試しに手を動かしてみると羽毛が見えた。
それは、鮮やかなピンク色の羽毛に包まれたハヤブサだった。
「キィーッ!」
ハヤブサに変じたレティシアが、力強く羽ばたく。
その甲高い鳴き声に、真剣にけん玉勝負に取り組んでいたノアとノブも動きを止めて振り返った。
「レティシア! 見事な変身じゃないか!」
ノブが笑顔を浮かべ、ウインクを送る。
ノアも何か言おうと口を開きかけた――その時。
「さすがノブさん! 『自信があれば何でもできる』って言葉の通りだね! いやぁ、全部ノブさんのお陰だなぁ!」
エヴァンがわざとらしく、大声で遮った。
……ぽろっ。
ノアの握ったけん玉の玉が、無情にも皿から滑り落ちた。
「はっはっはっ! 俺の勝ちのようだな!」
ノブはまるで鬼の首を取ったかの如く指をさして笑う。
「……っ! 今のは……!」
「なんだ、言い訳かい? 俺は心の広い勇者だからね。誠心誠意頭を下げるなら、再戦してやってもいいぞ!」
ノアは悔しそうに拳を震わせた後、がくりとその場に膝を着いた。
「エヴァン……あんた、わざとでしょ」
呆れた目で睨むルルに、エヴァンはただ涼しい笑顔を浮かべてみせた。




